2章-27
講堂は、新田原、大江戸、神門が頑張って椅子を並べて準備をしてくれていた。
各部の部長は、もう8割がた集まっている。
今日ばかりは全員が居ないとスタートできないのて、112部活、全てが集まるのを見届けてから、俺達は例の作戦をスタートした。
「本日の報告会で予算を決定します。皆さんご存知の通り、当学園は財務的に非常に厳しい状況です。先般申した通り100億円の予算はおろか、20億円の予算を取ることすら困難だということを先にお伝えしておきます」
流石にあの爆弾発言の後だ、いきなり金を寄こせと言い始める部活はない。
「その限られた予算の中で、適正配分を行いますが、生徒会では申請額が適正か否かを判断するのは非常に難しいのです。そこで今回は皆さんの予算感を参考にした方法で金額を決定します。予算確定方法の説明は、副会長の神門から行います」
神門が、俺達に説明した入札方式を説明する。
彼の澄んだハイトーンボイスが講堂に広がる。要点を押さえて、淀みなく行われる説明は、朗読を聞いているようだ。
「……このような方式です。皆さんが他の部の適正予算が分からない場合は、発言はしなくても結構です。また当該部活も含めて発言が全くない場合、もしくはゼロ円とした場合は、生徒会に予算の決定権を委託したと判断して、こちらで良きに予算を決めさせて頂きます。ご質問はありますか?」
あまりにシーンと聞いているので、質問はないかと思ったら、そっと手を挙げた人が一人いた。
「英語ディベート部の佐久間です。活動内容が分からない部長が他の部の予算を指定するのは、合理性に欠くのではないでしょうか」
ディベート部! その名に恥じない質問だ!
「そうですね。その側面は否めません。活動内容は当該部活ですらも適正かどうかは判断できないのです。今回はそのような全てが不確定な情報の中で、それでも少しでも納得性のある予算を編成しようする方法です。妥当ではなく納得を優先にしています。多くの外からの視点を入れて判断をするのはそのためです」
神門が、やさし~い、やさし~い笑顔で、ゆっくり回答を伝える。
言葉に詰まることもなく、姿勢を正して部長一人一人を見るように話していくのが実に紳士的。
近くに座る三年女子、この子はフラワーアレンジメント部の部長だけど、うっとりしながら神門の頷きのリズムに合わせて聞き惚れている。
なんて共感性の高い子なんでしょうと思ったけど、そうなっている部長は男女を問わず多く、話し方によってこんなに受け取られ方が違うんだと、感心してしまった。
本気の神門は怖いなぁ。
「ご理解の助けになったでしょうか?」
「わかりました」
佐久間さんは、うんとうなずくとそれ以上の質問を止めた。
どうやらやり方は納得してもらえたようだ。神門が特別内部生だってのもあるけど、あんなに荒れてたのがウソみたい。
ここから、また俺にバトンタッチ。
「よろしいでしょうか。このやり方で予算を決めさせて頂きます。今回の原資として予算を決めるのは5億円分です。理事会が正確な情報を出さない以上、上限一杯で予算を組むのは危険だと判断しました。まずはこの額で最小限の予算を執行し、事実関係が分かり次第、追加予算を組む予定です」
来るかっ、怒りの鉄拳がっ! と思ったら。誰からも声が上がらず、想定外に静かな承諾がなされた。
どうやら、各部とも揉めるより金が欲しいところまで追い込まれているのかもしれない。
これは行けそうだ。
「では、この総額、この方式で各部の予算を決めます。金額判断の参考になるように皆さんから最初に頂いた予算申請書を、後ろのプロジェクターに投影します。これについて許可いただけますか?」
YESと言うしかないだろう。NOと言えばお前の部は見せられない理由があるのかと問われてしまうから。
「ありがとうございます。では皆さんよろしくお願い致します」
・
・
・
112の部活の予算を決めるには3時間以上の時間がかかる。
どの部活から予算を決めるかは、くじ引きになった。文句が出なければどこの部活から決めてもよい。俺の意識は5億円以内に収める以外に向いていない。どの部が幾らになっても正直、構わないのである。
トップバッターは囲碁部だった。
用意したプロジェクターに、囲碁部の当初申請額が表示される。
部員数:8名
申請金額:6、500万円。
申請理由:部員勧誘、台湾合宿、国内合宿、地域碁会所への参加費・交通費、部室の維持、調度品の新調等
もっともらしい事が書いてあったが、明らかに多すぎる金額だと思っていた。どこにどう使えば、こんな額になるのだ。
発言は予想通り、活動の離れた運動系部活からは上がらず、同じ文化系の中でも同じ系列の部活からあがる。
「500万円くらいではないでしょうか」と言ったのは将棋部。
将棋部の申請額は8、000万円だったはず。随分少なく言ってきたもんだ。5億円だから100個の部活で割って500万円と考えたのに違いない。
「200万円で十分では? クイズ部は部員が10名で囲碁部より少し多いけど、5、000万円を申請しているから」
囲碁部の部長は神妙な顔をしている。明らかに少ないからだろう。
欲しい金額からみたら、10分の1以下を言われている訳だが、例えここで半額の3、250万円と言っても、原資が少ないのは周知なので、お前の部はどれだけもって行く気だと責められるのは必至。同胞になりそうな文化系の部が、予想以上に少ない金額を言ってきたものだから、大きな事も言えないといったところか。
囲碁部の部長は、考えあぐねた末に、他の部活が金額を言い終わった最後の最後に口を開いた。
「800万円で」
苦しい金額だ。言ったところで上と下は切り捨てられる。無意味な発言と分かっていても言った事実を残したかったのだろう。
こんな重い雰囲気のなか最初の値踏みが終わった。
要した時間は5分。これ続けたら550分だよ~。夜中になっちゃうよ~と思っていたが、二件目、三件目とペースが上がり、十件目の郷土芸能部に至っては脅威の1分という短時間で終了した。
大江戸がPCに金額を打つ暇もない。
そんなハイペースの中で、もっとも時間がかかったのが馬術部だった。
運動系の部活は、お金がかかると思っていたが、俺の考えは間違っていた。維持費かかかる部活が一番キツイのである。
馬術部は、馬と施設の維持に金がかかっている。
学園内には馬の預託施設があり馬場もある。それに馬の健康管理や飼葉の購入。有資格の担当者が必要とのことで、その人件費も計上され、申請額は破格の3.5億円!
