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そのとき勇者はひらめいた「お前の屁が世界を救うかもしれない……」

作者: toiF

 奔る閃光。交錯する光と闇。

 正義の使者たる勇者一行と、闇の象徴たる魔王。

 魔王城の「玉座の間」では、人類の命運をかけた最終決戦が繰り広げられていた。


 そして今、その戦いは勝敗を決しようとしていた。


「これで最後だ。魔王!」


 勇者の聖剣が目映い輝きを放つ。


「させるものか……!」


 勇者が振り下ろした剣を、異形の大悪魔――魔王が魔剣によって受け止める。 

 二つの相反する力が激突し、衝撃波が奔る。


「……ククク。この程度で我を殺そうなど、舐められたものだ……!」


 魔王の魔剣が、いっそう重さを増す。

 じわじわと、押される勇者。


「そうだ。確かに殺せない……オレ一人では、なっ!」


 勇者の口元が、笑みをつくる。

 魔王が何かに気付いたように、目を見開く。


「……ジョン、今だ!」


 勇者の声と同時に、魔法使いジョンの強力な束縛魔法が発動する。

 魔力で編み込まれた無数の綱が地面から飛び出し、魔王の身体に巻き付いていく。


「このような束縛魔法……! 力尽くで破ってくれるわ!」


 魔王の雄叫びをあげる。だが勇者の余裕は崩れない。


「いけ、マイケル!」


 聖職者マイケルの聖なる白魔法が、魔王の闇の力を押さえ込む。


「くっ、我が行動パターンが、読まれている……だと」

「そしてさらに、ダメ押しのタロウだ!」


 戦士タロウが、巨大な斧で魔王を背後から殴りつける。

 無敵の魔王に、わずか一瞬の隙が生じる。

 そして、


「――とどめは、このオレだ!」

「……くっ」


 その隙を待ち構えていた勇者の聖剣が、魔王の心臓をまっすぐに貫く。

 魔王が、苦悶の声を漏らす。

 束縛魔法で身動きの取れない魔王は、そのまま倒れることもできずに喀血した。


「魔王、これが――仲間の力さ」



 勝利を確信した勇者は、聖剣を引き抜く。


 だが――



 クックックックックック。クッハッハッハッハッハ。



 それは、心臓を裂かれ致命傷を負ったはずの魔王の笑い声。

 魔王は、冷たい笑みを浮かべていた。


「……だが勇者よ、残念だったな。我は不死身なのだ……! 闇と契約を交わしたその日から、我に死は訪れない。例えこの肉体が滅びようとも闇より蘇るのだ。……ゆえに我はこの世界の頂点に君臨する、最強の存在……!」

