2章-34
現在、生徒会は四名で回しているが、他校はどうなのだろう。この人数で生徒会の運営が出来てるのって、結構、頑張ってると思うのだが。
実は俺は、生徒会が主催する、『学年別親睦遠足』を思いっきりすっ飛ばしている。
本当はゴールデンウィークの前にやらなければならないイベントなのだが、俺の引き継ぎが悪くて、うっかり忘れてしまったのだ。
ずいぶん後になってから、水分に「遠足があったはずだけれど」と聞かれた。
慌てて先輩に確認したところ、「とてもそのような状態では無かったので、学校側に中止を提言したのだ」と、事の顛末を明かしてくれた。
先輩には「勝手にやって済まなかった」と謝られたのだが、勿論、怒る筈もなく、ただただ申し訳なくて、お互いに頭を下げあった事が覚えている。
あれからメンバーは二人増えているが、万事が生徒主体の桐花では、生徒会活動は、かなりの負担になっていると思う。
だから事件だけじゃなく、生徒会の頑張りも伝えてあげたい。
大江戸じゃないが、無賃労働で、結果だけ求められるんじゃ寂しすぎる。
今回だって、誰もが生徒会の領分を越えて頑張っている。でも、殆どの人はそんなこと、知らない。
いつか「そういう見えない所も報道して」と、ヨミ先輩に頼もう。
けど……毎回、重大ニュースが多すぎて、そんな牧歌的な記事を書くスペースなんか、ありゃしないんだよ!
理事会との合意は、翌日の記者会見で発表され、ニュース速報や新聞に即掲載された。
報道新聞部は、削減で桐花がどう変わるかを書くばかりだったが、第二新聞部のヨミ先輩は、『削減が承認されたと言うことは破綻は本当だった』と、明確に書いてくれた。
この一言は、矛先を理事会に向けるには大きかったと思う。
勿論、俺が退学の瀬戸際にいたことは書かれていない。
危なかったよー。益込姉に、「理事会との交渉はこれからです」なんて言ってたら、確実にスッパ抜かれていたと思う。ありがとう、神門様っ。
生徒会広報も公示され、我クラスでも予算削減が本格的に始まることに動揺が走った。
といっても外部生は、学食が高くなるだけの変化である。
山縣は、「学食上がんのかよ、気楽に食えなくなるなぁ」程度の反応だ。
赤羽も、「俺は弁当だから関係ねーし」と、さしたる怒りも不満もない。
外部生はもともと庶民なので、俺が削減・停止! と叫んだことで感情的な反応をしたものの、実態、自分の生活に変化が無いと分かれば、あっという間に元の平穏な日常に収まる。
それよりも、サロンが活動を停止すること、特権階級の没落の方に、溜飲が下がる思いをしたようだった。
差し引きゼロ。
そんな感じだろう。
当の特権階級は、理事会が言うのだから『削減やむなし』と分かっていても、火の粉が自分に降りかかる事には、不満が高まっているようだった。
特に二年生の受け止めは厳しいらしい。
それを教えてくれたのは、ヨミ先輩。
二年は去年の事もあり、生徒会への不満が高い年次なので、俺と先輩をセットで悪者にしがちだそうだ。
わざわざ、報告に来てくれた。
「よう、瑞穂~。キャッチボールしようぜ」
「またですか」
「だって、女子じゃ相手つとまんねーし、男子の前じゃできねーだろ」
「俺も男子ですよ」
「瑞穂は特別だよ」
グローブを持って二人で、生徒会棟の裏に向かう。
貴賓室の、いかにも高そうなロココ調のキャビネットの中には、いかにも不釣り合いなグローブとボールが入っていた。
こいつはもう、キャッチボール専用の道具箱だ。ロココも泣くよ。
「特別って、なんで?」
「うれしくねーのかよ、女の子に特別なんて言われたら、フツー男子は飛び上がって喜ぶもんだぜ」
「それは、『だぜ』なんて言わない女の子に言われた場合です」
「瑞穂は、ホントかわいくねーな」
「それは結構で。ヨミ先輩行きますよ。生徒会が始まるまでですからね」
「おうっ!」
生徒会棟の裏に付くと、先輩は勢いよく俺から離れ、肩をぐるぐる回して軽いウォーミングアップを始める。
そしてべったり地面に手が付くほどの前屈。
