3章-2
教師との交渉はあっさりOKとなった。生徒会長ってのは便利なもので、教職員と連携するため、職員会議にいつでも出席出来る。逆に何かあると、いつでも呼び出されるんだけど。
そこで、『教職員の生の姿を知ることで、生徒との心理的な距離を縮める機会としたい』とか、適当なことを言ったら案外あっさり通ってしまったのだ。
お爺ちゃん先生が多いので、「途中からクラスの生徒と交代してもよいですよ」と、助け船を出したのが良かったらしい。
「それならば、宜しいのではないでしょうか」と、校長が決断してくれた。
野球なら、この年の男性なら上手くはなくても普通に出来るし、相手は女子生徒なので、そんなにハードルも高くない。動き続けるサッカーやバスケに比べたら遥かに優しいスポーツだ。それも良かったのかもしれない。
監督は、女子はソフトボール部顧問の米星先生。男子は、野球部顧問の澤村先生となった。
米星先生は、五十代も半ばかと思うふくよかな女性教師だ。髪も殆ど白く、いかにも優しい風貌をしているが、「瑞穂さん、面白いアイデアですね。エキシビションの対決ですが、前座では終わらせませんよ。皆さんをコテンパンにして差し上げますわ」と、男性教師相手に啖呵を切った。
「米星先生は、野球のご経験があるんですか」
と俺が質問すると、
「いいえ、ソフトボール部の顧問も初めてですよ」
と根拠もなく堂々と答える。どこから来た? この自信。
「もし、ご経験がないのでしたら、経験者にサポートをお願いしますが」
「私が野球をするわけではないのですから、大丈夫でしょう」
いや、あなた監督をナメてませんか? 大丈夫かよ。ルールくらいは知ってるよね。
このやりとりを見て、更に安心したのか、老眼鏡の度もキツイ古典の先生が、
「米星先生、お手柔らかに」
なんて冗談まじりのご挨拶。
ところが本人は本気のようで、「女子生徒の前で恥はかきませんように」なんて、お返しの応酬。
互いに、わはは、おほほと笑いながらも、本気になったら怖いので、「では、お任せいたします。なにか不都合がありましたら、生徒会までお願いします」と、言伝て職員会議を後にした。
年を取ると女性の方が元気だな。やだなぁ、男って。弱い生き物なのね。
エキシビション、男子選抜チームは、野球部一年との対決になった。
野球部部長には、予算問題で大分恨みを買っていたが、数多ある部活の中で、野球がフィーチャーされることや、甲子園に出場が決まったときは特別に補正予算を組んでやる事を確約して快諾をもらった。
桐花の野球部は、かなり強い方だが、いっても所詮は進学校である。マジ野球校には遥かに及ばない。
まぁ、この約束は履行されずに終わるだろう。
これで、お膳立ては整ったぞ。
さてと、ヨミ先輩は選抜チームに手を上げてくれるかなー。
準備は着々と進んでいる。
無駄に部活が多い学校なので、活動費が無くてもやりたい事は、どこかの部活に頼めば事足りる。
看板は、木工部と美術部に頼む。
プログラムなどのアナウンスは、報道新聞部に頼む。
テントなどの設営は、剣道部、柔道部に頼む。
球技大会で行う競技は、バレーボール、バスケットボール、バトミントン、卓球、テニスの5種目だ。審判や当日の準備は、当該部活に頼む。
頼んでばかりだが、こんな巨大なイベント、だれかに頼まなきゃ進まない。
はふぅ、先輩も今の俺みたいに毎日頭を下げてたのかなぁ。なーんか凛々しい先輩からは、あんましイメージできねーや。
いや、きっと先輩なら苦もなくサラリとやってのけたに違いない。
因みに、この5種目は平凡過ぎてつまらないので、競技を変えてみようと先輩に相談したら、「時間がかかる競技はできんぞ」とクギを刺されてしまった。
「同時に2試合やればいいんじゃないですか?」
「桐花といえども、グラウンドは1面しかない。時間のかかる競技は大抵、グラウンドを使うのだ」
「たしかにそうですね。野球やサッカー、ラグビーなんか、どれも場所と時間を使いますし」
「去年も一昨年も、要望はあったのだが、同じ理由で見送ったのだ。毎年、競技に選ばれる部活からも、たまには変えてくれと言われているのだがな」
「なんで部活から?」
「伝統的に、競技に選ばれた部が準備をするのだ。自分達の練習には関係ないのに、朝早くに来て設営をして、審判までさせられるのでは堪らないだろう」
「そっか。じゃやっぱり一つくらいは変えたいな。参考までに、過去にどんな競技がエントリーされてきたんですか?」
「私が知っているのは、バレーやバスケ、テニス、バトミント、卓球、ハンドボールくらいだな。ドッジボールや水球もあったようだが、体育委員に変わり者がおったのだろう」
「なんかこれは! っていう面白い競技はできないですかね。ホッケーとか蹴鞠とか、セパタクローとか」
「多くの生徒ができんと、試合にならんぞ。去年、新田原誠が『ハーリングはどうでしょう』と言い始めてな。誰も分からんかったよ」
「そうですね。俺もセパタクローとかルールも知らないですし」
「奇抜な競技もいいが、違うところで特徴を出してはどうだ? 政治」
「はい……」
そんな、やりとりもあってエキシビションなのだ。言い訳がましいけど。
盛り上げるために特徴を出したいのは、他にも理由がある。
なにせ今年は金がない。
歳々、クラス対抗戦を際立たせるために、クラスごとに揃いのユニフォームや応援グッズを学校費用で揃えていたのだが、今年は用意できないのだ。
そんなのもあり、なんとか生徒の不満を和らげるために、金じゃなくて智慧で勝負せねばならんのである。
そんな訳で、最小限の準備が整った今でも、新田原と大江戸は、球技大会の盛り上げアイデアを捻り続けていた。
トーナメント表の前で、ヒーローインタビューをしようと言ったのは神門。
負けたチームには、バツゲームをさせようと言い始めたのは大江戸先生。
勝ったチームの主将がバツゲームのネタを書いた大きなサイコロを降って、出た目のバツゲームをさせる。
敗者には容赦ない大江戸らしい発案だ。どこかの番組で見たようなネタだが、まぁ、盛り上がりそうだ。
新田原は、試合と試合の合間の場繋ぎに、体力自慢をするコーナーを作りたいとのことだった。なんでも「体力ランキングコーナー」と言うらしい。
脳筋体力バカ……。
準備の時間がないから、アホな閃きがどんどん通過する。
そして真打、おちゃめな俺が出したアイデアは、『文化部対抗、非公認ビリヤード大会』でした。球技だよねコレって。