3章-4
バスケ、バレーと言ったチーム戦は応援が盛んだが、卓球、テニス、バトミントンは、個人戦なので試合は淡々と消化されていく。この三つの競技は勝ち残り有望か、人気選手じゃないと応援が薄い。
赤羽の卓球など、誰も気づかぬうちに戦ってて、気づかぬうちに負けていた。本人の自己申告がなければ誰も知らない。
そんなのを知ると、阿達さんのバトミントンの試合は、応援なんて来てるのだろうかと思ってしまうのだが、あに図らや! 阿達陣営にはコートの向こうが見えないくらい応援が集まっていた。
「あいつ人気者なの? エラそうなのに!?」
バカにされた手前、この現実はくやしい。
人をかき分けてまで最前列に赴き阿達さんを応援するのは癪なので、ちょっと離れた位置から頭越しに試合を見る。
どれどれ彼女のバトテクはいかなるものかな。
応援の合間からチラッと見えた阿達さんは、一人コートに立ち、ラケットをクルクル回しながら、軽く左右にリズムを取って構えていた。
試合はもう始まっているらしい。
その阿達さんが、スタンスを落とす。
対戦相手から、シャトルがぽーんと上がると、やわらかな軌跡を描いたシャトルは呑気に、阿達選手の正面に落ちてくる。それを彼女はいきなりスマッシュで打ち返した!
スパンといい音をたてて、向きを変えたシャトルは、まるで槍のように一直線に相手コートの床にグサリ。
対戦相手は、ぴくりとも動く間もなく1点ロスト。
遅れて、クラスの歓声があがる。
「すげー」
男子の感嘆はもっともだ。どんくさいとは思ってないにしろ、そんなに力強いスマッシュを打つようには見えなかったのだから。
阿達さんは、応援席にニコッと微笑むと、「むろん勝ちますわよ」と言わんばかりの自信満々な顔をして、自分のサービスに移った。
なんとも様になるフオームから打ち出された阿達選手のサービスは、相手にクリア。またもや、ぽわ~んとコートに戻ってくる。
そのシャトルを一気に距離を詰めて、ドライブで返す!
ヒュッとラケットが空気を切る。
相手は、またぴくりとも動けず1点。
ありゃりゃ? こいつ意外に上手いんじゃないの?
バドミントンって誰でも出来そうに見えて、実は奥の深いスポーツである。
子供が公園で遊んでいるのを見ると、テンコテンコ打ち合っているだけのイメージだが、上手い奴は落とす場所から、さばき方、シャトルのスピードまで何から何まで違う。
つーか、阿達選手の打ち返す音が違うもん。
羽から「ボン」とも「スパン」ともいう様な音がする。羽が爆発しているのかと思った。
阿達選手、勝ったな。
俺の応援はもういいでしょう。本人も勝った気でいるし。任務完了。
ちょっと水分のところに行ってみよう。
その水分は……、苦戦していた。
球技大会では時間短縮の為、テニスは1セットマッチ。つまり6ゲーム先取の試合になっている。
水分は、現在2ゲーム取られていた。そして今の得点は0-15で、水分が押されている。
応援している奴らに聞くと、どちらもデュースで負けているとのこと。
実力は拮抗していると言うことか。
長い髪をポニーテイルで結び、日が眩しいからだろう、被った水色のキャップから、しっぽの端を出ている。
暑いというのに、生真面目に長袖長ズボンの冬ジャージである。
そのためか、試合に集中した顔からは、汗が滴り落ちていた。
水分のサービス。
サービスコートにバウンドしたボールは、相手にさらりと打ち返される。
黄色の軌跡めがけて走り込んできた水分が、フォアハンドで打ち返す。
ボールは、サービスライン辺りに落ち、これまた難なく相手に打ち返される。
ラリーだ。
そのラリーが3、4回と続き、最後はじりじりと前に詰めてきていた水分がボレーを決めた。
「15-15!」
審判の無味乾燥なコール。
一方、女子からは、「宇加様~!」の熱烈な応援が木霊する。
だが当の水分は、それに応える余裕がないように見えた。
悪くないが、真正面過ぎる試合だ。
俯瞰して二人を見ると、明らかに体力差があり、まだほんのり汗ばんでいるだけの相手に対して、水分は随分体力を消耗しているように見えた。
技術的には劣っていないが、これじゃ後半は押し負ける。長期戦は不利だ。できればこの後はストレートで6ゲームを取りたい。これは本人もそう思っているに違い。
水分がボールを高々と上げ、ラケット振り下ろす。
ラケットに当たったボールが弧を描いてサービスコートに落ちて行く。
レシーブミス!
相手の打ち返したボールは、サイドラインを割り、ポンポンと転がっていく。
「30-15」
「よっし!」
男子からも「水分さん、がんばれ!」と声援が飛ぶ。内容的には負けてないのだ。
それは相手チームも同じで、この失点に隣のブースからは「あ~」と失意の声が漏れる。
頑張って勝って欲しいのは、誰も同じだ。
「宇加様、慎重に~」
この声は、いつも水分の横にいる桂子だか、彌子だかの声だ。もう必死である。
その声援に、ちらっと笑顔で応える水分。
続けて水分のサービス。
「フォルト!」
審判の冷たい声。
「宇加様、落ち着きましょー!」
彌子だか、佳子だかのアドバイス。その声の方を見て、無言でうなずく水分。
深く呼吸を整えてから、サーブに入る。
空に投げ上げたボールに視線が集まる、その時間がやたら長く感じる。
「ダブルフォルト!」
ボールはネットのギリギリに当たり、びぃーんと上に方向を変えたボールはポロリと逆サイドのコートに落ちていく。
残念だ!
