転校生
今日はいつになく妙な気分だった。
昨日、ベッドに就いた時には
なんでもなかったのに
期待と不安の入り混じったような感覚に
胸が躍っている。
メイドに見送られて
自宅の玄関を出た時には
それが一層明確なものとなっていた。
私は光対高校へ通う高校生。
御刀リョオ。
校門をくぐると真っ直ぐ
2年A組と表札のかかった教室へ。
自分の席へと腰を下ろした。
何か妙だ。
私の席は廊下に面した窓のそば
前から五番目。
ここは昨日まで四十一名クラスだったはずなのに
机が二つ増えている事に気がついた。
“転校生か”
今朝からの胸騒ぎはそれが原因か。
始業が近くなるにつれ
クラスメートが席を埋め出した。
ガラガラと音を立てて扉が開いた。
見慣れぬ女子高生が二人。
真新しい、まぎれもないここの制服を着て
戸口に立った。
キョロキョロと教室を一渡り見回す仕草。
そのうちの一人と私の目が合った。
私は彼女から目を離せなかった。
それほど強く魅かれる何かがあった。
長い間そうしていたような。
しかし一瞬だったのだろう。
他の生徒たちも彼女たちを珍しげに-----
ヒソヒソと。
次の瞬間。
我が眼を疑うような事が。
少女の一人の眼がスパークしたように
白い輝きを放ったのだ。
一瞬にして生徒たちのささやきがおさまった。
もの珍しげな視線も消えてなくなり
いつもの始業前の喧騒が戻った。
彼女たち二人は歩き出した。
真っ直ぐこちらへ。
そして私の隣りとその後ろの席にすわっていた
三条弥生と当多勇斗の声をかけた。
「ここ、私たちの席なんだけど」
私は“アッ”と心の中で叫んでいた。
この二人
転校生のクセに。
しかも声をかけられた方は。
「アッ!ごめんなさい
気がつかなくて」
そう言うのが早いか、
二人とも荷物をまとめて
転校生のために用意されたと思っていた席へと
何のためらいもなく移っていった。
私は声も出ない。
去り行く二人を。
そしてこの二人をジッと見つめていた。
不思議なことに転校生の紹介もなく
ホームルームは始まった。
勝手な席替えも誰も注意しようとしない。
授業が始まっても同じだった。
私は教師が出欠を取る時
この二人が季崎、
そして堆星と呼ばれるのを
しっかりと心に焼き付けていた。
この二人。
どう考えてもおかしい。
もっと不思議なことには
私以外のクラスの者は皆、
彼女たちが以前からいるように
ふるまっているのだ。
そして先生たちも。
彼女たちの名も
みんな知っているようだ。
私もおかしいとは思いつつも
それに合わせるしかなかった。
まさかこの状況で
クラスメートの前で。
「この二人
昨日までいなかった」
などと言えるわけもない。
悪い冗談としか取ってもらえない。
それに私は
そのような冗談を飛ばすキャラでもなかった。
マンガではこういう場合
同調してくれる者が
一人や二人いても
おかしくはないのだが
現実にはいそうもない。
「御刀君」
季崎という名の少女が私に声をかけてきた。
美人だった。
高校生らしい初々しさは残るものの
長い髪、つぶらな瞳、
その瞳で見つめられると。
「御刀君はどこに住んでいるの」
「この近くだよ」
私は思わず住所を答えていた。
「そう」
後ろの席で堆星と名乗る少女が、
私たち二人の表情を見比べながら
笑みを浮かべている。
私がもっと驚いたのは次の日の朝だった。
家を出て歩き始めた私が、
隣りの家の門にさしかかった時
何とあの二人が。
季崎レナ
堆星ルリ
の二人が。
名前はそれとなく本人たちから聞き出した。
そこから出て来たのだ。
「おはよう。御刀君」
「お、おはよう」
「偶然ね。
御刀君の家が私の家の隣りだったなんて」レナ
“こういう言い方はおかしいか”
本来なら『おはよう。
今日も一緒に登校しましょう』
とでもなるのかな。
家が隣りなら幼なじみという事だろうし。
まあいいか。
“都合が悪ければ-----また-----”
レナはニコリと
そのような彼女の思いには気づかず。
そんな馬鹿な!?
