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彼誰刻の我楽多  作者: タカノケイ
鬼火のライター
19/28

 一体、何畳あるのだろうか。障子の中は外からは想像もつかないほど広い座敷だった。街の上層で見たような多種多様な俳が、値踏みするように首を伸ばして、青沼の陰になっている晴明を見ている。

 人の形に近いもの、遠いもの、子供のように小さいものに、やたら大きいもの。服装も様々で、着物を着ているもの、洋装のもの。これが、実力者揃いだという廿楽のメンバー。そう思って見るせいかもしれないが、街で見た俳たちより一様に恐ろしげに見えた。晴明はごくりとつばを飲み込む。


「遅くなりました」


 青沼はさっさと座敷に上がっていって、開いている座布団に座って胡坐をかいた。

 部屋の中には長方形の折り畳み式のテーブルがコの字に配置され、紫色の座布団が机一つに片側三つづつきちんと並べられている。

 青沼の隣に座っていいのだろうか。ここで挨拶をすべきだろうか。どうしていいかわからず立ちすくみ、千太を探して視線を動かす。


「え」


 視線が座敷の奥で止まった。コの字のお誕生席に座った、縦にも横にも大きな男が、風が起きるのではないかと思うくらいに大きく手招きをしているのだ。いや、男な気がするだけで、本当は女性かもしれない。先入観はあまりよくないだろう。だが、その生き物は、どこから見ても信楽焼の狸だった。


「こっちゃ! ほ、こごさ!」


 狸は酷い訛りで叫んだ。何と言っているのかまったく聞き取れないが、呼ばれているのだということはわかる。キョロキョロ視線を彷徨わせると、既に座っている千太と目が合った。いけ、という風に顎でしゃくるので、晴明はとぼとぼと足を進める。

 狸が、ここだここだ、というようにパンパンパンパンパンパンパン叩き続けている座布団の前で正座した。真っ黒でまん丸な目が、興味津々といった様子で煌いて晴明を見つめる。恐ろしいほどの大きさの信楽焼の狸が蛍光グリーンのTシャツを着て自分を見ている。あれ、このTシャツどこかで見たような? と思っていると狸はポン! と手を打った。


「ははーん、こいづはむずなだなー。おら、ばがにさっちんでねえべがなー、ど、思ってっぺ?」

「え、あの、むずな?」

「むずなでねえで、む ず な」


 晴明は返答に困って黙り込む。一体何語なんだ? ただの訛りでもない気がする。焦ったせいで汗をかき、ずり落ちた眼鏡を上げる。助けてくれ、と晴明は千太に救いを求める視線を送った。だが、千太は俯いてこちらを見ていない。オレンジ色のパーカーの肩がひくひくと上下していて、どうやら笑いを堪えているらしいことがわかった。


「まあじぇが。よぐ来たの! 皆もよぐあづまってくっちゃ。ほいでは」

「座長」


 大声で話し始めるデカイ信楽焼の狸こと、どうやら我楽多の座長らしい、を左の上座に座った男が制した。こいつは男で間違いないだろう、と晴明は確信する。ヒゲが生えているからだ。だが、その面妖さは信楽焼の及ぶところではなかった。木、だと思う。詳しいわけではないから木肌から種類は特定できないが、まごうことなく木だ。鼻は枝のようになっていて、先に葉っぱが二枚付いている。その枝の下にハの字のヒゲが生えているのだ。それが、グレーの背広を着て座っているのだ。理解を超えた状況に、変な汗がダラダラと流れる。


「新人は座長の言葉がわからぬようですので、私が代わりに」


 木肌の男は、斧で切り付けられたような形状の口を動かして喋る。彼誰刻の世界と、そこに住む住人達を知った時から、驚くことばかりだ。だが、とにかく現状で座長の言葉を通訳してもらえるのはありがたいので、晴明は驚きを隠してぺこりと頭を下げた。


「んだがー。んだば、そうしっせ」


 信楽焼――座長は少し悲しそうに顔を伏せた。木肌の男がすくっと立ち上がると、だらりと座っていた俳たちが背筋を正した。晴明も慌てて背中を伸ばす。


「本日は、お忙しい中お集まりいただきありがとうございます」


 おや、と晴明は木肌の男を見つめる。声に聞き覚えがある。どこだったか、いつだったかも覚えていないが、確かにどこかで聞いたことがある声だ。木肌の男は晴明をちらりと見ると笑って……恐らくは笑って、ごほんと咳払いをした。それを合図に木肌の男の見る見るうちに見た目が変わっていく。ゴツゴツした木肌が滑らかになり、枝は高い鼻になった。


