ミア
あいつはおかしい。あいつの【治癒魔法】の力は異常だ。非常識だ。あり得ない。
そう、ミアは思った。
ミアは自身が世界有数の【治癒魔法】の使い手だと自負している。これも父の治癒士としての才能を濃く受け継いだからだ。魔法の才能は遺伝する。世界の常識である。それ故、貴族ほど魔法の才能に拘り続ける。兄も【治癒魔法】の才能は受け継いでいる。それなりの使い手だろう。だが、悲しいことに妹であるミアにも【治癒魔法】の才能があった。兄を超えるほどに。自分は天才だと思っていた。元々治癒の魔法の資質がある者は少ない。今まで見た中にミアと同等かそれ以上の力を持つ者は父だけだった。その父が傷を負い、自身の力が通じず絶望を感じた。
それなのに、あいつは事も簡単に治した。
声が出せなくなった女剣士ヘルガもだ。
旅の治癒士?あり得ない。ここまでの力を持つ治癒士ならミアが知らないはずがない。
何者なのか。ただ分かることは一つある。あいつの力は本物である。
ミアもあいつと共に行動することで【治癒魔法】の力が上がったと思わされる。何度も重症者を治したことが結果的に良かったのか、魔力量が増大したと感じる。
「これはいいことなの?これを見込んで父はあいつの弟子として………………まさか、結婚して子供を……さらなる治癒の才能を秘めた子を……そんなことは」
決してないとは言い切れなかった。
今まで娘であるミアも感じるほどに過保護に過ごさせてもらってきた。ミアが望めば何でも手に入ったし、父以外の男と二人きりになることはなかった。いつも一緒にいたミアの従者兼護衛のマリアとタチアナも旅についてこない。
最初は見知らぬ男と旅が怖かった。だけど、隠れてマリアとタチアナがミアの周囲を護衛してると思ったから耐えることができた。でも1ヵ月もたち、接触もなく、本当に一人ぼっちになったと心細かった。
安心したのは、あいつは女に興味がないようだった。ただお金にばかり執着する卑しい者だった。そう……ミアから見ても異常とも思えるほどお金に執着していた。貴族である父に交渉して金貨を手に入れようとしたり。その金に汚いあいつが、女剣士ヘルガに金貨2000枚もポンと出したことだ。元A級冒険者だと聞いた。冒険者は粗暴な連中ばかりだと思っていた。しかし、ヘルガは同性であるミアが見ても美しかった。輝いて見えた。目には生気が感じられなかったが、あいつの力で治ってから目の色が変わったのを見逃さなかった。
「あいつは、ヘルガみたいな女が好みなの?」
もやもやした気持ちになり、ベットに倒れこむ。
コン コン
ドアを軽く叩く音が聞こえる。
「どなた?」
「ヘルガです。ケン様からこちらに行くようにと……」
「……?分かった。今開ける」
なぜあいつの所有物である奴隷がミアの部屋を訪ねたのか。
すぐそこにいるし、聞けば分かるよね。
「それで、用はなに?ミアは疲れたから眠りたいの」
少しぶっきらぼうな口の聞き方をしてしまった。
「お疲れの所申し訳ございません。ケン様からミア様の護衛としてこちらの部屋で寝るようにと言われまして」
「金貨2000枚も払った奴隷を、金に汚いあいつが、ミアの所に寄越す。そう、なら警護をよろしく」
「はい。それと今後の方針として『南大陸』に行くとのことです」
「!!!」
魔物が増えすぎてもう10年もしないうちに人が住めない大地になるとされる場所。
何故そこに行くのか。
疲れた体は休息を求めるまま眠りについた。




