2章-26
俺はまたてっきり、学校の生徒用ブログか何かに上げるのだろうと思っていた。あるいは、新聞部らしく壁新聞とか。
ところが、ヨミ先輩は新聞配達よろしく、大量のコピーを自ら持ち、校内中を走ってバラ撒き回ったのだ。
しかも、第二新聞部を名乗りながら、「号外、号外」と叫んで。
これには、さしもの神門も「想像を超えたねー。やっぱり僕はヨミちゃんが苦手だよ」と複雑な表情を浮かべて肩をすくめてみせた。
これだけやられたら、第二新聞部に興味がない人も手に取るわな。
中身は新聞らしくない対話式になっていた。誰が話したか分かるように顔アイコンが付いていて、内容は正しくマジメに要約されており凄く分かりやすい。
大江戸も、うなる出来栄えだ。
曰く、「あのガサツな先輩とは思えない工夫があるな。ただ、第一号が号外って云うのは、存在するのか?」だとさ。
いやー、秀才は、こんなときも杓子定規のコメントだねー。
しかしまぁなんで俺の周りには、こう変な奴ばかりがいるのだろう。
新聞……いや、ビラに近いかもしれないが、その効果は絶大。
翌朝、諜報に強い赤羽に、みんなの反応がいかがなものか聞いてみる。
「全校集会どうだった? まさか俺、闇に葬られたりしないよな」
「ああ、大丈夫だと思うよ。報道新聞部のニュースのときはやべー感じだったけど、放課後、聞いみたら『生徒会も大変だな』って声もあったし」
「まじっか! よかったー。集会の時は殺気立ってたからさ」
「あれは瑞穂の言い方が、よくねーんだって。俺ですら、お前に言われたくねーよと思ったし。まぁ本気なのは分かったけどな」
「その本気は、内部生にも伝わったかな」
「それは微妙じゃね? まぁ内部生の奴等も潰れちゃヤベーって言ってたけど」
「そうだよな。学園が無くなって困るのは内部生の方だもんな。うんうん、だよな~ですよねー。」
なんで赤羽相手にオドオド聞くのかと思うけど、弱気になっちゃう心情なのよ。
「けどマジかって思ってヤツ多いぜ。俺もだけど」
「そりゃ俺もだ」
「言った本人なのにかよ!」
目を丸くする赤羽。
「だって理事会が、資料出さねーんだもん」
「それ早くしたほうがいいって! 疑ってんの俺だけじゃねーんだからな」
「分かってるって」
「あと、トリプルの奴等だけは違うからな。気をつけろよ」
「ああ、そっちの方がよく分かってる」
赤羽が珍しく真面目な顔をしているのを見ると、俺への疑念は思ったより深い事が分かった。それは何かの拍子に生徒会に向かう負のエネルギーだということも。
軍師の神門とヨミ先輩の奇計に救われたけど、こりゃ短い時間稼ぎに過ぎねーな。いうなれば執行猶予って感じか。
ホント、ヨミ先輩じゃなかったら報道新聞部の論調に飲まれていたと思う。そう思うと今更ながらゾッとした。
そのヨミ先輩は、放課後、生徒会室に遊びに来た。ふら~と。取材じゃなく。
「おい、瑞穂。キャッチボールしようぜ」
「キャッチボール!?」
「できんだろ」
「はい……」
何だか喜色に溢れて、どうしたんだ?
ヨミ先輩が俺にグローブを投げる。それをハンブルしながら受け止めると、「おい、大丈夫かよ?」なんて心配されたり。
バカにされたものだが、ガキの頃、田舎にいた俺は野球ばっかやっていたのだよ。
でもね、
「俺、これから部活動報告会なんですけど」
「まだ時間あんだろ」
「あと30分くらいなら」
「じゃ、それまでいいだろ」
もう、相変わらず強引なんだから。
「先に行ってるぜー」
「どこに行くんですか! ヨミ先輩!」
答えやしない。マイペース!
玄関を出ても誰も居ないので、生徒会棟の裏に行ってみると、ヨミ先輩がボールを上に投げながら、鼻唄まじりに待っていた。
「おう、来た来た。いくぞっ」
「ちょっと、まだグローブっ」
「はやくしろ! 時間ねーんだろ」
もうホント身勝手なんだから。と愚痴る間もなくボールが飛んでくる。あわわ!
