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彼誰刻の我楽多  作者: タカノケイ
我楽多
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 高く振り上げられ、勢いを付けた足が目前に迫った瞬間、晴明はふわりとしたものに包まれた。


「遅くなってわりい」


 頭上から声が響く。何者かに抱えられ、窮地から救い出されたのだということがわかった。少しの衝撃の後、晴明はるあきは地面にそっと下ろされた。首を捻って、自分を救った者の姿を見上げる。

 それは「獣」と言って間違いなかった。犬のような狐のような……とはいえ動物ではないことは二本足で立ったその姿勢から間違いない。大きさは人と変わらないが、新たな化け物が現れたのだ。

 それなのに何故か不安にならないのは、狐の化け物が良く見覚えのある服を着ているからだった。もう片方の肩の上に担ぎ上げられていたすずめが、晴明の隣に優しく降ろされた。


「はる。あれはちょっと俺でも手こずりそうだから、動けそうなら雀を連れて逃げてくれ。でも無理はすんなよ。すぐに青っさんたちが来るから」


 その獣は、屈んだまま早口に言って、先ほど雀の差した方と同じ路地の奥を指さした。知らない声だったが、話し方に聞き覚えがあった。

 遠くから値踏みするようにこちらを見ていた荊忌が、意を決めたようにこちらに向かって歩いてくる。


『その姿、日轍(ひわだち)であろう。何故、我の邪魔をする』

「いや、だって友達だし」


 獣はにやりと笑って立ち上がった。荊忌の足が止まる。


『人の仔と? 笑止千万。ともあれ、あのまま逃げれば良かったものを、勝てる相手も見極められぬか』


 腹まで響くような声とともに、荊忌の体が膨れ上がったように見えた。獣は荊忌の前に立ちふさがる。


「千太、わりい、頼む」


 晴明は思わずその名を呼んだ。晴明をかばう様に立つ獣の、耳まで裂けた口の端が笑うように弧を描く。


「おう、任せとけ、はる」


 千太は二本の指を口の前に立てる。小さな体が一瞬膨れ上がり、フウ!と強く息を吐いた。ゴゴウ、と赤黒い炎が噴き出して、荊忌を取り囲む。荊忌は炎を気にした様子もなく、うっとおしそうに地面を手のひらで強く叩いた。


『小賢しい。非力な術使いめ』


 炎は消え、太い腕が千太に伸びる。千太はひらりと飛び上がり、ぎりぎりで届かない位置に着地した。着地と同時に、また同じ炎を吐く。晴明を庇うために遠くへ逃げられないのだ、とわかった。人型だった時とほとんど変わらぬ背丈の千太と、小山のような荊忌では、大人と子供がケンカをしているように見えた。


『ちょこまかと、功のないことを』


 再び、払うように千太の炎は消されてしまう。


「いいんだよ、時間稼ぎだし」


 タン、と千太が晴明の隣に着地した。くるりと視線を移した荊忌の目に明らかな動揺が走った。すすす、と三歩ほどの距離を開け、千太と晴明の後ろに視線を流す。


「よお。荊忌の大将」


 頭の上から声が聞こえた。晴明は仰け反るようにして、声の主を見る。晴明のすぐ後ろに河羽視かわしが立っていた。


「おま……えっ」


 息をのんで雀を抱き寄せると、晴明を見下ろしている河羽視と眼が合った。河羽視は黙って頷く。


――昨日のやつと顔が、違う?


 なんとなく、先日の河羽視と顔が違っているように思えた。何よりも目が違う。憂いを帯び、それでいて暖かな、どこか老人のような目だった。そしてそれは、不思議と青沼を思い出させた。


「ここから先は、廿楽つづら我楽多がらくた全員を敵に回すことになるが」


 よく通る張りのある声で河羽視は叫ぶ。その声に押されるように、荊忌は静かに下がった。


『……それは遠慮しておこう。だが、そいつは必ず貰いに来るぞ』


 晴明を指さした荊忌の背が縮み、肌の赤みが消えていく。そこには、やたら目つきが悪く、体格のいい浮浪者が一人立っていた。こちらを睨みながら後退り、やがて路地を抜ける。そして、そこだけ嫌に鮮明な色をしている大通りに消えていった。


 「はる兄、良かった」


 囁くような声で言って雀が目を閉じる。顔色は白いを通り越して、青白い。


「雀? 雀!」


 晴明は慌てて雀の頬を撫でる。


三鍼さんしん


 青沼の声が響いた。見上げると、そこにはタバコをふかすいつもの青沼が立っていた。気が付くと周りにも沢山の人がいた。彼らは「では」「くれぐれも気を付けろ」などと言うと「霧散する」という形容がぴったりくるように散り散りに消え去っていく。


 「やれやれ、出張は高くつくよ」


 人が捌けると、その後ろから三鍼が現れた。冷たい目で晴明を見下ろしてから、視線を雀に移す。


「そこのガキは問題ないね。駆噛の娘は連れてくよ。砂生さそう


 三鍼は、晴明の手を振り払って雀を抱え上げた。女の細腕にどれだけの力があるというのか、軽々と歩く。三鍼の行く手を阻む路地の壁がぐにゃり、と歪んだ。その向こうに見覚えのある診察室が見える。


「三鍼……先生」


 晴明は両手をついて何とか起き上がり、三鍼に向かって頭を下げた。


「妹をよろしくお願いします。助けてください、お願いですから助けてください」

「うるさいよ。あたしを誰だと思ってる。こいつも十万だ。一文だってまけないからね」


 三鍼が診察室に入ると、壁は元のコンクリートに戻った。晴明は何もないコンクリートを凝視する。


八塚やつづか、とりあえずまあ、うちに来ないか?」


 青沼が、ぽん、と晴明の肩に手を置いて言った。ほら、と千太が差し出す壊れた眼鏡を握りしめ、晴明は黙って頷いた。

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