4章-7
先輩は何処に、どう話をつけてきたのか、俺の補習時間を午前だけに圧縮する提案を取り付けてきた。
俺は9時から12時までは学校で補習。その後、21時まで家でスパルタ家庭教師つきの自習となった。
本気になった先輩方は怖い。
俺の両脇に誘惑の多い美人の先輩が座るのだが、消しゴムを取る手が触れ合い「あっ、ごめん」「わたしこそ、ごめん」なんて、そんな淡い妄想に浸る間など全くなく、俺の思考とノートは、常に二人の厳し~いチェックに晒される緊張の連続。
だが、さすが学年主席と、学年25位のだけのことはある。二人とも教え方が上手い!
この定数はゴロ合わせで覚えろ。ゴロ合わせは自分で考えろとか、数式はストーリーのあるイメージにすれば覚えられるのではないかとか、色々とバカな俺のために勉強の仕方を教えてくれる。モタモタしていると両方から雷が落ちるけど。
その間、神門は俺の部屋で好きな小説とか読んでゴロゴロしており、水分は割烹着を着て、かいがいしく家の中をぱたぱた走り回っている。
ときどき、神門がお使いに出されて、ぶーぶー文句を言っているが。これはご愛嬌だ。
そして気が付くと、俺の部屋には知らない家具が設置され、荷物が綺麗にまとまっているのだ。
人生がときめきそうだよ。水分先生。
ちょっと壁のファブリックパネルが、少女趣味だけど。
そうして、5日目には数学の追試をパスし、6日目には社会を。7日目に英語の試験をパスした!
やったー! 補習メンバーを中抜けしたぞー! 最後になったらヤバいと思ってたんだー!
後で先生に聞いたら、「3科目追試だったのは瑞穂くんだけでした」とのこと。「よくがんばりましたね」と、バカはバカなりの褒め言葉を頂いて帰ってきた。
帰宅するといつものとおり、四人が家で待っている。もう鍵渡しちゃったから、外では待ってないのだ。
俺がVサインで自宅の扉を開けると、四人の拍手と声。
「おめでとう、おめでとう」
ああ、僕はここに居ていいんだ。そしてすべての子供たちにおめでとう!
「政治、よく頑張ったな」
「やればできるじゃん、瑞穂~」
「三ヵ月分を一週間で勉強したのよ、瑞穂くん。自信が付いたんじゃない」
「これもそれも、みんな僕らのおかげだけどね」
「神門! おめーは、何もしてねーだろ! 家でゴロゴロ小説なんぞ読みおって」
「だって、居るだけでいいって言ったの政治じゃない」
「ぐ、ぐっ、そうだけど」
「まぁ、素直に頭を下げることだね」
悔しいが反論できない。
ちなみに、この補習期間中、水分は毎日、夕ご飯を作ってくれたのだが、先輩は「太るから遠慮する」と言ってパス。水分も家にご飯があるからといって食べない。神門はつまむだけ、「僕は小食なんだ」だって。うん、まぁキミは女の子サイズだもんね。分かる。分かる。
じゃ、一人分でいいだろうと言うと、曰く、「一人分だと張り合いがないから二人分つくちゃうわ」と水分は答え、毎日、楽しげに料理を作っていく。
ようするに自分が作りたいだけなのだ。
勿論、オレは食う。俺の家だし~、俺の金で買った食材だし~。
そして、何故かヨミ先輩も食って帰る。家でもご飯があるというのに大丈夫なのかな。この人。そんなに食べて太らないのかしら?
