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3章-8

 準決勝、決勝はサクサク進んだ。

 試合が進むほどに、全体の空気が雑然(ざつぜん)としていくのは、自分の試合もなく、他のクラスの応援もする気がないからだろう。

 俺だって、見たこともない奴のサーブに、「そーれ」なんて言う気はサラサラないもん。

 やることがなきゃ、気持ちがダレるのは当たり前。逆にネタで仕込んだビリヤード台の方が盛り上がっていたら、それはそれで嫌だなぁ。


 それでもきっかりお昼には、全試合が終わる。

 ここで、優勝したチームを紹介してもいいのだが、そんな野暮(やぼ)なことはしない。どこが勝ったかなんて興味ないもんね。


 生徒会には、この区切りで一仕事がある。

 表彰だ。

 優勝チームには、生徒会長から優勝旗(ゆうしょうき)授受(じゅじゅ)があるのだが、俺が段上で手渡すと、会場からは「葵様じゃないと美しくない」とのご不満の声が。

 そして渡す相手が男子チームだと「瑞穂チューしろ」のヤジが飛ぶ。まったく台無しだ。

 何度も言いたくないが、俺はそんな趣味はないし、男の娘でもない! 見りゃ分るだろっ。


 その後、生徒会長の締めの挨拶。

「えー、生徒会長の瑞穂です」

「Are you gay?」

「はい?」

 何処からともなく、イングリッシュな質問が。

「Do you like boy?」

「ノー! アイライクガールズ!」


 笑いとともに、「複数形かよ」「ハーレムでも作る気か?」と、いいツッコミが返ってきた。

 確かにココは単数形がよかった、いやそうじゃねーだろ。

 だめだこりゃ。暫くこのネタでいじられそうだ。


「皆さん、まずはお疲れ様でした。怪我もなく無事全ての試合が行えてよかったです。全力を尽くして戦ったみなさんと、それを支えてくれた体育委員、バスケ、バレー、テニス、バトミントン、卓球部員の皆さんに、この場を借りて感謝を申し上げます。皆さん暖かい感謝の拍手をお願い致します」

 会場から拍手が起こる。よかった無視されなくて。空白の時間になったら、俺、泣いちゃいそうだったよ。


「今年は、緊縮財政(きんしゅくざいせい)となり、例年と比べると限りなくゼロに近い予算での運営になりました。しかし各運営委員が知恵を絞り、すこしでも楽しく熱中し、スポーツに真摯(しんし)に向き合えるよう、知恵を絞りプログラムして戴けたと思っております。過去の球技大会の雰囲気は外部生で一年の自分には分かりかねますので、評価はみなさんにお任せしますが、改善の余地はまだまだあると思います。お気づきの点は運営委員や生徒会、投書箱に投函(とうかん)いただければ幸いです」

 思ったより皆が真剣に聞いてくれている。これは満足して戴けたと、受け取ってよいのだろうか。


「さて、昼食をはさんで午後からは、エキシビションを行います。男女ともに選抜チームによる野球です。女子は教員チームとの対決。男子は野球部ルーキーとのガチバトルとなっています。14時からグラウンドで行いますので、観戦よろしくお願いします。私からは以上です」

 拍手とともに挨拶は終了。

「あいつ、意外にちゃんと喋れんな」とか「まともじゃん」とか聞こえてくるんですケド!

 みなさんっ! 今まで俺のことフザケたお調子ゲイだと思ってましたね! 違うんです!!



