5章-14
水分と阿達のやりとりは、クラスの力学を如実に物語っていた。
どちらの特別内部生に付くかで、色めきだっていた内部生の多くは、阿達派に流れたようだった。
その力学から外れた男子外部生は完全に無力な一塊となってる。
少数派の女子外部生は、阿達側にいつつも、鵜飼さんと同じように肩身が狭そうだった。
水分がなんとか保っていた、内部生と外部生のかりそめの融和は、その推進者である本人がクラスの政権争いに敗れたことで、脆くも崩れ去ったと言っていい。
水分が願ったことは美しいと思う。それが叶わぬ理想であろうとも、多くの先人が求めてきた祈りにも等しい。
完全じゃなくてもいい。なんとか実現してもらいた、力添えしたいと思うのは我儘ではないだろう。
それにあいつには恩があるし負い目もある。
俺が牛丼事件でワサワサしているときに、内部生を押さえ込んでくれたし。サロンで奮闘しているのも知らなかった。なんの支えにもなってあげられなかった。
さて、こういうときの知恵袋といえば、もちろん神門である。
あいつなら、こんな微妙なときでも機微に富んだいいアイデアを出してくれるに違いない。
「というわけで、神門~。ちょっと一緒に考えてくれると嬉しいかなぁって」
「パス」
「え」
なにこの冷たい対応。もう無くなったの!? あの愛しい日々。あたしへの愛はどこへ!
「神門! 神門っちは俺を捨てるの! 捨てるのね! 酷い人」
「なんだよ、そのキャラは」
「だって、いつもなら話くらい聞いてくれるのに」
「聞いたって答えなんてないよ、政治は僕のことを打ち出の小づちだと思ってるでしょ」
「うん」
「はぁ~、なにがウンだよ。女の子の派閥争いに男が入れると思ってるのが甘いよ」
「神門でも無理か? 旅行の時、ガールズトークに花を咲かせてたじゃん」
「そんなの普通の世間話だよ。政治には『話を聞かない男、地図が読めない女』って本を紹介してあげるよ」
「いいよ、そんな本。それより」
「やりたきゃ、自分でやんなよ」
「えー、一人じゃ無理。だって俺、阿達と仲悪いし」
「じゃ、佳子彌子コンビに聞きなよ。宇加とは仲良しなんだし」
「あ、それいいね! いただき!」
「ヤケドしてもしらないよ」
いやいや言いながらもアドバイスをくれるのが神門のかわいいところだ。俺が抱き締めて感謝を伝えようとすると、「やめてやめて」とイヤイヤするので、頭をなでなでしてあげた。とても不機嫌な神門の顔が忘れられないです。
さて、水分にバレないように佳子さん彌子さんを捕まえる。
水分に知られると、ナニワのおばはんに「いらんことしーな」と刺されそうなので、内緒で事を進めなきゃ。
「佳子さん、彌子さん、ちょっといい」
「なんですか、瑞穂政治」
「あのさ、フルネームで呼ぶのやめてくれない。なんか被告人になった気分がするから」
「なら、私達をセットで呼ぶのもやめていただけるかしら」
「ああ、それは確かに失礼だよね。まなかなみたいで」
「芸人じゃありません!」
「いや、彼女らも芸人じゃないから……」
「あの~、それで何かご用なのでしょうか?」
佳子さんが冷静に彌子さんとの漫才を楽しむ俺に言う。
「ああ、水分には内緒なんだけど、このクラスの状態ってやばくない?」
「やばい? ああよろしくないということですね」
「ああ」
「申しますと最悪です。宇加様があれほど強く仰るとは思いませんでした。いままで我慢されていたのが一気に吹き出しのかと」
「いや、たぶん鵜飼さんを巻き込んでる事に忸怩たる思いがあったんだろう。あいつは情が深いから」
「あいつじゃありません。宇加様です」
「ごめんごめん。でもさ、このままだとクラスが真っ二つだろ。桐花祭にも影響があるけど、それ以上になんというか楽しくないじゃん」