女の子は体が柔らかいなぁ。
「おうっし! 行くぞ!」
全開の笑顔を俺に向けると、ヨミ先輩はセットポジションからストレートを投げた。
ボールはシューと空気を切って駆け抜け、狙った通りに俺のグローブに納まる。
パシンと乾いたイイ音が棟の裏に響く。
ほんと女の子とは思えないくらいコントロールがいい。
「相変わらず、コントロールいいですね」
「あたりめーだ。オレ、ピッチャーだったんだぜ」
俺もボールを投げ返す。まだ体も固いし肩も温まっていないので、初球は思ったところに投げられない。
ボールは少々高めになり、ヨミ先輩は軽くジャンプして受け止める。
「ノーコン」
「まだ初球ですって」
「ま、でもよ、瑞穂も素人の割には、うまいんじゃねーの」
「また、上から目線だもんな。ヨミ先輩はどこの野球解説者ですか」
「いいんだよ、オレは」
「なんでですか」
「リトルリーグじゃ、エースで四番だったからだよーん」
「まじ!?」
「まじだよ~ん」
「じゃバッティングも」
「ガキの頃からバッティングセンターに行ってたぜ、140キロとかバンバンよ」
「へぇ~」
「おっ、尊敬した? 尊敬したろ。オレのこと」
リズムよく響く、パシンという捕球音をBGMに、俺達のキャッチボールは続く。
「二年の反応はどうですか?」
「悪いね、瑞穂は大分、悪もんだぜ」
「やっぱり」
「葵先輩の影響だなありゃ、葵ちゃんが去年の怨み晴らしに、お前と組んでるって事になってるぜ」
「ひでーなぁ」
「しょうがねーよ。ウチらも悪かったんだよ。もともとガラの悪い奴らだったし、白黒つけると面白いだろうって」
「二年の内部生は何をやったんですか」
「二年の話じゃねーよ。あんまし言いたかないけど、報道新聞部が随分煽ったんだよ。内外対立を。オレも記事かいちゃったし」
「そうなんだ、それで報道新聞部を辞めたんですね」
「たしかに暴れたり困った奴らもいたけどさ、そこまで酷くなかったんだぜ、でも最後は葵先輩が力で抑え込んで……」
「ヨミ先輩だけが、責任を感じなくても」
どよりとした空気に、表情も暗くなる。話を変えよう。
「外部生は?」
「部活の奴らは手厳しいぜ。しょうがないのは分かってるけど、こんなんで出来るかっ! って」
「それでも十分な金額だと思うんですけどね」
「戻れねーんだよ、贅沢は素敵なんだって。昔の人はイイこというね」
沈鬱なキャッチボールで、ボールまで重くなってきたのを感じてか、今度はヨミ先輩が話題を変えた。
「やめやめ、こんな話やめようぜ。オレ、キャッチボールのときは野球の事だけ考えたいんだ。I love baseballだからさ」
「そうですね!」
そう言って、強めのボールを返す。俺の投げたボールはあっという間にヨミ先輩のグローブに納まり、さっきとは一味違ったいい音を発する。
「おっ! いい球投げんじゃん。じゃ、オレもいくぞ」
負けじと先輩も、刺さるようなボールを投げ返す。
さっきまで弓なりの軽い運動だったのが、急に野球の練習のようになってきた。
「おお、レーザービーム」
「へへ、だろ。まだまだいけるぜ」
「なんだ、ヨミ先輩、新聞部じゃなくてソフトボール部の方がよかったじゃないですか」
「あれは野球とは別もんだよ。オレは野球がいいんだ」
「へー、どんなところが?」
「わかんねーかな。かっこいいじゃん。球投げて、打つだけなのにスゲー奴らが真剣になって。それを見に球場に2万人も3万人も集まるんだぜ。全員かっこいい」
ほわっとした雰囲気を纏いながら、憧れの芸能人でもみるように、しおらしい表情を浮かべる。
だが、返ってくる球はしゅるしゅると音を立てる速球だ。たぶん80キロは出てるんじゃないだろうか。
「あの雰囲気思い出すだけでも、鳥肌立つよ……」
「じゃ、中等部じゃ野球を?」
ヨミ先輩は、投げようとしたモーションを止めて、ボールを握りじっと見つめた。
そして、込めた想いを切り捨てるように、さっきよりも一段と早い球を俺に投げかえした。
「辞めたよ」