表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/108

4章-21

 ヨミ先輩は不機嫌ながらも、ほつほつと俺達の後ろをついてきていた。

 先輩が気を遣ってだろう、薪能(まきのう)を見に行こうと誘ってくれた。競争ものは、負けず嫌いが多い、このメンバーによろしくないと考えたのだと思う。

「お前達は、能や狂言(きょうげん)を観たことはあるか。狂言はなかなか面白いぞ。人の滑稽(こっけい)さは時代を越えて笑いを誘うものだが、ん?」

 きょろきょろする先輩に、皆が顔を見合わせる。


「ヨミはどうした?」

「知らないよ」

「私も見てませんわ」

 もちろん俺もいつ別れたのか分からない。

「糸の切れた(たこ)だな、あやつは。自由なのも大概(たいがい)だ」

「全くです」

 新田原が追従(ついしょう)する。お前、自分の意見を持てよ。

 同じくらいフリーダムな奴等に言われて、ヨミ先輩も浮かばれないが、この混雑だ、どこかではぐれてもおかしくない。


「そう大きくない所ですから、探しに行きます」

 俺が言うと、「わたしも」と水分が名乗り出る。

「宇加はここにいた方がいいよ、走り回ったら赤母衣(あかほろ)さんも大変でしょ、僕も居るから」

 神門が探しに行こうと踏み出す水分の足を止めた。

 子供じゃないのだから、心配することもあるまいが、確かに誰か残っている必要はある。

 そこで、先輩と新田原がセットに、大江戸と俺はバラバラに探しにいくことにした。

 しまったなぁ、俺もヨミ先輩もスマホを持ってねーや。だって浴衣にはポケットがないんだもん。



 喧騒(けんそう)にごった返す人混みの道を、鳥居へと向かって(さかのぼ)る。

 だが、赤く黄色く色づく出店の明かりをくぐり、太鼓囃子(たいこばやし)を抜けて、参道(さんどう)鳥居(とりい)を越えても、ヨミ先輩には出会わなかった。

「居ない。神社の方かな?」

 楼門(ろうもん)側の脇道を横から回り込んで、人気の少ない細道から本殿(ほんでん)に向かうことにする。

「それとも、どっかで行き違ったかな~」


 そのとき、闇の向こうにうっすらと人影が見えた。

 浴衣のシルエットに巾着(きんちゃく)。ぼんやりと見えるのは、ショートカットのはねっけ。

 ヨミ先輩じゃないのか?

「ヨミっ」と、言いかけて留まる。なんだ? 誰かと居るぞ。

 剣呑(けんのん)な気配を感じとり、身を潜めてにじりにじりと近づくと、聞こえてくるのは影の声。


「震えちゃって、かわいいじゃん」

「んだよ、さっきまでの威勢はどうしたんだぁ、おら~っ」

 男が二人? チャラい鼻がかった高めの声と、どっしりした低い声。これは大学生か、それとも社会人?


「お前ら、手だすんじゃねー、震えてんだろ。キミ、ここらじゃ見かけないね、どこから来たの?」

 もう一人いる。二人を叱責(しっせき)すると柔らか目の声色(こわいろ)で女の子に話しかける。声優みたいなイイ声である。

 だがはねっ毛の子は、なにも言わない。


「なぁ、遊びに行こうって言ってるだけじゃん、どうせナンパされに来たんだろ、アンタもさ」

 草を踏む音がする。どうやらチャラ男が彼女に近づいているらしい。


 ぺっ


「うわ! こいつ唾かけてきやがった!」

「甘くみてんじゃねーぞ、ゴルァ!」

 人が動く気配がして、ビリっと縫い目が裂ける音がした。それと叩くような音が。

 手を上げたんだ! 捕まれて、(あらが)って、浴衣が破けて、叩かれた?


