4章-1
夏休み編でございます。
本編が進まず申し訳ないと思いつつ、生徒会メンバーと、マイマスター葵様の浮かれっぷりをお楽し戴ければ幸いです。
「ういっす」
「おうおう、朝からご機嫌じゃねーか、瑞穂さんよー」
気持ちのイイ挨拶をしてやると、何様のつもりか神門の席に陣取る山縣が、不機嫌な面持ちで絡んできた。
ヤツめ、何か言いたそうな目をしている。
「なんだよ山縣、その顔は」
「そりゃ俺じゃなくても、そうなるだろ。お前ばっかリア充しやがってよー」
わざわざ椅子から身を乗り出し、拳の裏で俺の頭を小突いてくるので、そいつをパシンと手で弾いてやる。なんだコイツ、朝からごあいさつな!
「やめれ! 何のことだよ」
「あれをリア充と言わずなんという! 水分のお姫様だっこだろ、あと益込先輩とマウンドで見つめ合いやがって。幕内先輩じゃなかったのかよ! いつから益込先輩に鞍替えしやがった! 学園ベストテンをとっかえひっかえしやがって」
「とっかえひっかえしてねーだろ! それに、どっちも必要だから、やったことじゃねーか」
必要だからやったこと。俺はそう思っている。
けど、水分とは、その後、一度も目も合わせてない。
俺が横を通り過ぎようとすると、ぷいと目をそらせて横を向いてしまう。
やっぱり、マズかったかな。アレは。寝てる最中だったもんな。
因みに、阿達とも目を合わせていない。阿達は、自分が4位で終わったことにブライドを傷つけられたのか、時々俺を睨んでは鼻を鳴らして去って行く。お門違いだろ!
まぁ元々、敵認定だから気にしてないけど、実害がなきゃいいんだけどねぇ。
「マジムカつくわ。その、『だって余ってるからしょうがなく松坂牛食べました』って態度」
「水分を牛肉と一緒にすんな!」
そんな、俺達の朝の挨拶を聞きつけてか、赤羽が朝日を背負ってお出ましだ。
「聞いたぜ、益込先輩のためにエキシビジョンやったんだってな」
「おいおい、ゲスな勘繰りすんなよ。盛り上げるためだって。たまたまヨミ先輩が野球が上手いって知ってたからさ」
「ひゅー、ヨミ先輩かよ」
やべっ。口が慣れてるから、つい名前で言っちゃった。
「ベタベタしてなぁ、ちっくしょー!」
「してねーよ。そんな関係じゃねーし」
「それに益込先輩のお姉ちゃんも美人なんだってな。なんか、こっそり会ってるらしいじゃん、瑞穂」
普通に言えばいいものを、あたかも一大ニュースのように、こっそり耳元で仰います。赤羽。意外に下世話だな。
「スクープ探してんだよ。あの人は」
「ほんとかよ? 最近、益込姉の機嫌が悪いのは、野球のアレのせいじゃねーの」
山縣、コイツはホント、女の子の事ならよく知ってるわ。
「案外、焼いてたりして」
「ないから、絶対!」
球技大会以来、俺とヨミ先輩は、『いい仲の二人』という扱いを受けていた。『いい仲』と『仲がいい』はもちろん違う訳で、友達という意味ではない。
俺的には『全然そんなことない』と言いたいのだが、否定すると逆に炎上しそうで、なにも言えない。
それに生徒会と第二新聞部が近いと思われるのも何かと問題があるので、そこらへんの火消しも先輩に相談したいんだけど、その前に俺にはもっと大きな問題があって……。
「そんなことより、俺はテスト勉強で忙しいの。生徒会長として恥ずかしくない点を取らなきゃなんねーんだよ!」
はっきり言おう。テストヤヴァイです。期末テスト。
中間もかなりマズかったが、まだ中学の貯金があった。だが、期末はそうはいかない。
習ったことをどのくらい覚えているか、理解しているかが試されるのだ。
が……
覚えてねーし、理解もしてねー!
