1章-6
フライングで部員を勧誘する部活を目撃した政治は、それを知ってて放置する葵に強い憤りを覚える。
葵は政治の事を考えて何もしないと説明するが、納得しない政治は葵と口論となってしまうのだった。
生徒会長を断る件は敢え無く撃沈した。だが俺にはもう一つ、やらねばならぬ事がある。
『登校初日倒れちゃった事件』の真相解明だ。
これが全く手つかず。
まぁ無事だからいいという考えもあるが、普通に考えて登校中に記憶を失うのは異常事態だ。体調も万全だったし、桜を観るだけで倒れるなんて普通はない。
そして、その後の生徒会長指名。この二つは何か関係があると考えるのが自然だろう。
それに直前に見た、白い影も気になる。これはやはり何者かに襲われたと考えると辻褄が合いそうだ。
でも何故? 誰が?
あれほど人がいて、だれ一人、目撃者に会わないのもおかしい。たまたま、俺が聞いた中で居合わせなかっただけなのか……
とにかく、もう少し聞き込みをしないとダメだ。
そうだ、そういえば、まだ先輩には聞いていなかった。保健室に運んでくれたのは先輩だ、なら何か知っているかもしれない。そもそも、先輩が怪しいと言うのもあるしな。今日、生徒会室で聞いてみるか。それとも、色々知ってる神門が先かな。
「瑞穂! お前はどっち派だって聞いてんだよっ」
「あ?」
乱暴な声に思考をたち切られて、空にあった焦点を正面に定めると、そこには口を曲げて頬杖をついた山縣がいた。
「あ、じゃねーよ。どっちだって聞いてんだよ」
「どっち? ああ、どっちかってーと、やっぱ神門かな」
「げげっ! お前、そっちの趣味かよ!」
漫画のワンシーンの如く、派手に身を引いて仰け反る山縣。
「瑞穂、お前には俺のケツはやらーねーからな」
「ケツ? お前のケツなんか興味ねーよ。ところで、なんの話だ?」
「ダメだ、こいつ全然聞いてねーし」
「彼女にすんなら、どっちがいいかって話だよ。隣のクラスの九条さんと二年の秋山先輩と」
山縣とよくつるんでいる赤羽が、呆れる山縣を横に置いて律儀に説明してくれる。赤羽とは、同じ外部生ですぐに仲良くなった朋友だ。
黒メガネで天然パーマのぼさぼさ頭。地道な自己紹介のせいで、只の真面目くんかと思ったが、実はノリの軽い気さくな奴だった。メガネが真面目というのは都市伝説だ。
「なんだ、女の話かよ」
「なんだじゃねーだろ。俺達にとっちゃ、ファーストプライオリティだぜ」
「あ、そう」
「腹立つ返事だな、コイツっ!」
「瑞穂には、幕内先輩がいるから、関係ないんだもな」
赤羽が、からかい半分に俺を小突く。何となく腹立つわ。それ!
「で、なんで、その二人なんだよ」
「それそれ。うちの学校ってかわいい子が多いけどよ、秋山先輩は別格なんだって!」
はぁ、さいですか。だったら、水分もかわいんじゃねーの。十分。無駄に熱い山縣を心の中でいなして思う。ていうかお前この前、『葵先輩、もろ好み』と言ってただろ。
「いや、見たでしょ九条さん。ありゃ本物のお嬢だって。気品が違うし」
お嬢様っていったら阿達だって、十分お嬢様じゃねーの。それに、あいつも相当美人だろ。興奮気味の赤羽を受け流して心の中で思う。
「いや、お嬢過ぎて近づけねーって。秋山先輩はかわいいのに高貴過ぎないのがいいのよ。それでいて女神のような優しい微笑み。癒されるわ~」
お前、付き合ってもいねーのに、なんで知ってるわけ? もしかして山縣のこと『女性を品定めする下種野郎、女の敵』って思ってるかも知れねーじゃん。
「九条さんの、人を寄せ付けない気高さがいいんだって。ありゃ、彼氏になったらベタベタなパターンだよ。ツンデレ」
お前ら夢、見過ぎ。言っちゃ悪いが美形であるってのは、それだけで十二分に人生得していると思う。少なくとも、ここに第一印象でコントロールされてるヤツが二人もいるんだから。その意味で、どうせ中身なんか分からないなら、顔と家柄で選ぼうとする、この学園の考え方は正しいかもしれない。おっとこれは邪推か。
「人間、とことん付き合っても、腹の中なんて分かったもんじゃねーよ」
「おまえ冷めてるねー、萎びてるねー、夢ないねー」
「慣れ合うよりマシだろ」
