5章-10
「瑞穂くんでしょ」
ふいをつかれて顔を上げたら、そこには水分がいた。片手を腰に何か言いたそうに俺を見ている。
「はい、なんのことでしょう?」
軽くはぐらかしたつもりだったが、彼女は確信があるようで、「大江戸くんが、急に『大丈夫か』、『辛くないか』って聞きに来るのよ」と俺を覗き込んで様子を伺う。長い髪がサラっと肩から落ちた。
ちっ! アホが! 確かに気にかけろとは言ったけど、そうじゃねーだろ。
「ほら、舌打ち」
もろバレだ。頭を抱えるしかない。
「そうだよ、ちょっと水分の事、気にしてやってくれって」
「わたし、そんなに弱って見えた?」
「そんなことないけど、急だったろ」
「そんなこと言ったら、瑞穂くんだって同じじゃない」
「俺はむしろ仕事が減って良かったくらいだから」
「ホントかしら」
そんなふうに、二人で気を使い合っていたら、気配を嗅ぎ付けた佳子彌子が、つたたたとコチラにやって来る。
「瑞穂政治!」
「フルネームで呼ぶな!」
「宇加様に御用ですか」
「御用がなきゃ、話しちゃダメなのかよ」
「ダメです」
「彌子さん、わたしから瑞穂さんにお話ししたのですよ」
「宇加様、いけません。こんな問題ホイホイにお近づきになっては」
問題ホイホイ!
「確かに瑞穂くんは、いろいろ問題を起こしますが、それは本人が良かれと思ってやっている事ですから」
「それが全て、宇加様に降りかかっているのですよ!」
黙って聞いていれば、酷い言われようだ。俺だって好き好んで火種になっている訳ではない。
「おいおい、ちょっと聞きづてならねーなぁ。それじゃなにか。そのホイホイに寄ってくるお前達は何なんだよ」
遠くで山縣が笑ってる。面白そうだから手招きして呼び寄せてやろう。
「っ! 失礼な! 私達が、ゴ、ゴ、ゴキだとでも」
顔を赤くしてムグムグとするが、その先は言えない。なら言ってあげよう。
「ゴキブリ」
「きーっ! 瑞穂政治!」
「いつもいつも、私達をバカにして!」
そんな輪の中に、「楽しそうですね。皆さん」なんて、にっこり笑顔で山縣が入ってきた。さりげなく女性陣に好印象を与えて加わるなんて、悔しいがコミュ力高いな。
「あら、山縣さん」
「名前を憶えててくれて、光栄です」
「何、かっこつけてんだよ」
「だってそうじゃん。水分さんは高嶺の花ですから」
「わたしが?」
意外そうに驚く水分に俺はウインクでサインを送ってやった。『そういう評価なんだよ、お前って』と言う意味だ。悪く言いたくないが、水分は気取っていると思われがちだ。
その印象は俺から言うより、山縣みたいな奴から言ってもらう方が、水分にはよく伝わると思えた。
「おれたち外部生からだと、ちょっと話しかけ難いってかな」
「そうでしたか。それは申し訳ございませんでした。気づかずにご迷惑を」
「それだよそれ。お前、俺の前だと絶対そういう事、言わねーのに」
「それは、瑞穂くんだから」
「山縣、騙されるな。女は怖いぞ。こんな可愛い顔して、中身は大阪のおばはんなんだ」
「宇加様がおばはんですって!? 瑞穂政治! 取り消しなさい!」
びしっと俺を指さして非難する、彌子さん。
「はぁ~、瑞穂くんはどうしても私を、大阪のおばちゃんにしたいのね」
「そうとは思えねーけどなぁ」
山縣は怪訝な顔をして机に手き、うまく俺達の中に腰を落ち着けた。
「基本お節介なんだよ水分は。根っから。たとえばお前が、学校でうんこタレて泣いてたとするだろ」
「タレねーよ、泣かねーよ、つーかなんだよその喩え、リアリティがねーよ」
「例えだ! 例え! でな、そんな山縣でも、こいつは面倒みるね」
「ほんとかよ?」
「どうでしょう? 水分先生。そこらへん。水分だったら、道端に倒れてる酔っぱらいでも助けるよな」
