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彼誰刻の我楽多  作者: タカノケイ
鬼火のライター
21/28

「よ!」


 いつの間にか後ろに来ていた千太が、晴明と南天の間に無理やり割り込んできた。片手に四角い大皿、片手に箸と酒の入ったグラスと徳利を器用に持っている。晴明は、ムッとして千太を睨み付けた。


「千太、お前はもう少し俺にいろいろ説明しとけよ。事前説明って大事だろ。報連相ほうれんそうだ」


 あ? 何が? と言いながら、千太は持った大皿を机の上に置こうとする。机の上には、既に料理が所狭しと並べられ、その隙間にグラスや取り皿やら醤油皿やら薬味皿が置かれているから大皿を置くようなスペースはない。それでも千太は平気な顔で持った大皿の角で他の皿を押し込もうとする。


「待て! 待てだよ、千太! もうお前は本当……」


 晴明は慌てて皿を動かして、なんとかスペースを作ってやった。それを見た南天が、あはは、と楽しそうに笑う。つられるように千太もくくくと笑った。


「まあまあ、はる。これ、めっちゃ旨いから、お前に食わしてやろうと思ってさ」

「その料理ならそこにも同じのがあるだろ?」

「あ、本当だ」


 素っ頓狂に言う千太にため息をつく。ばかばかしい。何がばかばかしいって、こいつらと居ると思い悩む暇がない。一乃仁が死んだ時だってそうだ。毎日毎日やって来ては大騒ぎしやがって。しんみりしたいという人の気持ちを少しは察するべきだと思う。


――あーあ。腹減ったわ


 晴明は千太の持ってきた料理に箸を伸ばした。がっつりと掴んだ料理を思い切って口に放りこみ、まだ少し詰まっている喉に無理やり押し込んで飲み下した。千太がワクワク顔で見ているから仕方なく「うまいよ」と答える。

 自分で作ったわけでもないのに、ほうら見ろ、とドヤ顔で見てくるから、うっとおしい。晴明は聞えよがしな舌打ちを打った。千太は、その料理を南天にも食べさせようと押し付ける。


「僕はいいよ。しかし、変わらないなあ、この感じ」


 南天が嬉しそうな声を上げた。変わらない、の言葉に救われる自分を感じた。三人で揃ったのは今年の正月以来だ。正月で帰省した南天に合わせ、晴明のアパートに集まって雑魚寝しながら三日三晩飲んで……それはこんなことになっても、きっとずっと続いていくのだ。

 自分が暴走しても止めてくれる、止めることの出来る人たちは沢山いるではないか。あとは、なるべく迷惑をかけぬよう、力のコントロールを少しずつ覚えていけばいい。


「ところで南天、どうやってここに来たんだよ?」


 安心したら食欲が沸くと同時に、疑問も沸いた。目の前の料理に手を付けながら、南天を見る。招集がかかってから東京を経ったのでは、今ここに居られるはずがないと思ったからだ。


まにまを通ってだけど」


 南天は、当たり前だろう? というように答える。


「いや、それはわかるけど……寺までどうやって、って意味で」


 寺? と晴明の言葉を反復して、質問の意味がわからない、という顔で南天は首を捻った。


「この神社じゃなくて?」

「ま、もういいじゃねか、そんなこと」


 千太は面倒くさそうに箸を振る。晴明が行儀が悪い、と言ってその箸を掴もうとすると、パッと避けてにやにやと笑った。質問の意味がどうして南天に通じないのかわからないが、一口食べたことで空腹感がどっと押し寄せてきた。


「まあいいか。食おう」


 煮物も揚げ物も酢の物も、驚くほど旨い。晴明は夢中でもぐもぐと口を動かした。タダなのだから、しっかり食べていかねばならない。


「相変わらず、すげえ食うよな。太ったんじゃね? この辺」


 千太は晴明の横腹をつつく。払いのけてもしつこく突いて、最後には掴もうとする。掴むほどの肉はついていない。晴明はくすぐったいのを我慢して食事に集中した。こうなった千太は構うと余計に調子に乗るからだ。こうしてふざけながら、どうでもよいことを話しながらたらふく飲み食いして、もう腹もいっぱいになったという頃に、青沼がやってきた。


「八塚、ちょっといいか」

「あ、はい」


 大きな体を屈めて低い声で言う青沼に頷いて、晴明は立ち上がった。お前らも来てくれ、と言われて、千太と南天も立ち上がる。

 そうしても、他の俳たちは、そんな四人をまるで気にした様子もなく酒を喉に流し込んでいる。本当に自由なやつらなんだな、と思いながら、晴明は完全に無礼講の宴会と化している部屋を出た。


