3章-5
第一回戦が一巡し、トーナメント表も一つ繰り上がる。
今日は、全競技で準決勝まで行かねばならない。
その意味で初日の目的は、盛り上げよりも順調に試合をこなすことにある。
だが、バレー、バスケ以外の競技は、もう遅れが出始めていた。特に卓球の遅れが著しい。
そんな事情もあり、生徒活動統括の新田原が、卓球台を増やして時間を巻きたいと相談にきた。
予定にはないが勿論OKだ。だが場所はどうするつもりかと確認すると、講堂のステージの上で試合をするという。
「あんな注目空間で、試合はしたくねーな」
「他にないんだ。しようがなかろう」
「まぁしゃーねーか、プレイしやすいように配慮してやれよ」と言ってはみたものの、具体的にどんな配慮が考えられるのか、俺にも分からない。
そんな対応をしつつ、俺達のバスケの第二回戦。相手は二年生で、俊敏そうな小兵を揃えた、ひと癖ありそうなチームだ。
さてどうなるか。
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と思ったら、難なく勝ってしまった!?
こりゃウチのチームは強いらしいぞ!
斬り込み隊長の鳴川のドリブルは一級品だ。水面を滑る木の葉のようにスルスルっとディフェンスをかわしてゴールまで行く。
ケビンの長身を生かしたリバウンドは、圧倒的な存在感を放っている。
広瀬は小気味良いフェイントが面白いように決まる。そのくせ、自分でもシュートするので、相手にとっては気の抜けない選手だ。
そして、わが友、山縣は。
「センターって何でも屋だよ。あいつらがマークされたら俺の所に来るってカンジ? とにかくバックボードに当てればケビンが何とかしてくれるって」
「割り切ってんなー」
「しゃーねぇーよ。あいつら上手すぎ。それに俺、シュート苦手だしさ。それより、お前だよ」
「ん?」
「そろそろボール触ってもいいんじゃね」
「いや、シューターなのにパス来ねんだもん」
「いやいや、お前、ポジション悪すぎんだよ。パス出せねーんだって。ちっとはチームプレイを意識しろよ」
「どーすればいいの」
「分かんないでやってんのかよ!? 練習出ろって言ったろ!!!」
「手遅れでございます」
そうなのだ。俺は生徒会が忙しくて、ほとんど練習に出てない。
気には病んでたんだよ。その証拠に、ほら、それを言われると心が痛い。
山縣は俺の肩をポンポン叩きながら、呆れて一言だけアドバイスをくれた。
「次の試合では、俺達の目だけ見ろ、目が合わなかったら目の合う位置に動け。もうそれだけでいいよ」
「それだけ?」
「そ、それだけの簡単なお仕事だ」
「マジ、それだけでいいの」
「いいんだよ! 忘れんな! そしてパスもらったらどこに居てもいいから打て。それがお前の仕事だ。パスしようとかドリブルしようとか考えるなよ。いいな」
俺の胸に指を突き付けて、バカに教え込むように言いやがる。
「敵がジャマしてきたら?」
「ああもう! 俺か、鳴川に回せ!」
ふ、不甲斐ない。チームプレイは俺の永遠のテーマだよ。
第三回戦では、一本くらいシュートを打とう。
バトミントンの阿達は、二回戦も順調に勝っていた。ステップも軽やかにコートを舞う。
活躍して注目の的の阿達選手。
あいつの気分は、今、シャトルより軽いに違いない。
水分は、善戦しながらも力及ばず、残念ながら二回戦で敗退した。試合をチラッと見たが、もうぶっ倒れそうだったので、これ以上は勝っても戦えなかったろう。
あいつは痩せすぎだ。飯とかちゃんと食ってるのだろうか、体を鍛えないと、いつ倒れるか分からないから不安でしょうがない。
卓球は、我がクラスは早々に全敗していた。男子バレーも二回戦で敗退。
だが女子は、総じてスペックが高く、バレーもバスケもまだ勝ち残っている。これはクラス対抗では優勝はできなくても、かなりいい線までいけそうだぞ。
球技大会の実務的な運営は、体育委員がやってくれているし、各競技の審判は当該部員が担当してくれているが、不測の事態に備えて生徒会は常に動けるようにしておく必要がある。
特に生徒会長の俺は、問題が発生したとき、適切な判断を下せるよう全体を把握しておかなければならない。
