表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/108

1章-4

 急接近する(あおい)動揺(どうよう)する政治。そこに神門(みかど)がタイミングをみたように現れる。

 神門は葵と幼馴染だった。

 葵は政治に、学園を一緒に救って欲しいと懇願(こんがん)する。面倒事は断りたい政治だが、成り行き上、断るに断れず……。

「見せてくれないか」

 なに~! 何を、何を見せるの~! 俺~。

 耳元に掛かる熱い吐息(といき)に、全身から汗が()き出す。もうダメだと思った次の瞬間、入り口の扉がガチャリと音を立てて勢いよく開いた!

 止まる(すべ)を持たない分厚い木板(きいた)は、行き着く所まで行き着くと、ビーィンと体を震わせて、慣性(かんせい)に任せるままに(おのれ)定位置(ていいち)に帰ってくる。

 その向こうに人影。


「政治! なんで一人で行っちゃうのさ!」

 ドアの前に立っているのは、大袈裟(おおげさに)に肩で息をする神門(みかど)

(あおい)も酷いよ、僕がいない間に政治を連れて行っちゃうなんて」

「神門!」

 先輩は()頓狂(とんきょう)な声を上げて、(あわ)てて俺の頬から手を引き()がし、よろけるように後ずさった。何とか平静を装うおうとしているが、行き場を失った手は、顔に行ったり白い制服の(すそ)に行ったり。

 一方、神門はこの光景に驚いたかと思えば、(わず)かに口角(こうかく)を上げて俺達を見ている。いや、観察していると云うべきか。

「お前、いつからそこに」

「え、やだなぁ。今。たった今、着いた所だよ。急いで追いかけて来たんだから。あれ~、それともお邪魔(じゃま)だったかなぁ~」

「へぇー、たった今ね」

 絶対嘘だ! 出るタイミング見ていやがったな。今、はっきり理解した。コイツは見た目みたいな友達思いのイイヤツなんかじゃない! 大好きなオモチャをいじくり回して壊すタイプの奴だ。そして『猿蟹合戦(さるかにがっせん)』なら猿の方で、『真夏の夜の夢』なら妖精パックを演じる方の奴だ。


