5章-5
間が悪い日は有るもので、今日は運悪く、当クラスの出し物を考えないといけない日だった。
まずクラスで意見を募り、やりたい事を三つ実行委員会に提出しなければならないのだ。
出し物決定のプロセスはこうだ。
まずはクラスごとにやりたい素案を三案まで持ち寄り、桐花祭実行委員会で評価する。
評価では、内容が適切か、他の出し物とかぶりが無いか、予算規模は適切かなどチェック。チェック後の結果をクラスに持ち帰り再検討し一案に絞り込み、最終決定を生徒会が承認して、各クラスの出し物が決まると言う具合だ。
なかなか手間である。
こんな仕組みを考えたのは俺らだけど……。
そして、その出し物を評価する第一回目の委員会がもう近いのである。
ホームルームになり、学級委員長の二人と桐花祭実行委員、つまり俺が前に出る。
それを吉田教諭は、黙って椅子に座って横から見ている。
うーん、この三人が前に立つとアクシスパワーって感じがしない? しかも横に人相の悪いおっさんもいるし。
そんな空気に気配りする俺を尻目に、めげない委員長ズが、事も無げにクラスを仕切る。
太い。心が太いよキミたちは。
「それでは、桐花祭の当クラスの出し物について、皆さんのご意見を伺いと思います」
水分のきりっとした声が響く。
別荘の休みの朝にご飯を作っていた、ほんわかムードから一変。あれは幻だったのか? 女子はどっちが裏でどっちが表か分かんないから怖いよ。
「まず、挙手で皆さんのご意見を……」
「その前に、よろしいかしら」
嫌味を含んだ鋭利な声が、横槍となって水分の司会を切り裂く。
阿達凛。
こいつ何をする気だ?
阿達の振る舞いは歌舞いていた。
すっと立ち上がり両手を広げると、宙にある民意でも集めるように、見えないそれを掴んで、高圧的に話し始める。
あふれ出るオーラと圧力。
阿達卿。おまえフォースでも使う気かって雰囲気だ。
「この三人に進行をお任せして良いのかしら」
「どういう意味でしょうか?」
水分の声がいつになく強い。
「クラスの皆さんの声を、代表してお伝えしたいと思いまして」
決定的な秘密兵器を隠し持っているような口ぶりだ。そして阿達卿のフォース気圧され、クラスの女子のほとんどが下を向いている。
「どうぞ、凛さんの思う所がありましたら、この場で仰ってください」
負けじと水分が答える。俺はと言えばそんな二人の火花の散らし合いに嫌な汗をかくばかり。手のひらが急にべたべたしてきた。
「皆さんのお考えとして、水分さんが、この議題を仕切るのは不適切だと思いますが」
空気がざわざわと荒れるのが分かった。大江戸が教壇に置いてある紙に走り書きをして、俺にメッセージを伝える。
「苗字読みだ。ケンカ売ってるぞ」
赤羽が言ってたヤツだ。内部生は下の名前で呼んで、外部生は苗字にさんづけだっけ? この呼び方は、阿達のランクづけでは一番下。つまり水分は自分よりも下だと公言したに等しい。
「どのような点が不適切だと仰るのですか。阿達さんは」
水分、受けて立つ。
「あら、だってそうでしょ。今話題のお三方が、実行に関わられては何かと問題を呼び込むのでは御座いませんか。しかも瑞穂さんは渦中の人なのに生徒会長と兼務なんですもの」
「瑞穂さんを実行委員として決めたのはクラスの総意です。その時点で彼は生徒会長でした。過去の決定をこの場で覆すのは、本人とって失礼ではありませんか」
「そうでしょうか? あの時点で、瑞穂さんが色々と問題のある方だとは、誰も分かりませんし」
冷たい雪のような含み笑い。悦にいった口ぶり手振りで、さもクラスの総意のように発言を続ける。
「瑞穂くんにどのような問題があると」
俺を擁護してくれてるんだけど、怖い気迫がある。水分から青い炎が燃えている。「青竜」対「白虎」的な気迫。
「まさか、水分さん、瑞穂さんに問題がないと言いたいのですか? たいした結果も残してませんのに」
おほほと高笑い。
「お止めなさい! 人の努力を知らずに、高みから下らないと断じて評するのは、卑賤の者のすることです。恥を知りなさい!」
「なんですってっ!」
うわぁ、やべ、やべーよ。水分熱くなり過ぎだって!
