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5章-7

「あ、そういうことだったんだ」

「妙に、内部事情に詳しいと思ったんだよね」

 神門もそう思っていたらしい。報道新聞部からは、川に行ったとか、夏祭りに行ったとか、まるで見てきたような話しで追い詰められたものだから、俺もそうなんじゃないかと思ってたんだ。


 情報元は益込姉。

 まさか実の姉が妹のプライベートを抜くなんて。


 だから、

「すまねぇっっ」

 それが、生徒会室になだれ込んで来たヨミ先輩の第一声だった。


「いいですって。もう過ぎたことですし」

「オレがねーちゃんに話したから、こんな事に」

 本当に申し訳なさそうに謝るヨミ先輩。頭を下げるのは、実の姉がそこまでするとは想像できなかった、軽率さへの自責(じせき)だろう。

「もう気にしなくていいですから」

 起きてしまった事をつべこべ言ってももう手遅れだ。騒いだところで出た噂は戻らないので、俺も神門も笑って答えてあげる。それに、ここで抜かれるなら、早晩、報道新聞部にやられていただろう。それだけ俺達も脇が甘かったのだし。

 それ以上にやらかしたのが益込姉だという事実に、『さもありなん』といったところだ。怒る感情も湧き起らなかった。


「でも……」

「だって、姉妹で話すのは普通の事じゃないですか」

「オレが調子に乗って、うっかりねーちゃんに瑞穂の事言っちゃって。ねーちゃん、生徒会や葵先輩のこと良く思ってないの知ってたのに」

「やっぱ、良く思ってなかったんだ」

「だから、一緒に行ったことも軽率だったと思ってる」

 ぱんっと手を合わせて拝むように謝る。そう謝ってくれるのはいいのだが、そこまで自分を責められると、俺といること自体が悪いように思える。

 確かに学生身分での旅行だが、保護者も二人いた訳だし、ちょっとウソついたところはあったけど、無断外泊した訳じゃない。ただ事に色がついて大きくなっだだけだ。

「悪い事をした訳じゃないんですから、一緒に行ったことまで否定しなくても」

「けど、前らに迷惑かけちゃったし」

 どうにも気持ちの収まらないヨミ先輩。

 何とか楽にしてあげたいのだが、俺にはそんな気の利いた言葉が見つからず、ただヨミ先輩の落ちた眉を見つめるしかなかった。


 だが神門は違った。

「ヨミちゃんの気持ちが収まらないなら、ヨミちゃんのやり方でお姉さんと向き合えばいいよ。僕らの評判は、僕らの行動で応えるしかないんだから」

「ああ、分かった、覚悟は出来てる」

 責任を感じたら、ヨミ先輩は引かないだろう。なら挽回(ばんかい)したいヨミ先輩の自由にさせた方がいい。だがそれを『お姉さんとの向きあい方』と言い換えたのは、神門の上手いところだと思った。人をみる目は神門の方が確かだ。ヨミ先輩の気持ちを(おもんぱか)ったいい言葉だと思った。



 実際、ヨミ先輩のやり方は、やっぱりヨミ先輩のやり方であった。

 翌々日には、第二新聞部の壁新聞が張り出されて、報道新聞部の編集スタイルを痛烈(つうれつ)に批判。

 報道でやられたら、報道でやり返す。学校を舞台にガチバトル。

 それを見て、これまた姉妹対決ということで学園は大盛り上がり。火事と喧嘩は江戸の華。お前らは江戸っ子か? 他人事だと思って盛り上がりやがって。

 いったいヨミ先輩は、どんな記事を書いたのだろうか? 時の人の俺としては、盛り上がる生徒で溢れかえる昼間には読みに行けないので、一人、人気の少ない放課後にそっと読みに行く。


