5章-4
翌日。
俺のスマホは朝から友達のメッセージで一杯になっていた。
もう答えられないから、返事は返してない。読み上げるのも面倒だから、ちら見しかしてない。事の真相を確かめるまで、答える気もないし。
だが、早く確認しなきゃと思ったので、ひと欠片のパンも食まずに靴を履いた。
学園の門を抜け、高等部の門柱を通ると、朝もはよからカメラとマイクを持った報道新聞部が、俺に突撃取材をかましてくる。
「瑞穂会長、大問題になっていますが、今の心境をお聞かせください」
まだ少女の風貌を残した、レポーターが俺にマイクを突き付ける。
一年生だ。多分この大仕事を成功させて来いと、先輩方に発破をかけられてきたのだろう。必死の形相である。にしても心境もなにも。何でこんな事になっているのか、知らんから答えようがないって。
と、俺が無視していると、カメラが俺の前方に回り込み正面からレンズを構える。
もう! またアレだ。食堂で流れるヤツ。また昼飯くえなくなるよ。今日朝めし食ってないんだから、あそこに行けないと晩飯まで、水しか飲めにゃいのに~。
俺のため息をよそに、「会長、真相の説明をお願いします!」と食い下がる一年ちゃん。上気してほっぺたが赤い。
ちょっと右に避けようと歩みを変えても、記者陣が丸ごとついて来るので避けられない。左も。
もう! 答えないと通してくれないの?
「分かりました。なんでしょう」
ため息交じりに、レポーターの女の子に応える。あ~、しまった。不機嫌な顔をだったなぁ、今の。
一方、レポーターちゃんは、嬉しそうに気合の入った顔で、ふんむと意気込む。
「報道新聞部の新舘ですっ! 瑞穂会長。夏休みの旅行について、噂の真相をお聞かせください!」
噂って、俺、聞いてねーよ。昨日の時点で。
「噂?」
「ハイっ!」
「どんな?」
「しらばっくれないで、誠実にお答えください」
一瞬、ムッとした顔になったが、それを取り繕って、「何の噂かな」とヒクつく頬で答える。マジ聞いてないですけど。本人はっ。
「政務費で旅行に行ったのではないかと」
「はぁ?」
言下に否定の声が出た。その大声にびくっと震える新舘さん。アカン、アカン脅したと思われるとマイナスじゃけんのう。
「そのような話が、関係者から聞かれたのですが……」
「関係者って誰?」
「それは報道の自由を守るためにお答えできません」
「報道の自由って、デマを流すのに報道の自由もないでしょ」
「ですが、私たちの取材では……」
「真偽を確かめないで書いちゃっていいの?」
「でも、その、記事には旬もありますし……」
「春ガツオじゃないんだから、旬より事実の方が大事でしょう」
「そう……ですよね」
と、新館さんが尻尾を巻いたところで、上級生と思しき女性が出てきた。赤いメガネの長身の女の子。
「失礼します。事実確認をさせてください。旅行には行ったのですね」
うほー、喋りからしてデキル女って感じ! 鋭く切れた歯切れのいい声。小気味良い身振り手ぶり。マイクを持つキレイに整ったピンクの爪が印象的だ。
「はい、それは事実です」
「その旅行は、どなたと行かれたのですか?」
「プライベートなんですが、言うんですか」
「生徒とは言え、生徒会長は公職です。一部のプライバシーは必要とあらば部分的に公開することは責務かと思います」
うむむ、バリキャリめ正論を。
「そうですが」
「言えない方とですか?」
「いえ、そんなことはありません。神門、新田原、大江戸、水分、益込先輩、幕内先輩です」
「ほぼ生徒会メンバーですね」
「それは! 俺の交友関係がそこに偏っているだけで、生徒会として実施したものではありません」
「そのような、意図はないと」
「はい」
「しかし、我々の取材では、生徒会の合宿という名目が聞かれているのですが」
はっと思い当った。新田原と大江戸だ。たしかそれを言い訳にして来たはずだ。
「……」
「一緒に来ている女性三名は、どのようなご関係ですか」
「どのようなって、友人ですが」
「生徒会の合宿に友人を連れてらっしゃると」
「……」
「いや、あれは合宿じゃなくて、普通のただの遊びで」
「男女7人で、親にウソをついて遊びに行ったと」
「……」
皆がどうやって両親に説明をしたのか分からないから、軽率な事は言えない。だが、状況的には、このレポーターが言っている事は確かにあった。
何もなかった、やましいことはなかったと言いたいけど、これを言うのは最悪を呼び込みそうだ。なら、まだ無言の方がいい。
「政務費の使い込みは無かったとだけはお伝えしておきます。これは帳簿を調べれば分かることです」
「大江戸さんは、経理財務に非常にお詳しいと聞いております」
コイツ、回転が早い。いや、もう問答が決まってるんだ。言う程に追い込まれる。
「瑞穂会長、第二新聞部との癒着も噂されています。第二新聞部の部長は益込世美さんですが、そのへんもお聞かせください」
「癒着はありません。すみません。朝なので時間もありません。失礼いたします」
カメラの包囲を破って、玄関に向かう。その後ろをカメラが追っているのも分かった。
ここも使われるんだろうな。
これも織り込み済みだ。カメラが追ってこないのは、きっと俺が強引にその場から逃げ去ったという事実を作るつもりだからだろう。それが分かったとして、この場に居続けるのは得策とは思えない。
