4章-13
準備が整い、バーベキュースタート!
炭火で焼ける肉がジュージューと食欲をそそる音を奏でている。時々、肉のあぶらが滴り落ちると、ジュワッと白い煙が上がり炭に火がつく。そんなアクシデントにも盛り上がる一同。何があっても楽しい!
「脂がのってるなぁ」
「ああ、旨そうだ」
新田原も楽しみらしい。
お肉っていいよね~。漢としては葉っぱとか根っこなんて食わず、肉! 肉ですよ肉!
これは大江戸も同じようで、内に高めたテンションを炭火に光る眼鏡に写して焼ける肉に見入っている。
「美味しいか美味しくないかは、食べてから判断してね」
料理長はそう言うが、
「絶体旨いに決まってるって!」
間違いない!
だが焼けるまで辛抱たまらんので、ちょいちょいグリルに顔を近づいては上から横からお肉の焼け具合を見回す。
「もう食えるんじゃないかな?」
じんわり顔に伝わる炭火の熱に、これまた興奮。やっぱり肌で感じるのが、アウトドアの楽しみだ。
「もうちょっとか? 焦げ目が付いたくらいが食べごろかな~」
タレが焼ける香りがまたらなくイイが、まだ赤みが残るので、軽く持ち上げた串をそっとグリルに戻して焼けあがるのを待つ。すると、そんな俺を否定するように新田原がその串をむんずと掴み取った。
「もういいだろう」
「いや、はえーって。まだ赤いだろ根本の方が」
「いや、十分だ。牛は生でも食えるのだ。この位で丁度いい」
新田原はスーパーレア派か。
「それって日本人の誤解なんだぜ。肉の本場じゃ、ちゃんと焼いて食うらしいし」
俺はよく焼き派だ。
「バカいえ、折角の肉が固くなるだろ。だいたいどこの外国の話だ」
「ローストビーフを見て、生で食うと思ったらしいから、イギリスじゃねーの」
その言葉にぴくっと反応する先輩。ん? 先輩もレア派か? 生で食おうとしてたかな?
「本当か? 瑞穂。お前の言う事はいちいち信用できん」
「とにかく、ちゃんと焼くのが安全なの。なぁ水分」
「えっ! わたしに振るの?」
「なぁ」
「赤いから火が通ってないわけじゃないわよ。ローストビーフは65度くらいの低温でゆっくり火を通すの。お肉は意外と火加減に敏感よ。加熱が不十分だと脂の旨みが出ないし、焼き過ぎると固くなっちゃうから」
「ほらみろ。新田原」
「お前は生だと言っただけだろうが!」
そんな説明がてら、水分は串をさらっと眺めて、頃合いの良い串を一つ取る。
「このくらいかしら?」
考えながら箸で肉を軽く触って何か確認しているけど。押すと焼け具合が確認出来るのか!? こいつ職人かよ!
「うん」
そんな納得する水分に何故か皆の視線が集まる。水分は注目に気づかず、上品にも焼けた肉や野菜を串から外してお皿に移そうとするが、
「ちょいまち!」
ヨミ先輩お得意のブレイク!
「はい?」
「こう食べんだよ。焼けたら串ごと食べる! これがバーベキューの醍醐味だって」
ひょいと取った串に、何の躊躇いもなくガブリと食らいつくヨミ先輩。肉をひきちぎる! 皿になんかに取るのは外道なのですと言わんばかり。
「おおっ」
喚声をあげる先輩。
「ヨミ先輩は、そういうのほんと似合いますよね」
「どういう意味だよっ」
「文字通りですけど」
「TPOだよ、オレだって家ではこんな食いかたしねーよ」
水分が訝しげな目でヨミ先輩を見ている。
「ホントだって! バーベキューってそうなんだよ。なぁ瑞穂!」
「オオカミ少年ですね。騙してばっかいるからです」
「ちょっとー、瑞穂~」
なんで俺に縋り付くんだよ。
「本当だ、水分。バーベキューの串は焼くための道具でもあるが、食べる利便性も考慮して考案されたものだ」
「大江戸くんが言うなら」
水分がそろそろと串にかぶりつく。
「あつっ!」
今度はふーふーしながら、猫が熱いものを舐めるように、恐る恐る。
「ぱくっ」
食べたのは少しだったが、モグモグとゆっくり咀嚼。
「うん、丁度いいかも、ちょっと味が濃いかと思ったから」
全員が、じっと水分を見つめる。
「ちょっと食べるとこ見ないでよ。恥ずかしいじゃない」
「すまない。実に上品に食べると思い、つい見とれてしまった。水分は食べ方も美しい」と、大江戸が真顔で言う!
「……」
言葉が出ない水分。窓から漏れる明かりでも、彼女がゆでダコになったのが判った。
なぜここで口説く!? こいつは無意識なのか、それともヤル気満々なのか分からん。好きなのか!? 水分こと好きなのか?
