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彼誰刻の我楽多  作者: タカノケイ
鬼火のライター
18/28

 街並みをしばらく歩き、横道に逸れて階段を降りることを何度か繰り返した。しっかりと層になっているわけではなく、中途半端な位置に浮いているような道もありほとんど迷路である。

 降りるたびに赤い提灯は少なくなって、折り重なった建物の陰もあってか、暗さが増していくように感じた。


「ここは、()()()に居場所のないやつらが住むとこ」


 千太が階段を降りながら珍しく説明する。恐らく暇なのだろう。


「向こう……に行けないのは人に化けられない、からか?」

「まあ、そうだな。透明になれたり、素早かったり、小さかったり、なにか身を隠す術があれば居られるけどな」


 なるほど、と晴明は頷く。見る限り間庭寺には田畑がない。食べ物は「向こう」から調達せねばならないのだろう。


「向こうで稼げない俳はここで商いをしたり、労働したり。あとは、力のある……例えば青沼課長様のように、個人の彼誰刻を持ってるような俳に世話になったり。我捨みたいにほんとんど食べなくて済むのもいるし」


 我捨……猿の骨格標本のような俳の虚ろな眼窩を思い出して、晴明は身震いする。

 民家は下るにしたがって古く小さい建物になっていった。もう、商店はほとんど見えない。戦後すぐの路地裏の写真がこんな風だった、と思う。瓦やレンガだった建物の素材は、トタンや木材に変わっている。こんな頼りない家々の上を、あんなに人が歩いていて崩れないのだろうかと少し不安になった。

 一体どんな俳たちがここに……と開けっ放しの窓から家の中を覗き込みそうになって、晴明は頭を振った。よそ見をしないほうがいい。戻れと言われても一人では戻れる気がしない。万が一、はぐれたら大変である。錆の浮いた、梯子に近いような細い鉄階段を降りると、やっと土の地面が見えた。


「ここが最下層?」

「最下? ああ、まあ、そうゆうことだ」


 晴明の質問に答えた青沼は、ここで一休みしようというように手をひらひらと振って、煙草に火をつけた。


「俺、先に知らせに行くわ」


 言うと同時に走り出した千太を見送って、晴明は今自分が降りてきたばかりの場所を見上げた。うすぼんやりと赤い空が建物の隙間から覗いている。

 このあたりは少し明るい気がして、晴明はほっと胸を撫でおろした。提灯はほとんどない。だが、横から彼誰刻の薄明りが差し込んでいるのだ。恐らく最下層の中央付近は真っ暗だろう、と振り返って薄暗がりに目を細める。

 人気もあまりないなあ、と見回すと家と家の細い隙間に視線が吸い寄せられた。ふと、昨日から入院している妹たちのことを思い出した。仕事が終わってまっすぐに病院に行きたかったのだが、まずはこちらの挨拶が先だと言われてしまったのだ。ぼんやり路地を見つめていると青沼に袖を引かれた。


「八塚、目を合わすな」

「え?」


 青沼は晴明と路地の間に移動して、携帯灰皿で煙草を消した。誰も居ないのに目を合わすなとはどう言うことだろう。不思議に思って青沼を見上げると、ああ、と青沼は頷く。


「わからないならいいんだ」

「え、なんですかそれ。まさか」


 幽霊とか言い出すんじゃないだろうな……晴明の二の腕にぶわっと鳥肌が立った。青沼は何も言わずに頭を掻く。


「いや、なんですか。やめてください。俺、お化けとかそうゆうの、本当ダメなんですよ」

「まあまあ。モタモタしないでいくぞ」


 青沼はスタスタと歩き出す。モタモタって、あんたが一服つけるのを待っていたからだろう、と晴明はため息をつく。

 それより、何と目を合わせてはダメなんだろう? 何が居たというのか。どうしていつも丁寧な説明を端折るのか……これだから、こないだだってAラインに不良が……言いたいことは沢山あったが、とりあえず置いていかれるのは嫌なので、慌てて後を追った。

 青沼の背中越しに千太が走り去った先に目をやると、山肌に階段が見えた。まさかあそこじゃあるまいな。また階段を上がるのか? あそこじゃありませんように、と青沼の後ろを歩く。


「やっぱりかよ!」


 青沼は案の定、その階段の下で立ち止まった。長い長い階段の先にある鳥居を見上げて、晴明は深いため息をつく。


「さて、もうひと踏ん張りだ」

「あの、ここも黙って、振り返らずにですか?」


 晴明はニヤニヤしている青沼に確認する。あの暗闇はもう嫌だと思ったら、いささか情けない声になってしまった。


「いや、ここは大丈夫」


 ははは、と笑う青沼の声に背中を押されて、晴明は仕方なく階段に足を掛けた。登り始めて五分ほど経っただろうか。悲鳴を上げている太ももをやけくそ気味に動かして、ようやく階段は終わりを告げた。


「あーこんちくしょう!」


 晴明は声を出して、最後の一段を気合で登る。太ももとふくらはぎがパンパンだった。

 膝に手を当てて息を整えて顔を上げる。鳥居があったからそうだろうと思ったが、そこには神社があった。

 神社といっても大層なものではなく、平屋で……おそらく二部屋程度しかないだろう。窓の障子越しに優しい灯りが漏れている。高さから考えるにロウソクなどの灯りだろうか。

 振り返ると層になっている間庭寺の街がよく見えた。山頂に見える大きな扉とはほぼ向かい合う位置だが、ここはだいぶ低い。山の中腹と言ったところで、街の最上階とほぼ同じくらいの高さである。この高さだとわずかではあるが提灯も浮いている。それは賑やかというよりもどこか情緒を感じさせる風情だ。


「おつかれさん。ここが我楽多の集会所だ」


  晴明の息が整うのを待って、青沼は建物に向かう。

 手は清めなくていいのだろうか? と柄杓の置かれた手水場を横目に通り過ぎる。社に近づくと建物の中から低い話し声が響いてきた。

 靴を脱ぎ、四・五段の木の階段を登って賽銭箱の横を通りぬけると、話声はガヤガヤと大きくなった。到着に気づいたのだろうか。


「蓮角、入ります」


 課長、ちょっとまだ心の準備が……と声を上げかけたところで青沼がいう。中のざわめきがピタリと止まった。背筋を伸ばした青沼が障子の取っ手に手をかける。

 その瞬間、期せずして心臓が跳ね上がった。どうやら自分は思った以上に緊張していたらしい。晴明は、おちつけ、大丈夫だ、と急いで深呼吸をする。

 カラリ、と軽い音を立てて障子が開く。部屋にあるすべての目が一斉に晴明に集まった。


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