1話 世界はなかなか死なせない
ここは、どこだろうか
青臭い匂いが鼻腔をくすぐる。野菜か何かではない、ただの雑草の匂い。それに合わせて皮膚からも冷たい感触が伝わってきた。叢の上だろうか。
辺りでは虫の音が鳴り響く。日本の麗しき夏の夜、と言ったところだろうか。
(うぅ......ここは...)
そういって、俺は、起き上がろうとした。
しかし
「あああああああああ!!!!!!!」
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!
なんだこのとてつもねえ痛みは!!
どうやらさっき高所から飛び降りたせいで、全身の至る所をやってしまったらしい。ただでさえ貧相な俺の体に、甘受しきれないほどの激痛が駆け巡る。処理しきれない脳が悲鳴を上げていた。
あまりの激痛に声がうまく出せず、叫び声も出せない俺は、口をパクパクと魚のように動かすだけだった。感覚が戻ってきたのか、さっき起き上がろうとしたせいで痛覚が敏感になってしまったのか、全身を焼けつくすような痛みが治まらない。
早く意識もろとも消えてしまえ、と願う。しかし、裏腹に激しくなった痛みが鮮明なままの意識にたたみかける。
辛うじて動かせる頭で、横になっている自分の体を見渡すも、足が曲がらないほうに曲がっていたり、腕が取れかかっていたり、辺り一面血の海、だろう。
その視界もぼやけていて、もう赤い何かにしか見えていない。
死ぬ時の痛みが、こんなに痛いだなんて思いもしなかった。
人生の最期にまで苦しんで終わるなんて、ほんとに不幸な奴だ。
いや、実際こういうものなのだろう。
と、俺が痛みに喘いでいる最中
「きゃあああああああ!!!!」
恐怖に満ちた高校生ぐらいの少女の黄色い絶叫が聞こえた。
俺が落ちた先は確か歩行者道路だったから、彼女は通行人だろう。
「だだ、大丈夫ですか!ししし、しっかりしてくださいぃ!」
ぼんやりとしか見えないのだが、眼前を覆い尽くした金色から察するにどうやら金髪少女らしい。加えて、その声音は耳が心地良くなるよな愛らしい声だった。少女の柔らかい手に触れられて、少し幸せな気持ちになれた。
ありがとう。人生の最期にいいものに会えたよ。さよなら、金髪少女。
薄れゆく視界の中、俺は感謝した。
「えと....ええっと....」
そのときだった
「『モディフィ、フォルマ』!」
少女が突如としてそう言うと同時
青い光が、俺の視界の隅から隅までを覆いつくした。
次の瞬間、体の至る所に温かい感覚を覚えたかと思うと、全身の痛みがゆっくりと引いていくような感覚に陥った。
は?何が起こった?この少女、今なんつった?!
と、
そこで、俺の意識は暗転した。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「うぅ......ここは...」
本日、だろう、二度目の文言を吐いた。
部屋の中だろうか、少し高い天井が目に入った。俺は横になっていた。
とりあえず起き上がろうとした俺は、右手を、やけにふかふかしている地面につき、体を起こす。
あ、起きれた。
先ほどあれだけ感じていた痛みが、今はさっぱり感じられなかった。
寝ころんでいた俺は、上半身だけ起こす形になる。
さっきまでの出来事は、本当に起こったことなのだろうか。
よく見えなかったが、あの青い光は気が動転していて幻でも見ていたのだろうと思っていた。
しかし、痛みが引いたのは本当で、今は全身に痛みがあるところは一つもない。むしろ、体が軽くなったような感覚だった。
しかし、ビルから落ちた後のあの痛みをまだ脳が覚えており、思い出すだけで吐き気を催した。
曖昧だった視界も元に戻り、現世よりも鮮明に見えるようになった気がする目であたりを見渡した。
「え...なんだよ、ここ.....」
目の前に、薄暗い光景が広がった。真っ暗ではないのは、隣に置いてある蝋燭のおかげ。
そのわずかな光源によって見えたのは、俺が今横になっているベッドだった。そのとなりに、ろうそくを置いている小さな丸机、その隣には本棚や飾り棚のようなものが見えたが、曖昧である。
ベッドを足元にはドアがあり、半開きになっていた。その向こうから、誰か人がこちらを覗いている。
って...
「人?!」
「やっ、やあぁぁぁ!!!」
「ぎゃああああああ!!!!」
いやいやいや!!暗闇から誰か覗いてるんだけど?!
恐怖のあまり素っ頓狂な声をあげてしまった。半開きになっていたドアが、バタンッ!と大きな音をたて、それがまた恐怖心を煽る。
「いやぁぁぁ!!こ、殺さないでください!!」
「っ!!!!」
あまりの怖さに息が詰まり、声にならない叫びとなる。
そういって、ベッドに敷かれたシーツを頭から被り、ブルブルと震える俺の身体を全て包み込んだ。
暗闇の中の人ほど怖いものはない。薄暗いとは言ってもドアの向こうは真っ暗で、そこに微かに人の顔のようなものが浮かび上がっているのだから。ホラーだ。
「えっ?ど、どうしたんですか?!」
おそるおそる近づいてくるような音が、シーツ越しに空気を震わせた。
あまりの恐怖に言葉も出ない俺は、シーツを被ったまま全身に冷や汗を駆け巡らせた後、頭が真っ白になった。
ああ、詰んだ。俺はついに、自分の意志ではなく、ポルターガイストや陰陽的なものによって殺められるのだ。
そう覚悟を決め、目を強くつぶった瞬間
ス――――――――――――
と、
予想してた衝撃とはまた別の、ボックスのなかに入った後ブルーベリー色の怪人にゆっくりと扉を開けられるように、ゆっくりとそのシーツが持ち上げられ
人の顔が覗き込んだ。
あれ....?
「女...の子...?」