「分かった分かった。もういいから、お前は早く大好きな幕内先輩とふか~いお付き合いをしてこい」
「大好きじゃねーし」
「持てる富豪様には貧者の苦しみは分からねーんだとよ」と山縣。
「男には友情は存在しねーのか」と赤羽。
「分かんねーし、始めっからねーよ」
「裏切り者めー!」
「くそー、お前だけ美人の先輩と仲良くしやがって! どうせ俺達は、ダブルの奴等とは、仲良くなれねーんだよ!」
そうか、秋山先輩も九条さんもダブルなのね。そりゃ残念。
はいはいと追い出されるように、いや、まさに追い出されてクラスを出る。
ダブルとは外部生が使う隠語だ。いわずもがな内部生の肩章やワッペンのライン数の事である。確かに二本線の奴らと俺達、外部生は、随分と扱われ方が違う。彼らは汚れ仕事には関わらないし、学校の面倒事からは免除されている。だが、それ以上に外部生を見下した態度が気に食わない。むしろトリプルなのに外部生を普通に扱ってくれる先輩や神門が特別なのだ。
いったい何がエライというだ。腹立わ。
因みに二本線と三本線の違いは知らない。興味はあるけど、先輩にも神門にも聞きにくくて。
重力に身を預けて、タラタラ階段を降りていると、ちょうど階段の曲がり口で先輩に出くわした。
「あ、先輩」
「おお、瑞穂! ちょうどいい。一緒に行くか」
「はい」
自然に先輩と並んで生徒会室に向かう。
もう何日も生徒会室に通っているせいか、先輩とも気心が知れてきた。会長としての自覚はないが、先輩と居ることは自分のスペースの一部になりつつある。少なくとも先輩といて息苦しい緊張は無い。
しばしば周囲から厳しい視線を投げ掛けられるが、それは折り込み済み。もう諦めてます。どうやら俺は、歓迎された生徒会長ではないらしいからね。
校舎の外に出ると玄関口から中央大路にかけて、メジャーな部活の勧誘活動が始まっていた。ビラを配る部活。一年生に声をかける部員。プラカードを持って立つ部員もいる。
だが、なんとなく勧誘の割には元気がないような気がする。もっと声を張り上げて、やいのやいのの勧誘合戦をするイメージだったが、それは桐花の文化じゃないのか?
「部活、少ないですね」
「ああ、だろうな。勧誘は来週からだからな」
先輩が、表情を変えずに言う。
「え、来週? ということはフライング!?」
「ああ、そうだ、協定違反だ」
「いいんですか、放っといて」
「私はもう生徒会長ではない、それを譴責する権限はないよ」
先輩は俺の顔も勧誘を続ける部活も見ず、前だけをみて淡々とその場を通り抜けていく。
「いや、でも、先輩が生徒会長の時に決めたことですよね。解禁日って。それって、ちゃんと各部は知ってるんですか」
「当然知っているだろう。部活の多い桐花では新入部員の勧誘は死活問題だ。どの部活も部員確保には血眼だ」
「だったら尚の事フライングは不公平じゃないですか!」
「そうだな」
なんでこっちを見ないんだ! 平然と勧誘を見送る先輩にムカムカしたものが沸き起こってきた。
「そうだなって、何でそんなに冷静なんですか! おかしいでしょ! ルール違反なんでしょ! そんなのヤリ得じゃないですか! そんな不公平、放置できませ。止めてきます。今すぐ止めさせます」
「やめておけ。どうしてもと言うなら止めはせんが、いたずらに反感を煽るだけだ」
「反感? 俺じゃ相手にされないと、話も聞かれないというんですか。俺が生徒会長として認められていないから」
「残念だがそうだ」
刺さる程、はっきり言う。
「じゃ先輩が止めて下さいよ。先輩は生徒会長だったんだから」
「それでよいのか、私が出たらお前の立場はどうなる」
「立場!? そんなもんクソ食らえです! それより、俺が言いたいのは真面目にやってる奴らが割を食うのを、見て見ぬふりをするんですかって話です! 先輩こそ、そんな人で俺は残念です」
『言い過ぎている』そんな自覚がよぎったが、立場とか大人気な言葉の方が癇に障った。
「お前の怒りはもっともだが、肩書きや正義感だけでは解決出来ぬ事もあるのだ」
「じゃ先輩はズルを認めるんですか? それでなくても格差がある学園なのに、ココは! 何もしないんですか! 何もしてこなかったんですか!」
