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5章-3

 万事に端緒(たんしょ)あり。桐花祭にも目的が定められている。

 朗誦(ろうしょう)しよう。

修学(しゅうがく)功能(くのう)を国民に知らしめ、以て皇国(こうこく)の優良なる人材を排出(はいしゅつ)せんと(ほっ)す」

 もうっ、いちいち固いわ、この学園は!

 平たく言うと桐花祭は、「この学校っていいトコだよ、勉強するってスバラシイ! みんなも来なよ」って紹介する場らしい。

 だから本校の学園祭は、関係者や生徒の家族以外にも、広く門戸(もんこ)が開かれている。千客万来(せんきゃくばんらい)! 招待券不要(しょうたいけんふよう)! 学園完全開放!

 しかもお披露目(ひろめ)なので、初等部から高等部まで一斉(いっせい)にやるという、学園あげての巨大イベントなのだ。

 一斉開催? ……嫌な予感がしてきた。

 そう思い、前年の資料をひっくり返して確認し、この一文を見付けたときは、緊張の余りブルッと尿意を催してしまった。

『慣例にならい、桐花祭の総監督を高等部生徒会とし、その総責任者を生徒会長……』

 こ、これって俺の事だよね……。と、トイレに行ってこよ。



「ねぇ、神門」

「ん? なに?」

 桐花祭の準備中だというのに、ソファーにべろんと座って、文庫本にうつつを抜かしている神門さんに声をかける。

「神門が中学だった頃の桐花祭ってどんなんだった?」

「去年の? んー、どうって、中等部は中等部でやったからねー。僕のクラスは何をやったかは忘れちゃった」

「忘れちゃったって、お前。たかが一年前の記憶だろ」

「とりたてて、凄い事をやった訳じゃないしね」

「実行委員とかやってねーの」

「僕が? やる訳ないじゃない。声はかかったけど丁重(ていちょう)にお断りしたよ」

「えっと、その前は?」

「やってないよ」

「その前は?」

「ううん」

「その前は?」

「小学生だよ。先生が何かやりますと言って、クラスで劇みたいのをやったと思うけど、僕、参加してたかな」

 こ、コイツ。なんて非協力的な人生を送ってるんだ。トリプルだろ。学園の重鎮(じゅうちん)生徒なんじゃないのか。いや、トリプルだから免除(めんじょ)されているのかもしれない。

「そんなに聞きたきゃ、(みのる)に聞いたら? やってるかもしれないよ。中等部の頃から葵の親衛隊なんだから」

「そうか!」

 うん、うん、アイツ葵様一筋だもんな。なら、影ながら応援してます的に、実行委員とかやってるかもしれない。

 むっつりだし、ひっそりキノコのように日陰で支えるのが好きなタイプだし。そういうのしか出来ないし。


「ねぇねぇ、新田原ぅ~」

「やってない」

「まだ、何も聞いてないじゃん」

「桐花祭委員だろ。俺は推薦(すいせん)すらされておらん」

「……だろうな。こういう祭り事、期待されなさそうだもんな、お前」

「ズケズケ言うな! こう見えても気にしてるんだ!」

「へー、そうなんだ」

「もういいだろ。大江戸にでも聞けっ」


 大江戸が、メガネを光らせる。

「俺は外部生だが」

「知ってるよ!!!」

 メガネを上げて理知的(りちてき)に答える、大江戸の後ろから、ヨミ先輩がひょいと顔を出した。


「瑞穂、オレは委員はやってねーけど、ちょっとは知ってるぜ。報道新聞部で取材したからさ」

「えっ、ヨミ先輩、ホント!」

「お、おう! そんな目、輝かせんなよ。期待してるほど知ってるかどうか分かんねーけど」

「教えてください! なんでも、知ってる事。どんな小さい事でも、なんなら、ヨミ先輩のスリーサイズも」

「な、なにお前! どさくさに紛れてっ」

 一瞬で火照(ほて)るほど顔真っ赤! いや、そんなに赤くならなくてもいいでしょ。

 お祭りの一件以来、そうなのだ。ヨミ先輩はちょっと、しおらしくなっちゃって、モノの拍子にらしくもなくモジモジしたりすることがある。

 『好きなヤツ』ってポロっと言ったのもあったから、気にならないと言えばウソになるが、そんな、しんなりした姿をみると、こっちもつられて赤面してしまうので、出来るだけ話題を逸らすようにしてたのだが。口がペロッと。