言い訳じゃないが、学園の為に俺は頑張ってたんだよ。持てる力と時間の全てを生徒会に費やし、今も寸暇を惜しんで勉学に……
「勉強ね~」
「そう勉強!」
なんだよ、山縣。その軽蔑のまなざしは。
「それと恋愛に」
「そう、恋愛に!」
いつのまにか登校していた神門が、しれっと言葉を付け足す。
「してねーだろ! 誰とも付き合ってねーよ! むしろそうならないように、頑張ってるわ!」
「そう思ってるのは、政治だけだよ」
「どうして、誰がそんな流言を」
「球技大会が決定的だったね。宇加をお姫様だっこで運んだり、試合中に試合を止めてグラウンドまで走ってきてヨミちゃんとグータッチとか。遊び人だよ、やってることが」
むむむ、第三者から話を聞くとそう思える。
やましくはないが、下心が無かったとは言い切れない。水分の太ももに。ちょっとムラムラしたのも否定できないし。ヨミ先輩のおっぱいにも。
「忘れよう! 今は忘れよう。テストが大事だ」
「追試だけは勘弁してよ。政治の為に生徒会だって、今、止めてるんだから」
「ほんと、時間がないからありがたいよ」
「あと、やる気が出る、いいこと教えてあげる」
「え、なになに?」
期待に胸踊らせ耳を寄せると、耳穴を這うように、そーっと言葉が忍び込んできた。
「創立以来、生徒会役員で追試を受けた人は一人もいないんだって。学校史を調べたら書いてあったよ」
サーっと血の気が引いた。
「プレッシャーかけんなよ! 150年分のプレッシャーを! お前、どうして、そんなに意地悪なの?」
「うふふ、だって楽しいんだもん」
「暇人め! お前も一緒に追試地獄に落ちろ!」
そう願ったのが悪かったに違いない。一緒ということは、俺も追試と言うことだ。『お前は』と願うべきだった。
願は正しくかけよう。
その前に、願掛け、間違わないくらいは、ちゃんと勉強しよう。
桐花では、上位30位が廊下に張り出される。
張り出された結果を見て、俺は愕然としたね。
3位 大江戸 歳
8位 水分 宇加
14位 阿達 凛
25位 新田原 実
裏切り者めーー!
俺は走ったね。三年の棟に。
1位 幕内 葵
29位 益込 舞
うわーーん! ヨミ先輩なら、ヨミ先輩なら。
25位 益込 世美
ヨミ先輩のバカーー!
バカは、俺だけど。
悪いのは部費問題だ。球技大会だ。日程を決めたのは生徒会だけど、何で期末テストとこんなに近づけちゃたかな。
試験勉強の時間が三日しかない。
もっと前から頑張ろうと思ったさ。でも、帰ると疲れのあまり眠気が……。
それに一人だと、息抜きの誘惑に負けちゃうんだよ。うっかりパソコンの電源を入れようものなら、いらん動画とか見ちゃうし。
全部言い訳だけど。
桐花には、もうひとつ嫌な文化がある。科目で20点を切った場合は追試があるのだが、叱咤激励を込めて追試対象者が張り出されるのだ。
なんと、ありがた迷惑なことで。
おかげさまで、俺が追試になったことは、全校的に知れ渡ったってしまった。
『歴代、生徒会の汚名』
そして、追試の前に補習だ。しかも夏休みだというのに。
「会長さん、バカなんだ~」
デカデカと張り出された追試名簿の前で、ガックリうなだれていると、おはようでも言うように小バカにしてきたのは益込姉。
「そーですね」
「元気ないね~」
「これで元気なら、それこそバカですよ」
「そうだね~、そこまでバカじゃなくてよかったね~」
そうだけど、グサグサくるなぁ。
「何の用ですか」
「つれないな~、ヨミちゃんには優しいのに。舞にはいつも冷たいよ、会長さんは~」
「そういう、星の巡りで会ってるからでしょ」
「会長さんは、ネタが尽きないから、何か面白い話でもないかなぁ~と思って会いに来たんだよ~」
「早速ありつけてよかったですね」
「全くだよ~、苦労して特ダネを捕まえるのが記者の醍醐味なのに~。けど、桐花の歴史初に立ち会えて、舞は幸せかな~」
「俺も歴史に汚名を刻めて幸せですよ」
「会長さんの場合は、自業自得かな~。女の子にうつつを抜かしてるから、そうなるんだよ~」
ちょとまて! 確かにそれっぽいことをしたけど、うつつを抜かすなんて事実は全くないぞ。
「それですよ! それ益込先輩が流したでしょ! 風説の流布」
「ひどいな~、流す前だから自業自得っていったのにぃ~」
「前?」
「あわわ、これ以上喋っちゃったら、ヨミちゃんに怒られちゃうー」
姉妹喧嘩をしている噂は聞いていたので、それに関係あるなと思ったが、いらぬ詮索を入れて火の粉が自分に降りかかってくる予感がアリアリだったので、追求するのはやめておいた。
でも、これだけは聞いておこう。
「先輩は、ヨミ先輩の野球、どう思いましたか?」
「ん? いいネタだったよ~」
「そうじゃなくて、グラウンドに立つヨミ先輩を見て、お姉さんとして、どう思いましたかって」
益込先輩は、後ろ手に手を組んでちょっと考える。
これは癖なのだろう。凄く胸が強調されるので、俺としてはドキッとする仕草なのだが、それも計算づくなのか、彼女はそんな相手の表情を見透かしたように小首を傾げてニコッと微笑むのだ。
だが、今回はいつになく冷たい笑顔だった。微かにトーンを落として言葉を紡ぐ。
「バカな子だよ。何にもならない事ばっかりに夢中になって。小さい頃から」
「でも、期末試験は25位でした」
「だって、二年はバカばっかだもん」
にゃははと笑って、さらりとヨミ先輩をこき下ろす。
彼女はプライドが高い。そりゃ、こんな具合に姉妹で意見が違えば、大喧嘩にもなるはずだ。