「大杉校長先生!?」


 晴明は、思わず叫んで中腰になった。晴明の通った、今は雀と棗の通う小中高一貫校の校長がそこに立っていたのだ。わかったから座りなさい、というように校長は手で晴明を制する。こくこくこくと頷いて座りなおすと、またもやひくひくとしている千太のオレンジが目に入った。

 よく考えれば当たり前かもしれない。普通の小学校に俳が通ったら、何か問題が起きた時に対処できないだろう。そもそも数百歳であるという千太を入学させるためには、よくわからないが戸籍やら何やらの問題があるはずだ。考え事をしていると、うぉっほん、と朝礼の時と同じ咳払いをして、校長は元の木肌に戻って立ち上がった。


「本日は、わたし止水しすいの采配にて、河羽視かわしの蓮角、日轍ひわだちの千両より推挙された、八塚晴明の我楽多入門の議を執り行います」


 朗々とした声で宣言をする。やたらと背が大きいのも含めて、良く見覚えのある立ち方だ。止水、というのが校長の本当の名だろうか。


「では、蓮角。推薦理由を」


 はい、と返事をして青沼が立ち上がる。その肌がすう、と緑色に変化した。


「八塚晴明は、人間の世界で生活する術を持っております。性格は温厚で、同胞の子供、二人の面倒を見ている。何よりも我楽多の創始者である一乃仁の息子であります。我楽多に在籍するべきであると考えます」


 青沼の声は、座敷全体にきれいに通った。どうやら河羽視かわしの姿になると青沼は声が美しくなるらしい。それを説得力を増すために利用したのだろう、と晴明は思った。


「異論のあるものは? 異論があるものはここで申し、ここで申さぬものは墓場まで持っていくよう」


 校長は、しばらく間を置くが誰も異論を唱えない。晴明はほっと胸を撫でおろした。その油断を見透かしたかのように、すっと一本の手が上がった。完全な人間型で、高そうなスーツを身に着けた細身の男だった。大きな二重の目なのに、何か薄気味悪さを感じさせる目で晴明を観察するように見ている。


「彼はどうにも人間臭い。陰奴おんぬだという噂もある。まず、俳である、という証拠を見せていただきたい」


 場はしんと静まったままである。正体……ごくりと晴明は唾を飲み込んだ。あの状態になるには何かのリミッターを外さなくてはいけない。それを、この緊張した空間で出来るとは思えなかったし、変化の後に、まともな意識で居られるのかどうかも自信がなかった。す、っと青沼が手を上げて、校長が発言を許す。


「私が河羽視かわしであることをお忘れなきよう。我楽多は種族によって門を狭めない。そうですね?」


 青沼はまっすぐ座長を見つめている。ざわざわというざわめきが広がった。やっぱり、本当なのか、という呟きが聞き取れる。

 ざわめきが収まらない中、晴明の隣で座長がすう、と息を深く吸い込んだ。吸い込ん……吸い込みすぎだろう! と晴明は思わず後ろに仰け反る。座長はどんどん膨らんで、今や頭は天井に付きそうなほどで、胡坐をかいた足の膝頭が晴明を押し始めている。


「あっだりめえだー!」


 地鳴りかと思うような声量だった。ガタガタと障子が鳴る。鼓膜がキーンと痺れて、晴明は思わず目を瞑る。だーだーだーだーとやまびこが響いた後、静寂が戻ってきた。

「はるあぎは、蓮角れんかぐ千太しぇんたがつっちきて、止水ししゅいがちげえねえどした。人だど、陰奴おんぬだど、何だとかまね。責任はこの千年狸、拓善たくぜんがとる」


 座長は、まだ何か言いたげな細い男を睨み付ける。男が諦めてため息をつくのを見計らったように校長が、パン、とひとつ柏手を打った。


「盃ごとを始める」


 校長の声を合図に、座長と晴明の座っている席の反対側……コの字の開いた方の襖がカラリと開く。そこには金色の大きなさかずきが置かれていた。洗面器ほどもある。その横に子供ほどの大きさの兎が二本足で立っていて、とくとくとく、と両側から一升瓶の酒を注ぎはじめた。


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