「宇加様、まだ大丈夫です」
「ドンマイ! 水分様!!」
クラス中から励ましの声がかかる。いや、クラス中と言いたいが、3分の2は阿達さんの応援に行っている。
それは応援団も気にしているようで、掛け声も大きく一人一人が頑張って応援してくれていた。
試合は、その後、
30-40
40-40 デュース
アドバンテージサーバー
デュース
アドバンテージレシーバー
デュース
アドバンテージサーバー
ゲーム
となり、このゲームは粘った水分がなんとか取った。
この結果に応援団は、水分が勝ったような大喜びである。
ゲームカウントは、1-2で、まだまだゲームは分からないのだが、1-2と0-3は大きな違いだ。ここはまず、1ゲーム取ったことを喜びたい。
コートチェンジのインターバルで水分が応援団の元に戻ってきた、グッドタイミングでタオルを渡す取り巻き。
「ありがとう、佳子さん」
「宇加様っ、とてもいいプレイでしたっ! おめでとうございます」
「ワンゲームとっただけよ」
「宇加様、ドリンクです。ここで体力を回復しましょう」
「ええ、ありがとう」
こんなときも二人に気を配る水分は偉いなぁ。
俺も水分様の横に行こう。
「おう、水分」
「瑞穂くん? 来てたの?」
「ああ、阿達はもう勝負がついたようなモノだからな。いいんだよ」
「そういうときは、私のために応援に来たっていうのよ」
呆れたように言葉を選びながらも、タオルの向こうから笑顔で応える。
「なんだよ、折角、応援に来てるのにさ」
「アナタは、お疲れの宇加様になんて無粋なことをっ!」
「全くですわ! 宇加様も、こんな奴は無視してくださればいいのに」
「おいおい、応援は一人でも多い方がいいだろ」
「アナタがいると、宇加様の大切な体力が奪われます」
「そうですわ」
この子達は、どうして俺を目の敵にするかなぁ。俺と水分の間に立ちはだかり、ボディーガード気取りで盾になっている。
俺が右に動くと二人も動く。左に回り込めば、ささっと回り込む。
まるでさっきまでやっていたバスケの試合だ。
「ちょっと、水分も何か言ってくれよ。励ましにきたのに、すっかり悪者扱いだよ」
「もうしょうがないわね。出来の悪い弟を持った気分だわ。佳子さん、彌子さん、あまり瑞穂くんを責めないでくださいな。彼も良かれと思ってやっているのですから」
「宇加様、なんとお優しい」
たぶん彌子さんの方だ。うっとりと水分を見ているが、今の言葉は優しくないと思うぞ。
「お優しいか? 結構コケにされた気がするぞ、いまの」
「無礼です! 宇加様がアナタの相手をしているだけでも、特別だと分からないのですか!」
「そうですか、そうですか、キミたちも俺の相手をしてくれて、ありがとうさん」
「キーっ! 瑞穂政治!」
それを目を細めて見ていた水分が、品よく笑う。
「うふふ、瑞穂くんと話すと気持ちが軽くなります。ありがとう瑞穂くん」
「宇加様、このような下賤な者に礼など無用です」
下賤か。どんなときに使う言葉かと思ったけど、まさか自分に使われるとは。
「じゃ下賤な者から、アドバイスをしよっかな。お前は体力も腕力もないんだから決めようとしない方がいいぜ。コントロール重視で、相手を走らせた方がいい。ダブルフォルトのとき、ストレートに勝ちを決めようと思って力んだだろ。体力差に気付いて」
水分はハッとして顔をしている。図星らしい。
そして控えめに口角をあげると、無言でコクリと頷いた。
ちょうど次のゲームを告げるホイッスルが鳴る。
水分は目を閉じてフッと息をつくと、ラケットを持ち替え、高々と右手を上げた。
「瑞穂くんも、手を挙げて」
えっと思ったがすぐ何をしようとしているのか分かった。佳子彌子コンビは、訳が分からずオロオロしている。
俺から声をかける。
「せーの」
「イエーーー!!!」
俺達は息もぴったりにハイタッチをして、パシーンといい音を響かせた。
この七月の青空にぴったりなほどの透き通った音を。
「楽しんできなっ」
「ええ!」
ちょっと横の二人と背後がどよめいているが、水分はそれに構うことなく、ポニーテイルを揺らしてコートに駆けていく。
うんうん、頑張れ。お嬢様。
おや? 俺のジャージの左腕が、つんつんと引っ張られているぞ。
「なんですの。アレは」
えーと、佳子さんでしたっけ?
「そうですわ、何を意気投合しているのですの」
彌子さんでしたっけ?
「あれはですね。その、元気になるおまじない」
冷や汗をかきながら、思い付きの言い訳をする。
「そんなロマンチックな事を言っても騙されませんわよ」
「いえいえ、騙すなんてめっそうもない」
「宇加様が、イエーなどと口にされるだなんて」
佳子さんが抱えた頭をぶんぶん振りながら嘆き悲しんでいる。
「アナタ、宇加様に何をなさったの!!」
「まぁまぁ、まずは応援しようよ。ねっ、ねっ」
俺を責めたし応援したし。二人は「覚えてらっしゃい」と恨み事を言うと、えぃと気持ちを振り切って応援に専念した。
この試合、最後までいると俺の身が危ない。いいところでトンズラしよう。
試合の方は、力みが取れた水分は、苦戦しながらも丁寧なプレイで要所要所を押さえて、6-4で勝ち抜けた。
最後はバテバテで足が動かなかったようだが、次第に人数を増やしていく応援に助けられながら、気力で勝ちぬけた感じだった。
あいつは、細くてナヨっとしているが、根性がある。
見た目に騙されるのは二度目だ。
見た目は良家のお嬢様、中身はナニワのど根性娘か。人間って付き合ってみないと分からないものだなぁ。