「エグチ、女の子は優しく扱えって言ってんだろ! 何度も言わせんなっ」

 ドスの効いた声優の声が薄暗闇(うすくらやみ)に被さる。


「すみません。カイさん」

 声の低いエグチと呼ばれた男が謝るところを見ると、どうやら、この声優がボスらしい。


「場所、変えるぞ」

「はい」

 ガサガサと、もみ合う音と女性の息遣い。


「行くぞ!」

「いやっ!」

 鋭い声がする。間違いなくヨミ先輩だ。


「いってぇな、このアマ!!!」

 ヨミ先輩の、ウッともキッともいえない、言葉にならない声が精一杯の抵抗を示していた。影を見ただけでも、体格差は歴然だ。いくら野球のために鍛えているといっても、ヨミ先輩の腕は驚くほど細かった。球技大会で男と張り合っても、悲しいほどに。


「いって! くそ! こいつ噛みやがった! カイさん、もうイイっすよ。コイツじゃじゃ馬で」

「アハハ、エグチやられてやんの」

「うるせー」

 男達の笑い声が合わさる。


「なに手まどってんだよ、押し倒しちまえば、大人しくなるんじゃねーの。男にゃ勝てねーんだからさ」

「離せ!!!」

 ヨミ先輩の切り裂くような声。ヤバイ事になってきてる。もみ合いになってるんじゃないか。

 もう、いくしかない。

 腹の中で声を出して覚悟を決める。「よし!」


「おい、ヨミ、こんな所いたのかよ。探したぞ」

 一斉に俺を見ると六つの白目が、闇にギラリと光った。

 ヨミ先輩は、大木を背を向ける形で立ち、右手で左の腕を押さえていた。瞳に一杯涙を貯めて。


「誰だてめー」

 予想通りの声が三人から放たれる。遠くの提灯明かりだけでは、よく分からないが、20代の男性が三人。一人は無精なあごひげを生やして、耳にはピアスが光っている。

 もう一人は黒のつば付きの帽子に腰から、やたら太いチェーンをぶら下げている。まさか武器じゃねーよな。

 そして少し離れて優男(やさおとこ)。品のいい体にピッタリのスーツを着ている、そして、この(よい)の口にサングラス。見えねーだろ、こんなに暗いのに。ファッション行き過ぎだろ、ていう勘違いヤロー。


「誰っすか? ヨミの友達?」

 なるべく相手を刺激しないように、自然に収めたい。

 ヨミ先輩に目を配ると、ふるふると小さく首を振る。


「ジャマすんじゃーねよ」

「コイツは、お前じゃなくて、俺達と遊びてーんだってよ」

 低い声のあごひげが、ガニ股気味に威勢(いせい)よく歩いてくる。所謂(いわゆる)、ガンをつけて。

 まずいなぁ。やる気なんだろうな。なんとか逃げ出さないと。


「ヨミはしょうがねーなぁ。ちょっと目を離したらいつも迷子だもんなぁ、ははは」

 ははは、なんて笑ったが、辺りの反応はない。ですよねー。

「それでヨミ、こいつらと何してんだよ」

 一歩、一歩とヨミ先輩に近づいて行く。


「てめー、ナンパに決まってんだろ」

「バカかコイツ」

 あははは、とチャラい方がチェーンを鳴らして高笑い。

 ナンパね。女の子泣かせて、こんな所に連れてきて、それは拉致(らち)って言わねーか。


「そうだ、ヨミ。さっきヨミが食べたいって言ってたイチゴ飴。そこで見つけたから、こんなところに居ないで行こうぜ」

 ヨミ先輩の方に一歩一歩と近づき、手を取ってゆっくり動こうとすると、

「ゴルァ、てめー何逃げようとしてんだ!」

 やっぱだめか。穏便(おんびん)にはいかねーか。しゃーない。


「逃げる? ヨミは俺の女だ。手出してんじゃねーぞ!」

 目一杯、強がって声を張る! やるしかねー!


「ああ? なんだコイツ。急にいきがりやがって。ヒーロー気取りか、てーめー」

「ヒーロー? 自分の女に手出されて黙ってる奴いるわけねーだろ」

「痛い目みてーのか、このガキが!」

 あごひげが俺の浴衣の襟をぐいっと掴む。その手首を俺も捕まて、相手の動きを少しでも押さえにかかる。

 やべぇなぁ。だめな方向に向かっている。

 チャラ男も、こっちに来ているようだ。

 よくない。非常によくない。


 二人の頭の向こうにいるサングラスの優男が、嫌味(いやみ)な声で手下に指示を出してきた。

「ヒーロー様をちょっといたぶってやれ。程々にな」

 その言葉に、にやっと口を上げる二人。


「ああ!」の声と同時に拳が飛んできた。顔にだ!

