3章-7
日が変わって、二日目。
各競技は準決勝から再開される。ここまで来ると実力も拮抗しているので、今までみたいな短縮ルールではなく、三試合先取のルールになる。
試合数が増えるので、選手にとっては、かなりハードな一日だ。
そして、罰ゲームもベストフォーからだ。
罰ゲームって、実力があるチームだから成立するアイデアであって、これが弱いチーム相手だったら、嫌味以外の何物でもない。
そんな理由や事務局の手間もあってベストフォーからなのだが、さて大江戸は、どんなネタを仕込んだのだろうか。
俺、ちゃんと聞いてないんだよー。ヘンなの仕込んでなきゃいいけど。
というのも、我がクラスのバスケチームは、なんとベストフォーに勝ち残っているのだ。
ということは優勝しなきゃ、どこかで罰ゲームの餌食になるわけで。
他にも俺が知っている所では、阿達がバドミントンで残っている。
そりゃ自信ありげな顔もするよ。かなりイケル口だったのだ、あいつは。
生徒会メンバーでは、神門が卓球で初戦敗退。大江戸がバドミントンで初戦敗退。この二人には運動神経を期待していなかったので、まぁ納得だが、新田原のバレー二回戦敗退には驚いた。しかも、奴が足を引っ張っていたと思う。そりゃもう、俺以上に。
早朝集まった運営テントで、その話をする。
「お前、意外にどんくさいな」
「……面目ない。球技はダメなんだ」
新田原は、しょんぼりと自分の苦手を暴露した。
「道場に行ってるんだろ、運動神経いいと思ってたぜ」
「確かに体育でも、実はあまりボールに近づいてなかったよね」
「丸いものを好きな方向に飛ばすというのが、どうもイメージできなくてな」
「はぁ? そんなこと考えてるのかよ。バカじゃねーの」
軽くあしらったら、重く受け止めた奴がいた。
「分かる! 分かるとも! 新田原。俺も同じだ。卵すらテーブルに立てられないというのに、なぜ丸いボールをコントロールできるというんだ!」
熱い! 大江戸が、今、無駄に熱い!
「分かるか! 大江戸!」
「分かるとも、新田原! 他にも落下地点の計算が分からん。重力加速度に空気抵抗だぞ、それに風の影響を加味しなければ落下地点は分からん筈だ。なぜ皆、分かるんだ?」
「まったくだ。俺も分からんのだ」
「そう思って、バドミントンにしたんだが、あれはもっと分からなかった」
「そうかもしれない。急に速度が落ちるからな」
「あの不自然な急減速は空気抵抗だけではないはずだ。カルマン渦を流体力学で計算して……」
バカどもによって摩訶不思議な知的会話が繰り広げられている。そんなの何となくここら辺に落ちるだろうで、済む話だろうに。
「なぁ、神門もそうなのか? 難しく考えて出来ないとか?」
ニコニコ聞いている神門にも、そこんとこ聞いてみよう。
「いや、僕は汗をかきたくないだけだよ」
「は? お前、わざと負けやがったな!」
「みての通りだよ、僕、体力ないでしょ」
「体育委員が言ってたろ、全力を尽くせと」
「あれが僕の体力の限界さ」
ふふーんと言ってるところが、うそくせー。
「そうだ、先輩は? 先輩は、どうなったの?」
「葵のチームは、ベストエイトで負けたよ」
「えーーーー、じゃ今日の試合ないの」
「そうだね」
「くっそっ、新田原! テメーのせいだぞ!」
大江戸と意気投合して、身振り手振りで物理を語り合っていた新田原が、カッ! と俺を睨みつける。
「あ? まだ、昨日の事を言っているのか? 仕事だ。仕事。俺のせいではない」
「お前が呼びに来なかったら、先輩の雄姿を見れたのに」
「むしろ、お前に見られなくてよかったわ。葵様のお姿が穢れる」
「何を! お前だって残念だって言ってたろ」
「言っとらん! 捏造するな」
「ちょっとマジかよー。えーもう、やる気なくした」
「何の話だ」
大江戸が不思議そうに会話に入ってくる。
「大江戸は、知らんでいい」
「葵は今日も来ているんだから、会ってくればいいじゃない」
「躍動する先輩が見られないなら、意味ねーよ。今年しかないのに、青春なのに~」
なんか俺を見捨てた三人が話している。
「最近、調子づいてるな」大江戸の声。
「ひと山越えたせいだ」新田原の声。
「もともとお調子者だからね」神門の事。
「なんだよ! お調子者じゃねーよ。あるだろ健全な男子として、そういうの!」
「ない」
「ないね」
「ありえん」
「もういいよ!!! お前ら!」
先輩の魅力に気づかん分からんちんめ。とっとと仕事に戻れ!
