2章-29
翌日の新聞は、部活動報告会の評価が大きく分かれた。
「部費20分の1! 活動停止の部も」と見出しをつけたのは、報道新聞部。
ヨミ先輩は、「大幅な部費圧縮! 学園の存続に各部協力」を見出しにしている。
あいやー、同じ事してもこんなに違うんだねー。
読む記事で、思い込みも変わっちゃうよ、コレじゃ。
新聞として姿勢は、第二新聞部の方が真っ当だ。
アウトラインも、よい悪いではなく、『やったこと・決まったこと』が簡潔に書かれているし、言葉では説明が難しい予算決定の方法は、柄にもなくイラストで補足説明がなされていた。
やるな、ヨミ先輩。分かり易いし読みやすいよ。クッジョブ!
まずは事実を知りたい読者のニーズに合っていると思いますです。ハイ。
一方、報道新聞部は、所々に扇動的なフレーズを散らしており、事柄よりも感情にフォーカスしている。
『存続すら絶望的な予算に、肩を落としてうなだれる馬術部、結城部長』って、写真に付いたコメントとか、大分煽ってると思うけど、どうでしょうかねー。
一応、納得済みで決着ついてるのに。うーん。
「あー、会長さんだ~」
おや? このぽやんとした声は。
「ウチの壁新聞見てたんだね~」
「ええ」
後ろ手に歩いてきた益込先輩が、小さく手を振りながら俺の横に並び、壁新聞を眺める。
益込先輩はちっこい。150センチはあるだろうか。俺とは結構な身長差があるので、横に並ぶと見えるのは栗毛の分け目のみ。と、その下の身長に合わない大きな胸のふくらみ。
「むつかしい顔だね~、もしかして会長さんは舞たちの記事に、ご不満なのかな?」
「不満じゃないですけど、ちょっと」
「ちょっと、何かな?」
会話の呼び水となるようにか、軽く微笑みかけて斜めに俺を見上げる。
姉妹そろって、人懐っこい笑みなんだよなぁ。つい、要らない事を喋ってしまうのはそのせいかも。気を引き締めよう。
「活動停止って云うのは、ちょと言い過ぎじゃないかと思って」
「そうかな、そうなっちゃう部活もあると思うよ~きっと。それに皆の気持ちは、そのくらい深刻だったんじゃないかな~。それをちゃんと伝えなきゃだよ~」
「それ、益込先輩の推測も入ってますよね。ちょっと」
「むぅ、会長さんは、舞が適当なことを書いてるって言いたいの~?」
「そんなことはないですって。ただ新聞ですから」
「だからぁ?」
「事実をベースに」
「やっぱり、記事が不満なんだ。がっかりだよ~。じゃ、ヨミちゃんの記事はどうなのさ~」
まさに、ぶーという不満な表情をつくり、頬を膨らませて俺を見上げる。
「ヨミ先輩のだから、いいとか悪いとかないですよ~」
「じゃ、ヨミちゃん記事の感想もきかせてよ~」
どう言ったら、平たく納まるんだ~?
先輩だったらどう答えるんだろう……。だめだ、俺と同じで正面突破、正直に答えて大喧嘩になりそうだ。
神門だったら、うまく言うんだろうな~。
どんな感じかな~、う~ん。あかん、だんだん脳内の口調が益込先輩になってきた。
コメントに困り冷や汗をかいていると、遠くから俺を呼ぶ声がする。
「政治ではないか」
声をかけてきはのは、ちょうど通りかかった先輩。
「先輩! こんなところで。珍しいですね」
「ああ、食堂のスタッフに小用があってな。政治は新聞か」
「はい」
壁新聞は、人通りの多いところを選んで張り出される。中央階段の踊り場や各階の掲示スペースは縮小版だが、下足や食堂前は大判が張り出されるので、じっくり読むなら放課後の食堂前はベストポジションだ。
相好をほころばせて、歩みを早める先輩だったが、隣にいるのが益込先輩だと気づくと、おもむろに口許を結び表情を引き締めた。
「益込……か」
「あら、葵様」
益込先輩は、僅かに浮かべた笑みを絶さず、その代わり僅かにも表情を変えず、先輩を見つめている。
先輩は、ちらっと俺をみると、険のある目で益込先輩を睨みつけた。
危険な何かが交わされているような、無言の緊張。
「益込、私の話は覚えているな」
「なんのことかな~」
「とぼけてもらっては困る」
「怖いなぁ~。葵様、知ってる? それって報道の自由に対する挑戦だよ~」
「悪意がある報道に自由はない」
「なんで悪意があるなんて分かるのかなぁ~」
先輩は珍しく腹が立っているようで、一歩大きく踏み出すと俺の手をはしっと取った。
びっくりした!
それがあまりに唐突だったので、あわや益込先輩に手を挙げるのかと思ったのだ。
「政治、行くぞ!」
髪が跳ねるほど勢いよく背を向け、俺の手を肩が外れる程に強くひっぱる。
「舞は、まだ会長さんと話してるんだけどなぁ~」
「興味本位に過去を暴くのは、報道とは呼ばない。もう話すことはなかろう」
「じゃ生徒をないがしろにして、生徒会と呼んでいいの」
益込先輩は一瞬だけぞっとする声色を作ったかと思うと「なんてね~」と、またさっきまでのキャラ作った声に戻っておどけてみせた。
「政治、気にせんでよい」
「会長さん、今度は楽しいお話しようね~。今度はヨミちゃんと遊びにいくよ~」
交わされた不思議な会話に、どうやら二人は俺の居ないところで話をしていたらしい事が分かった。それが分かったのは良かったが、ここで二人に出会ったのは、間がいいのか悪いのか。
どんな話だったのか先輩に聞きたいところだが、『過去を暴く』と言った言葉が気になって、俺はその真意を聞くことはできなかった。
「政治、益込姉妹には、あまり近づかん方がいい」
「ヨミ先輩もですか?」
ピクリと俺の手をとる右手に力がこもる。
「……政治の判断にまかせる」
俺を心配して言ってくれた言葉には、グレーの色がついていた。
そんな歯切れの悪さを抱えたまま、俺は理事会へ、先輩はサロンへと、其々の戦地に赴かなければならなかった。