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彼誰刻の我楽多  作者: タカノケイ
鬼火のライター
26/28

拾参

* 「夜の市」はふさふさ様の作品「風鈴の帆」の世界観とコラボさせていただいております。

  同じく、舟の店の少女「リコ」はふさふさ様のキャラクターです。

  また、鬼火のライターはふさふささんに設定を考えていただきました。

  この場を借りてお礼を申し上げます。

  また、2つの物語に齟齬がある場合には、ふさふささんの設定が優先されます

 風鈴の帆の舟に戻ると、船の上には二本のおさげを垂らした可愛らしい女の子が座っていた。晴明はあの小憎たらしい少年が居ないかと警戒してあたりを見回すが、どうやらいないようだ。


「リクから聞いてます」


 可愛い顔をしているのに、ニコリともせずに少女は晴明に向かってすっと片手を突き出した。きつく編んだおさげ髪がぴょん、と跳ねる。この手はなんだろう、握手か? と首を捻っていると更に前に突き出されたので、仕方なく握る。


「あ、よろしくおね……」

「バカなんですか? ライターを渡してください」


 ばし! と手を振り払われて、心の底からごみを見るような目で見られた。最初から、ライターを渡せと言ったらいいではないか……晴明は真っ赤になる顔を感じながら、慌ててポケットからライターを取り出した。

 後ろで南天がくっ! と引きつった声を上げ、くるりと横を向いた千太の耳がピクピクと動いている。

 恥ずかしがる晴明など知ったことではないという顔で、リコはライターを受け取った。じっと見つめ、くるくると回したり、火に翳したりしたあと、そっと両手で包み込む。


「うん、念がこもってていいライター。鬼火はこちらで準備しま」


 前半は独り言のように、後半を振り返って言ったリコの目が、晴明の腰のあたりで止まった。何事だ? と目を向けた途端、覚えのある冷気に体を包まれた。


「あれー、またこの子」


 南天が、呆れた声で言った。笑いの発作が止まったのはいいことだが、冷気はどんどん強くなる。また、ということは前回と同じ子供なのだろうか。


「なんでなんだ?」


 千太も不思議そうに言って、晴明には何もいないようにしか見えない空間を見る。その間にも寒気が増して、空腹感も襲ってきた。


「ささささっきのって? どどどどんな子なんだ?」


 何故自分にだけ見えないのだろう。晴明は歯の根をカチカチ言わせながらやっとのことで声を出した。


「女の子だね。八歳くらいかな……あ、十二歳だって」


 十二歳なら、雀と棗と同い年だ。それにしては手の感覚が随分小さいような気がする。南天が八つに間違えるのだから、本当に小さいのだろう。そして、どうやら会話が出来るらしい。


「お客さん、その子が見えないんですか?」


 ライターをことりと置いて、リコは晴明の目を見ずに言った。


「みえない、けど」


 横を向いているから定かではないが、ほんの一瞬リコが痛みを堪えるように眉を寄せたように見えた。


「どうした? 大丈……」

「ちょっとの間、船から降りててください」


――ちりーん


 リコが言うのと同時に、風鈴が鳴る。


「ぶわああ!」


 やばい、と思った時にはもう水の中だった。晴明はジタバタともがいて水面に顔を出した。


「お前もかあ! くださいってのはな! くださいっていうのは! ……あっ! 眼鏡!?」

「まあまあ。はる、落ち着いてよ、眼鏡も大丈夫。かけてるよ」


 声がした方に顔を向けると、岸の上から手を伸ばす南天と、その隣にあきれ顔で立っている千太が見えた。


「なんでお前ら落ちてねえの?」

「落ちる前に跳んだからだけど」


 くすくす笑う南天に腕を掴まれる。人の災難を笑いやがって、引っ張って落としてやろうか、と思うがさすがにこんなに綺麗なのに落とすのは憚られる。……いや、顔じゃなくて着物が、と心の中で言い訳していると、すごい力で引き上げられた。


