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5章-8

 益込姉とヨミ先輩の確執(かくしつ)も気になるが、阿達と水分と鵜飼さんの事も気になってしょうがない。

 気になると言っても、ラブって意味じゃない。おせっかいながら大丈夫だろうかという意味だ。

 特に鵜飼さんは……。

 青龍(せいりゅう)VS白虎(びゃっこ)のあおりを食らってるくらいならいいけど、イジメとかないよな。まさか高校生にもなって、そんなのないと思うけど。



 桐花祭の主たる準備は、選出された実行委員と生徒会長で行う。

 だが実行委員が高等部を超えて、中等部、初等部と交渉するのは荷が重い。桐花祭のテーマを決めたり、部活や衛生、風紀、体育委員会の仕切りも、人脈がないにわか実行委員には、カロリーが高すぎる。

 そのため、これらの仕事は生徒会が行うのだが、利害の合わない交渉事が多く、どうにも四人では回らない。

 それに予算も……。

 予算ねぇ。

 これも問題なんだよね。今年の桐花祭予算は、1000万円しかないんだよね。これがどの位少ないかというと、去年の10分の1以下。

 これで開催にこぎつけられるか(はなはだ)だ不安なので、まずは生徒会内で議論してみる。


「1、000万円で、できると思う?」

 生徒会室に詰める、役員の皆に問うてみる。

「一般的には、そのくらいの予算規模でやるらしいな。だが当校では難しいのではないか?」

 大江戸が慣れた手つきでキーボードを叩き、ネット検索をしながら答える。

「なんでよ?」

「昨年との比較だ。同規模、同程度の質を求めるなら、まず無理だろう」

「もっともだな」と新田原も同調。

 なにを威張って言うか! アホ田原。俺の事をアホと見たい思いが行動に出てるんじゃないのか。


「じゃ、新田原ならどうすんだよ」

「規模を縮小すればいいだろう」

「どのくらい?」

「半分か~、それとも3分の1くらいか?」

「適当だな~」

「まだ見積もってもいないのだ! 分かるか!」

 逆切れすんなよ。


「安直に規模を縮小するのは賛成できないよ。去年のデータでは三日間で10万人の来場者が来ているんだ。ただ小さくするだけだと大混乱になりかねないよ」

「10万人! ちょっとそれ多過ぎない!」

「歴史っていうのはそういうものだよ」

 神門がニコッと笑って、ふわりと髪を揺らす。かわいいなチクショウ、もう! 話しと関係ねーけど。

「予算は増やせんのか?」

「無理でしょ。生徒会の予備費は、殆ど部活とか営繕(えいぜん)に割り当てちゃったもん」

「大江戸、どうなんよ」

「ん、今、俺に話しかけたか?」

「話しました! 金の事はまかせてるんだから、ちゃんと聞いてっ」

「ああ、もう話は終わったかと思ってた。増額は認めん。これでも予備費まで食ってるんだ」

 興味ないって顔に書いてる。大江戸らしいと言えばらしいが笑えない。こいつは自分が出来ないと思えば、簡単に諦めやがる。


「……1000万」

「1000万……」

「あーあ、1000万円あったらなぁ~、なんでも好きなこと出来んのに」

「人の金だぞ瑞穂。遊ぶ事ばかり考えてないで、まじめに対策を練ろ!」

 腕を組んだ難しい顔の新田原が俺を怒る。

「なに決めつけてんだよ、そういうところ、お前、嫌い」

「嫌いだと! こっちこそだ! くそっ! なぜ葵様の居ない生徒会で、お前の下で働かねばならんのだ!」

「お前の決めたことだもんね~、べろべろ」

「がー! ムカつく!」

「来たからにはコッチのもんだもん。先輩の置き土産ってことで、お前を有効に使役(しえき)してやる」

「使役だと。貴様になど使われてたまるか!」

 行き詰ったときは、こうして新田原をからかうのが俺の日常だ。こうしているうちに、アイデアが(ひらめ)くときがあるのだ。

 風呂に入ってる時にフレーズが出る作曲家。トイレで踏ん張っている時に閃く漫画家、電車に揺られているときに思い出す忘れ物みたいなものだ。