「……ふっ。知っているさ。このオレが対策をしていないとでも?」

「な、なに」

「この戦いは人類の存亡を賭けたものだ。オレたちは絶対に負けるわけにはいかない!」


 それは魔王に対する勝利の宣言だった。


「その為に、この世にたった一つの伝説の秘薬を用意し、……用意して……」


 勇者は得意げな顔で腰のポーチを探り……、


「……」

「……」


 徐々に表情に焦りが浮かび始める。


「あ……あれ、誰か秘薬知らない?」


「……いや知らない、けど」


 と、かぶりを振るジョン。


「……僕も知らない」


 と、怪訝な顔つきのマイケル。

 勇者と二人の視線が、残る最後のタロウに集まる。


「……ごめんそれ、さっき俺が飲んだ」

「た、タロウ!」



 ……


「……それで要するに、床に落ちていたのを回復薬と間違えて飲んだと」

「……はい」


 玉座の間には、なんともいえない気まずい空気が漂っていた。

 魔王はそんな空気を察してかそれとも困惑しているのか、先ほどから黙っている。


「プフッ! フハハハハハハハ。もう、これ以上耐えられんっ! 傑作では、ないかっ! アハハハハハハ」


 前言撤回。魔王はこの空気を面白がって笑うのを堪えていた。相当な意地の悪い男であった。


「ハハハッハ! アッハハハハ」

「すまない。オレがうっかり落としたのが悪いんだよ」


 勇者は、頭を抱えた。


「アハハハッハハハハハッ!」

「タロウ……お前、自分が何をしたのか分かっているのか! お前のせいで――」


 ジョンがタロウを容赦なく責め立てる。


「アハハッハハアハハ!」

「この魔王を殺――」

「ハハハッハハア!」

「手立ては――」

「ウハハハハハアアアア」

「はぁーー静かにしてろ!」

「――ぁんっ」

 イライラしたジョンが、束縛魔法で魔王の喉を思い切り締め付けた。

 魔王は情けない声をあげて、静かになった。

 ムゴムゴと呻いている。


「けどここでタロウを責めても仕方がないよ。なにか方法があるか考えるべきだと思う」

「マイケルの言う通りだ」


 マイケルの冷静な言葉に、勇者が同調する。


「だが……ほかに方法なんてあるかよ?」

「きっとなにかあるはずだ……!」

「タロウお前もなんか言え!」

「……ごめん。何も思い浮かばない」

「……提案しておいてだけど、僕もだ」


 そして誰も提案しないまま、静まり返った。


「このままでは魔王が復活して、今度こそ世界が滅びてしまう。愛する人も、友人たちも……。……人類の、世界の終わりだ」


 ぽつりと勇者が呟いた。

 悲痛な空気が部屋を満たした。


「……くそ」

「あと少しだったのに……!」

「俺が誤って飲んでしまったばかりに……」

「ならタロウに、むりやり吐き出させれば!」

「そんな方法、上手くいくわけがないよ」

「……待てよ、そうか!」


 マイケルが何かを思いついたのか、声をあげた。


「どうしたんだマイケル? なにか思い浮かんだか!?」

「ひとつだけ、ひとつだけある。まだ、この世界は終わりじゃない!」

「いったいその方法は……?」


 皆がその答えに期待して、マイケルを見た。

 マイケルはゆっくりと口を開く。


「……出せばいいんだ」

「まさか」


 なにか嫌な予感のしたタロウは、生唾を呑み込む。


 マイケルは演説家のように、両腕を広げた。

 どこからか光が差し込み、まるでスポットライトのように彼を照らす。


「屁だ……!」


 不穏な空気を感じた魔王が、ぴくりと身震いした。



「人体は魔素そのものを体内に取り入れることはできない。たとえ体内で気化したとしても、比重の重いそれは、空気と混じることなく低位に存在し続ける。つまり、時間さえ経てばそのままの濃度で排出される……!」

「そんな……そんなことが可能なのか……!! 本当に屁で、この魔王を倒すことが可能なのか……!」


 勇者が嬉しそうに、はしゃぐ。


「屁だ! 屁しかない! やったぞ。あとは魔王に吸わせればいいんだ!!」


 ジョンは歓喜を露わにして叫んだ。


「…………」


 ただひとり、タロウだけが現実を受け止め切れていなかった。


「…………」


 否――もう一人、受け止められていない存在がいた。……魔王だった。


 二人は同時に顔を見合わせる。互いに、恐怖の色が浮かんでいた。

 そして、二人の顔から血の気が引いていく。


「よしタロウ、屁をしろっ!」

「すぐに出してくれ! ひねり出すんだ!」

「アイディアは出した。あとは頼んだよタロウ!」

 

 三人は、世界を救えることの希望によってお祭り騒ぎのようになっている。

 抱き合い、ハイタッチさえしている。


「待て待て、待ってくれ! 屁? 本当に屁? 俺の知ってる「屁」と皆の「屁」ってもしかして違うの? なんか妙に屁を受け入れる体制整えるの早くない?」

「何を言ってんだよタロウ。屁ってのは尻から出すもんに決まってるだろ」


 ジョンの言葉に、タロウは目を白黒させている。


「そんな恥ずかし――」

「バカヤロウ!」


 勇者がタロウの頬をぴしりと殴った。


「あ、い痛っ!」

「世界を、みんなを救うためには、お前の屁しかないんだ!」

「……はい」

「確かにお前は、過ちを犯した。だが、いつまでもすねている場合じゃないだろう!」


 人前で、他人に向けて放屁をするという行為自体に何ら疑いを持っていない勇者は、タロウがすねているからやりたがらないのだと思い込んでいた。

 人として重要な「羞恥心」という概念が、勇者には欠落しているようにタロウには思えた。

 当たり前のように、放屁による魔王との決着を望んでいる……。


「オレたちには愛する者がいる。かけがえのない仲間達がいるんはずだ。……お前はそれを守る、唯一の手段を持っている。他の誰にもできない。お前だけのたった一つの方法をな!」