「ラクロス部の妹背牛です。さすがに3.5億円は多すぎませんか。原資が20分の1なんだから比例圧縮して、1750万円とか」
馬術部の部長、結城碧さんが、金切声を上げる。三つ編みの品の良さそうなお嬢さんだ。
「無理です! そんな! それじゃ飼葉も購入できません」
「それにしたって3.5億円はないって。元が5億円なんだから」
「けど、それじゃないと、もう廃部しか……」
悲鳴に似た拒絶と絶望的な沈黙に、 他の部の部長は言葉を失ってしまった。
計算通りの金額を出した、ラクロス部の妹背牛さんは、いきなり悲壮感溢れる状況にしてしまった責任を感じて恐縮している。
まるでここにいる100名が、口の狭いビンにぎゅうぎゅうに押し込められたようだ。
だが出口のない暗鬱としたビンのフタを、優しい女性の声が開栓する。
「ねぇ、碧。どこまで削れるの?」
「いっぱい、いっぱいだよ。去年もギリギリまで切り詰めた予算だって、前部長も言ってたし」
「馬は他に預けるとかできないの」
「だって、預託より安くするために学園に施設作ったんだよ。無理だよ」
たぶん同じクラスの仲良しの子なのだろう。なんとかしてあげたくて、一緒に考えてくれている。
当の結城さんは絶望的な金額に泣きそうな顔をしている。
「じゃ、お馬さんは少なくできないの。そしたらお金も減らせるじゃん」
「そんな、自転車じゃないんだよ。生き物なんだよ! ちーちゃん!」
「そうだけど……」
同じクラスの子はちーちゃんと云うらしい。ちーちゃんも結城さんの悲痛な心情は良く分かるのだろう。口ごもってしまった。
編成会議は、また閉塞した。
「いいたかないけど、まだ後ろが詰まってんだ。あと40以上あるのに、もう2時間だぜ」
「分かってるわよ!!」
ちーちゃんが激しい剣幕で、遠くにいる誰か分からない発言者を怒鳴りつける。
周りの人達もビクリとなるほど、耳をつんざく大声だったが、ちーちゃんは、結城さんにそっと肩をくっつけて、うってかわった穏やかなトーンで囁いた。
「碧のところ、お馬さんは何頭いるの?」
「今、8頭だよ」
「計算したら、1、750万円でも、一頭で220万円は使えるんだよ」
「うん」
「ちょっと遠くなっても、お馬さんを全部預けようよ。ギリギリなんとかならない」
「……」
「今、ウェブで調べたら、月々14,5万円で預かってくれる所もあるようだ。もちろん馬術もできる」
大江戸が手持ちのタブレットで検索した結果を告げている。
「この予算では、自前で施設を運営するのは不可能だ。選択肢は二つしかない。馬を預けるか。馬は処分してどこかの馬術クラブと提携するか」
「ちょっと、あんた! そういう言い方ってないじゃないの!」
俺が大江戸を注意する前に、ちーちゃんが結城さんの気持ちを代弁し、大江戸を叱り飛ばした。
「だが、他に案はないだろう」
このバカめ、油を注ぐなっ。
「すみません。生徒会が口をはさむところではありませんでした。大江戸の無礼は僕の失態です。申し訳ございませんでした」
席を立って深々と頭を下げる。神門も何も言わずに立って頭を下げている。
大江戸は、なんで頭を下げるんだという顔をしているが、流れ的に立ち上がり、遅れて非礼を謝した。
むっとして拳を作ったちーちゃんは、少しは溜飲を下げたようだが、その怒りを目に込めて俺達をぷいと見捨てると、結城さんに優しく語りかける。
「むかつくけど、あの人の言うとおりだよ、碧。一番大事な事にお金を使おうよ」
「うん」
「それに、予算の増額もあるって言ってたし。そしたらまた、ここに帰ってこれるよ、きっと」
「そう……かな」
「うん、きっと大丈夫だよ」
その命運を握ってるのは、この余計なことをさらりと言ったムカつく男なのだが。
こんな状況になる部活もあるのだと知っていれば、急に予算を20分の1にするほどムリなんかしないのに。ここまで傷を広げた理事会や生徒会は何をしていたんだと思う。
とはいえ先輩もそこに居たのだから、悪くは言えないのだけれど。
「進めてもらっていい? 大丈夫?」
うーん、ちーちゃんがどこまでも優しい。いい友達持ったよ、結城さん。大事にしてあげてほしいな。
「ありがとう、ちーちゃん。大丈夫だから」
その言葉を聞いて、神門が入札の再スタートを伝える。
ドラマがあったせいで、金額は高めの1、750万から最終的には2、100万円で落ち着いたが、これが実際に使える予算ではない。ここから原資配分されるのだ。ほっとしている結城さんには悪いが、そのことはとても言えなかった。
こんなドラマを交えつつ、112、ではなく第二新聞部が新設されたので113の部活の入札が終わったのは19時20分。
休みなしのぶっ続けで、よく全員頑張ったものだ。俺が終了の挨拶をしたときには、皆、死相のある顔をしていた。