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2章-31

 何、そのいみしんな言葉! 先輩を探しに行かなきゃ!

 たしか先輩はサロンに行くと言ってた。一等サロンは、三年校舎の向こう側だ。


 一、二年校舎から延びる渡り廊下を抜けて、三年生が使う平屋の木造校舎を越えると、うねった西洋庭園の向こうに瀟洒(しょうしゃ)な洋館が見えた。

 用がないから今まで行くことはなかったが、これがサロン。 

 大きくはないが、アイボリーの壁が目に(まぶ)しく、アメリカン・ビクトリアスタイルの存在感がある。


 建物の左側には、ムーミン谷にありそうな、とんがり屋根の張り出し窓があり、窓の向こうに白い服の数名が椅子に座って話しているのが見えた。

「先輩はあそこか」


 来ちゃいけないと言われたが、壁沿(かべぞ)いに窓っぺりに忍びより、死角(しかく)を探して聞く耳を立てる。

 息を殺すと次第に数名の話し声が聞こえてきた。


「葵様は、ご自覚されてますか?」

「瑞穂とは、どのようなお話をされていたのですか?」

 柔らかな口調だが、詰めよる気迫(きはく)が窓越しにも伝わってきた。詰問(きつもん)されている。


「皆様、ご相談が遅れてしまい誠に申し訳ございません」

 先輩の声だ。やっぱりココに来てたか。


「この度は、わたくしの勝手な判断で、皆様へ多大(ただい)なご迷惑をおかけ致しました。なんとお()びを申してよいか」

 ガタっと音がする。椅子から立って頭を下げているらしい。先輩らしくない低姿勢だ。


「葵様、もう決定されていることはご相談とは申しませんわ」

「誠に申し開きの余地もございません」

「瑞穂に言いくるめられたのですか?」

「いえ、生徒会長は関係ございません。学園の財政状況は皆様のご存じの通りでした。わたくが少しでも学園の為にと勝手に進めたことです」

 しっかりとした言葉だが、くぐもる声から先輩はずっと下を向いているのが分かった。


「葵様は、ひっ迫した状況ではないと仰ってましたが」

虚偽(きょぎ)とは申しませんが、わたくしと皆様の認識に相違(そうい)があったことは(いな)めません」

「ええ、まこと。大いに相違があったようね」

「こと今期においては、学園の財政状態はサロンに予算を割けない程の状況でした」

「葵様。会頭(かいとう)としてすべきことは、それでもサロンの予算を確保することではなくて?」

「生徒会長も予算削減に腐心(ふしん)しておりました」


「葵様、私たちは反対しましたよね。外部生を生徒会長に()すことに。あなたはその時、私達になんとおっしゃいました?」

「彼ならば学園を危機から救えると申しました」

「あら、まっすぐでいらっしゃいますね。葵様は。何かしら言い訳でもするかと思いましたが」

 男性と女性の声が入り混じる。


「それは判断ミスでは、ございませんか?」

「いえ、彼は果断(かだん)に事を進めています。瑞穂に問題は」

「大ありです! サロンの予算まで止めろと誰がおっしゃいました!」

「それは彼ではなく私が」

「甘いのです! 葵様は瑞穂に。どこが良いのです、あのような下賤(げせん)の者の」

「……」

「なぜ片棒(かたぼう)を担ぐのです。あなたの一存(いちぞん)で生徒会予算を停止できる訳ないでしょう。もう罷免(ひめん)されて生徒会長ではないのですから。瑞穂が決めたのでしょう? そしてその場に、あなたも居たはずです。舞さんが報告して来ました。知らないとでも思って?」

「……いえ、それを吹聴(ふいちょう)したのはわたくしです」


「罷免なさい。瑞穂を罷免なさい」

 冷たく言い放つ。

「それは薫子(かおるこ)様のご提案でも」

「では、あなたが降りなさい。どうせあと4カ月たらずの任期です。十分やりきったでしょう」


 ちょっ、ちょっと、なんでそんな話になってるんだよ。おかしいだろ。俺の決断でなんで先輩がクビになるんだよっ!


「ちょっと待ってください!」

 辛抱たまらず、正面に回り込み、窓を思いっきり引っ張って開け放つ。古い窓枠のガラスがガシャガシャと暴れ、もう少し勢いが強ければこんな薄手のガラスなど割れてしまうところだった。


「瑞穂」

 気品のある(めん)一斉(いっせい)に俺を見る。

 遅れて頭を下げていた女生徒がゆっくりと腰を上げ、俺を振り返った。

「政治……」

 それは先輩。


「なぜココに居る。理事会ではなかったのか」

「終わりました。あっという間に終わりました。その足でここに」


「下がらせなさい!!! 外部生が来るところではありません!」

 この声はさっき、薫子(かおるこ)と呼ばれた人だ。


「ちょっと待ってください。皆さんに言いたいことがあるんです」

「葵様、やはり瑞穂と結託(けったく)してたのですね。そのやり方は許されませんよ。あなたはどちらの(かた)なのですか!」

「結託じゃないですって。サロンは俺が決めたことですから」

「あなたに聞いていません。(つつし)みなさい!」

 一斉に叱責(しっせき)の言葉が飛びかかる。


水分(みくまり)さん、阿達(あだち)さん、あなた達は瑞穂と同じクラスでしたわよね。なにか知ってらして?」

 刺す様な眼差しが二人をとらえる。ビクッしながらも、それに答えたのは阿達。

「葵様と宇加(うか)様は、よく瑞穂と行動を共にしていました。当クラスの大江戸歳を生徒会に引き込んだのも宇加様です。わたしには三人がこそこそ動いているのが気になっていました」

