2章-28
「結果は、明日の理事会で承認をもらい次第、皆さまにお伝えいたします」
「早くて助かるよ、生徒会長。ウチは今週末に支払いがあるんだ。頼むから落とさないでくれよ」
やっぱり、ギリギリの部活があったんだ。それで協力しているのもあったんだな。
やっと終わった報告会に、俺達が大きく息を吐き出して椅子にもたれていると、報道新聞部の部長とヨミ先輩がやってきた。
歩き姿が良く似ている。確かに、これは姉妹だ。
「あはは、二人とも雰囲気が似てる」
「政治、笑い方に元気がないよ」
「こんな緊張を強いられて、元気な奴なんていねーよ」
「だね」
椅子に体を伸ばして、もう少しだらりと話の続きしたいが、声の届く範囲にきた二人が話しかけてきた。
「こんにちは~、生徒会長さ~ん、いま話しても大丈夫~、それともお疲れ~?」
「いえ、大丈夫です」
あれれ~、ヨミ先輩と随分、性格違うなぁ。もっとちゃきちゃき江戸っ子ファミリーかと思ったのに。
見た目も、ぽよんとしているというか、太ってないけど、ぽっちゃり安産型だし。
顔つきも、ヨミ先輩は目鼻がはっきりした男顔だけど、お姉さんは丸顔でふっくりしているし。
ふんわりボブのくせっ毛だけは似てる気がするけど。
「取材だよ~、生徒会長さんに~、スゴイ方法で決めちゃったね~、舞はびっくりしちゃったよ~」
『わきゃっ』と腕をよせて驚きを表現すると、大きなバストがむぎゅっと前にせりだしてくる。
中身の、みっちり詰まった、ピチピチのベストのボタンが、今にも弾け飛びそうだ。
自然とそこに目が……。
横にいるヨミ先輩の視線が冷たい。
「あれは誰が考えたのかな~」
「ええーと」
「僕です」
神門が自ら答える。すると報道新聞部の部長は、神門の華奢な手を両手でとって、「すごいねー、すごいねー」と感嘆し、神門の手をぶんぶん振り回して握手を繰り返した。その度に大きな胸がベスト越しにも、ぽむぽむと揺れるのが分かる。
いかん、いかん、つい目がそっちに行ってしまうのは男の性か。DNAの力は怖いな。Y染色体ってやつは偉大だ。
「えーと、あなたは報道新聞部、部長のまふこめさんですよね」
「うん? 会長さんは滑舌が悪いなぁ~、ま・す・こ・めだよ~。益込舞だよ」
「はい、まふこめさんの噂は、妹さんの世美さんから伺っていました。とても敏腕の記者だと」
「ほんと~、ヨミちゃんが~?」
「ねぇ、ヨミ先輩、お姉さんは凄いって話してましたよね」
「したっけ? 覚えてねーよ」
なー! 何、不機嫌なんだよ。この人。言ったじゃん、この前そんなこと。そうだねって言ってくれないと、なんか俺がお姉さんのご機嫌取りしてるみたいじゃない。
目で、「なんでちゃんと言わねーんだよ!」と怒ると、ヨミ先輩は「知るか! べー」と舌を出して応戦してくる。
理不尽だ!
「ん? 会長さんはヨミちゃんと仲がいいんだねぇ~。ねぇ、会長さん。会長さんは、滑舌が悪いから私の事も舞でいいよ~」
「え、いやそんな先輩に向かって名前で呼ぶのはちょっと」
「だって、ヨミちゃんのことは、ヨミ先輩じゃない。じゃわたしは舞先輩だよ~」
「いえ、いきなり馴れ馴れしいですから」
「いいんじゃねーの。ねーちゃんの事、呼び捨てにしても」
「先輩!」
いや、そこ俺をフォローするところでしょ。
そうだ神門。こういうときはコイツが頼りになるんだ、と思ってぱっと横を見ると、ニタニタ笑って俺を見ている。
ダメだ。この顔をしているときにヘルプを求めると、傷口が広がるパターンだ。
大江戸は!?
なんか難しい経済の本読んでるし。興味すらない。コイツダメダメだ。
「あー、いー、うー、えーと。取材ですよね。取材。なんの話でしょうか」
「あー、誤魔化した~。何か後ろめたいことがあるのかな~」
「ありませんよ。清廉潔白です」
「あのね~、むつかしい言葉を使うときって、嘘をついてる時が多いんだよ~。知ってた~?」
「え、そうなんですか。知らなかったなぁ。先輩は物知りですね、あはははは」
「うふふ、会長さんは分かりやすい楽しい人だね~。わたし好きだなぁ~、こういう人って~」
うふっと言って、後ろ手を組んで微笑むと、また胸のあたりがぽよんと動く。
動くと見ちゃう。
やべっと思ってヨミ先輩を見ると、目が軽蔑している。
いや普通でしょ、それって他意のない普通の事でしょ! 電車の中でおっさんが薄い髪をかきあげるのを自然に見ちゃうもの、それ薄毛が好きだからじゃないから!