 なんて打ち手もなく、新田原をからかって息抜きをしていたら、大江戸が思い出したように言った。

「使役か……。なぁ、瑞穂。1000万円を資本金にすればいいんじゃないか」

「はい?」

 俺と神門が振り返り、その勢いで座るソファがズズっと唸った。

「費用にするから良くないんだ。学園祭株を発行して資産にすれば。キャッシュも前受金(まえうけきん)、後払金にすれば、いいんじゃないか」

「歳、いいアイデアだね。学園祭を経営にしちゃうわけだ」

「ああ、どうせチケットは先に売るんだ。支払いも即払いという訳でもあるまい。幸い、当校は資産家の子息も多い。彼らに株を買ってもらって、最後に配当を払えばいい。購入は自己責任だ。生徒が頑張ればプラスで返ってくるし、だめなら自己責任で戻りが減るだけだ」

「えーっと、日本語で話してほしいな」


「なら出し物の質を高める必要があるね」

「聞いてました? あの、日本語で」

「そうだな。分散してたくさんやるよりも、数を減らして質を上げた方がいい」

「じゃ、中等部と高等部は合同でやろう」

「いい考えだ。そうすれば中等部ボランティアの活動費を、こっちに繰り込めるぞ。確か200万円積んでる。1,200万円に自己資本が増える!」

「同時開催だとイベントが被って芝居とか見れないという苦情はあったんだ。ちょうどいいよ、それに人手不足も一気に解消だ」

「もしもーし。新田原~、二人の会話分かる」

「分かるわけなかろう!」

 自慢げに言われても。


「よし、じゃ、中高を合わせる実行組織がいるね。あと支払いを遅らせるから、規模の経済をきかせる必要がある」

「ああ、予算管理と購買を集中させよう」

「実行組織はこんな感じかな」

 神門は、俺と新田原を置いてきぼりにして、ホワイトボードにすたすた向かう。きゅぽっとペンのキャップを抜くと、一気にペンを走らせた。


「まず、統括、財務、資材調達、飲食衛生、出店管理、当日運営、広報って感じかな。中等部は、人手が必要な出店管理や、業務が単純な当日運営や広報を任せよう。僕らはお金と交渉に集中するんだ」

「ああ、出し物が決まればハコまでは実行委員会で決めて、あとは実行委員をこの局で分化して、対応させる感じだな」

「生徒会はとりまとめだけだ。全部やる余力なんてないから」

「その下に、桐花祭実行委員をつけよう。運営の指揮は全部そこにやらせるんだ」

「お金が集まれば生徒会で握る。予算が生徒会から出る限りはコッチに拒否権はあるから。つまり政治は実行委員の歯止め役ってところだ」

「歳は、財務だね」

「ああ、資金調達と出納(すいとう)をさせてもらう。資金調達か、初めてだ。わくわくしてきた」

「いいねぇ、じゃ僕は、資材関係かな。ツテがあるから、僕がやったほうが早いでしょ」

「そうか、瑞穂は統括だから動かせられんな」

「うん、実は運営だね。風紀だから警備や当日の誘導とかも任せられるし」

「そうだな」

 猛烈な勢いで話す二人。そしてどんどん黒くなるホワイトボードを俺はただ見つめるしかなかった。

 無力。無力を感じます。


「おい、新田原」

「なんだ」

「勝手にどんどん決まってるな」

「そうだな」

「どうする」

「どうするも、任せた方がいいだろ。気持ちよくやってるんだから」

「だな、成り行きを見守るか」

 ザッツ、かやの外。


「広報のまとめ役がいないね」

「ああ、幕内先輩はボランティアだし、もう生徒会には関わらない方がよいだろうしな」

「どうしようか、中等部は手足だし、実行委員で有望そうな人を見つけて」

「まぁ、そうするしかないか」

 俺の落胆(らくたん)をよそに二人の話は進む。

 その時、扉が勢いよく開いた。


「瑞穂!」

「瑞穂! どこだ!」

 小さく、ソファの隅に座り込んでいた俺を見つけて、走り込んできたのはヨミ先輩。

「瑞穂!」

 うわ、なんだか顔、怖い。座っている俺の首根っこを掴んでひっぱりあげるんですけどー。

「ヨミ先輩! 俺なんかしましたっけ?」

 なんで首絞めるのっ!