「相変わらず軽いなあ。はる、ちゃんと食べてる?」


 本当に心配そうに顔を覗き込まれて、晴明は落とそうと一瞬でも思ったことを後悔した。それに、引き上げられた感じだと、ひっぱったところで落とせなかったに違いない。


「食ってるよ。全くあの兄弟……まあ……きれいな水だからいいけどさ」


 水は底の白い砂利が見えるくらいに澄んだ清流だし、冷たいと言っても、先ほどの寒気に比べたら大したことは無い。


「あ、いいんだ。きれいな水な……ら……」


 最後まで言えずに南天が吹き出して、千太が「全く」と笑いながら火を出してくれた。その炎で温められれば、ほかほかとしてきて気持ちがいいくらいだった。


「できましたよ」


 服がほとんど乾いた頃、リコが船から顔を出した。笑い過ぎてゼイゼイと座り込んでいる南天を気味悪そうに見て、ライターを差し出す。


「五両です」

「え? 安くな……ぐあっ!」


 安くないか? と言おうとして、晴明は千太に思い切り腹パンされた。体をくの字に折って悶えている隙に、千太がさっさと支払いを済ませている。五両ということは五十万だ。あとで返すから、と言いたいが声が出ない。リコがこほん、と咳払いをする。


「面倒くさいんで一度しか言いませんよ? 力を得たいときはライターを付けて、炎を吸い込んでください。元に戻りたいときはもう一度ライターに向かって息を吹きかけて炎を戻すだけです。鬼火はライターの中で生贄の血の中に浮いていますが、その血が汚れたり減ったりしたら交換に来てくださいね。交換は五両です」

「生贄の血だけで五両?」


 晴明はぽつりとつぶやいた。今回、鬼火と生贄の血で五両で、生贄の血の交換だけでも五両なのだとしたら、鬼火の料金はどうなっているのだろう、と思ったのだ。


「嫌なら他でどうぞ」


 リコはにべもなく言い放つ。


「いや、嫌だとかそうじゃなくて。あのえーと……そうだ、あの子は?」


 晴明はあの見えない子供の霊が居なくなっていることがふと気になった。その瞬間、少し歪んだリコの表情を見て、居なくなった子供と安くなった鬼火の料金の関係に気づく。鬼火とは死んだ人の魂のことなのではないか。とすれば、まさかこのライターの中の鬼火はあの子の魂なのではないか。晴明は思わず険しい顔でリコを睨む。


「その鬼火が、そうですけど」


 リコは一瞬の表情の変化などなかったように、面倒くさそうに言った。


「だと思った。戻してくれ」


 冗談じゃない、と思う。自分の都合で子供の魂を縛り付けるなんて絶対にお断りだと思った。


「面倒くさいお客さんですね。あの子、あなたに絡めとられて成仏できないんですよ。あなたが死ぬまで、あなたに憑いているしかない。あなたには見えないし声も聞こえないって言うのにね。その状態の方が楽なはずです。では、またのお越しを」


 その、と言いながらライターを指さして、すうっとリコは船の奥に移動する。面倒だと口では言いながら、真剣そのものの目を見て、晴明は何も言えなくなった。恐らく、リコは嘘を言っていない。何故、あの子が俺に捉われているのかはわからない。とはいえ……


「そ……うか。そういうことなら大事にする。ありがとう、何かあったらまた頼む!」


――ちりーん


 風もないのに風鈴が鳴る。漕ぎ手も居ないのに滑るように進む舟の上で、リコは確かに少し笑ったような気がした。


「行くぞ。生きてるってのは、それだけで価値がある。この世界に長居は禁物だ」


 千太が、黙ったままいつまでも遠くに浮かんだ舟を見ている晴明に話しかける。千太がそう言うなら本当に危険なのだろう。ここに居ても自分に出来ることなど、きっと何一つないのだ。リコにも鬼火になったこの子にも。


「ああ」


 晴明は手の中に残されたライターを改めて見つめた。銀色の何の変哲もないオイルライター。一乃仁はアホだから、子供にも平気で火を使わせた。だから、晴明もこのライターを使ったことがある。


――自分で火をつけてごらん


 そういって手渡されたときの、任されたという誇らしい気持ちが蘇る。千太が、とん、と晴明の肩を押して笑った。


「あーあ、疲れたねえ」


 南天が大きく背伸びをする。


「おう。ありがとな」


 下を向いたまま言うと、二人が子供の頃のように、晴明を真ん中にして左右から肩に手を回した。


「さ、帰ろうか」


 あたりがゆっくりと白み始めた。彼誰刻――夜の市場の夜が明ける。


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