 再び、タロウと魔王は顔を見合わせた。

 言葉を交わさずとも、互いの言いたいことは分かった。


 ――この男、狂ってる。


「けど、魔王に移すことなんてできないんじゃないのかい? その、ほら空気に拡散していって、上手く移せないよ」


 タロウは必死に回避すべく、頭を働かせる。

 何としてでも反論し、そのうちに対案を考えねばならなかった。

 

「その分、ぴったりと密着すればいい」


 食い気味のジョンの即答だった。


「できないよ……そんなこと」

「……だが確かに、少し不安が残るな。接地面を完全に密着させることなんて可能なのか」


 勇者が良いところに着目した。

 タロウは心の中で勇者を褒めたたえた。


「ならば任せてくれ。風魔法で、空気の流れを作ろう」


 だがふたたび食い気味の、ジョンの即答だった。


「流石だよジョン」

「やったな」

「いける。いけるぞ……!」


 皆の目がいっそう希望の光で輝き出す。


「……おや? なにか気になる点でもあるかいタロウ」

「気になる点しかないよ。……正気とは思えないよ」

「なにがだい? ともかく今すぐにでもタロウは準備にとりかかってくれ」

「……そもそも! みんなは、耐えられるのかい? こんな倒し方で本当に? 満足?」

「いいぞ」

「お前ならできる。そう不安がるな」

「僕も信じてる」


 タロウは内心震えていた。

 ここまで勢いのついた彼らは、もう止められない。過去止められた試しがない。

 つまり――放屁作戦は現実のものとなりつつある。

 

 タロウは、さりげなく魔王を見る。

 これから恐ろしい行為をするかもしれない、相手を見る。

 よく見ると、魔王の足がかすかに震えていた。


「待った、待った! ほら魔王の意見も聞いてみよう」

「……なにいってるんだタロウ。敵に意見聞くって、おかしいよ」


 勇者の真顔にタロウは苛立ちはじめた。


「でも、じゃあ俺のお尻を……皆の前で出せっていうのかい!」

「出せ出せ!」

「その、あの、人に尻を見られたくはないんだけど」

「なら見ねぇよ」

「僕も見ないよ」

「見るよ。目に焼き付けるほどオレは見るよ。魔王が倒れる、最高の瞬間じゃないか。その光景をみたくて今まで頑張ってきたんだ」


 やはり群を抜いて、勇者はいかれていた。


「最高の瞬間って放屁でも、かい?」

「そうだよ。ついでに仲間の活躍も見られるなんて、最高だ」

「……よし、そろそろやろうぜ」

「待って、心の準備が」

「うるさい! 世界が左右されているんだ!」

「待て、待ってくれ。分かった!! 出せば……いいんだろう」


 勇者の言葉通り、タロウは今、人類を平和にもたらす唯一の手段を持っている。

 世界平和の実現がタロウのこの、ひとひねりにかかっている

 タロウは思った。

 こうなれば、一瞬で終わらせるしかない。

 

 周りの目が、期待に満ちている。

 タロウの額に、汗が浮かぶ。

 マイケルは束縛の力を調整して、魔王をお辞儀させるような格好にさせた。

 それは、タロウの尻と合うちょうどいい高さ。

 準備は整った。


 タロウは震える手でズボンを……

 (自粛)

