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彼誰刻の我楽多  作者: タカノケイ
鬼火のライター
23/28

 間庭寺と比べると落ち着いた雰囲気に見えたが、近づいてみれば夜の市はかなりの賑わいがあった。


「まあいいか。目的の店もそっちだしな」


 千太は渋々という顔で、屋台の間を通り過ぎて川に向かう。その後を追いつつ、腹いっぱい食べてきたはずなのに、隣の屋台から流れてくる旨そうな匂いにつられて晴明の視線が動いた。千太が頭の後に目があるかのように、視線の動きに合わせて、晴明を振り返る。


「食うなよ」


 屋台の主人はムッとした声を上げた千太に「まあまあそういわずに」と言いながら、晴明に笑顔で肉の刺さった串を差し出した。口の中に唾液があふれたところで、南天に袖を引かれる。


「だーめ。黄泉戸喫よもつへぐいすると、帰れなくなるからね」


 帰れなくなるのは困る、と晴明は慌てて肉から目を逸らして千太の後を追った。屋台の並びを抜け、揺れるススキを掻き分けて河原に出ると、河の上には舟が浮かんでいた。千太はその河原を川下に向かって歩く。

 やがて、歩きやすかった砂礫は少し大きめの小石が転がる河原へと変わった。少し広くなった船着き場のような場所だった。川の上を小さな小舟が行き来している。

 気が付けば、子供の手の感覚がなくなっていた。寒気も消えて、空腹もなくなっている。


「あれ?」


 晴明はぐるぐると回って、あたりを見渡した。


「はいはい、これにて終了」


 やれやれ、というように千太がクルリと踵を回して歩き出す。なんとなくあっけなさを感じつつ、晴明も背中を向けた。無地に成仏できたということならそれで何の問題もない。

 どうやら千太は一艘の舟に向かって歩いているようだった。他の舟からポツンと離れて浮かんでいる小さな船には、本来あるべき帆がなく、小さな風鈴が一つ下げられている。

 とーん、と川べりの地面を蹴って、千太はその小舟の上に降り立った。しばらく様子を見ていると、舟の方からすうっと晴明と南天の立つ岸に近づいてきた。


「お客さん。無理を言われちゃ困りますねえ。水子の魂と違って、鬼火は向こうさんの納得がないと手に入れられないですからね。なかなか入手が難しいんですよ? そうそう、説得がね。そうだなあ、鬼火、それを入れる煙管の器、仕立て諸々全部込々で二十両! これ以上はびた一文まけられません。気に入らないのなら、どうぞお引き取りを」


 子供の声がする。晴明は小舟の中を覗き込んだ。胸の前で腕を組んだ生意気そうな男の子の前で、千太が困ったように振り返った。晴明は、どうしたんだ? と聞きながら舟に乗り込む。


「二十両だってよ」

「って? どのくらい?」


 晴明は南天を振り返る。そんな単位で言われてもピンとこない。


「一両が、今だと大体十万円かな」


 二十掛ける、十万……晴明は頭の中で計算する。


「二百万!? ……よし、十両でどうだ?」


 晴明が言うと、少年はぺっと唾を吐いた。


「お客さん、可哀想に耳がお悪いんですか? それとも頭の方ですかね? 俺は びた一文まけねえ って言ったんですが」


 よし、と晴明は腹をくくる。アパートの修理代から、二人の妹の入院費、眼鏡は直さないとだし、家財もだいぶ失った。まけてやるから早く持って帰てくれ、と言われるまではここから動かないと心に決める。


「よし、じゃあ十五両から始めようぜ」

「はいはい、もう二度と来ないでくださいねー」


――ちりーん


 少年が面倒くさそうに言うと、帆の位置にぶら下げられた風鈴が鳴った。ぐらり、と視界が回転して……気が付いた時には、晴明は川に落ちていた。

 突然のことで上下もわからなくなってジタバタともがく。誰かに襟首を引っ張られて、川岸に引き上げられ、ゼイゼイと息をついた。


「……あのヤロウ!」

「よーせ! 全くお前は……いちいち注意しないと全部に引っ掛かる君かよ。ああなったらリクはもうだめだ。リコに店番が変わるのを待つしかねえわ。信用できる店は少ないからな」


 千太が濡れた袖を絞りながらあきれ顔で晴明を見る。晴明はむっとして口を尖らせた。そんな事を言われても、いきなり二百万と言われて、はいはいそうですか、と払うバカは居ない。とはいえ、千太が嘘をつくとは思えないから、自分はしでかしてしまったのだろう。わかっているがイライラは止まらなかった。


