3章-3
あっというまに時は流れて、球技大会当日。
二日間のプログラムはこうだ。
初日は、体育委員長挨拶、選手宣誓、その後、各競技スタート。各競技は準決勝まで実施。
二日目は、準決勝から再スタートし決勝戦。午後はエキシビションの競技観戦となっている。
まずはスタートの挨拶。
いかにも「スポーツマンですが何か?」と言わんばかりの、いいカラダをした体育委員長が、「怪我には気を付けて、桐花の名に恥じぬよう全力で戦うように」と熱いメッセージを発する。
このあと、生徒活動統括の新田原が壇上に上がるのが通例だが、生徒会はすこぶる評判が悪いので、ここは俺の一存で削除。
※桐花学園では、各委員の上に『統括』という業務の関連が強い委員をまとめる役職がある。統括には生徒会役員が任命される。
ついでに校長の挨拶も削除。どうせ生徒主導のイベントだからね。いいの、いいの。
選手宣誓は、なんとあの超絶美少女の秋山さんだ!
選任された時は驚いたね。舞踊部だから球技に関係ないし、そんながっつりスポーツ少女って感じでもなかったから。
これは報道側もスクープだったらしく、宣誓をする前だというのに報道新聞部が突撃インタビューをかましてた。
本人いわく「私などおこがましいのですけど、皆さんから強いご推薦を頂きましたので、微力ながらお力になれればと思いまして」と謙遜の言葉を並べて答えていた。かわいい~。
宣誓は、「クラスの絆を信じて力を尽くして戦い、勝ち負けを越えて友情を育むことを誓います」という内容だった。『勝つぞゴルァ』といった男性的じゃないのが新鮮。
ここで終わらないのが、秋山さんの素敵なところ。拍手の後で、「皆さん、頑張りましょうね」と、かわゆく一言付け加えたのだが、これが男子のハートに火をつけた。
直後、「うおおー」の地鳴り。
その風圧に面食らう秋山さんは、ビックリ顔を写真に撮られたに違いない。
まぁ、女の子達は、『男ってバカねぇ』と言わんばかりの、冷めた目をしてたけど。
そんな思わぬ盛り上がりを見せつつ、無事、球技大会はスタート。まずは一安心と運営テントに向かう。
さてと次のスケジュールはと、手元の資料を見つつ腰をおろそうとすると、
「おう、みーずほ。しっかり働いちょるかー」と覗き込むヨミ先輩。
気がはえーよ、この人。まだ、俺の尻が椅子につく前だというのに、もう着たよ。
「ヨミ先輩、あなたおっさんですか」
「失敬だなぁ、どう? みおりんの宣誓は?」
「みおりん? ああ、秋山さんですか?」
「そうだよん。インパクトあったっしょ」
「ええ、空気がガラッと変わりましたね。一気に前向きな感じになって、すごく新鮮でしたっ」
「うんうん、だろ。感謝しな」
「ええ、秋山さんに感謝しなくちゃ」
「なに言っちゃってんの? 感謝するならオレだろ」
「ほへ? なんで?」
「推薦したのオレなんだから」
「え、えーーー何で!?」
「同じクラスだもん」
「そうなの? じゃ言って下さいよ!」
「驚かそうと思って。付け焼刃の球技大会だろ、どうせお前らの事だから、どんよりムードになると思ったんだよ。だから人選にインパクトをつけようと思ってさ」
「ヨミ先輩!!!」
座ろうとした椅子を蹴って駆け寄る。
「な、なんだっ!?」
「すごいです! 素晴らしいです! 感謝です! ありがとうございます!」
なんか純粋にそのサプライズに感動したもんで、ついヨミ先輩の両手を取ってぶんぶん握手。
ヨミ先輩はガクガク揺さぶられながら、「やめろよ、照れるって」なんて言って真っ赤になっていた。
「あ、あたしさ、もう競技始まんだよ、ま、また後でなっ」
慌てて背を向け駆け出していく、赤のジャージとハーフパンツ。小さくなる背を見送りながら、ふと、ヨミ先輩の照れている顔を思い出す。
「乙女かよ!」
そして、記憶のなかで、視線をつつつと下に落とすと……確かに大きかった。
ねーちゃん程じゃなかったけど。
さてさて、俺の出番まで、まだ時間がある。試合が行われているのは、第一体育館、第二体育館、講堂、テニスコート、グラウンドだ。視察がてら見に行こう。
グラウンドでは、バレーが行われている。
続かないトスと、決まらないアタックの応酬。
みんながみんな、運動神経いい訳じゃないので、しょっぱい試合もあるよね。
うん、うん。
テニスは、個人戦なので技能差が凄い。
どうやら、良家や裕福な家というのは、テニスがお好きなのか、嗜みでやる人が多いのか、兎に角レベルが高い!