 それは余りに露骨(ろこつ)な一撃だったので、容易に避けられたが相手は二人。もう一人がこちらに突っ込んでくる。


 (えり)を掴んでいたあごひげの腕を(ひね)り上げて、前に放り投げ、かかってくる相手と鉢合(はちあ)わせを狙う。

 が、そんなに簡単にガチンコとなるわけもなく、突っかかってきたチャラ男は、左にステップしてそいつを避けて、一歩踏み込んでパンチを繰り出してきた。

 正拳(せいけん)突きに近い。

 それも体を引いてギリギリで避ける。こっちから手を出したくないが、そんなことも、言ってられない。

 二発目が髪をかすっていく、あぶねっ!


 殺気(さっき)を感じて、ちらっと左を見ると、さっき放り投げたあごひげが俺に挑みかかってくる所だ。

 1対2だと、このやり方が一番いい。一人が押さえて一人が殴ればいいのだ。それはガキの喧嘩でよく知っている。

 捕まるわけにはいかない。


 今度は、あごひげが相手だ。奴の方を向きボクシングのガードの構えをする。

 こうすると相手はきまってこう思う。拳を出してくるのだろうと。だからここで、ローキックを放つ。思いっきり!


 バシッっと、いい音が決まった。

 相手は、ううぅと声を上げてうずくまる。(すね)は想像より遥かに痛い。決まるとマジ唸るほど痛いのだ。だが足止められる時間は僅かだろう。

 それに怒気(どき)を高めた、チャラが襲い掛かってきた。


「やろうっ!」

 ワンツーで殴り掛かってきた。ボクシングかっ!

 何発か受け止め、何発か避けたが、一発は腹に食らった。うぇっと上がるものがあり、腹を押さえたくなるが、ぐっと痛みをこらて相手を睨み返す。

 そのうち、ローキックが決まった奴も起き上がってくる。


「やりやがっな」

 あごひげの声に、ちらっと後ろを見るチャラ男。

 そして、さすがに拳だけでは芸がないと気づいたろう。突きのような軽いフェイントのあと、チャラの大ぶりなケリが俺の(もも)に決まる。

「瑞穂!!!」

 ヨミ先輩が叫ぶのが聞こえた。その声に反応したあごひげ野郎がヨミ先輩を手を強引にとって、振り回すように投げ捨て押し倒す。


「てめぇ、ヨミ先輩になにしやがる!」

 無意識に大声が出て、俺は真っ白になった。

 目の前にいるチャラに頭突きをブチかます。しかも鼻筋(はなすじ)に。

「がー!」

 後で思えばかなり俺も痛い攻撃の筈だが、リミッターが外れていたのだろう、痛みは全くなかった。


 チャラはダーと鼻血を吹き出すと、大声を上げ、鼻を押さえて転げ回った。俺はそいつを力の限りに蹴りあげると、ヨミ先輩を押し倒した奴に飛びつき、そのまま馬のりになった。

 血の味がするのを感じながら、そいつの顔とも胸とも、肩ともどことも分からず、ド突きぶん殴りまくった。


 突然、頭に衝撃が走った。

 一瞬意識が飛びそうになる。ああ、あたりまえだ。もう一人いるんだ。こいつばっかり相手にしてたら、そうなる。


「うわぁーーー」とヨミ先輩の叫び声。それとどさっという音。

 振り返ると、ヨミ先輩が優男の足元に絡みつき、ぶっ倒れている。

 俺を助けてくれたのか?


 だが、せっかくヨミ先輩が倒しても、奴は起き上がってくる。ヨミ先輩は、まだ優男の足を押さえているか、そいつはヨミ先輩を蹴るように払うと、指を鳴らしてこっちに来た。

 まるで貫一(かんいち)お宮の構図だ。


「このやろう!!! ヨミ先輩に、手出すんじゃねー」

 こんどはコッチが相手だ。すたっと立ち上がり、先制のパンチをお見舞いするが。

 力んでいたのだろう、俺の拳は空を舞った。


「手を出すなか。かっこいいじゃねーか」

 女受けしそうな響きのいい声が聞こえて、俺は一撃を脇腹にくらった。

 ぐーっ! つ、強い。早えー。さっきの二人とは比べものにならない。

 これはヤバイ、まじヤバイ事になってきたって。けど引くにひけない。引けるわけねーだろ。ヨミ先輩を守れるのは俺しかいねーんだ!


「やりやがったな!!!」

「おお、やるかガキ」

「やったろうじゃねーか、タイマンだ!!!」

 わざと大きな声を出して、派手にやらかしてやる。

 こうすれば人がくるかもしれない。1対3だ。ヨミ先輩もいる。人がくれば。人さえくれば、この状況は打開(だかい)できるかもしれない。

「うぉらーーー!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