「楽しいどころか、いつどんな嫌がらせが始まるかと常に警戒の毎日ですわよ」
「なんかあるの?」
「いいえ、ですがどちらともお付き合いがある方々は、穏やかではないでしょう」
「そうだよな」
「思いますに、宇加様はお優しいので、凛様を恐れる方々は、心にもなく宇加様のお側を離れて行くのではないかと」
「それを思うと、いまから宇加様の悲しむお姿がっ」
ほろりとレースのハンカチで目じりを拭う。またドラマになってきたので、ちょっと話題を切り替えよう。
「なんとか俺達の力で和解させない?」
「はぁ?」
「瑞穂政治が」
「だからフルネームはやめろって」
「どうやって」
「ノープラン」
「バカですか、あなたは! 何も考えずに私達に話しかけてきたんですか? 生徒会長なのに。葵様もいったい何故こんなウダツの上がらない者を。頭も回らない、カッコよくもない、筋も通ってない」
「ちょっと、お願いしてるの俺だけど、酷くない。それ」
「事実です。真実です。この鏡をごらんなさい。全てがこの中にあります」
といってポケットから鏡を出す。
「いいよ、見慣れた顔だから。カッコよくないのは俺が一番知ってるし」
「ノープランといっても、どうしたいかくらいはあるのでしょう?」
「ああ、別に阿達と仲良くならなくてもいいんだよ。抜いた刀を収めてもらえればさ」
「刀は一方的に凛様が抜いたのだと思いますけど」
「相手はそうは思ってねーだろ。今まで何も言ってこなかった相手だろ。水分は。なら一言でも言い返せば、遂に刀を抜いたって思うんじゃねーの」
「それは、そうかもしれませんが……我慢してた方が甚だ理不尽ですね」
「水分が我慢してたか、相手がしてなかったかは、分からないけど。そういうのは、佳子さんや彌子さんの方が良く知ってるんじゃないの」
「ええ、でもそういう話は余りなさりませんでしたから。私達から聞いても、『陰口はよろしくありませんよ』といって、とりあっていただけませんでしたし」
「男らしいやっちゃなー」
「失礼な!」
「わりぃわりぃ、うーん、関係が悪くなるのを警戒してたのかな。直接、阿達と話すことはあったの?」
「ございません」
「なんで?」
「話すことが無かったからではないでしょうか。凛様はどなたとお会いしたとか、ファッションブランドの新作がとか、そういう話がお好きですが、宇加様はお料理がご趣味でしたし」
「同じ班になったりとかは」
「私が知っている限りではございません。特別内部生は被らないようにするのが習わしですから」
「んだよ、それ」
「ですから、宇加様と凛様が直接、クラスの面前でやりあうのは初めてなのです」
「それさ、ただ話せば何んとかなんじゃね?」
「はい?」
「お互い知らないだけろ。考え方とか腹の中とか。知らないから、阿達は自分の中で宇加様像が膨らんでるんじゃねーの」
「そういえば、凛様は『見下して』などと仰ってましたわね」
「よし、じゃ俺達で二人だけで話せる場を作ってやろうぜ」
「大丈夫でしょうか」
「水分だったら大丈夫だよ。万事うまくやるって。二人が落ち着いたら鵜飼だって楽になるだろう」
「そうですが……」
何となくモヤモヤする佳子さん彌子さんを説き伏せて、二人を合わせ算段をつける。
10月といえば紅葉も綺麗なシーズンで、食堂のテラスは、ほどよく枝を張ったイロハ紅葉やドウダン躑躅で、赤く色どられていた。
テラスから望む庭園の小川には、ちらちらと赤や黄色の葉が流れてくる。
なんともいい雰囲気。ここなら会話も弾みそうだ。
二人を直接誘っても、とても一緒に来てくれそうもないので、ここは申し訳ないがちょっとだまして、お二人にご足労願おう。
水分は、佳子彌子コンビが誘う。
阿達は、鵜飼さんに頼むことにした。鵜飼さんは凄く嫌がっていたけど、お前の為だといって説得した。
さて作戦決行!