「えーと、最後のはナシで」

「お、おう。それで、なんだっけ、桐花祭の何が聞きたいんだっけ」

「高等部の生徒会が、どこまで中等部や初等部の面倒を観てたのかとか、そこらへんの事なんですが」

「うーん、込み入った話だなぁ。そこまでは分かんねーよ。最後のキャンプファイヤーを合同でやったとか、そういうのは分かるけどさ」

「あ、そうですか」

「やっぱ、葵先輩に聞いた方がいんじゃね?」

「そうなんですけど、先輩に聞いても、『政治の好きにやるといい』ばっかりで、教えてくれないんですよ」

「じゃいいじゃん、好きにやれば」

 無責任過ぎる! 責任取るの俺なんだから、みんな親身(しんみ)になって、俺の苦悩(くのう)を聴いてくれよぉ。


「覚悟の問題じゃない? べつにどうやったって文句は出るんだからさ、ならやりたいようにやれば」

 神門さん、半分くらいイイこと言ってんだから、せめて俺の目を見て言おうね。

「でもよ」

「葵は、そういうのも全部、一度、壊したいんだよ。きっと」

 神門さん、半分くらいイイこと言ってんだから、せめて本から目離そうね。

「瑞穂、オレはお前の仕切りを信じてるぜ」ヨミ先輩。

「瑞穂、そういうなら好きにやればいいだろ。もちろん全責任はお前が取るんだけどな」大江戸。

「葵様が仰るのだ。そのような名誉(めいしょ)(よく)しているのだ。応えて差し上げろ。当然、失敗の全責任はお前が取るんだぞ」

「お前ら! 失敗前提にすんな!!!」


 協力してくれんのかな、このメンバー。特に先輩が生徒会に来ないと、新田原が戦力にならないからホント心配。

 そんな心配を抱きながら、俺の短い短い夏休みが終わった。


 ◆ ◆ ◆


 始業式の朝礼が始まる。

 ここで校長の挨拶の後に、俺が壇上に上がり、始業の生徒会長挨拶と合わせて、桐花祭の準備期間に突入することを宣言しなければならない。

 ステージって何度上がっても緊張するんだよね。先輩が見てくれていると思わなければ、逃げ出してしまうよ。

 先輩、なんであんなに堂々としてたんだろ。今度会ったら、いつもどんな心境だったか聞いてみよう。


 今回から、朝礼の台紙の読み上げは、各部の代表にお願いしている。

 100を超える部があるので、どんな部活があるか知らない生徒も多い。事あるごとに様々な部活の人が声を出せば、生徒に対しても教師や理事会に対しても、部の紹介になると思ったからだ。

 今日の読み上げは、『マジック・手品部』が担当している。さすが手品を(たしな)む子ですな。朝礼の割には、ちょっと調子のいい口調が気になるが、流れるような明朗(めいろう)な喋りが心地よい。

 新田原も美声だが、女の子の声は大きなホールではよく映える。


 俺の名前が呼ばれて、脇階段から壇上に上がると、つい最近まで、上がるだけでザワザワしてた皆さんは、今回は静かに見守ってくれた。

 俺もとうとう受け入れられたかと思ったが、見回してみると、あれれ、少し違うかも。厳しい顔の生徒が点々とおり、多分それは内部生なんだろうなと想像がついた。


「生徒会長の瑞穂です。長い夏休みでしたが、皆さん、鋭気(えいき)は養えたでしょうか。私ごとで恐縮ですが、私は休みの前半は補習を受けてました。幸運にも今ここに立っていると言う事は、追試をパスしたいうことです。赤点で退任(たいにん)を期待されていた方。残念ですが二学期も瑞穂が生徒会長を務めます。引き続きよろしくお願い致します」

