4章-9
ホームに滑り込んでくる新幹線に促されて車両に乗り込むと、先輩とヨミ先輩ときたら、まだ加速も終わらないうちに弁当を開け始めてしまった。
もう楽しさ絶好調だ。
ヨミ先輩はそういう人だから、ホームで食べ始めても驚かないが、先輩がこんなに愉快な方だったなんて。
この様子を新田原はどう見てるのかと思えば、「あのような嬉しそうな葵様を」と抑えきれぬ慟哭に身を震わせてる。
バカばっかだ、このメンバーは。
「政治! 見てみろ! 湯気が出てきたぞ」
最初に先輩のお眼鏡に叶ったのは温まる弁当だ。弁当箱の四隅から、ゆらりと白い湯気が上がっている。
好奇心旺盛な先輩は、このエンターテイメントがたいそう気に入ったらしく、嬉しそうに俺のところに牛タン弁当を持ってきた。
「熱いですよ! 意外なところから湯気が出ますから、気を付けて!!」
「ああ、ありがとう。ほら、香りもしてきた!」
それを俺に伝えようと、両手でつまんだ弁当箱を持ちかえようとする。
「ああっ、そこ!! あぶないって!」
先輩が迂闊にも、湯気の上を触りそうになるので、それを防ごうと奪うように弁当を取り上げると、
「うあちちちちちち」
湯気がーーー! スキマからあっついのがーーー!
ひいひい言いながら、かろうじて弁当をイスに置いて、湯気にダイレクト晒してしまった掌をふーふーする。
「大丈夫か? 政治!」
「あっっつーーー」
あ、お客さんの視線が……。注目が。
「すみません。大声だしちゃって」
「政治は、うっかりだな。気を付けてくれよ」
何、ぽかんとした顔してんの! 先輩! あんただよ! うっかりは! まるで俺の失態のように言うなよ!
「それは、まだ2、3分かかるようだ。それより、どまん中が気になるだろう?」
気にならんばい! それより手が~俺の手が~。
先輩は次の弁当を見せようと、てててと前の席に戻っていく。
「瑞穂、横で騒ぐな」
「大江戸~~~」
「知らん、火傷の薬など持ってない」
冷たい! 大江戸。
一応、水で冷やしておこう。同じ冷たさでも大江戸の冷たさでは、俺の手を癒せない。
ちょっと席をはずして手洗いにいく。
通りすがりに女性陣+神門を見ると、きゃっきゃきゃっきゃとテンションマックスだ。
まだ第一コーナーだっていうのに、レッドゾーンでいいのか、キミたち。
火傷の具合は、大丈夫のようだった。少々掌が赤くなっているが水ぶくれになるほどではなく、一日、二日もすればジンジンした痛みも引くだろう。
もう、あせったよ。出発1分でケガするなんて、ウルトラマンよりもせっかちすぎる。
初めての友達旅行に正気を失ってる三人は危なすぎる。やはりここは俺がしっかりせねば。
十分、お手てを冷して席に戻ると、女性陣がもじもじしながら、俺たちの席に来ていた。
「どうしたの?」
「政治たちも味見がしたいだろう」
「オレたちばっか食べたら悪いからさ」
ん、と思い水分を見ると、ぷいと横に顔をそむける。
「味見なら、ちょっとでいいですよ。朝飯くったばっかだし」
「いや、どんどん食べてよいぞ」
「うん、なんなら全部」
申し訳ない顔をして、上目づかいに俺を見る二人。
「……あんたら! お腹いっぱいなんでしょ!!」
「うっ、売店で見たときは興奮しておったのだが」
「おもったよか、お腹すいてなくてさ」
「もう!」
だから、大丈夫じゃねーじゃねーか。それに全部開けちゃってどうするの。
これどうするつもりですか、と問い詰め調子で二人を見ると、合わせたように、しばしの沈黙。
「食べて」と先輩がかわいく言う。
「食べて」とヨミ先輩もまねてかわいく言う。
そんなんキュートに言われてもさ。何個あるのコレ。一人じゃ食えんだろ。
ということで、ゆっくり大江戸の方を見ると、大江戸はそーっと窓側に顔を背ける。
ちっ! 己に素直な奴め。
また先輩たちを見直す。
二人は止まったような笑みで、俺を見つめている。
「……わかりましたよ。食べますよ」
「ありがとう! 政治」
「サンキュー、瑞穂」
水分が一歩離れた所で拝んで頭を下げているので、目で『お前が止めれよ』と言ってやる。
今度は、小さく頭を下げて、すごーく、済まなそうな顔してるので、また目で伝えてやる。
『これ貸しだからな』
「おい、大江戸、新田原、お前らも食え」
「俺はいらん」
大江戸が言う。
「いらんじゃないの! 食うの!」
「新田原は?」
「葵様のためなら喜んでいただきます」
「神門は?」
「僕はさっき一緒に食べたからパス。もうおなか一杯だよ」
「いいよ、最初から期待してないもん」
先輩が、ごめんなさいと言いながら、次々とお弁当を俺たちの前に持ってきた。
「一人、3個がノルマだからな、ちゃんと食えよ!! ノルマだかんな!」
★ ★ ★
新幹線は早い。車窓に見える街並みも、随分、密色濃くなろうと言うのに、俺達はまだ弁当を食い終わっていなかった。
「おい、次の駅で降りるんだよな」
「そうだ」
大江戸が、御飯を頬張りながら答える。
「政治、誠に言いにくいのだが、あと5分位で駅に着くのだが」
「えーっ、まじ!」
何、呑気に食ってんだ、俺達!