俺は現場にいるとマズイの物影に隠れて状況観察だ。
作戦では、佳子さんが先に席をとり、彌子さん水分が一緒にテラスに来る。
阿達と鵜飼さんも同じように、「私が先に席を取ってますから、テラスでお会いしましょう」と話してもらっている。
で、テラスでは佳子さんと鵜飼さんが一緒に座っている訳だ。
お、水分達が来たぞ。
水分は彌子さんと話しながら、口許を隠して上品に笑いながら歩いている。
席に来ると、佳子さんと座る鵜飼さんに、頭を下げて何か申し訳なさそうな顔をしていた。
先般の事を謝っているのかもしれない。
ここで彌子さんは、水分とお茶を頼みに席外すのだが、そのタイミングは、阿達がここに着た瞬間なのだ。
それは俺がスマホで指示を出す。
なんて説明しているうちに、来たぞ! 阿達が。
LINE送信っと。
彌子さんがあわてて水分を腕をひっぱる。水分は鵜飼さんと話しているらしく、たぶん「ちょっとちょっと」なんて言いながら、強引に連れて行かれてしまった。
彌子よ。お前、やり方が強引だって。こういうところに性格が出るわな。
そこに阿達が登場。
なんか不機嫌そうに佳子さんの事を見下ろしてるぞ。
佳子さんは、二度、三度と頭を下げて、阿達に謝っている。流れ的には、前回、口ごたえした事ついて済まないと言ってるのだろう。
それは、阿達の「当然でしょ」という態度をみて良くわかった。
そして、佳子さんは席を外す。
鵜飼さんは、阿達に席を勧めて「お飲み物を頂いてまいります。お話はその後で」といって席を外す。
これでこの席には今、阿達一人が居る状態。
さーて、そこに水分が戻ってくるという訳だ。彌子さんは、財布を忘れたとか、お手洗いに行くとか、適当な言い訳を作って水分を先に席に向かわせる。
これで二人の席が完成!
さーてどうなるかな。
俺の元に、佳子さん、彌子さん、鵜飼さんが集まってくる。
「首尾よくいったな」
「ええ、ちょっと不自然でしたけど」
「大分な」
「あなたの指示が遅いからです! 鵜飼さんとお話しされてるのに急に連れ出せますかって」
「わかったって、良くやったよ」
「それよりお二人の状態は?」
「水分は座った?」
「ええ」
ここで俺には秘密道具がある。
「ちゃららん! 盗聴器~」
「……なんでそんなものを」
「や、やましい使い方はしてないからな。これは神門が生徒会の俺の発言を確認するためにだ」
「ほんとかしら」
「変なこと言うなよ、報道新聞部にバレたらいろいろ書かれそうだから」
「しーっ! 静かにしてください。お話されてます」
・
・
・
「なんでアナタがここに」
「彌子さん、佳子さんとの待ち合わせです。凛さんこそ」
「鵜飼さんとの待ち合わせです」
「……はめられましたね」
うわ、いきなりバレバレかよ。まぁ当たり前だけど。
「ごめんなさい、私は違う席に移動するわ」
いや、ちょっとは話そうよ! 二人とも。
「待ちなさい、水分さん。いい機会だからあなたには話したいことがあるのよ」
お、意外にも阿達から接触を持ってきたぞ。あぶねぇあぶねぇ。こりゃ不満をぶつけるつもりか。
阿達は、足を組んで水分に席を勧める。水分も手元の飲み物を置いて、スカートを折った。
斜めに座る阿達と、足を揃えて阿達と向き合う水分が対照的だ。
因みに俺の位置からだと阿達のふくらはぎがよく見える。すらっとした綺麗な足をしてるなぁ。
ノイズ交じりに二人の声が聞こえる。
「初めてね、私に詰め寄ってきたのは」
「ええ」
「何を言いたかったのよ。続きを。続きを言いなさいよ」
「あの場で話した事が全てです」
「ウソをおっしゃい! いつも思っていたのでしょう。私のことを家柄だけの女だって」
「そんことはございません」
「代議士の娘か何か知らないけど、親の力や葵様のコネで一等にのさばって何様のつもりなの」
「……」