「そうだな、確かにこの学園には格差がある。だが、ルールのない権力の行使は横暴に過ぎん。出来る事には限りがあるのだ」
「そんな格差も差別も無くせない権力なら、俺はいりません」
「悲しい事を言うな、私もその権力の座にいたのだ。そして今はお前も」
図らずも全否定された先輩が軽く振り返り、悲しい笑顔で俺を見る。
「すみません、別に先輩がという話じゃなくて……観念論になり過ぎました」
そんな、先輩を貶めるつもりは全然なかったのに、結果的にそうなってしまっている。心なしか肩を落とした先輩の歩みを、僅か後ろから見つめながら、俺達は中央大路を抜けた。
緑が増え、勧誘の声に代わり百舌鳥の「キチキチ」と云う複雑な鳴き声が木々に響き始めた頃、俺の前を行く先輩がピタリと足を止めた。
くるっと踵を返して向かい合う。
「変わらんな、お前は」
「すみません、成長してなくて」
「いや、嫌いではない。お前の真っ直ぐな所には憧れる。だがな己の正義も良いが、それだけでは早晩行き詰るぞ。その潔癖症は改められんか」
「これが俺です。簡単には変われません」
先輩は軽くため息をつくと、顎に親指の爪を当てながら思いついたように俺に言った。
「先日、食堂で私と神門がサーブを待っていただろう」
「はい」
「なんで神門があの場で説明しなかったか分かるか」
「いえ」
「あのサービスは一部の内部生にしか提供されていないからだ。対象者は主に家柄で選ばれる。だからお前には提供されない」
え? なんだそれ!!
「そして、あの席に私と神門が居るのも違和感があったのだ。周りの者の微妙な反応はお前も見たろう」
確かにチラチラ見られていたけど、それは美形の神門や先輩を見る目じゃ……。
「どういうことですか」
先輩は、表情を引き締めて言う。
「あの席は、外部生が使う三等席だ。私や神門は使う事はない」
驚きと同時に俺の内側からドドっと怒りの炎が燃え上がるのが分かった。真っ黒い炎。鼓動がドクリと大きく唸りをあげる。
「三等……。じゃ、一等もあるんですか」
「ある。お前が、そこに席を取れば、係りの者に摘まみ出されるだろう」
同じ高校生でなんで! 何で、そんな理不尽な制度が堂々と存在しているんだ! いいのかそれで!!!
力や権益、特権に守られてのうのうと暮らしてい者が居る。でも、その反対側には、身勝手な価値観を押し付けられて、自分の意思に反して惨めに生きる人がいる。
さっきの山縣と赤羽もそうだ。確かに尊敬できる奴らじゃない。だが、外部生だから見下されるのは納得できない。
自分でも怒りに声が低くなっているのが分かった。
「この国は法のもとに平等なのですよね、そんなものがまかり通ってていいんですか。そんな、前世代の間違った考え方が、まかり通っていていいんですか」
拳を振わせて先輩を睨みつけた俺を、先輩は瞳を外さずに言った。
「だが、そういうものが世の中にはある。それをあの場で説明したらお前は今と同じように怒りをぶちまけたろう」
悔しいが多分そうしたと思う。俺は理不尽とか不平等とか、そういうものが無性に許せない。ダメなのだ、生理的に受け付けられない。先輩はそれをよく知っていた。
「じゃなんで先輩は、そんな席を取ったんですか。それに二人とも俺の前でそんなサービスを使って。当てつけですか!」
先輩は眉間に軽くシワを寄せると、胸の前に腕を組んだ。
「神門から聞いた。新田原とやりあったそうだな」
「それとこれとは別です!」
「別ではない。新田原は学園の声を体現しているに過ぎん。悪い奴ではない。むしろお前と同じく真っ直ぐでいい奴だ」
「俺とあいつが同じ!?」
「ああ、方向は違うが、信じるモノのために戦う勇気を持っている」
「そんな蛮勇なんか、俺にはありませんよ」
先輩は俺の捻くれた意見を手で制して続ける。
「そんなあやつらを私は尊敬しているし、あやつらも内部生の総代として私を見ている。その私が急に対応を変えたらどうなる」
「わかりません」
「考えろ政治!!! 私ではなく、お前の立場が一気に危うくなるのだぞ!」
珍しくはっきりとした強い口調に、先輩が俺のことを真剣に心配しているのが分かった。
分かった。分かったが……。