「おい、早く、食っちゃえって」
他人事かよ、ヨミ先輩、あんたらの買ってきた弁当なんですけど!
だが、しゃーない。
「おい、スピードを上げるぞ」
無言で頷く新田原。そうだろう。男三人が食いかけの弁当を両手に見せびらかして、ゾロゾロ下車する姿は、想像するだけでもシュールすぎる。
「お前もだ、大江戸」
「わかってる!」
急にがっつき始めた三人を、前に座る先輩方が椅子から身を乗り出して応援しはじめる。
「やっと本気になってきたな」
やっぱり、楽しんでんだろ、ヨミ先輩! 羽目を外したツケを他人に押し付けて。
「負けるな! 政治!」
「委員長! 頑張って!」
「えー、てことはオレ、新田原を応援すんの? 瑞穂を応援したいんだけど」
君たち? 楽しげに応援ですか。
だか、応援されちゃ負けられない!
「トップは政治だね~」
「新田原! まだいけるぞ逆転だ!」
「はひ」
新田原がご飯を口にいれたまま、先輩の期待に答える。一気にペースアップ。
俺の背後に、ピタリと張り付いて、ペースを上げても離せない。
スリップストリームか!
やるな、フードバトルに興味はないが、コイツには負けたくない。テストで負けて、口で負けて、早食いで負けちゃ男が廃るぜ!
「おい、瑞穂! 負けんなよ!」
負ける気なんてさらさらねー! 逃げ切るぜ! 目でヨミ先輩に合図すると。ヨミ先輩は親指を立てて、勝利祈願のサインだ。
「歳は、お金が動かないとやる気が出ないよね。じゃ、ここで勝ったらこの旅費は僕が払うよ」
大江戸の目が光った! 大江戸キターーー! 猛ダッシュ!
「政治! 追いつかれるぞ」
「新田原、ガッツだ! 根性を見せろ!」
「三人とも頑張って……」
猛烈な勢いで米が減っていくーーー!
「お、おおっ」
「あ、と、と、とっ」
あと少し! 四人は身を乗り出して早弁猛ラッシュに熱視線だ!
残りはあとわずか。二口、いや、一口!
「よし! 食い切った!!!」
ほぼ同時に、「はひ!!」と新田原の声が上がる。
その横で、無言で素早く手を挙げる大江戸。
「政治の勝ちだ!」と、先輩の勝利宣言。
「いや、新田原の方が弁当が空になったのは早かったぜ」
「手が上がったのが一番早いのは、歳だよ」
これは、勝負は分からないぞ!
審判! 判定を!
「だれ! 勝ったの、だれ?」
「ちょっと待って、いま物言いがついたわ」
「政治だろ!」
「いや、オレもそう言いたいんだけど、この勝負は新田原だろ」
「歳だと思うんだけどなぁ。動画とっておけばよかったよ」
一歩引いたところから大御所の風格で俺たちを見ていた水分が、ゆっくり右手を上げる。
「これから審判団が話し合います」
四人が前を向いてごにょごにょ話し始めた。
結構長いぞ。もう駅に着くぞ。降りる前に勝敗を決めて欲しいぞ。
と思ったら、四人がくるっとこっちを向き、水分審判長が、ただ今の勝負を説明する。
「えー、行司軍配は瑞穂くんの勝利でしたが……」
「が」
「審判団協議の結果、行司軍配通り瑞穂くんの勝利となります」
「いえぇーーす!! やりーーーー!!!」
勝った! 勝ったぞ! 俺は勝ったぞ!!!
「うぉぉぉー」勝利の雄叫び!
「ちっ!」「うるせー」「なにあの人」「……」
あっ……。
ただ今、乗客の皆様のお怒りの声が、車両のあらゆる方面から俺に向けられています。
「すみません! すみません!! すみません!!!」
360度、一周に頭を下げまくる。
嬉しさのあまり、自分でも信じられないくらい大声あげちゃったよ。
みんなも俺と一緒に頭を下げ……下げてねーよ、こいつら!!! 何、普通に座ってんの!?
みんなも一緒に盛り上がったのに、何で俺だけなんだよ!
「ちょっと、みんな他人の顔しないで!」
「……さぁ、降りるぞ政治」
「先輩!!! ひどい」