 お昼を取るために散会(さんかい)していく生徒を()って、ヨミ先輩が体育館前方に駆け寄ってくる。

 む、む、む。

 胸元がほわほわしているのが遠目にも分かるんだけど、この人、自覚あんのかな。

 しかも基本移動が走りなんだよな。子供かよって突っ込みたくなる。


「瑞穂! どうしたマジメか!」

「第一声がそれですかっ、どいつもこいつも俺をどう思ってんだか。俺は根っから真面目な好青年ですよ」

「そりゃ、自分で言わない方がいいぜ」

「ごもっともですが、言わなきゃ誰も分かってくれないんだもの」

「オレは知ってるからいいだろ」

「ヨミ先輩だけじゃ、心許(こころもと)ないですから」

「なんだよ、コイツは!」

 そういって俺の頭を気楽に小突く。本人は気にしてないと思うが汗と制汗剤(せいかんざい)の匂いだろうか、ヨミ先輩からはいつもと違う匂いがした。

 うっかりトレシャツの胸元に行きそうになる目を無理やり起こして、ヨミ先輩の顔を見る。

 実にいい顔をしている。


「練習しました? チームで」

「ああ、バッチリよ。やっぱソフト部の奴らは上手いな。ちょっと最初はボールの違いに戸惑ってたけど、すぐ慣れたみたいでさ。打つのは難しいみたいだけど、守備は大丈夫だぜ」

米星(よねほし)先生は?」

「あの先生、意外に監督のセンスあるよ! ルール知らねーのに」

「やっぱりルール知らなかったかー」

「最初さ、『野球もスリーアウトでしょうか』って聞かれたときは、やべーなと思ったけどな」

「ルール知らないのに、いい監督なんですか?」

「うん、考えさせてくれんだよ。『どこを変えたらいいですか』とか、『ヨミさんはどう思いましたか』ってさ。あんな監督初めてだけど、やりやすかったぜ」

「こりゃ、本当に勝つかもしんないですね」

「勝つに決まってんだろ。全力でぶっ飛ばすからな。年より相手だからってオレは容赦(ようしゃ)しないぜ」

再起不能(さいきふのう)にだけはしないでくださいよ」


 ヨミ先輩は腰に片手を当てて、思いっきりVサインを見せつけると、白い歯がちらっと見せた。

 本当に嬉しそう。お兄さん、こんな嬉しそうな先輩を見ていると涙が出ちゃうよ。

 さて、午後が楽しみだ!


 ◆ ◆ ◆


 エキシビションは、プロのそれっぽくしたかったので、ちゃんとウグイス嬢も用意して、学園所有の大型モニタを引っ張り出してカメラ中継も行う。

 こんなの買うから金がないんだと思うが、あるものは有効に使わなくちゃね。

 吹奏楽部には、応援のラッパも吹いてもらう。

 金管(きんかん)が入るだけで、急にそれっぽくなるはずだ。


 ウワーンと、試合開始のホーンが球場に響き渡り、被るようにウグイスのさえずりが試合の開始を告げる。

「ただいまより、女子選抜チーム、『桐花ヴァーレンズ』対、教員選抜チーム『教師連合』のエキシビション戦を開始します」

 ウグイス嬢がチームの呼び出しをすると、両ベンチから選手が駆けだしてきた。いや、教師チームは歩いてくる。大丈夫かよ、若さでかなり負けてるぞ。


 この姿をみると、せめてエキシビションではユニフォームを作るべきだったと思う。

 体操着と教師のバラバラのジャージ姿だと、どうも素人感(しろうとかん)が拭えないのだ。

 でもグラウンド立ったヨミ先輩は、既に感極(かんきわ)まった表情をしていた。それだけでも、まずは合格だ。


 選手の呼び出しと共に観客の歓声。ヨミ先輩はピッチャーで四番。

 だろうな。うん、うん。

 レギュラーメンバーのほとんどはソフト部だが、ヨミ先輩の他にもう一人だけソフト部以外の一般生がチームに入っていた。ちなみにウチのクラスの鵜飼(うかい)さんはベンチメンバーである。

