拾壱
* 「夜の市場」はVeilchen様の作品「夜の扉を開く鍵」の世界観とコラボさせていただいております。
同じく、話中に出てくる外国の少女・美しい男性・鉱石西瓜売りのドワーフはVeilchen様のキャラクターであり、鉱石西瓜はVeilchenさまの創作物です。
この場を借りてお礼を申し上げます。
また、2つの物語に齟齬がある場合には、Veilchenさんの設定が優先されます
扉の先は夜、だった。
それなのに、この色の洪水はなんだ、と晴明は絶句した。まず、星の数が異常に多い。寒くもないのにオーロラが揺れて……おい、あの大量の流れ星は一体どうゆうことだ? それらの疑問を口に出す間もなく、赤と青、二色の三日月がありえない速さで夜空を移動する。
どうして、と質問しそうになった声を晴明はぐっと飲み込んだ。説明されても理解できる気がしないし、この世界の異常をだんだん普通だと受け入れ始めている。晴明は、ただその美しさに、はあ、と感嘆の息を吐いて、ずらりと店の並ぶ通りに目を落とした。
多国籍な店の装飾も通りを歩く人――人以外のものも――の色彩も、目に痛いほどだった。
「すっげえ」
「はいはい、迷子にならないでね」
とん、と南天に背中を押される。少し太い声に振り返ったら、そこにはお馴染みの南天が立っていた。つまり、女の子っぽい顔立ちの男子大学生である。服装も白いTシャツの上にダンガリーの青いシャツを羽織った姿に戻っていた。
「お、おう」
少し残念に思ったことは言わないでおこう、と前に向き直ると、オレンジ色のパーカー姿に戻った千太が、人の顔で笑った。
「南天、はるはお前が女の格好をしてた方がいいみたいだぜ」
「え、そうなの?」
キョトンとした顔を晴明に向けてから、南天は首を捻る。女の子だった時の印象が残っていたせいか、晴明はなんだかドキリとしてしまった自分に凹む。
「全然、そんなことはないですよ。全然です」
晴明は二人から目を逸らして否定する。そこに漂ってきた甘い匂いに誘われて自然に首が横に向いた。
「地面の下ではお日様が届かないからねえ。土を伝わる熱で、じっくり作物を育てるのさ。石になってしまうくらい、長い長い時間をかけてね」
店と店の隙間にこぢんまりと据え付けられた屋台で、ドワーフ人形のような男が自慢げに言うのが聞こえた。
「ありがとう、とても美味しいです」
それを真剣な顔で聞いていた異国の少女が、嬉しそうにお礼を言っている。少女は何か緑色の丸いものを齧っているようだった。どうやら、甘い匂いの元はあれらしい。なんだろう? と思うのと同時に違和感を感じた。
「なあ、何で言葉が通じるんだ?」
違和感の原因に思い当って、晴明は南天を振り返る。通りを歩いている人々――いや、人ではない者も半数以上居るのだが――の国籍は様々のように見える。先ほどの少女もどう見ても外国の人だ。なのに、耳に入ってくる言葉がすべて理解できる。
「ああ、そういえば……なんでだろう?」
南天が顎に手を当てて首を捻った。
「通じなきゃ商売できないからだろ? そんなに鉱石西瓜に興味があるなら食ってみるか?」
千太がからかうように言う。あれは鉱石西瓜というのか……もう一度視線を送ると驚くほどに美しい男が少女と晴明の間に立って晴明を見た。
睨まれたわけでもないのに背筋がゾワリとする。
「さあ、行こうパット。甘いものを食べて喉が乾いただろう」
同じ人間とは思えないくらい優しい眼差しで美しい男は少女を見つめ、自分の指先をぺろりと舐める。
「目を逸らせ、はる。あれには関わらない方がいい」
千太が晴明の服を掴んで強く引く。晴明は体勢を崩して前かがみになった。なんだよ、いきなり、と思ったが大人しく黙る。
千太は、まあまあ、というように晴明の肩を叩きながら、男と少女の一行が立ち去るのを確認した。充分に距離が開いてから少女が食べていた鉱石西瓜とやらの屋台に近づく。
店番は近づいて見ると遠目で見るよりもずっと小さかった。だが、もっと小さな俳を青沼の所で見ているので特に驚きはしない。
千太は、財布から十円を三枚出して、その小人に渡した。
「やっ」
安い、と言いかけたところで、後ろから南天に口を塞がれた。振り返った千太はジトっとした目で晴明を見て、今買ったばかりの緑色の丸いモノを一つ差し出してきた。
「ほら」
「これ……食べられるのか? ていうか、ここでは食べていいのか?」
手の上にコロンと乘った鉱石西瓜はどう見ても鉱物だった。しっかりした重さの美しい緑色の石で、光にかざすと縁がキラキラと輝いて見える。
「食えるし、ここは食っても大丈夫。それより、これから値段交渉は俺がやるから。はるは黙ってろよ?」
なんだか子供扱いの情けない言われようだが、ここでの晴明の知識は子供と同じようなようなものだ。はいはいお世話になります、と頷いて、賑やかな通りを歩き出した。
キレイなので勿体ない、と思ったが思い切ってパクッと口に放りこんだ鉱石西瓜はとても濃い西瓜の味がした。噛むとシャクシャクと小気味のいい音を立てて、とても旨い。
妹たちに食べさせてやりたい、と思った。そうだ、鉱石西瓜をお土産に買って帰ろう、何せ安いしな、と思ったところで千太が立ち止まった。
「ここらへんに……あるときはあるんだけど。あった」
しばらく歩いた後、千太は一軒の店の前で立ち止まった。他の店から比べると少し地味な外観だった。古レンガで出来た壁はあちこち崩れていて、ショウウィンドウのガラスには埃が積もり、木の扉は年月に負けてささくれ立っている。そして扉に負けないくらい年季の入った看板にはところどころ擦り切れた文字が並んでいる。
「う……せもの……屋?」
のたくった字だ。確実に漢字やひらがなではない。それなのにどうして読めるのか不思議だが、読める。どんな店なのだろう、とショウウィンドウを覗き込んで、晴明は息をのんだ。
「何もしゃべらない。あと、もの欲しそうに見ちゃだめだよ」
後ろから南天に小声で言われて、ぐっと言葉を飲み込んで、見つけたものから視線を逸らした。そこにあったのは、一乃仁が愛用していたライターだった。