いやー、テニス取らなくて良かった。俺のレベルだと完封負けだった。
さて、次は講堂で卓球の視察かな、と思っていたら、「おい、瑞穂! 試合だぞー」と俺を呼ぶ声。
「なに、プラプラしてんだよ。応援もしねーで」
声の主は山縣。
「視察だよ、視察」
「嘘こけ、女子の体育着姿でも追っかけてたんだろ。いやらしい奴だな、素直に吐け」
「何で、そうなるんだよ。じゃ、ここにいる男子は全員そうだろ」
「生徒会なのをいいことに、色んな女に手出してるから、そう思われるんだよ」
「なんじゃ、その噂は」
「両方の益込先輩と、仲いいんだろ」
「あれは、生徒会の告知の付き合いだって」
「付き合いだって? それだよ。生徒会をいいことにってのは」
「しょうがねーべや」
「いーよな、仕事を口実に、堂々と美人の先輩と話せてよ」
「じゃ、お前も部活に入れよ。文化部なら女子の先輩といくらでも話せるぜ。手芸部とかどうよ。殆ど女子だぜ」
「手芸? 編み物なんか興味ねーよ」
「手取り足取り教えてくれるかもよ」
急に黙りこくって難しい顔をする山縣、どうやら手芸部の我が身を想像しているらしい。
「……それはいいな。背中から俺の手を取って『山縣くん、違うわ。そこの編み目はこう』とか耳元で。なーんてな、うふふふ」
気持ち悪いな。ヤローの女声。
「妄想も大概にしとけよ。現実とごっちゃになってからじゃ遅いからな」
「なるか! おれは生の女にしか興味ねーぜ」
「生いうな」
なんて駄弁りなが会場に着くと、もう試合の直前である。
「おっせーぞ」と、バスケメンバーから、からかい半分の笑い声。
そう、俺の出場競技はバスケットボールだ。バスケはウチのクラスでは、勝ち残り期待のチーム編成である。
チームプレーは苦手な方だが、バスケは得意なのだ。特にシュートには自信がある。
俺の田舎の家には玄関先にバスケゴールがあって、暇な時はずーとシュートを打っていた。相手が居ないと野球も出来ないからね。
その腕前を買われた訳だ。が、ディフェンスとか、からっきしダメだけど。何せ相手がいないから、ずっとシュートしてた訳だし。
男子バスケチームのキャプテン、ポイントガードは、鳴川。
中等部は、バスケ部だった古兵だ。現役部活生は出場しちゃだめというルールだけど、経験者は出場してもいい。
中学でスタメンだった奴を入れるのは、限りなく不公平だと思うけど、勝つために手段は選ばないぞ我々は。
バスケ部で、川がつく名前だと、想像に通り『先生、バスケがしたいです』と、からかわれる可愛そうな奴だ。でも、いつも髪型が決まっていて、クールな振舞いは女子に大人気だったりする。
パワーフォアードのケビンは、父親が外国人のハーフだ。彫の深い顔で目元がブラピみたいでカッコいい。長身で見た目通りのスポーツマン。テンションが高くて、こういう場面ではいつもムードメーカーだ。人懐っこいので、男女問わずに人気者。
スモールフォワードの広瀬は、賢いのに体力があって、おまけに爽やかな笑顔という、ワールドワイドにみて不公平な奴である。そりゃ女子受けするよ。
という事で、チャラチャラした山縣と、問題児の俺は、この中では肩身が狭い。
だが、活躍すれば良いのだ。全てはそれで許される!!!
「山縣、ここで名誉を挽回するぞ」
「ああ、俺の名誉は落ちてないから、高めるだけだけどな」
「山縣。一言多い」
時間だ。鳴川の掛け声でスクラムを組む。
「短い時間だったが、厳しい練習によく耐えた。俺たちの息の合ったプレーを見せつけてやろうぜ」
「おーっ」
「瑞穂は、まったく練習に出てないが、お前には端からチームプレーは期待していない」
「おー!???」
「パスが来たらとにかく打て。お前なら5割は行けるはずだ」
「お……ぉぉ」
期待されてんの? バカにされてんの? 分からないが微妙な気持ちのまま試合スタート。
クラスの女子の黄色い歓声が俺達に向けられる。
いや、位置的にみると、俺と山縣には向けられて無さそうだわ。
ジャンプボールは俺が立つ。この段階で俺がシュート以外で期待されてない事が良く分かる。
ホイッスルとともに、審判が高々と放り投げたボールにジャンプ!