どうしよう、俺の事が原因なんだから、俺が止めに入るべきなのか。でも、この場合どっちを止めるんだよ?
「水分、言い過ぎだ」いや、俺の為に怒ってるのに筋違いも程がある。「阿達、難癖付けて荒らすなよ」か? 「あら、荒らしてるのは瑞穂さんですわ」「はい、ごもっともです」、これで終わっちゃいそうだ。
水分は、自分の事には涼しいくせに、人のことには躍起になるところがある。それを突かれると状況的には俺達が不利だ。熱くなるほど相手の思う壺だ。
えーい、どうしたらいいか分からないけど、とにかく俺が間に入らないと。
「問題が。問題が無いとは思ってない。旅行は俺が」
『水分を巻き込んだだけだ』、そう続けようとしたところで、水分がばっと左手を俺の前にかざして制した。
「あっ」
まの抜けた声が俺から出る。クラスの空気もまた変わる。
水分は深く息を吸うと、俺をチラリと見て僅に口角を上げた。
「瑞穂くん、今度は違う答えを出しましょう」
「え?」
「信じて」
そして、また前を向き直すと、ペコリと一つ頭を下げた。
「失礼しました。確かに言い過ぎました」
その謝罪にも、ふんと鼻を鳴らす阿達。俺は彼女の急展開についてこられず茫然。
「ムキになるのは、貴方もやましい所があるからではなくて。水分さんも暫く派手な行動は自粛なさってはいかが?」
茫然訂正! 派手な行動って、クラスのためにやっている事を捕まえて、それはないだろう。今度は、こっちがイラッとする。
「よいでしょう。わたくしの軽率な行動で委員長として資質を疑うならば、皆さんの決により、その進退を決めましょう。ただし、やましい事はありません。私は私の意思で旅行に行っています。瑞穂くんに問題はございません。それに瑞穂くんの適不適はその論外です」
水分がぐるっとクラスを見回すと、水分の視線を避けるように皆、視線を外す。
「大江戸さん、本件の進行について、私が適任かクラスに信任を問うてください」
決然とした態度に大江戸は、僅に不快な表情を浮かべたが、ノーとは言えず無言でうなずいて多数決をとった。
挙手は静かに行われる。
吉田教師も、足と腕を組んだまま、行く末を窺うだけで何も言わない。
結果は、男子の1/3、女子の2/3が水分の不信任に手を挙げた。
俺達には、もちろん議決権はない。
そして僅に1票差で、水分は不信任となった。
水分は、両手を前に深々と頭を下げて、「失礼しました。わたくしに皆さんの信任にもとる点があったことを深く反省いたします。本件の進行は大江戸さんに託します」
そう言って、静かに髪を揺らして自席に戻った。
だが、その立ち居振る舞いは、敗者の屈辱には染まっておらず、凛々しくも澄み切ったそれだった。
気高い。実に気高いそれだった。
一方、阿達はこの勝負に強気な表情を隠さない。
退席した水分に代わり、幕下の者を桐花祭実行委員に推薦し、俺との対抗戦に持ち込んできた。
なんか先方は余りに必死で、逆にこっちの方が興ざめしてきた。
なんて事を、また教卓の上の紙にちらっと書いて、大江戸に見せる。
「そうだな。くだらん」
と大江戸。愛すべき相方を失って失意のドン底だ。普段からつまらなそうな顔が一層固い。
んで、あっさり俺は桐花祭実行委員を下されちゃったワケ。対抗馬で選ばれた子も可哀そうに。
って、その子って、また鵜飼さんなんだけど、あなた何か弱みとか握られてるの???
まぁ、実行委員に拘りはなかったからいいけど、『活動前に実行委員を途中で下ろされた生徒会長』として、また、桐花学園史に汚名を残した気がするよ。