ベストフォーに残っている俺は、罰ゲームの仕込みから外され、協力部活の進行確認やエキシビションの準備をすることになった。大江戸くんの粋な計らいだ。
内訳を明かさんとは、もう負ける前提だなコイツは。
絶対、勝ってやる!
今日の第一試合は、体育委員の注意連絡とラジオ体操の直後、いきなりスタートだ。
その第一試合とは俺らの試合。
そして、その結果は……。
結論から言うと、あっさり負けました。
三年生、TUEEEEEE!
身長からして違うし、フィジカルが圧倒的。
ケビンはリバウンドを取れないし、広瀬も全然ディフェンスが出来ず、何度も弾きとばされた。
つっぱった鳴川は、逆にファールやバイオレーション取られる始末。
俺も何本もシュートを弾かれた。もう上から覆いかぶさってくる勢いだもん。進撃か! お前ら巨人かって言いたくなるぜ。まったく。
スリーポイントは決めてるけど、あんなの半分決まればいい方だ。それもきわどい試合では狙ってられないので、どんどん成功率が下がる。
というわけで、誰も仕事をさせてもらえず、敢え無く敗退。
大差で二本取られて、あっさり罰ゲームになだれ込んだ。
信じらんない! 生徒会が仕込んだネタなのに、最初に引っ掛かるのが生徒会長だなんて。
やっぱり俺は先輩みたいな、憧れでため息が出るような『素敵生徒会長』には、なれそうもありません。
先輩は背景に薔薇をしょってたけど、俺は同じバラでもイバラがお似合いさ。フッ。
惨敗にうなだれる俺らを前に、落語部部長が出てきて罰ゲームの進行をする。
「準決勝からは、負チームは罰ゲームが待ってます」
「どんな罰かは、サイコロまかせ。勝ち残ったが運の尽き、待っているのは罰ゲーム。泣くも笑うも運次第、やってきましたサイコロ罰ゲームーーー!」
大阪弁? 何これ、このやけにテンポのいい言い回しは? しかも和服? 笑点じゃないんだから。
「わーー」の怒号と万雷の拍手。会場が異様に盛り上がっている。
もしや、俺が!? 生徒会長の俺の罰ゲームだから? そうなの? ねぇ、そうなの?
「さて、どんな罰ゲームがあるかと申しますと」
両手で抱えるほどの大きさの発砲スチロールを、くるくる回して楽しげに書いているゲームを読み上げる。コイツ、人の不幸だと思いやがって。
「どれどれ、『ハンケツ出して、尻文字で鬱と書け』、なんやこれ。恥ずかしいなぁ。女子やなくてよかったな。セクハラやん。こっちは『今すぐダッシュでグランド10周』これは、おもろないな」
観客から「ブー、ブー」の声が上がる。ブーイングだ。
確かに平凡で面白くなさそう。でも、これでいいです。このくらいでいいんじゃないかな。できれば、これにくらいにして。
司会が続く。
「おっ、これはええで、『好きな子の名前を大声で叫ぶ』、青春やん。これ。聞きたいよなみんな!」
「おーー、きゃーー」の声。
「あとは、出てのお楽しみや。さて三年二組の主将さん、そろそろサイコロ振ってや」
相手の主将は、渡された大きなサイコロを受け取り、「いいの出してやるから覚悟しとけよ」と、ハスキーボイスに白い歯を見せてサイコロを振った。
高く放り投り投げられたサイコロは、思ったよりゆっくりと落ち、軽くカスっと音をたてて、杉板張りの床を転がる。
それを目で追う観衆は、転がるサイコロを避けて、サイコロ様の道を開ける。
誰もが、転がる出目の行方を追った。
そして、ゆらゆらと振り子の賽の目が示したのは……。
笑点風の司会者が、追いかけたサイコロを取り上げる。
固唾を飲んで見守る主将、俺達、そして観客。
「好きな子の……」と、読み上げた瞬間、大歓声だ。
嫌なものを出しやがった。そして嫌な予感がする。嫌な予感しかしねー!