俺の爪先ギリギリをかすったボールは、うまい塩梅に鳴川の手に納まり、スタートは俺達の攻めから始まった。
鳴川は、そのまま陣形の固まらない敵陣に単身ドリブルで切り込み、そのままレイアップシュートでサラリと2点を決める。
「キャー」と、我クラスから大声援。
それを当然と言う顔で受け流す鳴川。
いやいや、元バスケ部は凄いね。それ以上に応援も。
最近、ウチのクラスはわりかし仲がいい。いつのまにかラインの数に関係なく打ち解けたようで、他のクラスより応援の熱が高い。
うーん、何となくわかるよー。身近に俺っていう共通の敵がいるもんね。
俺達にハイタッチしながら走って戻ってくる鳴川が、人差し指を高々と挙げた。
「続けー!」
その喝に、また盛り上がるクラス。
いちいち格好いいわ。もうっ!
敵は同じ一年生。さて、お手並み拝見だ。
向こうのキャプテンは、日に焼けた浅黒い顔に太い腕。頭の横を刈り上げてガタイもいい、かなりのデカブツだ。
名前は知らんが、何となく鳴川とコイツだけで某マンガみたいなメンツになっている。
一回戦は、10分一本勝負だ。
さて、試合は鳴川の鋭いパスカットあり、相手のゴリキャプテンの体当たりありーの、いろいろあったが、これ以上は、ただ鳴川とケビンの活躍を、殊更宣伝するだけなので割愛する。
相手のゴリは、見かけ倒しでそれほど上手くなく、チームメンバーの技量もバラツキがあり楽勝で勝ってしまった。
楽勝過ぎて、俺の出番がない。
パスが来ないと活躍できないポジションなのだよ、シューティングガードってのは。特に俺が期待されているのは、シューティングだけだし。
というわけて、初戦はボールに触ってません。
軽くハブられた気分……。
勝利に沸き立つクラスのなかで、素直に喜べない俺だった。Yeah!!!と喜びを爆発させるケビンが眩しい。
しょんぼりクラスの輪に戻ると、阿達さんが、「次の試合では、瑞穂さんの活躍も期待してますわ」と、澄まして言う。
『も』かよ。『を』にしろよ。そこは。
後ろに控えるお供も、同じ澄まし顔を俺に差し向ける。なんとも象徴的だなぁ。
もう一つ我がクラスの近況だが、最近、クラスの政治力学が微妙に変わりつつある。
四月は、女子内部生の筆頭は、水分だった。
だが、ここ一ヶ月くらいで阿達さんが前に出てくることが多くなった。エキシビションのメンバー選抜でも、「鵜飼さんを推薦しますわ」といきなり発言している。今までなら、水分の発言を待ってから言葉を発していたのに。
原因は、例の一等サロンのアレだろう。
因みに、鵜飼さんと呼ぶだけで、彼女は外部生だと分かる。阿達さんは、内部生は下の名前で呼ぶのに、外部生は、苗字で呼ぶからだ。
自分よりも上だと、『様』付けになり、下だと『さん』付け。
この法則に気付いたのは赤羽。あいつは阿達さんと近い席だから、色々とウワサが聞こえてくるらしい。
「気を付けろー。瑞穂は、呼び捨てだぞ」
だろうな。内部生に仇なしてるもんな俺。彼女の中では上下すら越えて敵って訳だ。
鵜飼さんは、明るくて快活。美人じゃないが……失礼。俺の周りに美女が多すぎるせいでそう見えるだけだが、くりんとした髪型がかわいい、話して気さくな女の子だ。
阿達さんとは、あまり話している所は見ないが、仲のよい内部生の友達がいるので、親い立ち位置なのかも知れない。
だが、阿達さんから、直接指名されるのには違和感があった。
その時の鵜飼さんは、無言で起立し、誰を見るでもなく黒板に書かれた自分の名前を見続けていたから。
阿達さんは、「みなさん、宜しいかしら」と、クラス全体に再確認しても、水分の意見を聞くことはなかった。水分も何も言わず、無言のうちに推薦は是となる。
表だった抗争はないが、お互い無言ってのは怖いものがある。
そんなキナ臭さを鼻の奥で感じつつ、阿達さんに、「次も頑張るよ」と答えて、その場を去ろうとしたが、ふと彼女が何の競技に出るのか気になった。
「阿達さんは、何に出るの?」
「わたくしですか。バドミントンです」
「じゃ、応援するよ」
「あら、ありがとうございます。でもその時間は水分さんのテニスの試合もあるのではなくて」
「そうなんだ」
水分を引き合いに出すか。ちくっと突っついてくるなぁ。
ん、水分さん?
前から水分さんだっけ? 四月はどう呼んでただろうか。
「出来るだけ両方応援するよ」
「ありがとう、瑞穂さん」
お供を引き連れて、次の応援に向かう阿達軍団。気づけば外部生も軍団にチラホラいるなぁ。