これから桐花祭があるというのに、やっと軌道に乗って来たのに、うっかり振ったダイスの目は、振り出しに戻るのマスに止まろうとしていた。
◆ ◆ ◆
「瑞穂! 新聞見たか!」
クラスの入り口をくぐった、第一声はそれだった。やっぱり新聞に何かに書いてあったんだ。
「それ、俺まだ見てねーんだよ」
朝が早い水分と新田原は既にクラスにおり、二人は既に10名程度のクラスメイトに囲まれていた。
新田原は、それでも男なので、わいのわいのとからかわれるだけで済んでいるようだ。ウチのクラスは内部生と外部生の融合が進んでいるので、奴はその両方から何か言われているらしい。
問題は水分だ。
水分の横にいる、佳子さんと、彌子さんがハンカチで涙を拭っている。
俺からみて比較的気性が荒い、といっても二人とも上品なのだが彌子さんが、えぐえぐしているのは見ていて心が抉られるようだ。
女子は、2つに割れていた。
水分に寄り添うグループと、阿達に付くグループ。
ここに至り、さすがに勘の悪い俺でも理解した。
女子はトリプルの二人のどちらに付くかで割れていたんだ。そこにどんな経緯があったか分からないが、この報道で、その優劣が決定的になった。この二つのグループの人数差は、その顛末を如実に示していた。
佳子さんが、俺を見つけてキッと睨らむ。だが、また力なく頭を垂れる。
だが、当の水分は、動揺しているとか、或いは落ち込んでいるのかと思えば、このグループのなかで際立って平常であり、いうなれば「皆さん困りましたね」といった、他人事のような顔をしているようだった。
その対岸を見やれば、鼻高々に水分を見下している阿達。
いやぁ見下すって言葉を考えた人は、モノの本質をよく見ているよ。マジ、目線が下になってるもん。
なんて女子の世界を垣間見ていたら、新田原がつかつかと俺の元に来て、さっと一枚のコピー紙を手渡した。
「瑞穂、これだ」
「新聞か?」
「ああ、まぁ読んでみろ」
見出しからしてセンセーショナルだ。
『生徒会 淫らな真夏の夜の夢』
ちょっとー、どこのスポーツ新聞だよ。○スポ? スポ○? 思わず笑いがこぼれる。
「笑うなコレ」
「笑いごとではない!」
「そうだな。当事者だった」
えーとなになに、要するに、生徒会が金を使い込んで遊びに行って、第二新聞部を買収して、女の子とイチャイチャ楽しく過ごしましたってこと。
その旅行の前には、前生徒会長と第二新聞部の部長が、瑞穂会長の家に入り浸っていたと。で、瑞穂って奴は三人の女の子を手玉にとるトンデモねー奴だと。
「後半の部分は合っているが、問題は前半だ」
「合ってねーよ!!! 大体、神門もいたわ! 俺の勉強のお手伝いで」
「おい、どこまで本当なんだよ」
「おいおい、まさかお前ら、この新聞信じるワケ?」
「だってよ、火のない所にって諺あるべや」
「火遊びだけに、まさにだな」
赤羽が顎に手を当て、カッコつけて言う。
「そのシャレ、面白くないから」
「皆の衆、瑞穂は確かに女たらしだが、俺は違う。まず、そこはきっちり線引きをしてもらおう」
「なっ、新田原てめー、一人だけイイ子ぶりやがって。その切り捨て思考を改めろ!」
「手玉に取ってるだろ。お前の周りには女っ気が多すぎる」
「てめぇ、この機に乗じて、先輩とねんごろやろうとしてやがんな」
「何を仲間割れしてるんだ」
メガネを人差し指で上げて、大江戸が入ってきた。
「おお、大江戸も来たぞ」
話題の人が揃って、もうわんわんがちゃがちゃだ。
「大江戸、読んだか!」
「ああ、メールが入ってたからネットで読んだ」
「どうなんだよ、ええ?」
「前半は虚偽だ。後半の瑞穂が女の子三人を手玉にとっているくだりはあながち間違いではないが」
「そこーーー! お前もか、お前だってみくっ!」
どすっと、大江戸のパンチが俺のレバーに入る。
「初音ミクがどうした。瑞穂~」
「お前、意外にいいパンチを……」
「フリマの荷物運びで鍛えた体力をなめるな」
「ずびばせん」
「で、どうなんだよ」
「俺達が何を言っても、お前らは信じんだろ。仮に俺達が幕内先輩や益込先輩と、一緒に行動しても、生徒会の活動になんら影響はない。もとより、全校生徒にも」
「金は問題だろ。部費、絞るだけ絞っといてよ」
「問題をごちゃごちゃにするな。部費が絞られているのは財務の問題だ」
混乱するクラスに、いつの間にか登校していた神門が自分の席から声を上げる。
透き通る高い声は、ざわめくクラスを駆け抜けた。
「みんなが信じるを方を信じればいいよ。選べばいいんだ。僕らは学生だけど、その権利を持っている。自分で考えて判断して、自分の信じるものを信じればいい。それだけの事だよ」
「政務費を使い込むのは問題だけど、使ったか使わなかったかなんて、キミたちには分からないでしょ。歳だったらいくらでも帳簿はごまかせるんだ。そんな真実が分からない時、キミたちはどうするの?」
まるで凍てつく波動の全体魔法。
すげーな。この一言でクラスが静まり返った。
男子も女子も。
佳子さんも彌子さんも、すする鼻を止めて神門を見る。さっきまで我世の春の到来に気を良くしていた阿達が神門を睨らむ。
だが水分だけは、スンと澄まして変わらずそこにいた。