 そして、ついに魔王に向けてセットポジションに入った。


 勇者たちは、すぐさま連携を取り始める。


「支援準備完了」

「距離、よし」

「方角、よし」

「皆、緊急時に備えて距離を取れ」

「カウント、いくぞ」


「3」


「2」


「1」


 ……


「……出ないよ」


 屁は、出なかった。

 自由自在に屁を出せるほど、タロウは放屁をコントロールした経験がなかった。

 もちろん屁を武器として使うのも経験がないのだが。


「ああ言い忘れてたよ。僕の計算によると、あと1時間は魔素入りの屁は出ない。今出たとしてもそれは、ただの屁だよ」

「早く言えっ!」

「おかげで良い緊張感で予行演習できただろう? ふふふ」


 マイケルが、朗らかに笑った。

 タロウと魔王が般若のような怒りと悲しみの入り混じった目で、マイケルを見た。



――そして待つこと約1時間



「……いけるか? そろそろいけるだろう? タロウ」


 勇者が優しく声をかけた。


「……ああ」


 確かにタロウは、今、いけそうな気がしていた。

 だが問題は、今までの待ち時間だった。

 およそ1時間近くも、タロウは屁を待ち望まれる環境にいた。

 タロウは肌で感じるのだ。

 当初よりも、屁に対する期待値が上がっているのを。

 皆が屁を求める気持ちが、強く、一体となっているのを。


 拘束された魔王が、びくんびくんと暴れ始める。


「みんな、いくぞ! フォーメーションにつけ!」

「よっしゃ」

「今度こそやるぞ」

「タロウ早く、セットするんだ!!」


 勇者の声に、すぐさま支援体制が整っていく。

 

「……」


 もはや何も言うまい。

 タロウは、おもむろにズボンに手をかけて……(自粛)……再びセットポジションに入った。


「支援準備完了」

「よし、セッティングは完璧だ」

「皆、緊急時に備えて距離を取るんだ」

「カウント、いくぞ……」


「3」


「2」


「い……」


 カウントが終わりを見せ、そして人類の勝利が近づいたその瞬間。

 そのとき――異変が起きた。


「グァァァァアアアアアアアっ!」


 暴れる力がないはずの魔王が、限界を超えて束縛魔法を打ち破ったのだ。


「しまった! 放屁運動中止!! 中止だ!!」


 タロウはとっさに手をあてがって、寸前で必死に耐える。

 このまま出してしまっては、上手く魔王の体内に入れられないかもしれない。

 そうなれば、ただの無駄屁である。

 ただただ魔王に向かって屁を放っただけの男になってしまう。


「黙って聞いていれば、好き勝手に言いよって! もう、耐えられんわっっ!」

「なんて力だ……。皆、急いで魔王を取り囲め! もう一度拘束するぞ!」


 勇者たちが慌てて武器を構える。

 魔王がめちゃくちゃに暴れ出す。闇の力が暴走する。


「貴様らには誇りはないのか! 優しさはないのか!! 人の心はないのか!!」

「落ち着け! 落ち着くんだ魔王!」


 闇の奔流がジョンを飲み込み、そのまま吹き飛ばす。

 マイケルが、必死に荒れ狂う闇を押さえ込もうとする。

 

「自分がされたらどう思う!? やってはならないことがあるだろう! 貴様らには思いやりの心が欠けているんじゃないのかァっ!」


 その屁の試みは、かえって魔王から力を引き出してしまったようだった。

 もはや誰も手がつけられない。

 

「ぐあっ、なんて力だ」

「や、やられる……」

「みんな気を引き締めろ! もう1度いくぞ」


 勇者が、ここぞとばかりに声を張り上げた。

 そして、魔王を取り巻く闇に斬りかかっていく。

 魔王の悪の力と、聖剣の光が衝突する。


「……ジョン今だ!!」


 魔力で編み込まれた無数の綱が地面から飛び出し、暴れる魔王の身体に巻き付いていく。


「いけっ、マイケル!」

「人間どもよ、そうまでして勝ちたいか……! そうまでこの我を、屁に晒したいかァ!」


 聖職者マイケルの聖なる白魔法が、魔王の闇の力を押さえ込む。


「ダメ押しのタロウだ! ……タロウ?」

「……クククク。タロウよ、迷っているか。そうだ。お前だけはこちら側の人間のはずだ……」


 魔王の言う通り、タロウの心は揺さぶられつつあった。

 ――自分がされたら嫌なことは、人にしてはいけない。

 魔王の言う通りだった。タロウは人から屁をかけられたくは、ない。


「タロウ、そんなはずはないだろう!? タロウ!」


 勇者が叫ぶ。

 魔王がうっすらと笑みを浮かべ始める。


「……人間という生き物はかくも醜い。かくも汚い! この世に、他者に屁を吹きかける知的生物など、人間以外にはいまい!! 人間など滅んでしまえばいいのだ! タロウよ、もし我を救うのなら、貴様を我が配下にしてやろう!」