「ねーちゃん!」
「どうしたの、ヨミちゃん、なに怒ってるのかなぁ~」
「……何でもねーよっ」
「乱暴な言葉遣いはだめだぞ~」
益込先輩がヨミ先輩の額をちょんと指で突くと、ヨミ先輩は、チッと舌打ちしてそっぽを向いた。
あー、分かるわ。こりゃヨミ先輩、部活辞めるわ。全く対照的なのに、弱点全部握られてイイように転がされる感じ。
ヨミ先輩ストレートだもんな。この対応は一番苦手だわ。
「ごめんね、会長さん、ヨミちゃんは会長さんの事が好きなのに、テレやさんなだけだから~。怒らないであげてね~」
「ねーちゃん! オレは別に瑞穂のことは」
「でも会長さん、ヨミちゃんは止めた方がいいかも~。こんなんだから、学校が大変でも慰めてもらえないよ~」
「そんな、慰めてもらうなんて」
「だって会長さん、これから大変なんだから、いろんな人に助けてもらわないと~」
「大丈夫です、ヨミ先輩には随分、」と言おうとしたところで、神門が俺に覆いかぶさってきた。
「政治~、ヨミちゃんはダメだな~、僕がいるじゃない」
な、なんだよ急に。その引きつった笑顔は。まだ続いているの、例のアレ?
「う~ん、神門様は男の子さんだから、会長さんとはラブラブにはなれないのよ~」
「親友ですし、問題は生徒会で協力して解決していきます。ご安心ください」
「そうなんだ~、それは安心だね~。それで協力して理事会も落としちゃったんだ~」
「理事会は明日、僕が行ってそこっ」と言おうとしたところで、神門がまた俺に覆いかぶさってきた。なに!?
「理事会の対応は大変だったよね~、僕が理事会に怒られたら政治は僕を慰めてくれる?」
「あ、ああ、神門には世話になっているからな」
「ありがとうっ! 政治!」
がばっと俺の胸に飛び込んでくる神門を受け止めると、俺はバランスを崩して椅子に座ったまま、ステンと後ろにひっくり返ってしまった。神門を抱えたままで。折り重なるように。
丁度、俺が下で神門が上から四つんばいで俺を覗き込む態勢に。
この態勢には、嫌な思い出が。
「おー、熱烈だね~」
「ちょっと、コケただけですから! そんな変な関係じゃないですって。記事にしないでくださいよ!」
「うふふ、どうかな~。ところでヨミちゃんったら、ツボにはまっちゃったみたいだね~。これはもう、ダメかな~」
ヨミ先輩は真っ赤になって、悶々と瞳を輝かせている。鼻息。ヨミ先輩、鼻息が聞こえてますよ。
「今日はもういいよ~、ヨミちゃんを出し抜くのは悪いもん~。明日、また二人でくるよ~、またね~」
益込先輩は、大きな身ぶりで挨拶しながら、俺達を一人ずつ見つめて笑顔を振り撒くと、踵を返して出口に向かっていった。
後ろ手に手を振って、さよならするところは、ヨミ先輩と同じだが、まるで似てない姉妹である。
「はぁ~」
緊張が解けたのか、神門が俺の上で仰向けになって重なる。
「危ないよもう。確かにするっと話したくなるけど、引っかかってる自覚ある? 政治?」
「え、いつ?」
「僕が、被さった二度ともだよ」
「?」
「後で教えるよ。ちゃんと約束、果たしたからね。釣りあげられる前に」
ところで……
「ヨミ先輩、お姉さん、帰っちゃいましたよ」
「ヨミ先輩!!」
「お、おう」
「何、妄想してたんですか」
「してない! してないから」
すっとんきょうな声でバレバレだっての。
「明日、また二人で来るそうですよ」
「えっ明日も二人で? やっぱり男同士はいいよな。友情! うん、男の友情!」
だめだ。聞いちゃいない。こりゃ、ヤル気スイッチ入っちゃったわ。
「俺達をネタに同人誌とか、かかれないように気を付けような」
「同感だね」
「ホント、うんホント、ホント」大きく頷くヨミ先輩。
アンタの事を言ったんだってーの!