「うーん、分からないわ。わたしも泥酔して道端で汚物にまみれているおじさんを助けないし」
真面目な顔をして、これまた真面目に答える水分。
「そんなに、ヒドイの!? 俺の扱いって」
「いや、困って泣いてたら助けるだろ」
「えー、汚物にまみれて、泣いてるおじさんを?」
「違うって、山縣だって、うんこまみれの」
「ちょっと、まてゴルァ! いつの間にうんこまみれになってんだよ俺が」
「分からないわよ。でも一人で本当に困ってたら手を貸したいかな。わたしも一人は辛かったから」
さらっと言った一言に、なぜか佳子さんがうるうるし始めた。
「う、う、う、宇加様」
「どうしたの、佳子さん」
「ちょっと初等部の事を思い出して」
「ごめんなさい。なんでしたでしょう」
「わたしが、学園に来て、初めて宇加様にお会いしたときの事です」
ピンクのハンカチの角で、目元をぬぐう佳子さん。
「ああ、だって佳子さん、震えてらしたから」
「わたしは、本当にあの時……」
「わたしも葵さんにしてもらったのですよ。だから同じことを」
「忘れません! 一生!」
わしっと水分の手を取り見つめあう佳子さん。あっ背景に薔薇が。二人の背中にクジャクの大羽根が見える。
感動的シーンなんたけど、時々、この三人って宝塚になるんだよな。まぁそれだけ歴史があるんだろう。
「どうだ山縣? 結構、面白いヤツだろ。宇加様だけど」
「だな。水分さん、ご迷惑でなければ友達になってくれませんか。俺は瑞穂みたいに問題をかき集めてこないから安心ですよ」
「ええ、喜んで」
「お前、なに敬語なんだよ」
「あたりめーだろ。てめーとは生まれ育ちが違うお方なんだよ」
「紹介しなきゃよかったぜ」
ふふっと口許を隠して笑う水分と、まぁ女好きの気があるが機微に敏い山縣。
多分、この二人は俺が繋がないと仲良くなることはなかったろう。でも水分の世界を広げるには山縣はちょうどいいと思えた。
彌子さん佳子さんには悪いが、今は水分と外部生を近づけるチャンスだ。
特別内部生の水分は、本人の見せ方も相まって壁が厚かった。何も知らなかったから俺は彼女の懐に飛び込んでしまったが、そうでもなきゃ役割がある大江戸みたいなパターンでしか接点がなかったのだ。
『信じて』
俺も水分の、あの言葉を信じてる。だから山縣を繋げる。
『水分、内部生の石垣を超えて来い』
ようこそ、傷、多き、外の世界へ。
◆ ◆ ◆
一方、傷だらけの世界の俺。
このぐちゃぐちゃの状況でも、なんとか健闘している私を褒めてもらいたい。ちゃんと結果も出してます。
「えー、桐花祭株の発行が許可されました」
「おめでとうございます。ありがとうございます。わー、パチパチ」
だれも聞いてない一人発表、一人褒め。
これでも大江戸と俺で、根回し。根回し。根回し。根回し。回し過ぎてバターになっちゃうってくらい根回ししたんだよ。
はぁ~あ、こんなアホみたいなこと、先輩もやってたんかなぁ。
にしても、こんな突飛なアイデアなんてダメだろと思ってたんだけど。なにせ、昨今センスティブなお金の話でしょう? ところが意外や意外。これが先進的な取り組みでイイネとなっちゃったのだ。
「大江戸、通っちゃったな」
「そうだな。俺も実施は難しいと思ってたんだ。いやぁ~世の中分からないもんだな」
「えっ! 自信なかったの? お前のことだから確信があるかと思ってたよ」
「ある訳ないだろ」
「いやだって、当然でしょって雰囲気で説明してたから」
「9割くらい諦めていた。あれはもうダメって顔だ。俺の」
「ポーカーフェイス過ぎるわ!」
流石に株という言い方はドぎついので、桐花祭基金になったけど、大江戸は自分の発案が好評のうちに受け入れられて大喜びでした。
「さぁ、株の発行手続きをするぞ!」