 珍しく文字だらけの新聞は、ひっそりと報道新聞部の記事の横に張り出されていた。

 記事は、

『大切なのは真実。安易なゴシップにノー』

『姉妹にプライバシーはあるか!?』

 の二本立て。記事というよりは、実名(じつめい)論説(ろんせつ)だ。

 真正面から切り込むか~。実にヨミ先輩らしい。というかアンタは戦国武将の一騎打ちか。


 なんて考えながら、記事を斜め読みしてたら、狙ったように益込姉があらわれた。

 高く右手を振って、「会長さ~ん」と俺を呼ぶ。声でかいって。高い声だから目立つんだよ。

 そして目一杯腕を振るものだから、胸の辺りもふるふるっとなる訳だけど、絶対見せるために手、振ってるよな。そう思っても目がいっちゃうけど。


「益込先輩」

「だから、舞でいいって言ってるのに~」

「失礼ですから」

「もうっ」

 わざとらしくふくれっ面を作る。


 お互いに目を合わせず記事をみる(てい)で話始める。

「ヨミ先輩から聞き出したんですか?」

「うーん、聞き出してはいないかな~。ヨミちゃんが勝手にしゃべりだしたんだよ~」

「勝手に?」

「だって、あの子、怪我してたんだもん。浴衣も破れてたし。どうしたのって聞いたら~」

「もう、そういうところ素直なんだから」

「そうだよね~、あの子、そういうところおバカさんだからね~」

 ニュアンスが違う評価が返ってくる。


「そしたら、このメンバーで遊びに行ったっていうじゃない。それで知らない男の子に絡まれてとか言うんだもん。お姉ちゃんとしては見過ごせないかな~って」

 人差し指を、頬にあてて可愛く傾げる。

「それで記事に?」

「その前に、ちゃんと家族会議にかけたよ~」

「えっ」

「どうなったか知りたい~?」

「……」

 うふっと可愛く笑って俺を見る。何を期待して俺を見るのだろう。

 その意図に同調してはいけないと思い、彼女が俺をしげしげと見ていると感じつつ斜めに視線を落とした。


「ヨミちゃん、めちゃめちゃ怒られたよ。『なんで桐花に入れたと思ってるんだっ!』ってお父様に、ひっぱたたかれて」

「うぇー! ビンタ!? お母さんは」

「そんなふしだらな子に育てた覚えはありませんって」

「ふしだらって、何もないですよ!」

「きっとそうだよね~。でも、世間はそう思わないと思うなぁ~」

「だったら、記事にしなくてもいいじゃないですか」

「だってぇ~、学園のモラルに関わるじゃない。そーいう事って。だって同じ家にお泊りだよ~。なら変な噂になる前に明るみだしちゃった方がよくない? 会長さんっ」

「だったら出し方ってもんがあるでしょ」

「うーん」

 腕を組んで夏服の上から盛り上がる胸を重そうに腕に乗せる。

 ベストのボタンがぎゅっと引っ張られ、生地にぎゅっとシワが寄った。その上にはわざとらしくぶーたれたふくれっ面。


「会長さんは、いっつもそうだよ。舞に悪意があるって思ってるんでしょ」

「悪意というか、そうじゃなくて、(あお)っているというか」

「そんなことないよ~。学園の為に頑張ってる会長さんを応援してるんだよ~。だ・か・ら、少しでもみんなの注目を引くように頑張ってるんだけどなぁ」

「見出しの『みだら』って応援ですか? 確かに注目は引きましたけど」

「あれは、ちょっと書きすぎたカナ? でも、会長さんも悪いんだよ、だって女の子の水着姿に鼻の下を伸ばしちゃうから」

 ちっ! ヨミ先輩、そこまで言ってのかよ。なに、逐一報告しんてだよ。

「ずるいな~、そんなイベントだったら、舞も一緒に行ったのに~」

 そういって、妖艶(ようえん)な潤んだ瞳を(きら)めかせて、益込先輩が俺に右腕にすすっとすり寄ってきた、そして大きな胸をそっと俺の二の腕によせる。

 ふわんとした脂肪の感触が、俺の腕に吸い付く……、更にぎゅっと押し付けてくると、ぴっとりと腕を包み込む温かさが益込先輩の制服越しに伝わってきた。

 くらっと来るほどの興奮。


「会長さんは、舞のこと嫌いなの?」

「いや、好き、嫌いじゃなくて」

「なんで、ヨミちゃんがいいの?」

「ヨミ先輩がいいなんて、一言も」

「舞の方が会長さんの事、大事に思ってるのに」

「先輩、あ、あの! 当たってます、その」

「当たってるんじゃないの。当ててるんだよ。会長さんに」

「ちょっと!!!」

 静かな時間に来たことが災いして、壁新聞が張られる食堂前の廊下には誰も来ない。

 俺が僅かに体を引くと、益込先輩は更に俺の腕に重さをかけてぎゅっと乗っかってくる。

 前髪の分け目から、上目で俺を覗く瞳。吸い込まれそうな、でもそこに踏み込んではならない怖さもあった。


「政治くんっ」

 見ないぞ、絶対見ないぞと心に決めて、壁の一転を凝視する。

「政治くん、舞いの事、抱いてもいいんだよ。舞は政治くんだったら」

 いーっっっ! 抱く!!! 抱くって言った!? この人!!!

 わーっとなって、益込先輩の腕から、ずぼっと手を引き抜く。るんっとたわわなそれが弾むのが分かった。


「もうっ!」

「よ、よ、ヨミ先輩の記事は、どうなんですかっ! それより」

「ちぇっ、意気地なし~。ヨミちゃんの記事なんて、相手にされてないに決まってるよ。だって、本人だよ。説得力ないじゃん」

「でも事実です。何もなかったし、保護者もいましたし、お金も自腹ですし」

 すると益込先輩はさっきまで(まと)っていた妖女(ようじょ)のベールをぱっと脱ぎ捨て、鼻で小さなため息をつき俺に言った。

「会長さん、やっぱりヨミちゃんと別れたほうがいいよ~。なにが真実かなんて関係ないんだよ、どう見えるかが大事なの」

「だ・か・ら、舞を選んだ方がお得だと思うなぁ~」

「……」

「それに、舞の方がヨミちゃんより、かわいいと思うよ~」


 俺は益込先輩の、やけに上を向いたベストのダブルのワッペンを、じっと見つめた。

 なんで、そこまで妹に対抗意識を燃やすんだろう。

 初等科からの内部生で、成績もトップクラス、巨大な学園の世論を牛耳(ぎゅうじ)る報道新聞部の部長をやって、容姿(ようし)にだって恵まれている。

 ヨミ先輩の方が、劣等感を持って当然なのに、なんで。

 まるで、目の敵のように、ヨミ先輩のやることを潰しにくる。

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