「折衷点だ。急には変えられんこともある。事には清濁がある。それを知って欲しかった」
「先輩は、いいんですか。そんなおどおどした生き方で自分を騙して」
話はここで切れた。
そうなんだろう。多分先輩の言うとおりだ。でも、それが出来ないのが俺だと分かっているなら、なんで俺をここに呼んだんだって話だ。
先輩の話は理解こそすれ、受け入れることはできない。だがそれ以上に、何もできないのに口だけ達者な自分に唾棄したくなる。
先輩もきっとそう思っているに違いない。正論ぶって勢いに任せて詰め寄ったって、フライングの勧誘も止められない。何も出来なきゃ、ただの卑怯者なのだ。
言い合いになった事を後悔した。三年間封印してきた。悪い癖だから押さえてきたのに。
沈黙のまま俺達は、校舎から漏れる喧騒を見送り、緑地の森を抜けてどっしりと重い生徒会建屋に入った。
エントランスホールが妙にかび臭く感じるのは、二人の関係が微妙なせいだろう。
先輩は生徒会室の壁際にある、小さな生徒机に着くと、徐に書類に目を落とした。
先輩は生徒会長用の大机を頑な使わない。「私は生徒会長ではない、その席は政治の席」だと言って、あの日から頑として使わないのだ。
自分は、その大机にふんぞり返るわけにもいかないので、手持ち無沙汰に生徒会室をぐるぐる回る。
一人だとまだ何もできない、ひよっこ生徒会長。
引き継ぎなんてされてない。役員もいないので過去と完全に断絶されているから、今やるべきことも分からないのだ。
ちらりと先輩を見る。
『あの背中は完全に怒ってるよな』
生徒机は壁を向いているから、見えるのは先輩の背中だけだ。その背中が物語るメッセージは『寡黙の怒』。セガールの映画かよ。ペンが走る音だけがカリカリと聞こえる。
あんな主張をぶちまけておいて、俺から気安く話しかけるのも変節じみてるし。
『早く来ねーかな、神門』
あいつは、いらないときは早く来るくせに、ここぞという時にはきやしない。
この空気が耐えられなくて、なんの意味もないが本棚の本など引っ張り出してみる。
『島崎藤村』か、なんでこんな所にあるんだ。
『忍者武芸帳 影丸伝』? これ漫画だろ。
『桐花学園史 100年の歩み』まぁ歴史のある学園だからな。
ぱらぱらとめくっていくと、時代に先駆けて最新の設備を用意し、多くの有望な若者を育てたとある。卒業生には俺が知っている名前もある。これ教科書で見た総理大臣の名前だと思う。こっちの人は、大河ドラマで取り上げられた、何処かの大学を作った人じゃなかったっけ。
そういえば創立者は何ていう人なんだろう? 最初のページをめくって確認しようとしたとき、扉がギギっと開いて神門が生徒会室に入ってきた。
「おう、神門」
『ああ、救いの女神よ! 待ちわびたぞ』これが心の声だけど、何事も無かった体で言う。俺はもう無言の圧力に屈しそうだったよ。
「相変わらず早いね二人とも」
「いや、神門が遅いんだって」
神門は先輩を見ると、黙々と仕事をする背中に、思い付いたような質問を投げ掛けた。
「葵はやっぱりその机で仕事するの? 小さいでしょそれじゃ」
先輩はちらっと神門を見やると、すぐまた書類の山に目を戻して、「いや、今迄、広すぎて持て余していた。このくらいが丁度よい」とムスッとした返事を返した。
うわ~、やっぱり不機嫌だわ。
「そうは見えないけどね。どうせ会長机は誰も使わないんだから葵が使えばいいのに」
「そうはいかん」
書類に目を通しながら強く言い張るのを、神門は軽く肩をすくめて受け止めた。
「ところで、この微妙な空気は何?」
両手を腰にあてて俺達を交互に見る。肩をすくめたのはそっちの方だったか。『しょうがない二人だ』という方の。
「別に……」
普通に言ったつもりだったが、思ったより自分の声が不貞腐れているようで言った自分がそれに驚いた。
「あ、そう。じゃ葵に聞こうかな」
「別段大したことではない。政治と些細な意見の食い違いがあっただけだ」
神門が質問を発する前に先輩が答える。
「些細~?」
「大層な事ではない。ほんの些細なことだ」
あらら? この微妙なイントネーションは。先輩もしかして怒ってんじゃないのでは?