「まあいいか。眼鏡が無くなってたら許さねえとこだけどな」


 自分を納得させるためにそう言って、眼鏡を確認して驚く。ちゃんと直っているのだ。不思議に思っていると、一緒に落ちているはずなのに少しも濡れていない南天がぷっと吹き出して、腹を抱えて笑い出した。


「うあ、始まったよ。南天のゲラ」


 千太がうんざりした声で言う。南天は喜怒哀楽があまりなくて、いつも緩く微笑んでいるような表情だ。それなのに、よくわからないスイッチが入ると、笑いが止まらなくなる。そうなったらもう、どうしようもないから止まるまでほっておくしかない。とりあえず南天はほっておくとして、晴明はここからどうしたらいい? と千太の顔を見る。


「さて、じゃあ容れものを探しに行こうぜ」

「容れもの?」


 ああ、と言いながらまだ笑い続ける南天を促して、河原に向かう千太の後を追う。千太はフウ、を息を吐いて何もないところに火をつけた。火は薪も何もないのにごうごうと燃えて、晴明の濡れた服を乾かしていった。

 

「リクが言うには、陰奴おんぬの変化を助けるのは鬼火だろうってさ。で、その鬼火を出し入れする容れ物が要る。火に関係するものだな。今あの店にあるので使えそうなのは煙管なんだけど、それが結構な値段……おい、俺は火を出せるけど、鬼火と火は違うからな? 出し入れできないし、出来てもしねえわ。安く済まそうとすんな」


 千太はじとりと晴明を睨む。なぜ考えがわかったのだ、と思いながら、晴明は、はははと笑ってごまかした。

 少し離れたところにいる南天が、やっと笑いの発作が治まったらしく、そうそう、その話だったっけ、という顔でこちらを見る。


「でも、持ち歩かなくちゃいけないわけだよね。いくらはるでも、提灯やランタンをいつも持ち歩く……わけ……には……あははは」


 南天は再び笑い出す。確実に、何かおかしい映像を想像してやがる。何がそんなに面白いのかさっぱりわからない。だが、晴明は千太と顔を見合わせて、南天の笑いがうつったように笑った。それはなんだかとても懐かしい感覚を呼び起こした。

 夏に毎年行っていた湖畔のキャンプ。バーベキューの炎を囲む三人の傍らには小さい雀と棗が居た。そういえば、昔から南天はあまり火に近づかなかったような気がする。

 一乃仁は、はしゃぐ子供たちを嬉しそうな顔で見ながら――とはいえ、こいつら中身は大人だったわけだけど――胸ポケットから出した煙草に火をつける。晴明はそこでふっと思いついた。


「火を出し入れ出来て、普段から持ち歩くなら、ライターはどうかな?」

「お、それいいな。……よし、服もあらかた乾いたし移動しようぜ」


 千太が何か思いついたように言って、バサバサと着物の袖を振った。


「どこに?」

「こことは別の夜の市場」


 千太は帯からぶら下がっている鍵を掴んで引き抜いた。銀の狐と鈴の根付が付いている古くて大きなカギだ。そのカギを先ほど自らが付けた火の中に突っ込む。鍵……はいいが、手も入っている。


「千太!」


 火傷しちまう。何してんだ、と晴明は声を上げた。千太が得意げに口の端を上げるのと同時に、カチャリ、と鍵が回る音がした。

 信じられない……と晴明は目を瞠る。ごうごうと火が燃えていた場所には一枚の扉が現れていた。千太は晴明の顔を見てファンタスティーック! と歌うように言って把手に手をかける。


「南天、晴明、千両と共に通る」


 静かにそう言って扉を開けた。開けた瞬間、そこから眩しいくらいの光があふれてきて晴明は思わず目を瞑った。光が少し弱まるのを待って目を開けると、光はそれでもまだ夜の河原を仄明るく照らしていた。


「うっわ」


 足元を何かが通り抜けた感触がして晴明は声を上げた。毛玉のようなものがふくらはぎを擦っていった、と思ったとたん、ゴン、という音が鳴る。見れば扉の前で小さなイタチのような生き物が引っくり返っていた。


「名を通してないと通れないっつの」


 千太はイタチをそっと持ち上げて、誰かに踏まれないようにとでも思ったのか、河原の大きめの石にのせる。


「全く。じゃ、買いに行こうぜ」


 千太はコンビニにでも行くかのように言って、鍵を帯に戻しながらするりと扉をくぐっていった。


* 「夜の市」はふさふさ様の作品「風鈴の帆」の世界観とコラボさせていただいております。

  同じく、舟の店の少年「リク」はふさふさ様のキャラクターです。

  この場を借りてお礼を申し上げます。

  また、2つの物語に齟齬がある場合には、ふさふささんの設定が優先されます

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