楽しそうですねー。やっぱ認められるとやる気出るよね。俺も認められたい。特に先輩に。
その頃、ヨミ先輩は……。
戦っていた。
ねーちゃんと。
事の発端はコレ。桐花祭実行委員会で、こんなやりとりがあったのだ。
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「各部の企画書について、たたき台の提出ありがとうございます。部活系は、内容のかぶりが無いので、基本的に皆さんの企画された内容で進めていただきます」
委員長の発言にホッとする各部部長を前に、「ちょっと待って!」と俺が割って入ったのだ。ここで終わりムードになったら、もう引き返せない。
桐花祭の出し物は、大きく分けて『部活系』と『クラス系』に分かれる。
部活系は、その部の活動を広く知らしめる内容がほとんどだ。野球部だったら、成果報告と子供野球教室とか。剣道部だったら、成果報告と体験入門とか。OBによる講話とか。
文化系の部活もほとんど同じで、成果報告として作品発表とか、やってみようモノやクイズみたいな似たような企画に続く。
部活が違うので内容に被りはないが、放置すると去年も見たような、とにかく『ありきたり』な内容になりがちだ。
だがそれじゃ困る。
俺は『統括』の立場だから、桐花祭のクオリティや成功に責任があるんだ。来ていただいたお客さんに「面白くなかったね」と言われたら失敗。
一方、実行委員は実施の責任がある。だから一日も早く前に進みたい委員会とクオリティを上げたい生徒会は、なにかと意見が対立する。これは仕方がないこと。
一瞬ざわっとなり集まった視線は、またお前かって顔。相変わらず部長の皆さんには、評判がよろしくない。
「昨年の各部の企画書をみましたが、今年も、昨年とほとんど同じ内容に思います」
各部部長、黙して語らず。目だけが「犯罪を見逃さない!」の歌舞伎のくまどりシールみたいに、俺を見つめる。
「それでは、いらしたお客様も面白くないと思います」
苦い顔になる数名。
「来場者は、リピーターが多いですから、同じ内容ですと、どうしても飽きがきます」
「では統括殿。これは拒否権を行使しているということでしょうか」
委員長が冷たい声で確認をとる。一年のくせにつべこべ言うなって云う気持ちがヒシヒシと伝わってくるようだ。
「はい、決める前にもう一度再検討を」
はぁ~と会場からため息が漏れた。
さっきも言ったが、生徒会と委員会は異なる目的を持つ。それをうまくコントロールするために、俺達は桐花祭実行委員会に拒否権を入れたのだ。『統括』、つまり俺が拒否権を発動すると予算が降りない。そういう実行力も付けて。
「しかしだな、会長。こっちは部活なんだ。やっていることに前年と大差はない。ならば内容に大きな変更がないのは当然だろ」
大きく小さく頷く皆さま。
「そうでしょうか? 同じ練習でも、練習方法に多くのバラエティがあるように、同じ内容でも見せ方があるのではないでしょうか」
更に渋い顔になる数名。
「具体的には~?」
あ、ちーちゃんだ。いや先輩だからちーちゃんって言っちゃいけないけど。この子、こういう場面でも強え~よなぁ。
小刻みに頷く皆さま。
「そうですね……」
ここで俺は、神門と大江戸が夏休みの生徒会室で言っていたことを思い出していた。フリマのマーケティングの話だ。
「例えば、野球部は昨年も今年も子供野球教室ですよね。相手を子供から家族にするだけも見せ方が変わってきます。他にも昨今は野球のルールを知らない子供も多いですから、そんな子供達に興味を持ってもらうという方向性もあるのではないでしょうか」
なんて閃いた事を、口先半分、でたらめに話したら、ちーちゃんが目を開いて感心してくれた。
どう? ちーちゃん、ちょっと惚れた!?