神門もそれを察したようだが、そこからの反応が俺とは違った。にやりと笑うと右口を上げる。どうやらSっ子魂が動き始めたらしい。
「葵~、なに拗ねてるのかな~」
横から覗き込むように先輩に近づいていく。神門の獲物を見つけた子猫のような、イタズラな横顔がちらっと見える。
「拗ねる! 私がか」
「違うのかな~」
「拗ねる訳なかろう。政治が頑是ない事を言うものだから、少々あれだ、説教じみたことを言っただけだ」
普段ならストレートに響く先輩の声が僅かに揺らいでいる。
「そうなんだ、政治のために苦言をね」
「俺がフライングで部員の勧誘をしている部を、なんで止めさせないのかって先輩に」
「なるほどね、それで問題含みで生徒会長になっているのに軽率だとか、正義漢ぶるならやることをやってからにしろってお説教されたんだ」
「ううん、まぁ、そんなところだ」
こいつ女の子みたいな、守ってあげたくなる風貌をしているくせに、ザクザクと痛いところを突いてくるねぇ。
「もっともだね~、うん、うん、その判断は正しいよ。で、なんで葵はイジケてるのかな」
「なんでもない、溜まった仕事をしているだけだ!」
その答えを聞いて、ニタリと笑う神門。うわ、コイツ嬉しそうな顔しやがんな。悪魔だよ、この笑いは小悪魔だよ。おとなしそうな顔して、相当ずる賢いよな。
神門は何を思ったのか、先輩の視界に躍り出ると、祈りのように胸の前に手を組み、スゥと息を吸った。そして……
「あー、なんで私はこんな事を政治に言っているのだ。政治に生徒会長を押し付けたのは私なのに、すまぬ政治~」
声色や喋り方まで先輩を真似をして、髪を振り乱して心情を吐露した!
「なんてね。耳まで、真っ赤にして」
と、一言、付け加える事を忘れない。
「うるさい!」
先輩が椅子を蹴倒して叫ぶ。初めて聞く黄色い声。まるでフツーの女の子のような恥じらうそれ。
「二人とも意固地な困った子達だね~」
「神門!」
「神門!」
先輩と俺の声がカブる。
「やっぱり僕がいなきゃダメか。しょうがない、あと一年だけ葵の面倒をみてあげるよ。ついでに政治も」
「いい、いらん! 神門はキライだっ」
その答えにちょっと驚いた。威風堂々(いふうどうどう)とした幕内葵と、ちょっと拗ねてふてくされる子供みたいな幕内葵。片方ばかり見てきたから、まるで別人だ。
「うーん、葵に嫌われちゃったなぁ。政治は?」
「俺も遠慮したい。お前のイタズラの餌食にはなりたくない」
「そう言わないで、政治の活躍はこれからなんだからさ。そこで真っ赤になってる葵と学園をちゃんと守るんだよ」
「大体さ、具体的に何から守るんだよ」
「それはね」
「待て! 神門。それは私から話したい。政治の心の準備が出来るまで私に時間をくれ」
そんなちゃらけた空気を分断し、先輩はそこだけは真剣に言い切った。
一瞬、流れたピリリとした空気に、俺はこれ以上、質問することが出来なかった。
何を守るのか、何を期待されているのか。それは分からない。
だが、一つだけ言えることは『口先だけではダメだ』ということだ。
先輩や神門と比べると、まるで駄々っ子でガキな俺なのに、先輩は俺の何かを買ってくれている。せめてそれには応えたい。
期待。
確かにそれが俺の上に輝いている。その輝きに応えるため、俺は一つだけ、自分の行動を改めることを決めた。