「解散したとは言え公務室(こうむしつ)だ。ノックくらいしろ!」

 気を取り戻した先輩が、声を上ずらせながらもジト目で神門を責める。

「何いってんのんさ、そんなこと今まで一度も言った事なかったクセに。あ、もしかして葵、政治にやましい事でもしようとしてたんじゃないの」

「バカを言うな! い、いくらお前でも言っていい事と悪い事があるぞ」

「怪しい~。葵がこうなるときは、大抵(たいてい)、隠し事をしているんだ」

「ない! 断じてない! なんなら政治に聞いてみろ。 私達は清廉潔白(せいれんけっぱく)だ」

 『私達って』、うまく巻き込むよな俺のこと。自分事だから感心してられないけど。

「政治~」

 今度は神門が横目で俺を見る。

「ああ、先輩の言うとおり何もなかった、けど」

「けど」

「先輩が大胆(だいたん)だった」

「ほら」

「政治っっ! お前はこういう時も! 私は政治の頭の傷痕(きずあと)を見ようと思ってだな」

「ハイハイ」

 前のめりに興奮ぎみに俺を責める先輩の耳が、黒髪越しにも真っ赤々だ。

 それより、このいたずら小僧。あっというまに(ふところ)に入られた気分だ。会って間もないのに、もう昔からの友達のように俺をからかってくる。独特な雰囲気の持ち主。


「なぁ神門、ちょっと()いていいか」

「ん?」

「色々あるんだが、何んでここが分かった? そして何でここに来た? どうして先輩と仲いいんだ? お前、何者? 先輩の何なの?」

「えーっと、そんなに一気に質問されても答えられないなぁ」

 飄々としてて、テンポ狂うなぁ。

「一つずつでいいから説明しろよ」

「だって政治は生徒会長じゃない、だからここに来たんだよ。そろそろ葵に拉致(らち)されるだろうと思ってね」

「拉致とは人聞きの悪い。訂正しろ」

 やっと息を整えた先輩が、軽い反撃のジャブを打ち返す。

「じゃ、デート」

「ちっ、違う!」

 黄色い声で否定するも、あえなくカウンターでマットに沈む。あらら、先輩がもてあそばれてるぞ。

「じゃなんで、先輩とタメ口なの?」

幼馴染(おさななじみ)だもん」

 『だもん』って、お前は高校生だろ。男盛りの。そのだもん発言に対して先輩も肯定し、うんうん頷いている。

「神門は私の面倒をよく見てくれる」

「面倒だなんて、確かに葵は僕によく面倒をかけるけどさ」

「そう言うな」

 あれ、あれれ、なんか二人の関係がよくわかんない。

 ミカドっちの方が先輩の面倒をみてて、でも俺と同い年だよね。面倒って生徒会のことか、それともプライベートの面倒? いや中学の時の話か? 二人とも三本線の肩章にワッペンだから、生粋(きっすい)桐花生(とうかせい)だし。でも中学で一緒なのは一年間だけだろ、その割には距離感近くない? やっぱプライベートか。マンガとかよく見る、家がお隣どうしで神門が一人の時はご飯を作ってもらう的な? いや、面倒を見るのは神門だから逆か。神門が料理? うそ! 想像でもエプロン姿でキッチンに立つ神門が似合いすぎるわ。鼻血が出そう。


「政治、混乱してるね。かわいい~」

「かわいくねーっつーの」

「とにかく僕と葵はそういう関係なの。それに政治も葵に遠慮(えんりょ)することないよ」

 神門がふわっと俺の横に来て、急に小声になり耳元で(ささや)く。

「葵はああ見えてMだから、イジられるほうが好きなんだよ」

「神門、聞こえているぞ」

「違う? だって僕が葵をやり込めると、恍惚(こうこつ)とした表情を浮かべてるじゃない」

「あれは感心しているのだ! お前の狡猾(こうかつ)さに!」

「ね、ちょろいでしょ」

「政治に変な事を吹き込むな!!」

「怖い、怖い」

 あ! 俺の中で(ひらめ)くものがあった。このズルさはっしこさは、もしかして、初日の事件は神門の仕業(しわざ)なんじゃない?

「神門、俺のこと先輩に吹き込んだのお前じゃねーの」

「さーね、確かに幼馴染だけど、政治が入学してくるのは僕にも分からなかったからね」

 うわ、怪しいわ。こいつ。いつか探り出してやる。

 そんなやりとりを交わしている間も、神門は終始(しゅうし)屈託(くったく)のない笑顔を浮かべ、先輩はやけに満足げな様子だった。


「それより今日の何でここに……」

「そうだ、それだよ!」

 神門の言葉で思い出した。俺はここに呼ばれて、どうすればいいんだ。それを聞かなきゃ!

幕内(まくのうち)先輩、それで俺はどうすればよろしいのでしょうか?」

「幕内か……」

 先輩が、ちょっと口を尖らせて、ぶすっと(つぶや)く。なんで?

「まぁいい。お前の決断が聞きたい。正式に生徒会長になるのか断るのか」

「入学式で任命(にんめい)しておいて」

矛盾(むじゅん)していると分かっているが、私は政治の意思を大事にしたい」

「葵は政治ことが大好きだからねー」

「う、うるさい!」

 神門といると、凛としている先輩がどんどん崩れていく。強引で怖い人かと思ったが、そうでもなさそうだ。むしろ、かわいいところがある。

「実際どうだ、会長になってくれるか」

「そう言われましても」

「私もいきなり全てをやれと言っているのではない。実務は私が引き続きやろうと思っている。もっとも生徒会役員ではなくボランティアという形だが」

「どういうことですか?」

「形式上の問題だ。私は辞任(じにん)しているから、生徒会役員にはなれんのだ」

「辞任!?」

「色々あって、私は罷免(ひめん)される前に辞任したのだ。生徒会もそのときに解散した。皆、私と苦楽(くらく)を共にしてきた仲間だ。私が罷免されると彼らも学園側と私との間で苦悩(くのう)すると思ってな」