 一方、『教師連合』は、この名前もどうにかしろよと思うのだが、平均年齢60歳くらいの、なんと申しましょうか、名球会的(めいきゅうかいてき)なチームになっている。

 しまったなぁ。これじゃ圧倒的だろうな。まぁ生徒を出してもいいルールにしているから、うまく活用してくれよ。


 1回の表はヴァーレンズから。高齢の先生からどんな球が投げられるんだろうと思っていたら、弓なりながらもちゃんとミットまで届く球が投げられた。

 ウグイス嬢曰く、一応、草野球チームで頑張っている最若手の先生(50歳)だそうだ。

 とはいえ相手はソフト部の現役選手である。初球は様子見で見逃すも、二球目は振ってきた。

 球速は75キロと出ている。野球部、スピードガンなど持っていやがったか。

 このくらいだと、日々ボールがお友達のみんなは打っちゃうよね。お友達を棒でぶん殴るのはいかがなものかと思うけど。

 だが、サードに転がったボールは捕球(ほきゅう)され、若干方向がふらついたもののファーストでアウト。

 アウトになったのは残念だが、ちゃんと野球になっててよかった。


 どちらともなく応援する生徒からは、歓声とため息が入り混じった声がする。

 次の選手がバッターボックスに入る。

 この子は初球から振ってきたが、まずは空振り。

 半端に遅い球は、速球に慣れた目には逆に打ちにくいのだろう。

 二球目も果敢(かかん)に振ってまた空振り。一球外し玉が入ったのでそれを見逃して、次の球は外すか狙うか。

 と思ったら、たぶんこの先生の一杯一杯の速さだろう速球(そっきゅう)で勝負にきた。

 急にタイミングがずれたせいか、この子は三振。

 やるな、この先生、名前なんていったか覚えてないけど。


 三人目の勝負は、ヒットを打たれて。2アウト、1塁という状態だ。

 そしてヨミ先輩がバッターボックスに入る。

 俺もヨミ先輩のバッティングは初めて見る。たぶんココに居る全員がそうだろう。いやお姉さんは知ってるか。

 ヘルメットが気になるのか、しきりにかぶり直してから、ぐっと構える。

 確かに。確かに経験者の構えだ。

 初球はしっかり球筋を見た。そして(わず)かに(うなず)くと、何を思ったかバッターボックスを一度外して、バットを外野の向こうに一直線に示した!

 男子連中が「おおっ」とどよめく。

 あの人、どんだけ嬉しいんだよ。予告ホームランか!!!


 桐花の学内にはネット環境が張り巡らされてて、この試合は報道新聞部がネット中継している。

 たしか野球部部長が解説に呼ばれてた筈だ。

 周りの観客を見ると、いた! スマホでストリーミング中継を見ている奴が。


「ちょっと見せて」

 俺が(のぞ)き込むと、野球に詳しい男子放送部員が「大胆にも予告ホームランですね」とこの状況を解説している。

「お姉さんの情報によりますと、益込選手は子供の頃、リトルリーグで活躍していたとのことです」

「経験者ですね。ですが子供頃の話ですから、どこまで通用するか」野球部部長。

「そうですね」

「構えは悪くないと思いますよ」と、もっともらしい事を言っている。

 ガンバレ、ヨミ先輩。一発かましたれや!

 心の中で応援。


 またヘルメットの位置を直して、バッターボックスに入る。

 ピッチャーは表情を変えてない、年はとっても草野球を現役でやっている男性だ。

 二球目。力んだのか外角上目に外れる。球速は早い。スピードガンは88キロ。

 なかなかやるじゃないか。

 だが、ヨミ先輩はそれを何事もなく見送った。振る気が無かったのか、選球眼(せんきゅうがん)が良いのかは分からない。

 ピッチャーにボールが返っていく。

 十分、気を溜めた三球目。

 ストレートだ! ヨミ先輩のバットの先がクッと動いた。そして重さに負けずに一気に振り抜く。

 スイング早い! 前の三人に比べてダントツに早い!

 本当にまだ練習してんだ! あの人。


 そしてカキーンと、高校野球のようにな青空に抜ける音を放ち、ボールは本当に予告していった方向に飛んで行った。

 伸びる、伸びる!