狭い家だから、小さなちゃぶ台しかない。そこに俺とヨミ先輩が向かい合わせに座わろうとすると、先輩が「益込! 対面に座るな!」と文句を言う。
するとヨミ先輩は、ここは優位とにやんと笑い「んか~、新婚夫婦みたいだよなぁ、こうやって食べてると」なんて、自分で料理もしてないのに、先輩を揺さぶるのだ。
先輩は、「ふしだらだ! お前は台所で食べろ! 立って食べろ」なんて、昭和初期の日本ですか!? みたいな反撃をするんだけど、そこはそれ、益込姉妹の口のうまさなのだろう、「でも違うか~、新婚ならおじゃま虫は居ないもんな、瑞穂~」なんて、ほくそえんで先輩をからかう。
で、結局、先輩は口で反撃できないので、ご飯も食べないのにテーブルの横に座って、俺達が御飯を食べるのをジーっと見届けるのだ。その先輩のお腹がぐぅ~とかわいく鳴るのを何度か聞いたのは、黙って置いてあげよう。先輩もそしらぬ顔をしてればいいのに、赤くなって目、逸らすからバレるのに。
水分は俺達が、ご飯を食べ始めると、エプロン姿のまま、ちょっと離れた所にちょこんと座ってニコニコ待っている。
始めは何だろうなぁと思っていたが、料理のコメントが聞きたいのだ。
うずうずしているのが面白いからずっと無言で食べていると、次第に不安な顔になり始め、さらに黙って真顔で食べ続けると「どうかしら」「染みてるかしら」「柔らかいかしら」と我慢できずに聞き始める。
流石にそれ以上、からかうのはかわいそうなので、「おいしいよ」なんて伝えてあげると、には~っと嬉しそうに目尻を下げる。男殺し!
水分は詳しくコメントするほど、ニコニコ顔で帰っていくので、俺もヨミ先輩も好みのままに感じたことを、目一杯話す。夕食はさながらグルメ番組だ。
でも……お二人とも。毎日、俺の懐から二人分の食費が消えていくことに気付いてます?
それはさておき、この一週間は、女子三人になにかしらの変化を及ぼしていた。
「しかし、大変な一週間だったな」
「ああ、葵先輩も大変でしたね」
「ああ、ヨミもよく頑張った」
いつの間にか、名前で呼び合う仲になってるし。
「出来の悪い生徒をもつと大変だ」
「ええ、まったく」
「私も前から、そう思ってました!!! 瑞穂くんを見ていると出来の悪い弟を持った気分だって」
嬉しそうに言うな! 水分。
「宇加もそう思っておったか」
「ヨミさんは?」
「オレもかな。でもそこがかわいいところでもあるんだけどさ」
「分かる。分かるぞ、ヨミ。世話のし甲斐がある」
先輩。世話って……。
「ちょっとバカな子犬ってかわいいですもんね」
「ああ、小さい頃、マルチーズを飼っておったろう。宇加のところで。お手を覚えなくて」
「ええ、やっと出来るようになったときは嬉しかったですね」
「ああ、得も知れぬ達成感があったな」
「ほんと、確かに似てるかも。あたしもリーグの時、どんくさい男の子が入ってきて、一所懸命ボールの投げ方から教えたんだよ」
「ほほぅ、その子はどうなったのだ?」
「ずっと補欠にもなんなかったんですけど、ちゃんとベンチにはいりましたよ。上手くはなかったけど、人並みに活躍したときは超うれしくて」
「わぁ~、それ嬉しかったですね。ヨミさん」
水分は手を合わせて、ぱぁ~と輝くような笑顔を振りまく。
「ああ、子供ながらにじんわりしたよ」
「いやぁ、三人ともがんばったなぁ」
部屋の真ん中で、きゃきゃと喜ぶ女子を見ながら、暗い玄関に立ち呆ける男子二人。
「マルチーズ扱いだよ、政治」
「ああ、追試合格の嬉しさがふっとんだな」
「三人とも楽しそうだね」
「それは俺のおかげだ。感謝してもらいたい」
「ところでさ、こんなに仲がいいなら、僕はもういらなかったんじゃないの」
「そーだね。気づかなかったねー」
「接触する回数が多いほど、相手に好感を抱くという心理学の法則を僕は今日信じたよ」
「そーだねー。まぁ、楽しい夏休みになりそうだ」
「うん、そうだねー」
感情のない一本調子の会話になってしまったよ。
「あ、でも、追試は終わったけど宿題はあるからね。僕はもう、終わっちゃったけど」
「もう、これから夏休みなんだから、嫌なこと思い出させんなよ!」
俺の夏が今始まる!