ギリギリのタイミングでグローブをはめてボールを取る。
パシリと響くイイ音。
ポワンとした球がくるかと思ったら、あら意外! なかなかの球速である。
「先輩、ホントせっかち」
「ああ、せっかちだよ」
来た球と同じくらいの速さで返球すると、まるで野球少年のような見事なグローブさばきで、俺の球を受ける。
「昨日大丈夫でしたか」
「あー、先生に怒らりちった」
「やっぱり」
「最後に屋上から新聞をばら撒いたのが良くなかったなぁ。『あのゴミは誰が拾うんだ』って、めちゃめちゃ怒られたぜ」
「でしょうね。俺でも怒りそうだし」
「なんだ瑞穂、お前はオレの味方じゃねーのかよ」
「先輩、オレって」
「いいんだよ、お前がチクらねーかぎり問題ねーんだから」
「ヨミ先輩は、みんなの前でもその口調なんですか」
「ん? 違うぜ」
行き交うボールに合わせて会話が続く。
「じゃ、どんなんなんですか」
「フツーだよ、フツー」
「普通ってどんなの」
「フツウっていったら普通だよ。なんだ瑞穂は、そういう女子女子したの期待してんのか」
「いや、そうじゃなくて、やることが破天荒なんで、ヨミ先輩の将来が心配で」
「うるせー、オレだって時と場くらい弁えるんだよ」
「十分弁えて、友達大事にしてくださいね」
「お前にいわれたくねーや」
晴れ晴れしい顔で笑いかける。
「記事、読みました」
「おう、どうだった。我、初号にして号外の新聞はよー」
「ちゃんと俺の言った通りのことが書いてました」
「あたりめーだろ! 新聞なんだから。それ意外のコメントが聞きてーんだよ」
「それが大事なんですって」
「ほら、女の子を喜ばす、いいコメント言ってみろよっ」
「女の子って、ヨミ先輩に?」
「うっせー! お前に取れねー球なげんぞ!」
眉を吊り上げてワザと怒った顔を作る。それが彼女らしくて自然で、俺にはボールと一緒に行き交う会話が心地よかった。
「女の子はそんな球投げませんよ。えーと、ああ、要約が上手かったです。俺が上手く言えなかったところが、ちゃんと分かる文章になってました」
「それも、当たり前だろ。お前、オレのことナメてんだろ」
「そんなことないです。もう一回言いますけど、それが大事なんですって」
「嬉しくねーコメントだな」
「そういう事がちゃんとできる人って言葉づかいが悪くて、ガラが悪くて、変な趣味があっても信頼できます」
「まっっったく、褒めてない!!! 傷ついた。乙女のガラスのハートが傷ついた」
「ヨミ先輩って面白い事、言いますよね」
うわははと笑ってボールを投げ返すと、ヨミ先輩は殆どボールを見ず、被せるように素早く捕球すると、そのままピタリと俯いてしまった。
「砕け散った……」
あれ? ボールが返って来なくなったぞ。
ヨミ先輩がスッと背を向ける。なんか帰ろうとしているような気が。
「ヨミ先輩!」
「帰る」
あれれ? こりゃ様子がおかしいぞ。
急いでヨミ先輩の元に駆け寄り、通せんぼするように眼前に立ち塞がる。ヤバイ、冗談のつもりだったのに。なんで。
「ヨミ先輩」
「んだよっ!!!」
「ごめんなさい。ちょっと調子に乗って言いすぎました」
「……」
返事がない。ヨミ先輩は俺を見ないでグローブを外すと、イライラをぶつけるようにそれを投げ捨てた。明らかにご機嫌ナナメだ。
「ちょっとヨミ先輩! すみません、言い過ぎましたけど、先輩の事を凄いと思っているのは間違いなくて」
それには答えず、俺を振り切って歩き出す。それじゃ困るので無理矢理、前に回ってまた足止めする。
「どけよ」
「ちょっと待って下さい! 悪かったです。でもヨミ先輩とは何でも話せるというか、俺にとってすごく距離が近いというか、心を許せるっていうか、そんなのだからつい悪乗りしてしまって」
「オレはお前の友達かよ」
ヨミ先輩の足が止まる。友達がいいのか悪いのか、その言葉のニュアンスが分からない。
「友達というか、俺にとってヨミ先輩は特別なんです! なんでだか俺も良く分からないですが存在感があって。昔から知ってる人みたいで気を許せちゃって。でも、とにかく無礼だったと思います。済みませんでした」
ズボンの織り目に指を揃えて、最敬礼で頭を下げ続ける。
「いいよ、そんなに必死にならなくたって」
「ごめんなさい」
更にもう一段深く。
「いいって、もう謝んなくても」
さっきとは明らかに違う柔和な「いいよ」に、謝っていた顔を上げると、そこにはちょっと赤らんだヨミ先輩の横顔があった。ほっぺたを指で掻いて拗ねたように誤魔化している。
「記事、生徒会の立場が分かる内容で、ヨミ先輩じゃなきゃ書けない内容だったと思います。理解されない立場に立った」
「うるせーや、分かったようなこと言いやがって」
言いつつ、はねっ毛を指でチロチロいじる。こういう心の声が行動に出る人らしい。
ヨミ先輩は、落ち着きなく目を泳がせると、何か言いたそうなそぶりを見せた。そして二、三回俺を上目に見ると、言いずらそうに言葉を紡いだ。
「なぁ瑞穂……全校集会の最後に言ったアレ、男女平等ってやつ。サンキューな。あれ、オレの事だろ。嬉しかったよ。覚えててくれて」
土を爪先で蹴りながら小さく告げる。
「ヨミ先輩」
「もう時間だろ、早く行けよ。オレも後から行くからさ」
切り替えたように時間の事を言うのを聞いて、ヨミ先輩の不器用さが伝わってきた。
不器用な敏腕記者……か。
こんなふうにしか生きられないのかもしれない。それは苦しいかもしれないけど、そういうところ、俺は嫌いじゃない。
「ヨミ先輩には、自由になって欲しくて」
「……バカ。オレは自由だよ、今でも。ずっと。グローブ! お前のグローブも持っていってやるよ」
「はい、ありがとうございます」
ヨミ先輩は、いつの間にか俺の物になっていたグローブを拾い上げると、大きく左手を振って背を向けた。
もう部活動報告会の時間である。