「疲れてないか?」


 振り返る青沼に晴明は黙って頷いた。

 外は薄明りの彼誰刻だ。夕刻の風に揺れる草花までもが音を立てずにいる。あまりにも静謐で声を出すことが躊躇われたのだ。へえ、さすがだな、と感心して青沼は廊下を歩き出す。からりと障子戸を開けて入った突き当りの部屋には、座長と校長が座って待っていた。部屋を出た時には部屋の中に居たと思ったのに……と晴明は面食らう。


「そござ、こしかけろ」


 座長はばんばんと自分の隣に置かれた座布団を叩く。とはいえ、誰に勧めているのかわからないから、晴明は困ったように周りの動きを確認した。青沼と千太と南天は、さっさと別の座布団に座る。やっぱり、あそこは俺なのか、と半ばあきらめた気持ちで晴明はその座布団に座った。座長の鼻先がとても近い。


「おめえは、いやんべえに人さならんにのが?」

「お前は姿を自分で制御できないのか?」


 座長が話し終わるか終わらないかのうちに校長が翻訳する。


「あ、えっと、はい」

「あの時は出来てたのになあ」


 千太が不思議そうに呟く。あの時、というのは陰奴おんぬ荊忌いばらぎに青沼の家に続くまにまで襲われたときのことを言っているのだろう。

 あの時は雀を助けたい、という一心で無我夢中だった。だから、なのだろうか。

陰奴おんぬになるのは、なんとなくわかるんです。でも、あの姿になるとすごくこう……頭に来るんです。それで意識が遠くなって……人間に戻れなくなります」


 晴明は正直に答えた。人間のほうに戻るのか、と校長が小さく呟いたのが少し気になる。


「うむう。ほでは、ずなぐなったりこまぐなったり? ややになったりじっちになったりもでぎねべなあ」

「大きさの調整も? 年齢の調節も出来ないよな」


 頷きながら晴明は手に汗が染みるのがわかった。それが出来なければ我楽多に入れてもらえないのだろうか。仲間だと認めてもらえないのだろうか。とはいえ、ここで嘘をついても仕方ない。


「出来ません……すみません」


 擦れた声をようやく絞り出す。


「制御できていないとなると」


 校長が困ったように発した一言に、晴明は返事が出来ずに俯いてしまった。陰奴おんぬは危険な俳なのだ。その力を持ちつつ、制御できない自分は危険な人間ということになるだろう。


「あいやー」


 座長はぱあん! と額を叩く。風圧で押されそうだと思いながら晴明は更に俯いた。だめなのだ。認められない、ここには居られない。


「ほでは、夜市さいがねばなんねえな。……すずり!」


 座長が叫ぶと、ちいさな狸が赤い習字セットを持って現れた。座長は大きな手で黒いフェルトの下敷きを几帳面に敷いて半紙を置き、細長い文鎮を乗せて抑える。すう、と息を吸うと晴明には読めない達筆でさらさらと何事かを書きつけた。夜市と聞こえたが……まだ入れてもらえる可能性は残っているのだろうか。


「ほい! 通行証だ、おもでさ出ろ」


 座長が書き上げた半紙に、ふう、と息をかけると、それは何故か三枚のカードになった。それぞれに「晴明」「千両」「南天」と、これはなんとか晴明にも読める毛筆で書いてある。

 だめ……ではないのか? と晴明が疑問に思っていると、千太がそのカードを掴んで立ち上がった。南天もそうするので、晴明も真似して自分の名前のカードを持って立ち上がる。触ってみると、プラスチックではなく厚手の和紙のようだった。


「ほおれ、さっさと出ねが。ほおれほれほれ、ほーれ」


 座長に押し出されるように廊下に出る。これからなにが? と戸惑って、晴明は南天を見る。


「夜の市っていう……ちょっと変わったものが売ってる場所があるんだ。そこで、はるの変化を助ける道具を手に入れろってことだね。僕と千両が一緒に行くから大丈……」

「善は急げ! ほれ、さっさと行ってこー!」


 南天の言葉が終わらないうちに、座長がばっと手を上げた。その風圧で、三人は裸足のまま庭に転げ出る。それと同時に、どこからこんなに、という枚数の落ち葉が舞い始めた。それは視界を埋め尽くしていく。


「え、ちょ、今から!?」


――今日は月曜日だ。つまり、明日は会社だ。それに妹の病院に……それより、なんだよこの落ち葉! 何も見えねえじゃねえか!


 目も開いていられない。夢中で落ち葉を振り払う晴明の手を何者かが掴んだ。


「南天か?」


 問いかけると口の中にまで落ち葉が入ってくる。返事の代わりに、ぎゅ、と握り返された。手をつなぐなんて、小学生ぶりくらいだろう。相変わらず、ちょっと驚くくらい冷たい手だった。その冷たさで南天であると認識できるほどである。

 やがて落ち葉は身動きが出来ないほどの量になった。

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