 会場から、くすっと笑いがこぼれる。ちょっと自虐的(じぎゃくてき)かと思ったけど、事実だし俺の酷い点数は全校中に知れ渡っているので、このくらいの前振りでよかったのかもしれない。掴みとしてはいいでないかな。


「二学期は、私が言うのもおこがましいですが勉学(べんがく)はもちろん、イベントが盛りだくさんです。10月には桐花祭があります。地域最大級の規模を誇る当学園としては、歴史に恥じない内容に仕上げて行きたいと思います。早速ですが、桐花祭委員の皆様には、ご参集いただき準備を進めて参りたいと思いますので、皆さまのご協力をよろしくお願い致します。桐花祭のテーマや詳細が決まりましたら、各報道機関を通じて、皆さまにお知らせいたします」


 こういう、「○○やりまっせ」的な最初の一声をかけるのが大事で、それが生徒会長としての俺の仕事だと気づいたのは、つい最近の事である。

 内部でちくちく算段を重ねていると、いらない噂が飛ぶ。『密室でやるな』とか、『なにを画策してるんだ』とか、キミ達、見てない様で見てるのね、という投稿がちらほらと見受けられるのだ。

 なのでこういう場で言う訳だ。ちゃーんと慎重にやってますよ。



 クラスに戻ると、山縣達が俺の席に集まってきた。

「元気そーじゃねーの。瑞穂、追試でやつれたと思ってたぜって、おい、お前、どうした!? 顔? 色変わってね?」

「ああ、あれだ。ちょっと階段でコケてな。顔を打ったんだよ」

「うわっ、痛そー」

 赤羽が顔を歪める。

「アタマ打たなくてよかったなー。それ以上、バカになったら中退(ちゅうたい)だったもんな」

「うっせーな、さっきも言ったろ。追試はパスしてんだよ! 俺は!」

「何、自慢してんだよ。フツー、そんなの受けねーんだよ。バーカ」

 同じクラスの男子からもバカ扱いですか。確かにお前らより点数低いけどよー。

「だいたい、山縣は俺の仲間だと思ったぜ、お前、遊んでばっかだし、女の事しか考えてねーしよ。ぜって、勉強なんかしてねーと思ったのに」

「バカ言っちゃいけねーぜ。確かにそうだが、俺はやる事はやっている! モテるためなら勉強もする! ある程度は」

「努力の方向が間違ってるだろ」

「チチチっ、バカだなぁ瑞穂は。だからバカだと言われるんだよ。桐花の女子はな、バカな男は嫌いなんだよ。俺のリサーチの結果、顔面より頭の偏差値の方が求められていると出ている! だから」

「だから?」

「俺はお前より、モテる!!!」

「そうですか。さいですか。俺の前で言いたい事はそれだけか……」

「ああ、言い切ってスッキリしたぜ」

「帰れ! 帰って出家(しゅっけ)して煩悩(ぼんのう)でも頭髪(とうはつ)でも落としてこい! ついでに全身脱毛してこい!」

「脱毛は関係ねーだろ」

「で、なんだよ。俺に言いたいのはそれだけか!?」

「そうじゃないって。桐花祭、どうするのかって。瑞穂、実行委員だろ」

 冷静に話を戻したのは、赤羽氏。

 ……そうだ。そうだよ。考えてみれば、このクラスの実行委員って俺じゃん。ということは、全体の仕切りもして、自分のクラスの仕切りもしなきゃいけないってこと? そりゃかなりハードだろ。スゲーハードだ。(だい)ハードだ。


「…………」

「瑞穂、なんか顔色が、今度は青いぞ」

「あのさ、委員会に出てから考えさせてくれない。なんか大変そうだから」

「ああ、まぁ楽しみにしてるぜ」

 気楽に言ってくれるな。もうっ! 4月にハイハイって引き受けるんじゃなかったよ。

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