3章-1
間髪入れずに新章突入。3章は「球技大会編」です。
こっちは軽めのショートストーリーですので、気楽にお楽しみください。
ではでは。
先輩が危ないかもしれないという、恐怖の予言のわりに、俺達は平和な日々を送っていた。
財政改革で、もっとも被害を被る内部生だ。
学園で力のある彼らの事だ、生徒会は何かしらの嫌がらせを受けるのではないかとピリピリしていたが、そんな事はまるでなく、先輩も一等サロンの会頭こそ解任されたが、それ以上の事件に巻き込まれてはいなかった。
確かに内部生が初めて参加した『草むしり』では、ぶーぶー不満を言う者が続出したけどね。
それでも、直接、生徒会に押しかけてきたり、親を使って圧力をかけてくるような輩はおらず、拍子抜けと言った感じ。
俺達とシーソーゲームの大バトルを繰り広げた理事会も、粛々と削減案を実行している。
まずは影響の少ない所からポツリポツリの取り組みだが、こっちも、「アレレ?」と言ったところだ。
やっぱり削減は必要だったのかな? 神門は過度の削減は望んでない、なんて言ってたけど。
やんごとなき方々の考えている事は分からん。
先日、学生食堂の『特別内部生向けサーブサービス』が停止された。
いかにも家柄の良さそうなお坊ちゃんが、「不愉快だ!」と態度も顕に不満を漏らし、学食の使用を拒否していたけど、お供の小姓の態度は微妙。
あおりを食って食堂が使えなくなった訳だからねー。
内心、どう思っているんでしょう。俺には分からないけどさ~。
かくのごとく、生徒会案が丸のみされた形なので、大江戸はいたくご満悦だ。
「もう少し、踏み込んでもよかったな。無駄なイベントも削減したかったし、似たような部活も統合したかったのだが」
「気楽に言うなよ。お前が踏み込んだ分は、俺のツケになんだからな」
「だが、やるなら本気でやるべきだろ」
「そうはいかんだろーよ。相手がいるんだからさー」
「うーむ、それは一理あるな」
一理じゃねーよ。全てだよ!
どうもこいつは、合理的すぎる。
この位の冷さがないと、経営の責任は取れないのかもしれないけど、みんなお前みたいに冷徹に判断できる訳じゃない。相手は人なんだから。
大江戸は放っておくと何をしでかすか分からないから、新田原とは別の意味で怖いんだよ。
その暴走特急大江戸線と忠犬新田原に任せている球技大会はどうなっているんだろう。
俺からも提案があるから、進捗を聞いてみよう。
「ところで、球技大会なんだけど進捗はどうなんだ」
「各クラスの出場競技は決まった。あとは大会を盛り上げるために、どこまで何をやるかの案出しだ。いくら急いでいるとは言え、やっただけで終わるのはイヤだからな」
新田原が、ガラにもなく意欲的な事を言う。
「葵が直々に、盛り上がるイベントにして欲しいと、お願いに来たからね」
成るホド。神門の説明は実に説得力がある。コイツのエネルギー源なんてそれしかない。
「俺も新田原も、お前と違って真面目な人間だ。なかなか盛り上がるネタが浮かばなくて、困っていた所なんだ」
はぁ?
「さらっとディスったね。大江戸君。たしかに俺は、お前らよりはおちゃめだけどさ」
「日本語は正しく使うべきだな。無邪気でもないし、愛らしくもない、瑞穂君」
「まったくだ、憎らしい程だ、瑞穂君」
「いつから、お前らはそんなに意気投合したんだよ! それより、アイデアが欲しいんだろう。だったら、女子の競技に野球とか入れられないかな」
「はぁ?」
思ったのはヨミ先輩の事がきっかけだ。考えてみれば、どの競技も男女同じなのに、何故か野球だけは男子は野球部、女子はソフトボール部となっている。検索してみると女子野球部が存在する高校もあるようだが、少なくともメジャーじゃない。
男女平等の校則を目論む俺としては、こういう所から何とかしたい。
うん、うん。そーなのだよ。
そのアイデアに、真っ先に声を上げたのは、新田原。
「大会まで、あと二週間だぞ。そんな事が簡単に出来るわけないだろ!」
「いや、でも全体プログラムの告示は明後日なんだから、まだ出来るんじゃないの?」
「もう出場競技は決まってるんだ。相手の事を考えないのは、お前だろう!」
大江戸が、反撃とばかりに鋭い所をつく。
「だって分かってるけど、相談されたの今日だし、今まで考えてるゆとりが無かったんだもん」と言うと「大局的に考えるのがお前の仕事だろう」と、新田原先生が至極まっとうなご意見。
「でもさ」
「僕も反対だな。葵が居たら葵も反対すると思うよ。今は生徒会にとって一番大事な時期だよ。そのタイミングで横車を押すのは勧められない。それに、知ってる人にはヨミちゃんとの癒着を疑われる」
成り行きを見守っていた神門が、ちょっと怖い顔で言う。
うむ、やはり一番鋭い。神門っち。
そうなんだけど、俺はヨミ先輩に久しぶりの本当の野球を楽しんでもらいたいし、何よりトラウマを克服してもらいたいのだよ。
「じゃさ、エキシビションみたいのは、なし?」
「エキシビション?」
「女子代表と、誰が闘うみたいな」
「誰と?」
うわっ、怪訝な顔。
「えーと、教師とか?」
「うーん、教師か。教員を参加させるのは、いいアイデアだけど、なんで女子だけってなるよね」
「男子だと、差が付きすぎるじゃん」
「政治の意見を飲むなら、男子も何かやらないとOKとは言えないね」
「じゃ、男子は野球部ルーキーとのマジ対決とか?」
「なんで、野球なんだと言われたらどうするんだ」
神門と俺のやり取りに割って、大江戸も尤もな質問を投げかける。
「えーとえーと、教師も出来そうで、明治維新と関連が深い我が校において、野球は正岡子規が広めたスポーツでして、子規は明治の日本の俳句の復古させておりまして、その桐花の新生とですね……」
「そんなに、やりたいの?」
「うん、やりたい」
「軽挙だと思うよ。妄動だと思うよ」
「そこをなんとかっ」
「分かったよ、もう。そんな言い訳なんか通じないんだから。だったら、とにかく政治のやりたかったで通しなよ」
諦めて投げた神門を、大江戸が表情を変えずに見る。
「いいのか、神門が危惧している点は」
「聞かないんだもの。いいよ。政治は痛い目を見ないと分からない子だから」
「体験主義といえば聞こえがいいが、ただのアホだな」
なんだと! それはお前も同じだ新田原!!
「だがな瑞穂。交渉は自分でしろよ。俺はもう手一杯だからな」
「分かった、新田原、朗報を待て」
「もう、頭痛の種を」
神門はこれ見よがしにため息をついたが、こういう楽しい無茶もいいでしょ。
マジメ過ぎなんだよ、みんなさ。