5章-1
夏休みが終わり、桐花祭編がスタートです。
大イベントの準備に奔走する政治達に、また試練が降りかかります。
「赤羽も山縣も、まだ遊んでんだろうな~」
「……」
「水分は、海外かな~、スペインとかイタリアとか~」
「……」
「先輩、何してんだろ~、なんで来てくれないのかなぁ」
「うるさい! さっきからお前はグチグチと!」
「お前がそうだと、俺達のモチベーションが下がるんだ!」
「へーい」
ちっ、何もそんなに怒鳴らなくてもいいだろ、お前らだって、不機嫌なくせに。
今、俺達はクソ暑い夏休みの最中、これまたクソ暑い生徒会室にいる。先輩が言った通り、エアコンの無いこの文化遺産は、真夏になると茹だるように暑い。
積みあがる資料に目を落とすと、ぼつっと資料の上に汗が落ちる音がした。
「うわっ、汗、滴り落ちてきたよ」
先輩も汗だくで、仕事したんだろうな。暑いからベスト脱いで。
汗、汗か。てことは先輩……。
汗で張り付くシャツ、透けて見える下着。そして肩にうっすら姿を現すブラひも!
「汗! これ、やる気出るわ!!!」
「おい、バカ、今度はどうした」
「愚痴ったり喜んだり、暑さでお脳でもやられたか」
「やられてねーよ!!!」
冷てーなぁ。こんなに暑いのに。大江戸も新田原も、ひでーよ。
二学期はイベントが盛りだくさんだ。林間学校、防災訓練、二年の修学旅行、中高合同ボランティア、聖夜の集い……etc.
その中で最も大きいイベントが、桐花祭だ。
地域最大規模の高等学校となる本校は、学園祭の規模も大きく、例年、周辺住人の期待も高い。
学園としても力を入れているので、生徒会長の俺は、始業式の生徒会長あいさつで、桐花祭の事を言わなきゃいけないのだ。
と言うことは、夏休み中に、それなりの準備を進める必要があり……。
おい、ちょっと待て。じゃ生徒会の夏休みは初めから短いって織り込み済みなのかいっ!
「おかいしでょ! 職業差別だよ!」
「五月蠅い! おかしいのは、お前の頭だ!!!」
アタマ、アタマって、大江戸こそ五月蠅い!
「政治、さっきから心の声が全部、口に出てるよ」
知ってるよ、気づかないほどバカじゃないよ。口を押さえる気にもならないだけだよ。
「漏れ出したくもなるわ!」
俺達は、旅行から帰ってきた翌週には、生徒会室に登校していた。
『さぁ、これから夏を謳歌するぞい』と思った矢先、先輩から「政治、桐花祭の準備だが」と振られたときは、悪いけど先輩が悪魔の手先に見えたね。
俺には補習もあったのに。まだ、一週間も休んでないのに。宿題も滞り気味なのに……最後のは見栄が入ってました、まだ手付かずです。
こんなビッグイベントの準備なんて、一人じゃとても出来ない事なので、神門、新田原、大江戸を呼びつける。役員だから当然だ。義務だ。馳せ参じろ。
なのにだ、こいつらときたら。
まず大江戸。「夏休みは稼ぎ時なんだが」とか言って来やしない。
『ぶちっ』
堪忍袋のほっそい糸が切れました。俺の。
登校を渋る大江戸に、「いいか大江戸、なんでも社長が動く会社はダメな会社だ」と、『なんたらの夜明け』とかいうテレビで最近聞いたフレーズを持ち出して反撃する。
「だがなぁ、社長といっても大会社じゃなんだ。俺も従業員みたいなものだから」
「それが甘えなんだ! 一人一人が社長のように考えて動く!」
「いや分かるけど」
「生徒会も然り!」
「商売が……」
「商売と俺とどっちが大事なの!?」
「しょう……」
「俺だよな、俺でしょ、俺って言ってくれないと、もう歳とは別れる! 慰謝料請求する」
「分かった。行くから。最近のお前は本当、強引だな」
このくらい強引じゃないと、こんなメンバーは引っ張れん!
新田原はと言うと。
「意味がない」
「は?」
「行く意味がない」
「いや、桐花祭の準備だって」
「否! 葵様がいない生徒会に行く意味がないと言っているのだ」
「はぁぁぁぁぁぁ? なに言っての、この色ボケ小僧」
「色ボケはお前だ! 瑞穂」
「お前、先輩が守ってきた生徒自治を守ることが、先輩が俺達に託した事だって分かんないワケ? 先輩の期待、分かんないの? バカじゃないの」
「バカとはなんだ!」
「葵様、葵様って、いい加減、葵様が選んだ俺のために働けや! クソガキ!」
「嫌だ!」
「ああそうかよ、じゃお前の中の葵様と十分お話しすんだな。答えが出たら、俺が優しく聞いてやる」
歯の隙間からムムムと唸る声が漏れ、歯ぎしりがギチギチと鳴っている。
お前が怒る以上に、俺も不機嫌なんだってーの。だれが好んで夏休みに生徒会活動をするかよ! 面倒くせーのはお前だけじゃねーっつーの!
「早く答えろよ。どうせ暇なんだろ。だったら素直に来いや。どうせ家に居たって先輩の写真見てシコシコやってんだろ、シコタバルはよー」
「聞こえてるぞ! 瑞穂!」
口の中で悪態をついたが、地獄耳め聞こえていやがったか。
「その愚痴の代償は高いぞ、覚悟しろ!」
「うっせー! じゃ、お前の純なお気持ちを証明するために来いよ」
「ああ、行ってやるとも」
愚か者め、簡単に挑発に乗りやがって。来たら尻の毛が抜けるまでこき使ってやる。
神門は、俺の要請にあっさり首肯した。
「僕はいいよ」
うんっ、神門大好き。大好き過ぎて、もう頬ずりしたいくらい。
それに比べて新田原だ。
「それみろ、大人は責任感と寛容の精神が違うんだよ。ガキンチョとちがって大人って奴は」
「寛容? ただ僕は家に居たくないだけだよ」
「え、ああ……親離れしてるからだよね。神門は。うん、神門は大人だから」
「政治、やるなら夜までお願いね。毎夜、煩いおばさま方の相手をするのはうんざりなんだ」
「おばさま?」
あのー、もしかして生徒会って言い訳ですか? 俺の為じゃないんですか?
にしても、煩いおばさま方って……キミ、毎晩、なにやってんの。
「忘れるな瑞穂、今回はお前のために働いてやる、恩情でだ」
「なに、見下してんだよ。働きます、働かせて下さい、旦那様だろ」
「絶対言わん!」
「言え!」
新田原と頬っぺたを引っ張りあって、いがみ合いだ。
毎回イベントの度に、こんな説得交渉だ。いま時代は明治維新かっての。俺は坂本龍馬か。お前らは、西郷か勝海舟か。
だが俺の情熱と船中八策が功を奏してか、毎回なんとか集まっていただいております。
先輩、俺がんばってますよね~。