「阿達! お前!」

「阿達!? 呼び捨てとは失礼ですわね。()()れしい」

「宇加様、なにか御存じのことがありましたら、お話しして頂けますか?」

 きりっと前髪を(そろ)えた女性が質問する。


「申し訳ございません。私はなにも存じ上げませんので、話せることは何も」

「私の目には瑞穂と葵様は必要以上に親しいと見えていました。ただの生徒会の引継ぎには思えないほど。葵様から瑞穂に近づいていたと思います」

 くそ、阿達め、いらん事をべらべらと。


「どうなのですか、宇加様」

「……そのように思われても仕方ない点もあっと」

「そうですか。宇加様、あなた私達にウソを仰いましたね。4月には瑞穂が強引に葵様を食事に連れ出したと説明されたと思いますが」

「……申し訳ございません。それは、わたくしの事実誤認(じじつごにん)でした」

 水分が小さく答える。


「葵様、困りましたね。あなたはやはり、私たちを売る気なのではございませんか」

「外部生と融和(ゆうわ)はよろしいでしょう。朋友(ほうゆう)との交流は美しいですものね。ですが節度(せつど)が必要です」

 その後を長髪の男性が続ける。

「だが、それは(かく)(みの)。サロンの廃止があなたの目的だったのではございませんか」


 先輩に言葉はなかった。口を真一文字(まいちもんじ)に固く結び(うつむ)いている。


「丁度よいです。瑞穂。そこに掛けなさい。これから会頭の信任(しんにん)を問います」

 薫子と呼ばれた子が目配(めくば)せすると、長髪の男子が大声を発した。


動議(どうぎ)を発動する! 会頭の解任(かいにん)を問う!」


 先輩は静かに席に着いた。

 ・

 ・

 ・

「俺のせいですよね」

 無言で俺の横を歩く先輩がいた。


「俺が居なければ、こんな荒事(あらごと)にならずに済んだのに」

 先輩の後ろに、両手で(かばん)を持った水分が歩いていた。


「恥ずかしいところを見られた。お前に解任劇(かいにんげき)を見られるとはな」

 ふふっと笑うのが、いたく(さび)しい。


「瑞穂くんは、いろいろ余計なのよ」

「そう言うな、それが良いのだ」

「葵さんは、おかしいです! もう信じらんない! だって瑞穂くんが乱入してきたせいで解任されたんですよ!」

「宇加、残す任期は4カ月だった。それに政治がいなくても、私は解任されていただろう。自然な流れだったのだ」

「自然なもんですか! それに私はどうするんですか、もうっ」


 珍しく水分が荒れている。しょうがないと思うが、俺は何も言えた義理じゃない。

 まったくこうなることは考えなかった。ひょいひょい出て行って、いいように利用されて帰ってきたのだから。


「すまない、宇加。宇加には迷惑をかけっぱなしだ」

「葵さんを責めてるんじゃないんです。全部奪われて、どうするんですかっ」

「私の事は気にするな。なに、特別内部生まで剥奪(はくだつ)された訳ではない。お前が思うほど悪い事態ではない。宇加は今迄通(いままでどお)りの生活を送ればよい」

「わたし一人で、サロンに行けっていうんですか! どの面下(つらさ)げてあそこに行けっていうんですか!」

「……そうだな。すまん」

 水分には目を合わせず、背中越(せなかご)しに話す先輩。その肩の影が夕焼けにしっとり伸びていた。


「水分、ごめん。サロンはもう……」

 言いかけて、先輩が俺の口を止める。

「私から」

「決めたのは俺ですから」

「いや、宇加には私から話したい」

 小声のやりとりを怪訝(けげん)に見つめる水分を感じながら、先輩は「うむ」と目で答えて、水分に向き合った。


「宇加、金が無くばあやつらは動けん。名有(なあ)りて実無(じつな)し。サロンは自然に解体(かいたい)するだろう」

「……」

「お前もサロンを出ろ。我らは長居(ながい)しすぎた。神門のように静かに消えるべきだったのだ。読めぬ我らが愚かだった」

 先輩は優しくも自然解体という表現を使ったが、実際は強制解散だ。


「もうそうするしかありませんっ」

 ぷいっと横を向いて、見たこともなく先輩に辛くあたる。


「俺が決めたんだ。水分」

「瑞穂くんは、しゃべんないっ!!!」

 俺にはもっと手厳(てきび)しい。


 俺達が前に進む程に、先輩の居場所が消えていくのが辛い。

 思えば、先輩が俺に記念堂の鍵を手渡してくれた辺りから、先輩はもう、出会った頃の純粋でキラキラした笑顔を向けられなくなっていたと思う。

 時は急速に俺達の関わり変えて行く。

 それは先輩が望んだことだとしても。、だとしても俺は彼女を傷つけるために変わったんじゃない。

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