「タロウ! 魔王の甘言に騙されるな! オレたちはお前の屁を信じてる! タロウが放屁を成し遂げてくれるって信じてるぞ!!」

「そうだぜタロウ! 人間なんてのはな、清濁すべてを持ち合わせているから美しいんだ! 屁は美しい!」

「僕たちだってもともと極限まで薄まった屁のなかで生きているようなものなんだ! 吸わせることなんて何も後ろめたいことないさ!」

「……ふっ、タロウよ。答えを聞こうでは無いか。我とともにこの醜き人類を滅ぼすのか、否か!!」

「……俺は」


 その場の全員が、必死にタロウに縋る。

 彼らの、救いを求める澄んだ瞳。

 それを見て、タロウは昔の記憶を思い出す……。



 タロウはかつて、勇者に憧れた少年だった――。

 生まれ故郷の小さな農村では、彼は村一番の力持ちで、村一番の優しい男で、そして、勇気のある少年だった。

 けれども村を出て、世界の広さを知った。

 世間にはタロウより強い者も、優しい者も大勢いた。

 タロウは現実を生きていくうちにいつしか――夢を捨てた。


 自分ではない本物の「勇者」を支えることこそが、脇役こそが自分の役目なのだと、そう思ったのだ。


 だが、今この状況はどうだ。

 魔王との最終決戦という重大な場面において、皆が、タロウに期待している。

 世界が、人類が、タロウの屁を待ち望んでいる。

 この世でタロウこそが、すべてを救う手段を持っている。

 例えタロウが勇者にはなり得ない器だとしても、忘れてしまった夢だったとしても。

 

 ――今この瞬間だけ、タロウは勇者なのだ。


「……俺は、今、屁が出したい!」


 ついにタロウが心の底から、叫ぶ。


「そんな……馬鹿な! 貴様なにをいう!!」


 魔王はうろたえた。


「どんな姿をさらすことになったとしても……人を助けることなら、多くの人を救えるのなら、それは誇るべきことじゃないのか!」

「いや、面前での屁は恥ずかしいぞ! 目を覚ますのだタロウ!」

「そうだタロウ、よく言ったぞ!」

「言ってやれ!」

「そうだ、そうだ」

 勇者たちが喝采を送る。

 

「この放屁を、少年時代の自分に捧げたい……。周りのことばかり考えて、脇役に甘んじてしまった俺なんかより、立派に放屁してみせる主役の俺のほうがかっこいいんじゃないか?」

「タロウ! 貴様だけは信じていたのに!」

「みんな……遅れてすまなかった。俺、放屁する心の準備ができた」

「よし!」

「やったぜ!」

「待ってたよ」

 

 このとき真の意味で勇者一行は、一体となった。


「まさか……そんな、馬鹿な。我は、この世の終わりを見ているのか」


 魔王の心がぽっきりと折れた。

 あえなく身体を拘束される。


「魔王、あまり暴れるな。すぐに終わらせてやる」

「……くっ、いっそ我を殺してくれ。不死などいらない。今すぐ誰か我を殺してくれ」

「よし、やるぞ……」


 彼らはもはや慣れてしまった動きで、無駄なくフォーメーションを組む。

 ジョンが風魔法のスタンバイをし、

 マイケルが距離は方角を測定し、

 勇者が指揮をとる。


 みんなで人類を、救うのだ。

 

