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2章-24

 教室のドアを開けると、そこにいたのは教科担当教師ではなく、担任の吉田だった。


「おまえら、やってくれたな。ちょっとこいっ」

 ドスの効いた悪党声が今日は一層大きい。


 大股(おおまた)を開いて座った椅子から立ち上がり、「他の奴等は何か適当に自習してろ」と言い捨て、俺達四人を教室の外に連れ出す。

 教師とは思えない乱暴な指示だな、おい。

 教室の面々は、其々(それぞれ)思惑(おもわく)(めぐ)らせてか固く口を閉ざし、騒ぐものなど誰も居なかった。ここではしゃぐヤツは本物のアホだ。

 俺達は、そんな声なきネットワークが張り巡らされた教室を後にした。


 連れてこられたのは、生徒指導室。桐花にもこんな所があったのか。

 吉田が乱暴にパイプ椅子を引いて、斜めに座り足を組む。年の割に筋肉質の太い腕を組み、目だけこちらにギョロっと向け「座れや」と厳しい口調で告げた。


 一列に座り、吉田と向き合う俺達に(つば)が飛ぶ。

「俺は新田原から風紀の取り締まりしか聞いてねーぞ。ありゃなんの真似だ」

「聞いた通りです。学園を財政破綻から守るために生徒が自主的に行う削減案です。生徒がやるべき事は、生徒自身でやると云う」

「教師連中も誰もそんな話、聞いてねーんだよ。何で俺に言わねーんだ」

「学園自治なので生徒会の範疇(はんちゅう)と考えました。それに、漏洩(ろうえい)による妨害(ぼうがい)が嫌でしたので」

「教師は信じられねーってか。生徒も」

「全く新しい事をするには、時には先んじて孤高(ここう)な戦いも必要でしょう」

「知ったようなこと抜かすなガキが。先に相談してりゃ、お前らを助けた奴もいたかもしれねーだろ」

「そうでしょうか?」

「ああ、俺だって手を貸したかも知れねーだろ」

 この風貌(ふうぼう)で、俺達を助けると言うか。


「そんなの後から言える詭弁(きべん)では?」

「今くらいのアドバイスはしたろうよ。(やと)われ教師だが、人並みの義侠心(ぎきょうしん)くらいあんだ! 大人が全員保守的な敵だとでも思ってんのか!」

 坦々(たんたん)と答える俺とは対照的に、熱く言い放ち平手で机をバシンと叩く。空っぽの机は大きく(いびつ)に震えた音を発し、狭い生徒指導室を揺るがせた。

 だが、俺も神門も新田原も大江戸も、びくりともしない。

 この中で、一番小心者は俺だろう。残り三人は余り周囲の反応に一喜一憂(いっきいちゆう)しないタイプだ。(うらや)ましいと思う大物だが、そうなりたいかと言えば微妙に違う。


「事前に誰が敵か味方かなんて分かりません」

「その色をつけるのは、お前だろ。初めから敵も見方もいやしねーんだ」

「そんなの都合のイイ話、後出しジャンケンにしか思えません」

「つっぱるな、てめーは。勝手にしろ! 俺はお前らを助けねーぞ。その代わり邪魔もしねー。いいな」

「十分です」


 渋面(じゅうめん)をつくり、呆れたとばかりにヤニ臭い息を吐き出す。

 今更(いまさら)だが、吉田に怒鳴られる事を全く想定してなかった。理事会には呼び出されるだろう。生徒達には詰め寄られるだろう。サロンからは、嫌がらせのような指令が出るかもしれない。でも、教師の反応は考えてなかった。

 そのくらい、この学園では教師の存在感が薄い。とは言え、一番威勢(いちばんいせい)のいい吉田に呼び出されるのは、考えておいてもよかったな。

 ちらっと能面(のうめん)の被った神門(みかど)を見る。神門もその可能性くらい言えばいいのに。

 すると思い出したように吉田も怒りの矛先(ほこさき)を神門に向けた。


「神門、なんとか言え」

「僕からは、何もございません」

「ちっ! 残りの二人は」

「これは生徒会としての総意です」

 新田原、先輩を見据えた模範的な回答だぜ。

「論理的な帰着点として、有効な手立てだと思います」

 大江戸~、ズレたこと言ってんなぁ。吉田はお前も共犯(きょうはん)かと聞いてんだよ。


「揃いも揃ってクソどもが。俺のクラスから生徒会役員を全員出すな。問題になってんだぞ」

 全員同じクラスから出すことは禁止されている訳ではない。

 一般的にはあり得ないから書いてないだけかもしれないが、それが問題になることが既に、慣習(かんしゅう)(しば)られて身動きができない学園を象徴(しょうちょう)しているように思えた。

『やはり、この学園は文化にヒビを入れる必要がある』

 俺達は間違っていない!