この家は昨日まで、
どこかの会社の社長で
虹来さんという人が住んでいたはず。
引っ越すなんて話、聞いたこともないし
第一、それならば荷物をどうしたのだろう。
何と答えたものやら。
ここは
『何言ってんだ
生まれた時から隣同士だろう』
とでも答えておくべきだったのか。
私はそう気づいたのだが
すでに答えるタイミングを失していた。
私は二人と連れ立って歩き始めた。
こういう場合マンガなら
相手は魔女か宇宙人か怪物か。
取り憑かれた主人公は-----
恋愛関係となるか
食べられるか
戦士としてこき使われるか。
はたまた。
「姫様。
あの人間がいたく御気に召されたようでございますね」
アルメネーが探るように
まじまじとラトリシアをのぞき込んだ。
「そんな。
ただ、ちょっと。
それより-----姫様はおやめ。
ここでは季崎レナ。
それとアルメ-----いえ、ルリ。
気がつかなかった。
あの御刀君。
私の催眠暗示が全く効いていないのに」
「はい。もちろん。
どういう事でしょう」
と笑みを漏らしたまま。
ルリは別段気にもしていない。
他のみんなには効いている事だし。
御刀君一人が何を言い出そうが。
誰も相手にはしない。
それに-----
「何よ。その眼は。
私がしくじるとでも」
「はい」
ルリはいともあっさりと答えた。
“姫様だって失敗する事はある。
特に-----”
それを察したのか。
「それならお前がおやり」
「よろしいので」
レナは首を縦に振った。
ルリの眼が御刀リョオに向けて白い閃光を放った。
リョオは席に着いている。
「これでだいじょうぶですわ」
ルリが自信たっぷりに断言した。
ラトリシア様は。
いえ、レナ様はあの人間-----
御刀リョオをいたく気に入られたよう。
かなわぬ恋とはいいながら、姫様がおかわいそう。
ルリは一人思い悩んだ。
この世界は様々な
次元の異なる世界からなっている
いくつもの階層よりなる
超次元世界
人間界
魔界がそれである。
その数多い超次元世界の中でも
上位に位置する
ラティファルムスが二人の故郷である。
実際、人間界より
はるかに上位に位置するラティファルムス界の。
しかも国王の娘たる姫様が
たかだか人間の男に恋をするとは。
これまでにも何度か
そのような掟破りの行為はあったようだが。
それはあくまでラティファルムス界の中でも
市井の者たちの話。
それをまさか
レナ様のような高貴の方が。
それに他にも気がかりな事が。
姫様がラティファルムス界を離れ
人間界へと来られた理由は。
レムルレング界。
超次元界の中で-----
最高位に位置する世界を統べる
皇帝ジュピトス様のお目にとまり
その第一皇子たる-----一人息子だそうだ-----
ティトス様のお妃にとの話があったため。
この縁談、姫様にとっては玉の輿ではあるのだが。
問題はこのティトス様。
ラティファルムス界へ流れてくるウワサでは
す・こ・ぶ・る御評判がおよろしくない。
レナ様も縁談のお話があってから気になられるらしく
ジュピトス様の皇帝城に仕える女官たちに
人をやり調べては見られたのだが。
まず第一にブ男。
二も三もない。
それが全て。
お見合いなんてそんなもの。
苦労して手に入れた
立体フォログラフに写るその姿を見たとたん、
幻滅。
超次元人でも高位の者は写真になどは写らない。
それが写るという事は-----
そのため超次元人が人間界にいる時には
催眠暗示をかけて-----
そんな事はどうでもいい。
あれでは、姫様があまりに。
素行も悪く、乱暴者。
しかも馬鹿。
超能力者としても最低最悪。
親の権威を笠に着て
悪さのし放題。
出てくるは、出てくるは。
悪い評判が
ウジャウジャ、
ウジャウジャ。
それを聞いた父王君のローレム様も困り果て。
なんと言っても
ジュピトス様のお申し出を断る事など
出来ようはずもない。
あまりの姫様のおかわいそうな様子に
私、見るに見かねて。
「ここは一つ。
お姿をお隠しになられては。
その内向こうもあきらめますわ」
私自身、自信があるわけではなかったけれど
こうでも言わなければ。
ラトリシア様はその言葉に顔を上げられ。
「身を隠すといってもどこへ。アルメネー。
なぐさめてくれるのはありがたいけれど」
「姫様、あきらめてはいけません。
第一あんな奴に。
レムルレング界では
息子に嫁の来てがないからといって
よりにもよってラトリシア様に
そのシワ寄せをなさろうとするなんて
いかにジュピトス様でもひどすぎます。
それに向こうでも
散々ことわられたご様子ですから
すぐにおあきらめになられますわよ」
という事で私がレナ様のお供をしてこの人間界へ。
ここまではうまくいったものの
この先どうなる事やら。
何せジュピトス様は
名にしおうレムルレング界。
いえ、この超次元世界一の超能力者。
その配下にも名うての者たちが。
すぐにでも見つけ出されて連れ戻されるのでは
と不安の日々が続いている。
そこへあろう事か
姫様が人間などに。
この事がもしジュピトス様に知れれば
相手の男性もタダでは済まない。
八つ裂きにされてしまうかも。
ウワサではジュピトス様がお怒りになられると
あな、恐ろしや。
いかに父王ローレム様でもかばいきれるものではない。
姫様ももちろんそれはご存知のはず。
物憂げなラトリシア様の横顔。
次にレイファグル・ゲートが開く一月後が。
ラティファルムスからの追っ手がその時には。
それともう一つ気がかりな事が。
この学校の他の者たちには
姫様のかけた催眠暗示が効いているのに
あの御刀リョオには。
ホレた弱みでかけ損ねたのかと
軽く考えていたのだが
そうではない様子。
事実、私がかけた後もあの男-----全く効果がない。
考えられることは
特別な体質。
つまり鈍感なのか。
しかしそれでかからなかったという話は
今まで聞いた事がない。
私たちと同じ超能力者なのか。
もう少し様子を見てみるしかない。
アッ。レナ様がこちらへいらっしゃった。
“やはりあの子”
リョオはレナの事をひどく気にしていた。
超能力者には違いないのだが。
その証拠にさかんに
私に催眠暗示をかけようとしている。
この人間界の超能力者かと
最初考えてもみたが違うらしい。
とすると超次元世界の住人か。
ゾルトレス界かレーライル界か。
それとも。
とにかく私の属する世界の者ではない。
それに先の二つの世界の住人にしては
超能力者として巨大すぎる。
するとラティファルムス界あたりか。
それとなく探ってみるか。
親父の差し金にしては
やり方がいかにもおそまつすぎるし。
まさか他の世界の者を送ってよこすはずが-----
いや-----わからんか。
親父の奴。
最近早く結婚しろと矢の催促。
見合い話が後から後から。
まだ身を固める気などはない?のだが。
ことわってもことわっても
この人間界にいても事あるごとに。
しかしあの娘。
「御刀君」
季崎さんが気軽に話しかけてきた。