「この罰ゲームは、誰か一人でええよ。さて、誰が答える。もちろん全員でもええでー」
小遊三似の司会者が、主将の鳴川にマイクを向ける。
鳴川がチームメンバーに提案する。
「誰が言うか、コイツだと思う奴を、せーので指差そう。恨みっこなしだ」
「まて! お前ら申し合わせてるだろっ!」
明らかに何かあるぞ、コレ!
「そんなわけないだろ、罰ゲームは今、聞いたとこなんだから」
「なんか、おかしい!!!」
「セイジ、大丈夫ね! 心配しすぎダヨ!」
ケビンよ、そんなハイテンションで安心を売られても、信用できるわけないだろっ。
「いいからやるぞ」
「山縣、おかしくねか、なぁおかしく……」
「ほら、やるぞ!」
「せーのっ」
と言った瞬間、四人の口元がニヤリと上がった気がした。
指された指は、やっぱ俺じゃん! 全員!
「図ったなっ!」
「偶然だ」
「偶然だろ」
「たまたまネー」
「あるかー!!!!!!!!」
小遊三が、いじる気満々で俺の前にきた。
「人気者ですなー、会長さんは。さて、言ってもらいましょか? 大きな声で、本人に届かな意味ありまへんで」
「いや、届いちゃマズイでしょ」
「誰ですの」
「おらっ、早く言え! 瑞穂」
くそ、山縣。嬉しそうにしやがって。
「お前ら! 覚えてろ!」
「さぁ」
小遊三が詰め寄ってくる。
「う、う……」
「さぁさぁ」
「う、う、う……」
観客は瑞穂、瑞穂の大合唱、そしては「やく言えー」のヤジ。
「なんなら、上の名前でもええよ。苗字なら特定できへんしな。ほれほれ、言うてみ、恥ずかしいがらんと」
だめだ、上の名前でも下の名前でも一発でバレる。言えるわけない。佐藤さんとか鈴木さんが羨ましい。
「う、う、う、わーーーー!!!」
もうガツガツ鼻に当たってるってマイクを振り切って、脱兎の如く逃走を図る! 人混みの薄い所へ向けて猛ダッシュ!
「奴をつかまえろー」
捕まってたまるか! 逃げ足だけは誰にも負けん! リアル逃走中と呼ばれた俺をなめるなっ!
……あっさり、数歩で捕まりました。
そりゃ、この大観衆の海の中を逃げ切れるわけゃない。
ラグビー部だろう屈強な男子のタックルをまともに受け、前のめりになったところを数名の若人に腕を掴まれ、足を押さえられ。
気づけば、もみくちゃにされて体育館の床に押し潰されていた。
「やめろーー、蹴るなーー、いていてーって、俺の腕はそっちに曲がんねーんだよぅ」
こうやって、観衆に足蹴にされるのは三度目なんですけどー。
「誰だ! 俺の上に馬乗りになってるのは!」
小遊三が、処刑人のイヤらしい笑顔で床に突っ伏す俺の眼前にマイクを向ける。
お前にふさわしいのはマイクじゃねー、ムチだ。
「逃走とは思い切ったことをしましたなぁ、逃げ切れるワケないやろ。それじゃ発表ーーーーー」
「む、ま、ま」
「まぁ? 次は?」
「ま、みかどーーーーーーーーーーーー」
どーーと騒然とする観客ども。
「なんや、男やないの」
「おー、やっぱりかー」
「あれは。マジだったかー」
「幕内さんやかと思ったわ。まぁええは、男子かー、まぁ個人の趣味やもね。色々障害もあると思うけど、頑張って愛を育んでや。蔭ながら応援したるわ。ほな公認カップルいうことで……」
「みんなええなーーーーーーー!」
声も高らかに小遊三の公認宣言。
「うおーーー」
「キース、キース、キース!」
観衆は、訳のわからん要求で大盛り上がりた。
そのうち「神門は何処だ、何処だ」のコールがかかり、大規模な捜索が行われたようだが、危機を察知したか奴はもう体育館はいなかった。
危機察知能力の高い奴だよ。
けど、お蔭で最悪の事態は避けられた。危なかった。あわや公開チューするところだった。
その後、俺は暫く逃げまわって、息も絶え絶えに運営テントに戻った。
「あ、神門」
背筋もピンと綺麗に座って、呑気に両手を揃えてお茶なんか飲んでるし。
「なんで、よりによって僕かな。変な噂を復活させてどうするの」
「いやー、咄嗟で」
「大江戸くんとか、適当に言えばいいのに」
「あの状況じゃ出ねーよ」
「まぁそうかもね。で、ほんとは誰って言おうと思ったの?」
「ま……、言うか! アホ!」