「あ、お姉さんと話した事? なにもありませんでした! アレ。 あれは勝手にお姉さんが俺の腕に胸をすり寄せてきただけで、なんでもないんです。はい。やわかかったけど、決してやましいことは。気持ちよかったけど」

「瑞穂! オレ生徒会に入るっ」

「……えっ」

「第二新聞部、辞める。オレも生徒会やる!」

「は? はい?」

 俺の反応が想像と違ったのだろう。ヨミ先輩は露骨に不満に顔を歪めた。

 そりゃそうだろ、急にそんな事を言われて、どういう顔をすればいいかなんて、分かるか!


「んだよっ、もっといい反応しろよ」

「どうして? 生徒会に?」

「どうしてもだ! 理由なんかどうでもいいだろ。もうまどろっこしいことは止めだ! オレは瑞穂とやりてーんだよ」

「やりてーって」

「そうだよ! お前とやりてーんだよ」

「なんか、えっちな」

「……!?」

「俺とやりたいって」

「バ、バカっ! 真面目に話してんのになんだよ!」

 掴んでいた胸倉をぱっと離す、ヨミ先輩。

 やばっ、つい言っちゃった。『怒鳴られる』と思ったが、意外にもヨミ先輩は鼻と口を両手で覆って、赤くなっている。


「ヨミ先輩も役員やるんですか?」

「さっきから言ってんだろ」

 あら、拗ねちゃってちょっとかわいい。

 と、最近すっかり乙女なヨミ先輩に、ほのぼのしていたら、既に俺抜きで組織を作っていた神門から声がかかった。


「あ、いいね。じゃヨミちゃん広報ね」

「えっ」

 今度はヨミ先輩が驚く番だ。

「桐花祭の組織だよ、ヨミちゃんが入ってくれれば。ちょうど広報の局長ポストが空いてたんだ」

「ん、ああ、いいけどよ」

「いやぁ、さっそく解決してよかったよ」


「いいんですか? そんな安請け合いしちゃって」

「いいんだよ、オレはもうねーちゃんにいちいち振り回されねーんだ。ねーちゃんが瑞穂達をはめるなら、オレがお前たちを守ってやる。そう決めたんだ」

「はぁ、ありがとうございます」

「だ・か・ら、んだよ、反応わりぃなぁ。もっと嬉しそうな顔しろよ。それとも何か、オレがジャマか」

 俺にはその不満な素振りは、ヨミ先輩の照れ隠しだと分かった。恥ずかしくて、正面から俺に言えなかったんだ。


「瑞穂?」

「そんなことは、ありません。ちょっと驚いちゃって。それよりお姉さんと何かあったんですか。喧嘩はしてましたけど」

「それだよ、もうぜってー許さねー。学園巻き込んで瑞穂を悪モンにするなら、オレも生徒会で対抗してやる! ところで、さっき、ねーちゃんが何とかって言ってたな瑞穂」

「え、いえ、何も」

「言ってたよなっ! 胸がなんとかって」

「何でもないです」

「ねーちゃんの胸が、気持ちよかったって言ってたよな」

「聞いてるじゃないですか! しっかり」

「聞こえたわ! そんなによけりゃ」

 と、ヨミ先輩は、飛びつくように俺の左をとると、ぴったり体を寄せて胸ごと腕に絡みついてきた。

 それは益込先輩よりも強く、ぎゅっと押し付けるものだから、自分の腕がヨミ先輩の胸の中に埋まるほどに。

 そしてぐっと顔を寄せて、俺を上目に見上げる。


「ぜってー、守ってやる。絶対引き離されない。上も下も男も女も関係ねーんだ。お前とそういう学園にする。もう決めたんだ、オレは」

 俺にだけ聞こえるように小さく俯いてつぶやいた。

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