2章-25
翌日の朝、投書箱を開けたら中身が出てこなかった。
「あれ、空か」と思ったら、ぎゅうぎゅうに詰まっていて、ひっくり返しても中身が出ない。
「紙ってのは集まると結構重いな」
大江戸が投書箱のお尻をポンポン叩きながら、のんきな事を言っている。
他人事ですよね。この方。全力で当事者なんですけど。分かってますか? あなたが真実を暴くんですよ。あなたが真相に辿り着かないと、俺、退学になっちゃうかもしれないんですけど、分かってらっしゃいますかー?
少々冷ややかなツッコミを入れつつ、つっかえを失いなだれ落ちる紙束を眺める。
大江戸は、その意見書を一つ取り上げ、皺を伸ばして目を通す。
「瑞穂の即退任を要求する。理由欄は無記入か」
と言うと、ぽいっと意見書を床に落とした!
「おいおい、貴重な意見を落とすなよ!」
「ん? 理由がない意見など採用に値しないだろう」
「そうだけどさ、生徒会への批判という意味はあるんだから」
「生徒会? いや瑞穂にだろ」
「お前も入ってるから!!! その批判に!」
アホか! もう一心同体だっつーの? この状況下で、悪いのは瑞穂くんですって通る訳ないだろ。
「そうか? まぁ愚民どもにはそう見えるかもな」
「愚民とか言わないの!」
「つくろってもしょうがないだろう。瑞穂も思ってるんだろ。身勝手なフリーライダーだとか、学園がどうなろうと知ったこっちゃない刹那主義者だとか。我亡き後に洪水よ来たれ。後は野となれ山となれ。十代にして衆愚の権化だと」
「ちょっとは思う事もあるけどさ~、それよか、お前、よくそれだけ口からボロボロ出るね。どこかで痛い目にあってるの?」
「まぁな、商売をしているとそう思う時が多いんだ。一応、社長だからな。給料を払う側ともらう側は意識が随分違う」
嫌みが通じないのか、日頃から思うことなのか、他の意見書を手にとっては目を通しながら真に受けた大人びたことを言う。
「社長ね。俺の知らねー苦労もあるんだろうな」
「ああ、あるぞ。在庫をどうするかとか、赤字で約束の賃金が払えないとか。『生徒会の横暴を許すな』か、それを俺達に向けてどうするんだか」
「赤字になったらどうすんだよ」
「それでも払うさ。約束だからな。信用にかかわる。『財政破綻は本当ですか?』だと」
「給料を払ったら売上が減るな。その財政破綻は本当ですか? 財務担当殿」
「売上じゃない経常利益だ。知らん。まだ検証してないからな。学生の起業は難しいぞ。なにせ容易に株式も発行できないし、金も借りられない。赤字の補てんのしようがないから収支がマイナスになったらそれまでだ」
俺も意見書を見ながら大江戸と話す。新田原も神門もその輪に加わってきた。
「早く検証して公開しないと、矛先がこっちに来ちゃうね」
「そうだな。理事会はどう出るかな。『これ、キツイなぁ。生徒会が金を使い込んでるんじゃないのか』だって」
「そういう誤解もや思い込みも正していくのだ、瑞穂。それより部費問題の方を心配しろ」
新田原が気の重い事を思い出させる。
「そうだな、それより先輩はどうした? まだ来てないのか?」
「葵様は今日はいらっしゃらない。体調がすぐれないそうだ」
「大丈夫か? 風邪でも引いたの?」
「言い訳だよ。自分の事なら耐えられるけど、僕らが矢ぶすまになっているのを見るのは忍びないんだよ」
テーブルの端に斜めに腰掛けた神門が、拍子を外して先輩の心境を代弁してくれた。
「矢ぶすまね。その点では平気なんだけどな」
そして、神門もそんなに気を使った言い方なんかしなくてもいいのにさ。
「往々にして、そういうのは見ている方が辛いものさ」
さて、メディアの方だが、昼休みには昨日のインタビューが記事になって報道された。
報道新聞部の論調としては、生徒会が悪役として書かれている。
「事実関係を無視した暴走」「権力を笠に着た政策への批判」「桐花の文化破壊」そんな言葉が並ぶ。
そして映ってる俺の写真すら、しかめっ面で悪役っぽい。
うーん、どこでこんな顔したかな。確かに口調は乱暴だったけど。
学生食堂のテレビでは、昨日の取材が映っていた。おそるべし報道新聞部! あの機材は伊達じゃなかったのね。
だがインタビューは、巧みに編集されていて、俺が言ったことの前提が随分変わっていた。
まんま聞くと、「外部生の俺から見て、桐花のやり方は、異常だから、生徒会の強権で俺が変える」的な内容になってるんですけど!!!
いいんですか! こんなワイドショーになっちゃってて。お前たちの部活は報道で新聞な部活だろう!
これ、みんな信じちゃうかな。
信じちゃったらイヤだな。
一緒に食堂に見に行った神門も、横でため息をついている。
「やっぱりこうなるよね」
「やっぱり?」
「インタビューを聞いてて、危ないと思ったんだ。政治は真面目に答えるから」
「分かってたんなら、先に言えよ!」
「でも、政治に腹芸なんかできないでしょ」
「そうで、ございますが。釣り針に引っ掛かってる俺を助けるのが、君の仕事じゃない!?」
「何を言ったかより、政治の想いが伝わればいいんだけどねー」
「キミ! 今、さらっと自分の責任を回避したよねっ」
と、言ってるそばから周囲の視線が痛い。これは某赤い色のサッカーサポーターの中にいる、某青い色のサポーターの気分だ。
「長居ははしない方がいい、行こう」
その言葉に促されて食堂を後にする。これは当分、学食は使えそうもない。まぁ使う気もなかったけど。
ヨミ先輩の報道はどうだろうか。
「ヨミちゃんがどう書くかだね。運命を他人に委ねるのは落ち着かないよ」
「そうだな。ヨミ先輩を信じよう」
「……」
「信じてない?」
「信じているけど。ヨミちゃんがどのくらい報道として真実に切り込むか、記事を見たことが無いから分からないんだ。報道新聞部は、大衆娯楽に振ってたせいで、ヨミちゃんもそういう記事ばかり書いてたから」
「そうなんだ。神門さ。けっこう詳しいよな。高等部について。なんで」
「……まぁ去年は葵の裏方をやってたからね。ただ葵の話を聞いていた、だけなんだだけど」
「中学生だったのに?」
「幼馴染で同じ学園だもの。葵も重責を負うものとして人に言えない事とかあったんでしょ。僕相手なら幾らでも聞いてあげられるから」
「ふーん」
なんとも神妙に語る神門のつむじを見ながら、肩を並べて教室に戻る。
校内放送から報道新聞部の緊急アンケートの結果が流れてくる。
どれもこれも酷いコメントだ。独断専行、乱暴、前生徒会も隠蔽に荷担していたと、失望の声も聞こえる。
『なら、理事会も悪く言えよ』と思うが公表した者が最初の悪者になるのが民草の心理というものなのか、そのような発言はない。あるいは、意図的にカットされているのか……。
学園のSNSを見ても、強硬な削減案を出した俺達への文句が大半だった。
みんな、やられているなぁ。
そんなネガティブキャンペーンの真っ只中、第二新聞部の記事が公開された。
それは同じく昼休みの終わり頃。その公開方法は、実にヨミ先輩らしく豪快だった。