4章-4
あわわ、大惨事になっちゃう!
慌てて二人の仲裁に入ろうとしたら、
「ん?」
ふと、横目に幅広の白い帽子をかぶった少女が見えた。なんか、僅かに手を降り、小走りに駆けてくるような。
「はぁ、はぁ、瑞穂くん、会えてよかったわ」
「水分!」
「出るのが遅くなってしまったから、もう帰ってしまったかと思っていたの」
夏の空を思わせる青みの入ったフレアなワンピースの胸を押さえて、乱れた息のままで言う。
その服と仕草が、水分のキャラと相まってかわいい。
かわいいのだが、左を振り向くと胸倉を掴み怖い顔をした二人の口論。前を見ると新たに登場したお嬢様。
これ、一層、悪い状況になってないか?
とりあえず、このまま三人が会うのはマズそうなので、水分の背中を押して、校門の影に隠れる。
「ええっと、今日はまた、どうしてこんなところまで」
「ちょっと瑞穂くんと話したくて。学校では、その……話しにくいじゃない」
「そ、そうだな」
「私、球技大会のお礼をしようと思って」
「ああ、あれ? どっちの話?」
「どちらも。その前に、これを」
水分は手に持っていた、かわいらしいスカイブルーの紙袋を差し出した。
「私が焼いたものだから、口に合うあうかしら」
「なに?」
「開けてみて」
中を覗きみると、どうやら焼き菓子らしい。
「クッキー?」
「スコーンよ。イギリスの友人が遊びに来たとき、教えてもらったの」
これまた、浮世離れした話をしているな。
「その小瓶のクリームを、きゃっ!」
水分が素っ頓狂な声を上げて飛び上がる。
その左背後から、ずざざざーと砂を巻き上げる音。
「政治!!! お前という奴は、ちょっと目を離せば、どこぞの女と!」
「そうだ、瑞穂!!! そんな軟派な奴だとは思わなかったぜ。って誰だお前?」
誰何する、その答えはあっさり出た。
「なんだ、宇加か」
「水分かよ」
えっなんでココにと顔を見合わせる三人。そりゃそうだ。休みの初日だと言うのに、こんな所で部活もしてない三人が会うのだから。
「どうしてお二人がここに?」
「いや、そのだな」
「ええっと……」
ぴたっと止まって答えに詰まる先輩方は、しどろもどろに答えながらも、めざとく俺が手に持つ袋に気づいた。
「それはなんだ、政治」
「ええ、水分からお礼にと」
顔を見合わせる、先輩とヨミ先輩。
「手作りのスコーンだそうで」
二人とも眉を寄せて苦い顔をすると、申し合わせたよう前のめりになって同じことを言った。
「これから、政治の家に行ってもよいか。補習の勉強を手伝いたい」
「お、俺も瑞穂に勉強を教える!」
うえぇぇぇ! なんで急にそんなことに!? さっきの俺を外しての話って、この事だったの?
どう見てもケンカしてるとしか思えなかったんだけど。
「よいな、政治」
「いいよな。いいに決まってんだろ」
「益込っ! お前はいい」
「何でだよ!」
「お前が政治に勉強を教える故はなかろう」
「はぁ?」
やっぱりケンカだったん? でも俺、抜きで話をしないで欲しいですけど。
「ちょっ、ちょっと待って下さい! ホントにこれから来るんですか!?」
「そうだが」
「えーと、今日じゃなくちゃダメ?」
「補習なのだ、勉強は一日でも早い方がいいだろう」
「それはそうなんですけど」
「んだよ。都合が悪いことでもあんのかよ!」
「益込!」
ヨミ先輩が、一歩、二歩と寄ってくる。それ提案する態度じゃねーだろ! そうは言えないけど。
「そんなこと、ありませんけど……」
「じゃいいだろ」
「益込は呼んでおらん! 先に申し出たのは私だ」
「後先なんか関係ねーだろ。決めんのは瑞穂だ!」
そうです。よく分かってるじゃないですか。
「いいに決まってんよなっ」
いや、分かってねー。更に一歩、ググッと寄ってくる。もう手を伸ばさなくても顔に触れられる、熱い息がかかる程の距離。
近い! 目に飛び込む肌のキメ細かさに、改めて彼女が女の子のだと思い知らされる。近すぎて正視に耐えられない!
「おい瑞穂! 目、逸らすなよっ」
「いや」
「イヤなのかよ!」
俺が言おうとした続きは、目を吊り上げた先輩が言ってくれた。
「益込! 近い。政治が困っているだろ」
「ごめんなさい!!! 近すぎてとても目なんか!」
俺が身を捩って顔を外すと、ヨミ先輩は、はっとなり、慌てて跳び退さり身を引いた。みるみる真っ赤になっていく。
「ったくお前は、熱くなると見境がない。そんなところはお前の姉とそっくりだ」
「ねーちゃんは! 姉は関係ないです」
唇を噛み締めたヨミ先輩は、急にしゅんとして申し訳なさそうに、言葉を閉じた。
「すまねー、瑞穂」
何が彼女の熱を覚ましたのか、悄然と俺に謝る姿が痛々しかった。それは先輩も同じだったようで、『ふぅ』とかわいいため息をつくと、子供に向けるように慈しみを感じる笑みでこう言った。
「わかった。益込。では一緒に行こう。それでどうだ」
「ああ、うん。望むどころだし……」
そういう結論になる!? それに何が望むところだよ。尻すぼみの遠慮こそあれ、俺の意見が全く採用されてねーんだけど。
「ところで、宇加も来てくれないか」
「えっ!? 私も?」
「ああ、私も宇加がいてくれると心強い」
それを聞いて、ヨミ先輩が苦虫を潰す。一方にひっそりほくそ笑む先輩。
「ちっ! 瑞穂……」
ヨミ先輩のジト目。
「俺はなにも!!」
「瑞穂っ!!!」
何、俺に期待してんだよ! もう!