一方、野球部部長は、むむむと唸って一言。
「た、確かにそうだな。分かった、考え直そう」
「申し訳ございませんが、統括権限で、皆さん全員、再考をお願い致します。3日後にもう一度」
「早いって!」
「拒否権使うなら、早くに言えよ!」
会場がざわめくが、やるしかない話なので無視。
金がない中、去年と同じ事をしたら、ショボくなること必死。金で見た目を誤魔化せていた分、今年は中身で勝負しないといけない。その切実感は、俺が一番持っているのだ。
一つ一つの出し物に磨きをかけて、魅力的にしなきゃ。
「期限も迫ってます。詳細はいいですから、まずは方針だけでも」
「分かってる!!!」
「お願いします」
ちっ! と舌打ちやら、ぶーぶーという不満が漏れ聞こえるが、しかたあるまい。こうやって尻を叩かないとクオリティも上がらないし期限通りには動かないのだから、悪役に徹するしかあるまいよ。むしろ、悪役をやってやってんだから感謝されたい。
「幕内より強引だな」
うっすら遠くで聞こえたが、先輩もそうするしかなかったんだと、このとき思った。それに今年は、基金の償還もある。クオリティが低いのは大いにマズイ。不満も出ているが、こういう大人数が関わる話し合いでは必ずそうなるもんだし、別に悪い事をしてる訳じゃないんだからイイだろう、なんて思ってたら、この会議の内容が新聞の見出しに踊った。
「生徒会長、拒否権発動! 桐花祭実施危うし」
デカデカとした殴り書きフォントで。
とーぜん、この場に益込先輩もいた訳で、この拒否権発動がカチンと来たのだろう。もう、益込先輩ったら、どうして危機感を煽るかなァ~。
するとヨミ先輩が、打って出る訳だ。
朝と昼の生徒会の連絡放送で、「桐花祭の内容を高めることは、予算の少ない今年において必須命題です。みなさん新聞の記事に安易に流されず、桐花祭を成功させましょう」なんて棘のあることを言っちゃう。
知っている人は「姉妹対決だ」となっちゃうよね。もっとやれやれのオンパレードだ
他にも、来年の運営の参考にもなるので、アンケートを取ろう。取るなら出し物ごとにランキングを付けようなんて話しも、
「桐花祭に競争は必要か! 困惑の関係者」
なんてお題で、校内テレビ放送のリポーターが、マイク片手に生徒にインタビューなて歩き、トンデモない事になってます感を煽りまくる。
ワイドショーかよ! ここは新橋かよ!
すると、またヨミ先輩が反撃。
『生徒会 VS 報道新聞部 討論会』
と題して、姉妹でテレビ討論をぶちあげる。
物陰からそのTV番組を見てみると、
「アンケートは桐花祭の活性化策のひとつで、実行委員会の総意で決まったものです」
なんてヨミ先輩。
攻撃的な顔してんなぁ。そんなカメラをにらみつけなくても。眉間に皺が寄ってるよ。
「本当に必要か検証しているのかなぁ~」
姉も笑い顔だが、眼が笑ってない。怖い。この姉妹。
「検証も大事ですが、チャレンジも大事です。どのくらいリスクがあるかバランスでしょう」
「勝手に協働から競争に意味を変えちゃっていいんですか~」
「そんな意図なんかどこにもないじゃない!」
「生徒会の意図じゃなくても、そうなるかもしれないって言ってるのよ」
「何かしなきゃ、なにも変わらないじゃない!」
「やり過ぎなんじゃないの。生徒会は!」
「やり過ぎそっちじゃない!」
「そうやって言うこと聞かないで弾圧するのって、葵さんの生徒会と全然変わってないっ!」
「葵先輩と関係ないじゃない! 今は!!!」
最初の敬語と討論は、いったい何処に。気付けばもはや姉妹喧嘩だ。
15分くらいの番組の終わりは、テーブルに手をつき身を乗り出して怒鳴り合うファイトになっていた。
二人とも口が達者だからアレだけど、いつか取っ組み合いのキャットファイトをやらかすんじゃないかと正直ハラハラだ。
でも、確かに益込先輩のいう通り、俺もやり過ぎている感じはある。
クラス系の出し物も、展示や飲食、イベントなどはっきり言って平凡。こっちもこっちで、テコ入れが必要なんで、また益込先輩にチクっとやられるのを覚悟して、拒否権を連発しているのだから。
同じクラスで二度も三度も、突っ返されていクラスはザラ。
「もう! 少しくらい予算だしてやるからiPhoneで映像制作とか1万個のドミノ倒しでもやりやがれ!!!」
って机をバンバン叩いて委員会で吠えたら、3分の1くらいのクラスが震え上がって、「考え直します」と、すごすご戻っていった。
そんなに怖かったかしら。ちょっと根回しがうざくて、イライラしてたのはあったけど。
なんか拒否権ばっかり発動する、いやな統括になってきたよ。