報道新聞部が正しい報道をしているか監視する必要もある。
まさかと思うが、熱戦が高じて刃傷沙汰にならないとも限らない。
『体力ランキングコーナー』等の余興の盛況を確認し、閑散としてたらアナウンスして誘導する処置も必要だ。
大江戸肝煎りの罰ゲームは、ベストフォーからなので、まだどこも行われていないが、あまりにシラケムードの競技があったら、テコ入れのために応援団を派遣しなければならない。
自分の試合もあるし、クラスの応援もあるし、運営もあるしで、やること満載だ。
こんなとき、先輩はどうしてたんだろう。いや、先輩はスーパーマンだから凡人の俺とは違って、難なくこなしたんだろうな。
髪をなびかせて、キリキリと各会場を走り回る先輩の姿が目に浮かぶようだ。その後ろに役員を引き連れて。
その先輩の出場競技はバレーである。
初戦の応援が出来なかったのは残念だったが、もうすぐ次の試合だ。万難を廃しても応援するぞ。
ムフフフ、実はちょっと楽しみ。
どんな髪型にしてくるんだろう。きっとめんこいに違いない。体操着姿も見たことないしな。いやぁもう、ときめき止まんねーなー。
なんてワクワク、ソワソワ、テカテカしながら待ってたら、また新田原が走り込んできた。
「瑞穂、ちょっといいか」
「よくない」
嫌な予感がするから目を合わせない。
「何故だ」
「これから、先輩の試合なんだよ」
「なに! 葵様の」
「お前も見たいだろ」
「ああ」
「だよな、俺、先輩の体操着姿、見るの始めて」
「俺も高等部では始めて……瑞穂!!!!!!」
「うわっ、耳元で大声出すなよ!」
「貴様、下心しかない目で葵様を見るな!」
「しかないってなんだよ。応援もするよ。それにお前だって見たいんだろ」
「応援をするのだ! 純粋な応援を。貴様とは違う」
「嘘だね! 言いかけたじゃねーか」
「空耳だ」
「聞こえたわ、『俺も高等部で』、いててててて」
耳を引っ張られて、連れてこられたのは講堂。
「ステージ組が、ここで試合をするのは不公平だと審判に言ってる」
「なんで不公平なんだよ? 相手と同じ条件じゃねーか」
「詳しくは知らん。行って宥めてきてくれ」
「……」
「なんだ、その顔は」
「俺の仕事なんだよな」
「そうだ、そのためお前が大会委員長をやってるんだ。勘違いするな」
「勘違いはしてねーよ」
「いいから、早くいけ!」
仕事とは言え強引に連れてこられて、この扱い。先輩の勇姿も見れず……応援も出来ず、もう、やる気ナッシングだよ。
でもやることはやらなくちゃいけない。
「なにやってんだよ」
段上に駆け上がり、審判に事情を聴く。
「みんなに見られると緊張して力が出ないタイプだから、ここでやるのはイヤだと」
審判の返答が不足と思ったか、選手の女の子が俺に詰め寄ってきた。
「下からだと、その……へんなところも見えちゃいそうだし」
「下から?」
「応援の人たち、ステージの真下にいるんですよ。イヤじゃないですか」
もじもじと俺にしか聞こえない小声で囁く。ちらっと段上からフロアをみると、腰高の段差は、彼女を見慣れぬ位置から余すところなく見回すには十分すぎる。
「う、うん、そうだね」
なんとなく曖昧な同意を示すと、彼女はしきりにハーフパンツの裾を触った。
なるほど、ハーフパンツとはいえ下からだと、隙間から見えそうな気もするってわけか。それは配慮が足りなかったよ。
「体育委員! 講堂担当の体育委員はいますか!」
大声で担当者を呼び出すが、返ってきた声は「いま自分の試合で外してまーす」とのこと。
なんのために二人セットで置いてるんだよっ。同時に居なくなったらダメっしょ!
「しょうがない。審判の人。後で体育委員に言伝てておいて、ステージで試合をするときは選手の許可をもらうようにして。どっちかがイヤだといったら。下でやるから」
「わかりました」
「選手の二人。下の卓球台が空いたら、そこで試合するようにしますから。とりあえず、それまで休憩ということで」
「はい、すみません」
「そっちの方も、それでいい?」
「いいですけど~」
なんか不満そうだけど、他にやりようもないし。よろしくお願いしますと頭を下げて、運用ルールを変える。
こんなの委員で対処できそうなもんだろ。
もう!
先輩の試合みれんかったよー!