直球ど真ん中の口説き文句に、本人よりもヨミ先輩がモジモジだ。
この人はBLには慣れてるのに、リアル恋愛に弱いらしい。驚ろくほど恋バナに免疫がない。だからBLなのかもしれないが。この空気にいたたまれないだろう、ヨミ先輩はあたふたと次のネタ探しに躍起になっている。
「お、大江戸、神門もみてみろ。あいつも上品だそ。どうだ、子リスみたいな食い方」
大江戸は眼鏡の蔓をピット上げて一言。
「男には興味はありません」
唖然と口を開ける、ヨミ先輩。
これは、永遠にヨミ先輩との接点はないな。
気を取り直して俺達も食べてみる。まずはお牛を。
「うん。うまい」
先輩も一口。
「肉が柔らかいな」
「果物です! 果物と一緒に浸けておくと、柔らかくなるんですよっ。パイナップルとか有名ですけど、リンゴでも出来ます。今日は果物がなかったので、コーラにしましたけど」
水分、ゆで上がり復帰!
「コーラ?」
「はい、何かで読んだことがあったので、試してみました」
「へー」
「それで、このペットボトルが減ってたんだ。水分が飲んだのかと思ったぜ」
「そんなにたくさん、飲みません!」
「しかし、どこで覚えたんだよ、そんな裏技」
「ええ、家で色々試して作っているうちに。何となく」
「じゃ家族は毎日美味しいものが、食べれていいな」
「でも母は少食ですから、専ら父が食べる係よ」
「それで、父君はあんなに大きいのだな」と、先輩。
「納得だ」新田原。
「確かに」大江戸。
「えっ、みんな水分の親父さん知ってるの?」
「ああ、直接は会っことは無いが、テレビ越しでは」新田原が言う。
「そうんなんだ、結構、有名人なんだ」
「瑞穂くん、知らないの?」
「議員だっけ? あまりニュース見ないからなぁ。疎いんだよ」
「父は、水分耕作よ!」
まさか知らないのと云った体で驚かれてしまった。
それでも俺がピントきていない顔をしていると、先輩が、「ヨミ教えてやれ」と促す。
「瑞穂~ニュースくらい見ろよ、水分といったら農林族議員のドン、大ボスだぜ。そのお爺さんも政治家だから、所謂、二世議員ってやつ。ニュースで農業関係の話がでたら、時々、恰幅のいいおじさんが出てくるだろ。名前を見てみな」
「……」
水分がみかねて、スマホの写真を見せてくれた。
「見たことないかしら」
まぁ、随分大きな方だこと! 水分の5倍くらいあるんだけど! どうして、こんな親父からこんな華奢な子供が生まれたかな。
代わる代わるに見比べる。
「似てないと思ってるわね」
「すみません」
「慣れてるわ。これでも、若い頃は美男子だったと母が言ってました」
「ほんとかよ」
「きっと70キロくらい痩せたら」
「それ、水分が食わせるからだろ」
「そんなことないわよ! 私は父の体を心配して一杯野菜を食べてもらってもの!」
「じゃなんで」
「それ以上に食べてるのよ。あの人は。私の知らない所で」
「あるのだろうな、仕事柄、人と会うことも多かろうし」
娘の心親知らず。いつまでも健康でいて欲しい願いは、美食家の前では霞むらしい。
「外で食って来るなら、作らなきゃいいだろ」
グリルの上で、じゅわっとアブラヲ滴らせている、カツオのハラミをひとつまみする。ん、うまい!
「だって、誰かが食べてくれなきゃ張り合いがないもの。父は本当に美味しそうに食べてくれるから」
「そっかー、そうだよな。美味しいって言ってくれたら嬉しいもんな。わかるよ」
「瑞穂くんも、美味しいそうに食べてくれるじゃない、それに今日は皆もいるから、楽しみだったの」
「それで、俺の家でも毎日ご飯を作ってたんだな」
あの期待に満ちた瞳は、そう言うことだったのか。
「なんだ、それは……」
「あっ!」
しまった、新田原は居なかったんだ。と思ったときには既に遅し、ヨミ先輩ってば「俺達、瑞穂の補習の勉強を教えに、毎日、瑞穂んちに行ってたんだぜ」と、饒舌に休みから補習までの事を語り始めた。なんでべらべら喋るかなーっ! 頼むから、その舌は鼓を打つだけに留めてくれ!
「葵先輩も来てたぜ」
ヨミ先輩、そりゃねーよ!
新田原の顔が、みるみる武者になる。
「瑞穂……いい度胸だな。俺に黙って葵様と」
「実ちゃん、何もなかったんだよ。本当だよ。そうだ! 神門も一緒にいました。安全でした」
「さぞ楽しい補習だったんだろうな」
こえーよ~。
「プライベートレッスン」
なに、誤解を招くような引用してんだよ、神門!
「いや、プライベートではないから。三人もいたし!」
大江戸の凍てつく視線を浴びながら、新田原に馬乗りに責められる俺を、ヨミ先輩は嗜好品でも愛でるようにニヤニヤ見ている。
断じて、そーいう、プレイではない!