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大きくなったら何になる?

作者: 守分結

 ――おまえに我が子を託します。その身をもって育てなさい。


 誰かがそう言って、私の身体が何か細い管に貫かれた。


 痛みはなかった。むしろ歓喜に身体が震えた。

 託されたものが何であるか、理解する前に、私はそれを自分の身体の奥底に沈め、そして目の前の食事にとりかかった。


 食べて、食べて、大きくなって。

 食べて、食べて、大きくなって。


 敵から身を隠すのもうまくなった。大きな影が落ちるとすぐに、私は身体を堅くして色を変え、捕食者が去るのを辛抱強く待った。

 もっと小さくて群がってくる敵は、片っ端からやっつけた。


 私の身体は力強く、歯も強靱なのだ。

 なにより私は美しい。七色の突起をふりたて踊れば、誰もがその美しさに目を見張る。


 食べて、食べて、大きくなって。


 私は孤独な女王になった。

 その間、託されたものは、静かに静かに、私の身体の中で眠っていた。



 何度か薄物のベールを脱いだ後。

 私は、時が来たのを知った。

 身体の表面が変化して、もう七色の突起を出すことはできなくなった。

 代わりに、体表を固くして、これまで食べていたものにしっかりと掴まった。


 身体が溶けていく。

 口が、目が、耳が溶けた。足が、腹が溶けた。

 食べたものを消化する管も、排泄する管も、全部が一緒くたに溶けて混ざる。


 ただ、意識だけが残った。


 私は知っている。これから私は、空を飛ぶものになるのだ。飛んで別の次元へと生の場所を移すのだ。


 不意に、何かよくわからない喜びが、水に浮いた油膜のように残った意識を包み込んだ。

 何が? いや、私は知っていたではないか。託されたものがどろどろに溶けた私のスープの中で生まれ、うごめき始めたのだ。

 かつて、七色の突起を振り立てて敵を威嚇していた私は、私の中で動き回るものに対しては何もできなかった。

 私の身体だったどろどろのスープを、それは容赦なくすする。

 そのたびに、私は強烈な快感を覚え身を震わせた。

 何度も何度も。絶頂の極みの中で、私は身を捩らせる。


 空を飛ぶものになるのだ。

 誰よりも美しく、七色の羽を大きく広げて優雅に舞うものになるのだ。

 そのために生きてきたのだ。食べてきたのだ。大きくなったのだ。


 だが私の中のそれは、やがて私のほとんどを食べ尽くした。

 固い皮を残して。

 意識の残滓が問う。

 私は何のために生きたのか、と。

 すると答えは私の中から聞こえた。


 ――ありがとう、おかげで僕はまもなく空に飛び立ちます、と。

 ――ありがとう。僕を守り、僕に最初の血肉を与えてくれたあなた。

 ――ありがとう。僕は、あなたの身体の最後のいっぺんまで、きちんと食べますから。


 そうだった。私はそれを託された日から、そのために生きてきたのだった。

 そのために、強く、美しくなったのだった。

 私の生は私の為ではなく、それのためにあったのだ。

 あの選ばれた日から。

 あの細い管に身体を貫かれた日から。

 ありがとうと、その言葉だけが、私の意識を癒した。


 ――ねえ、おまえは誰よりも美しいのでしょう?

 ――ねえ、おまえは誰よりも優雅に、空を飛ぶのでしょう?


 やがて、私は私の意識のすべてを手放した。

 後には乾いた皮一枚残して。




 皮を食い破って、出てきたそれは、真っ黒でやせっぽっちのものだった。そしてすぐに、透明の筋張った羽を広げ、後ろを振り返ることなく飛び去った。

 風が、干からびた皮を吹き飛ばした。


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