プロローグ ―災禍の根源―
目下には鉛灰色のコンクリート。顔を見上げれば、群青を微かに残した夕映えの空。
そしてその、すぐ下あたりに、蝋燭を連ねたように揺らめく街のネオン。
ここから見える光景は、どこか絵になりそうな都市風景染みていた。
時節柄、風も生ぬるいはずなのに、さすがにこの高さにもなるとそうでもないようだ。
少し肌寒い。
裸になったこの足に抜けていく風を、コンクリートの冷たさが一層強めているようだ。
恐る恐る、下の方を覗いてみる。そこには、夕焼けに火入り染められたアスファルトが俺を待ち構えているように敷かれていた。
そう、俺は今から、ここから飛び降りるのだ。
改めてそう自認すると、身震いがした。
そうだ。
生きることが、俺にとっては苦痛でしかなかった。生きる希望も、生きる理由も、俺の前には存在し得なかった。
死んでしまいたかった。
瞬間、消え失せやしない過去が、俺の心を抉るように、もう一度その手を伸ばしてきた。
思い出す。
消えかけた感情、ズタズタに引き裂かれた心、痣だらけの身体。
どうやら俺は弱いようで、手首に、首に、喉に、傷が増えていくだけで
掻っ切った後、「なんてことをしてしまったんだろう」なんて思いが気を咎め、止血に励む、その繰り返しだった。
しかし、それももう終わる。
ここから一歩踏み出すだけでいい。
それで、全て終わるんだ。
...。
もう十分だ。疲れたんだよ。皆俺のことが嫌いなんだから、俺なんて死んじまえばいいんだよ!!
ぽろぽろ、と
頬に涙が滴ってきた。
今からする行為を前に怖気づいたのだろうか。俺というやつは、最後まで弱かった、本当に弱い人間だ。どうしようもない程に。
やっぱり、怖いんだ。
死にたくない。
生きていたい、本当は。
俺だって
両親から愛情を受け、気の置けない友達と遊んで、誰かを愛し、子供を作って、幸せな家庭を築いて…
多少の辛いことも、こいつらがいるから乗り越えられる、なんて言って。
そんなありふれていて、でもきっと一番幸せな人生を送りたかった。
だが、世界はそれを拒んでいるんだ。
痛みは一瞬だけ。死んでしまえば、楽になれる。電源の繋がれてないコンピュータのように、何も考えられなくなる。俺という存在自体、認識できなくなる。生きているから、怖いんだ。自分を認識できているから怖いんだ。
まだ望みがある。心のどこかでそう思っているから、ここで終わってしまうのが怖いんだ。
だから俺は
勇気ある一歩を踏み出した。