「お前ら、自主(じしゅ)退学だけはすんじゃねーぞ」

「するわけありません」

 意外にも優しい言葉。

「俺が迷惑だ」

 だよねー。


「行け!」

 吉田は表情を崩さず、小さく首で退出を促した。もう話しても無駄だということだろう。俺も何も言う事はない。無言で席を立つ。


「神門、蛮勇に酔うな」

 なぜ神門に言ったのかは分からないが、それっきり二人に交わされる物は何もなかった。


 クラスでは、質問の嵐だった。

 生徒会役員が全員いる我クラスは、疑問に答える相手が全員いるということで、授業も休みもないほどの大騒ぎになった。

 そりゃ、知りたい・聞きたい・尋ねたい。そんな衝動、誰が言っても止められない。教師が(いさ)めても聞きやしない。

 (ごう)()やした学級代表の水分(みくまり)が、昼休みにまとめて質疑応答(しつぎおうとう)をすることで全体の合意を取り付け、騒ぎはひとまずの収束(しゅうそく)を見せた。

 さすが、様付きの特別内部生は威厳(いげん)が違う。


 そんな水分(みくまり)が俺の席の横に立ち、上から見下ろしている。

「瑞穂くんは、何度も私に迷惑をかけるのね」

「すまないな、水分(みくまり)

「しかも大江戸くんまで引き連れて、私一人にクラスをまとめさせる気?」

「結果的にそうなっちまったけど、狙ったやったわけじゃないって」

「狙ってやってたら、私はあなたの立場をひっくり返しているわよ」

「怖いな」

「はぁ~、なんで私が巻き込まれてるのかしら」

 盛大にため息をつく水分(みくまり)の横に、いつも仲のいい女子が駆けより両脇を固める。


「宇加様、大丈夫でございますか」

「宇加様、クラスをまとめて戴きありがとうございます」

 しっとりと頭を下げる二人。友達想いのいい友人じゃないか。


「ちょっと、瑞穂くん。あなた宇加(うか)様に心労(しんろう)ばかりかけて何様ですの」

「そうですわ」

 え、俺のせい? 直接、水分(みくまり)に迷惑をかけたつもりはないけど。

「俺?」

「あなたが宇加様の仕事を増やしているのですよ!」

「い、いや、そんな事ないと……」

「そうですわ!」

「……思うけど」

「無自覚な者ほど罪深いとは、まさに、この事ですわ!」

「このような鈍感な人に(から)まれているとは、宇加様、おいたわしや」

「本当に、お可哀そうな宇加様」

 睫毛(まつげ)(しずく)(ぬぐ)って、およよって。そんな芝居がかって言わなくても。


「ううん、そうだな。すまない」

桂子(かこ)さん、彌子(みこ)さん、もう大丈夫です」

 そんな二人を、水分(みくまり)が制止する。

「クラスをまとめるのは、わたくしの仕事ですから、それについての文句はございません」

「しかし……」

「瑞穂さんに、悪意がないか伺っただけです」

 悪意って。悪意って。


「申し訳ございません。このような問題児の多い大変なクラスの学級代表に推薦してしまい」

 どっちが佳子(かこ)だか、どっちが彌子(みこ)だが分からないが、二人が水分(みくまり)に深々と頭を下げる。

「頭をお上げになって。選んだのはわたくしですから、(むし)ろわたくしを信じて下さるお二人には、いつも感謝しているのですよ」

「宇加様!」

 なんか感動的な状況になってきたぞ。そして芝居が昼ドラに。

 三人のやりとりを苦笑して見ていると、水分(みくまり)がキッと俺を(にら)む。

 二人が頭を下げているときに睨むなよ。見ているときにやれって。


水分(みくまり)には、極力迷惑がかからないようにやるからさ」

「あ・た・り・ま・えです!」

 左大臣、右大臣が同時に頭を上げて俺を睨む。いやぁスゲーアタマ上げるの早かった! 脳震盪(のうしんとう)になってないかな。


「ありがとう。お二人とも。行きましょう」

「はい、宇加様」

 水分(みくまり)に背中を押されて席に戻る二人。あの二人の相手をするのは面倒臭そうだけど、心配してくれる友達がいるのは嬉しい事だろうて。面倒そうだけど。すごく面倒そうだけど。

 宇加様、ちょっと同情しちゃうぜ。


 放課後は、メディア対応となった。

 どんな質疑(しつぎ)だったか詳細は覚えていないが、生徒会棟の一階、貴賓室に作った記者クラブに、10名以上でやって来た新聞報道部と、ヨミ先輩一人でやって来た第二新聞部の対比が激しく、そればかりが俺の記憶に残っている。


 報道新聞部は、館内放送や校内テレビ、壁新聞、WEBのNewsページを運営している。高校生を対象にした放送部コンテストでも何度も入賞している実力派の部活だ。

 今回はカメラも入っている。カメラってTVカメラの方ね。

 おかげで狭い貴賓室は、彼らだけでみっちりだ。


 対して、ヨミ先輩は首からぶら下げたデジカメ一つに、メモ帳一つで来ていた。


 神門さん、これ勝負になるんですかね。一抹(いちまつ)の不安。

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