「言ってごらんなさい。私の方があなたより慕われていると、私はあなたと違って分かってると」
「……」
「また、だんまり。話す価値もないと言いたそうな目ね」
「確かに、私は本来、一等の身分ではありません。ですがなぜ凛さんは、そこまで」
「気に食わないのよ。あなたのその皆の気持ちは分かってますって態度が。そんなに私を悪者にしたいわけ?」
「そんなつもりはございません」
「あなたと同じクラスになると、いつもそう。私が悪者になるの。クラス表を見てあなたの名前を見つけた時、私は舌打ちしたわ。また、あなたの引立て役になるのかと思って」
「わたしがいつ、そんなことを」
「幸せな人ね。自分が起こしてる事も知らないで、澄まして生きてるなんて。あなたの振る舞いの全てよ。あなたが代表になったり、瑞穂を庇ったりする度、同じ一等の私の株が落ちるの。分かる?」
「ならば、私にあたらず凛さんが、行動を起こせばよいではないですか」
「私に偽善者になれっていうの? 冗談じゃない。私は素直ですもの、そんなあなたみたい上手にできないわ」
「それは聞き捨てなりません。わたしが偽善者だとおっしゃるんですか」
「そうよ。自分の心を偽って事を成すことを、偽善者というのよ。言いましょうか。わたしに対するあなたの態度がそもそも偽善よ。文句があるんでしょ。わたしに。なのに尊敬していますって顔を装っている、それを偽善と言わずになんていうのかしら」
「なんでも思いのままに口に出してよい訳ではないでしょう。凛さんもそれはお分かりでしょう」
ピタリと阿達の動きが止まった。一瞬空白の時間が流れ、そして阿達は、にっーと口を引き延ばすと、余裕一杯に椅子に腰かけ直す。
「あなた本当はおバカじゃなくて?」
「なんですって」
「わたくし、あなたのことを買い被ってましたわ。やっぱりお話ししてみるものね。てっきり機微に敏い方だと思い込んでましたのに」
「何を勝手に話を丸めようとしてるんですか」
「もう止めましょう。不毛ですわ。私はあなたに人生指南をするほどお人好しじゃなくてよ」
「凛さんこそ、言いかけたのなら最後まで仰りなさい!」
「うふふ、今日一番、いい台詞よ。あなた」
椅子から立ち上がる音が入り、一瞬何を言ってるのか聞こえなくなる。
「せいぜい、お友達ごっこを楽しんで頂戴。私を嵌めた鵜飼さんは後で叱っておくけど、案外いい時間だったわよ」
「さようなら」と言って、高笑い気分で阿達は席を立って行ってしまった。
俺の隣では、鵜飼さんがぷるぷる震えている。叱られるんだもんな、阿達は性格きつそうだから、どんなお叱りか考えると俺も震えがくる。
それより佳子さん、彌子さんが真っ青になっている。
「瑞穂政治、話が……ちがいます」
「う、うん」
「和解はしなくても、鞘に納まるんでしたよね」
「あ、ああ」
「宇加様はうまくやるとおっしゃいましたよね」
「え、ええ」
「私には全然、そう思えなかったのですが」
「俺も」
「違いますよね!!!」
うわー、胸倉掴まれた! 女の子に胸倉掴まれた!
「なんですの! アレは!」
「しらねーよ。なんでああなったかなんてしらねーよ」
「どう責任とるんですか!」
「ど、どうもこうも、想定外だって」
「想定しなさいよ!!!」
「ごもっともです。ハイ!」
いくら物影とはいえ、四人で大騒ぎすりゃ水分も気づく。
ゆらーと水分がこちらにくる。
「くる! くるって! 水分が、こっちに!」
「宇加様!」
「宇加様」
「瑞穂くん……」
こわいー! なんで下向いてるの。話すときは笑顔で話そうよ。ね、ね、ね。
「わたし、もう帰っていいかしら」
「はい、ええ、はい、もうお帰り遊ばせても」
「宇加様、わたくし達も」
「いいえ、一人で」
「……」
ゆら~と食堂を出て行く水分。
やばいよね。やばいくね、これ!!! おい。どうする!?