「支援準備完了!!」

「距離、方角、オールグリーン!」

「皆、目に焼き付けろ! 俺たちの勝利の瞬間だ!」

「カウント、いくぞ……!」


「3!」


 タロウが、自身の腹部に意識を集中させた。

 この世の人類のため、タロウは使命に燃えていた。


「2!」


 なんとしてでも、絞り出す。

 ――人生最大にして最高の瞬間を、迎えてやる。


「1!」


「頑張れ!」「いける!」「自分を信じて!」


「くる、くるぞ……くああっ」

 力みに、声が止まった。



 静寂のなか、その勝利の一音が響き渡った。



 外の世界では、魔王の魔力によって維持されていた結界が次々と崩壊していた。

 魔物たちが主の終わりを悟り、逃げていく。


 世界中の人々が、勇者たちの勝利を知った。

 歓声が沸き上がる。涙する者もいる。抱き合う者たちがいる。


「あのお兄ちゃんたちが倒したんだね!! 魔王を倒したんだ!」


 とある小さな村の少年が、興奮して飛び跳ねた。 


「きっと成し遂げてくれるって信じてたぜ!! あのガキどもが!!」


 とある鍛冶屋の髭面の男が、空を見上げて、目を細める。


「まあ……ついにやったのね」


 とある城の美しき姫が、想い人である勇者を想像して、胸に手をあてる。

 その目にはほろりと涙が。


 ありとあらゆる場所が、歓喜に湧き上がる。

 

 勇者! 勇者! 勇者! 勇者!


 勇者を褒め称える声が、世界各地で鳴り止まない。


 勇者! 勇者! 勇者! 勇者!


 世界の各地が喜びの声がこだまする。

 熱狂の渦が、巻き起こった。


 次第に彼らは、勇者の死闘を想像する。

 どれほどの激しい戦いであったか。

 どれほどの勇者の叫びがあったか。

 どれほど、正義と悪のせめぎ合いがあったのか。


 誰もが胸を熱くさせながら、想像する。

 魔王に立ち向かう勇者と、輝かしき聖剣でとどめを刺すその瞬間を。



 ……そう、屁で、世界が救われたとは露知らず。


▼ 


「やったか……!」


 作戦は完璧に実行された。

 魔王の体内には、秘薬が充満しているはずだった。

 不死性を失ったのならば、もはや死にかけの肉体では生きることはできない。


 はたして、魔王は今度こそぐったりと力なく、頭を垂らす。


「待て、まだ、息があるぞ!!」


 勇者が叫ぶ。

 緊張感が走り、勇者達は今度こそ武器をとり、身構える。


「だが、なぜ魔王は死んでいないんだ……! 秘薬は効いていないのか!?」

「まさか……もしかしたら全てが出切っていなかったのかもしれない! でも……大丈夫、この魔王はほとんど仮死状態だ」

 

「もう、いいよ」


 ぽろりと一滴が落ちた。

 魔王は、泣いていた。


「ニンゲンこわい」


 屁をかけられるなど、魔王には体験したことのないものだった。


「な、泣くなよ!」

「……もう我、魔王、やめる。だからもう、離して」


 空気を読んだジョンが、束縛魔法を解いてあげる。

 

 どことなく屁の臭いを漂わせながら、とぼとぼと歩いて行く魔王。


「おい、どこへ行くんだ魔王!」

「……もうニンゲンには逆らわない。ニンゲン、だから、探さないで」


 そう言い残し、魔王は城から出て行こうとする。

 もはや魔の力を失いかけた魔王は、背中を丸めて玉座の間から出ていこうとする。


「お、おい。追いかけた方がいいんじゃ」

「そっとしておこう」

「例え悪さをしようとしても、彼の力はもう、ほとんど残っていないよ」



 タロウは呟いた。


「……あれ、なんか思ってたのと、違う」


 ともかく、こうして世界の平和は守られたのだった――。

 それから魔王の行方は、誰も知らない。

 もう少し話に捻りがあった方が良かったかも知れませんね。そう、屁のように。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] めちゃくちゃ面白かったです。 読んでいくと吹き出さずにはいられなくなりました笑 それにしてもこの魔王、今後どうやって生きていくつもりなんだろ…笑笑
[一言] マッチ売りに続いて読まさせていただきました 読んだ後の第一感想はいかれてる。です もちろん褒め言葉です笑 勢いとギャグで腹が痛くなりました笑 魔王の悲惨さたるや…笑
2017/12/26 14:49 退会済み
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