「うおーー!!」

「打ちやがった!!!」

「ホームランじゃねーか!」

「ヨミちゃーん」

 喝采(かっさい)の黄色い声から、野太(のぶと)()える(うな)りまで、色んな声が聞こえるが、全て歓声だ!


 打球はギリギリホームランにならず、フェンスに当たる。

 外野は深い守備だったが、想像以上に飛んだためだろう、全然追いついてない。

 1塁の選手は、もう2塁を蹴ってこれはホームベースを狙う態勢だ。

 ヨミ先輩は……


「足、おっせー」

 みんな同じことを思ったのだろう。それは声に出ていた。

 いつも駆け足で俺の元に来るクセに、全力疾走がめちゃめちゃ遅いじゃん。

 あんな打球なのに、これじゃヒットどまりだよ。

 でも守備を乱すために、二塁を狙う風にみせてファーストに戻る。相手は、その後、バックホームするも間に合わずヴァーレンズは初回で1点をもぎ取った。

 一塁側からは、女の子の「ヨミーーー!」「ヨミちゃん、すごーーい」「かっこいい」の賛美(さんび)(あらし)だ。

 ヨミ先輩は軽く手を振って、声援に応えている。


 いや参った。本物だよ。思い出すだけでも鳥肌が立つ。綺麗で力強いスイングだ。

 なんで辞めてんだよ。勿体(もったい)なさすぎる。

 クソうめーじゃん!


 続く5番の選手は、セカンドゴロでフォースアウト。

 1点どまりだが、これは凄い再デビュー戦だ。


 1回の裏は、教師連合の攻撃だ。ピッチャーはもちろんヨミ先輩だ。

 さっきの華麗なヒットを見ているので、観客はヨミ先輩に期待しているようで、マウンドにあがるともう歓声(かんせい)が止まらない状態になっていた。

 先輩はどこから持ってきたのか、キャップを被っていた。


 マウンドでヨミ先輩と話していたキャッチャーの子が、ホームベースに駆け戻り投球練習が始まる。

 軽く1球投げ。2球。3球目からは本気のアップポジションで投げるようだった。なんかブツブツ独り言を言ってるような時間が少しあり、モーションに入る。

 そう、こういうフォームだ。足を高めに上げて、胸を張るようにして体重をかける投げ方。

 ビビろ! お前ら! 先輩はこっちのほうがスゲーぞ!!

 俺だけが知ってるので、ちょっと優越感。


 スパーン! とミットの快音(かいおん)が響くと、その力強い音にあたりが静まり返った。


『ほら! ほらみろ! スゲーだろ。俺のヨミ先輩は! どうよっ、どうよっ!』


 驚いたのは教師の方だろう。たぶん女の子の球だと思って、甘く見ていたに違いない。だって俺もそうだったもん。今ごろ青ざめてんだろーな。

 米星監督の高笑(たかわら)いが聞こえて来そうだぜ。


 やっとまわり反応し始めた。

「みたか、いまの」

「ああ」

 と言えているのは、たぶん女子野球やヨミ先輩の運動神経を知ってる奴らだろう。明らかに想像を越えている。

 女の子はもう、絶句(ぜっく)していた。


 審判がゲームのスタートを告げる。

 バッターボックスに入った1番打順の先生は、ちょっと腰が引いているようだった。

 ヨミ先輩がモーションに入る。

 ゆっくり目の構えから伸びのあるストレートが放たれる。

 またさっきのスパーンといい音。

 ……教師はバットを振れなかった。


 観客がどよめいている、

「120キロ……」

 高校女子の出す速度じゃない。


 応援団がだんだん正気(しょうき)を取り戻してきた、女の子の声で「ヨミちゃーん」の声がかかると、観客は、ざわざわから次第に熱狂的な応援に転じていく。

 応援ラッパが鳴り出し、なぜか投手を一方的に応援する展開になってきた。


 ヨミ先輩。こりゃもう、あなたの独壇場(どくだんじょう)になりそうです。

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