「じゃ、いま生徒会って」

「空白状態だ。学校行事の諸々は、もう一ヵ月以上も停止したままだ」

 マジ!? スゲーな、この学校。

「あ、だから暫定(ざんてい)生徒会長なんだ」

「そうだ。辞任した生徒会長は次の生徒会を指名するのだが、その間は暫定生徒会長としてその任を全うする」

「それって新入生でもいいんですか?」

生徒会規約(せいとかいきやく)には制限はなかったな。もっとも一般的には副会長を指名するらしいが」

「幕内先輩、むちゃくちゃですよ」

 また先輩が渋い顔を、俺の言葉に時々、苦い顔をするけど何でだろう。

「色々あるみたいだよ」

 神門が呑気(のんき)に部屋の中央にある応接椅子(おうせついす)に腰かけて言う。指でも立てて、紅茶をすすっていたら絵になったろうに。

「私はどうしても信頼のおける人物に、この職を引き継いでもらいたかった。だから政治、お前なのだ」

「俺?」

「そうだ」

「でもなんで?」


 先輩は会長机の向こうにある木枠(きわく)の窓に両手をついて、遠く学園を(なが)めた。生徒会棟は緑地(りょくち)を抜けた少し高い所にあるので、木々に隠れながらも中等部と高等部の校舎(こうしゃ)がわずかに見える。それを(いと)おしそうに見ながら、モノローグでも語るように話し始めた。

「私はな政治、この学園か好きだ。幼少(ようしょう)の頃から学園を行きかう真っ白い制服のお兄さま、お姉さま方を(あこが)れの想いで見てきた。桐花(とうか)救国(きゅうこく)(いしずえ)となった学校だ、ここを巣立(すだ)った多くの若者が歴史の英雄となり活躍した。そんな英雄達の物語を、私は祖父(そふ)の膝の上で何度も聞かされた。私も大きくなったらここに通い、学び()の伝統を守り伝えたいと思ったものだ」

 急に始まった昔話に、俺は先輩が何を言いたいのか分からなかった。だが、感情一杯に語るものだから、気楽に割って入ることも出来なかった。

「この古い建物も、歴史が(つむ)いだ伝統も、自由すぎる生徒も、どれも等しく(いと)おしい。どれも私にとって大切なモノ達だ。守りたかった。……だが、それも無くなる運命にある」

「無くなる? この学園が?」

「そうだ、まだ詳細(しょうさい)は言えんが、このままでは、この学園は早晩(そうばん)無くなるだろう」

「……」

「私の力ではどうにもできなかった。だが政治となら守れるかもしれない。お前となら、私はもう一度。だから私に力を貸して欲しい。今度は一緒に……」

「そんな、いきなり!」

「政治、ここは『任せろ!』って言う所だよ。かっこいいよ」

 バカいうな! そんな刹那(せつな)のかっこよさに、一年間を棒に振っていいのかってーの。

「言うかよ! 生徒会長って人望だろ。生徒課長くらいなら俺にも出来そうだけど」

「学園が無くなったら、また受験だよ」

 銀髪(ぎんぱつ)を指でいじりながら、気楽に言ってくれちゃって。

「そっ、それは……マズイ」

「しょうがないなぁ。(あおい)懇願(こんがん)しているのに。うーん、じゃ僕も手伝ってあげるよ。それならどう? ちょうど葵に恩を売っておきたいと思っていたところだし。三人なら何とかなるんじゃないの?」

 なんの貸し借りをしているんだ、この二人は。その先輩は、潤んだ瞳で俺を見ている。うっダメだ。俺はこの手の顔に弱いんだ。昔から。

「ダメか?」

「……」

「政治……」


「分かりました! 分かりましたから、その顔はやめてください。ちょっとだけですからね。本当にちょっとだけ。そんな難しい交渉(こうしょう)とか判断とか出来ませんからね。それでいいですよね」

 先輩の顔がぱぁと明るくなる。

「ありがとう!! 政治! やっぱり政治だ!」

 涙目で、もう抱き着かんという勢いの喜びようである。実際そうなりそうになったが、神門の手前か先輩は直前で思いとどまり、大きく広げた手を所在(しょざい)なく戻した。

 かわいい人だと思う。なんだか懐かしい、憎めない人だと思った。

 でも……


 やっちまった。甘い言葉と潤んだ瞳に、とんでもないものを引き受けちまった。うっかり(つぼ)とか買っちゃう人って、こういう心境なんだろうな。絶対、朱竹(しゅちく)の掛け軸とか壺とかには近づかないぞ。あと水晶玉にも!

 人生の禁忌(きんき)を心に刻んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