2章-21
今日は、ヨミ先輩が生徒会室に来ている。今後、取材に来る事も多かろうということで、現生徒会の活動の場がどんな所なのか見てもらおうと、ご招待したのだ。
「今日は、来てもらってありがとう」
「あ……ああ、ココに入るのは初めてだ。緊張するな」
「ヨミ先輩は、部活とかで来たことはなかったんですか?」
「いや、部長は出入りするけど、普通の部員じゃ生徒会室に用なんてないから」
緊張の面持ちで辺りをきょろきょろ見回しながら生徒会棟の中を歩き回る。ヨミ先輩は先輩より背が小さいが、歩幅は同じくらいだ。なので凄く大股で歩く。桐花の女子はお淑やかな子や、そうじゃなくても女子っぽい子が多いので、こういうボーイッシュな人は非常に珍しい。
もう一つ珍しいのが、少年の様な好奇心だ。俺と神門に挟まれて歩いているにも関わらず、珍しそうなモノみつけると、つたたと走り寄り何でも手にとって見てしまう。どうも報道関係に従事する方は何かとご興味があるらしい。
「んだコレ、壺か? 花瓶か?」
壺です。北宋の。
「あはは、コノ鏡、グニャグニャだな」
そうですね。古いですから。
かと思えば階段の手すりを見て、「なぁ、これ何の彫り物?」と神門に質問をする。神門は、「宝相華だよ」と答えながら、「ヨミちゃんは少年のようだねぇ」なんて失礼なことを言ってる。
怒るかと思ったら「そうか? へへっ、なんか照れるな」だって。あら? それって女の子に対して褒め言葉なんだ。
神門は、まさに子供のように、ちょろちょろと寄り道をする彼女を追いかけては、「行くよ」と背を押して促し生徒会室に連れて行く。普段、ひょうひょうとしている神門が戸惑っている所をみると、どうやら奴は子供が苦手らしい。
生徒会室に入ったヨミ先輩は、ラジオ体操でもするようにぐるりと首を捻って部屋を見回すと、少々失礼な第一印象を発した。
「へぇ~、ここだけ別世界だな。ちゃんと使ってる部屋なんだ。他のはホコリだらけだろ。お前らユーレイ部員かと思ったぜ」
豪快にがははと笑う。
「ちゃんとやってますよ。そんなに遊び呆けてるように見えますか?」
「どう見たって神門が生徒会長だろ、瑞穂の方が下っ端ぽいからなぁ。その神門がちゃらちゃらしてっから、遊んでるみたいに見えるぜ」
「すみませんね、下っ端で」
「僕、ちゃらっちゃらしてるかなぁ?」
珍しく神門が困った顔をしている。これは本当に珍しい。
「おう、してるぜ。ホントおもしれーよな。何も考えてないように見えて人騙すし。ウチのネコがさ、名前、『ジャッキー』っていうんだけど、あたしが撫でると気持ちよさそうにすんのに、急に噛むんだ。それに似てるぜ」
「ネコ……」
「そうネコ」
ヨミ先輩は、勧められもしないのに応接セットの椅子にどっかり座り、背もたれに両手をかけてニヤんと笑いかける。神門は鼻のあたりを人差し指でぽりぽり掻きながら、戸惑いを隠せないようだった。
そのヨミ先輩が、カクンと首を曲げて逆立ちに俺を見た。
「で、今日は何のお呼ばれかな。生徒会長」
「あ、ちょっと待ってください。今、お茶だしますから」
「いいよ、いいよ。あっ! でも出すなら神門くんのがいいな!」
手をひらひら振りながら否定したかと思うと、がばっと体を起こして神門を指す。びくっとする神門。
「神門くんよろしくー」
特別内部生相手にこの態度。
「お茶なんか入れたことないから、どんなのが出るか知らないよ」
「いいって、いいって、マズかったらそれ記事にするからさ。いいよな」
「……いいけど」
「神門、済まないな。苦手な事をさせちまって」
「いいよ」
「後で、お前に淹れてやるよ」
「ありがとう、政治」
当惑気味の神門と俺を、爛々と目を輝かせて交互に見るヨミ先輩。あんた、いま淫らな妄想しただろ。
「お茶、楽しみにしてるぜ。さてと……」
「もう緊張は解けたみたいですね」
「うん、やっぱ最初はアウェイじゃん、でも、もうあたしのシマかな。あたし慣れるの早いから」
「早いですね。早すぎですね」
自分でも変わり身の早さが面白かったのか「だな」と言うと、がははと笑う。
ヨミ先輩は髪型もかなりのショート。栗毛のくせっ毛が跳ねてて、ちょっとボーイッシュだ。そばかすがうっすら見える色味のある肌も、ここの学校の女子らしくない。清楚な真っ白いジャケットもグリーンの大きなリボンも全くそぐわない人だ。
応接椅子に座っても、スカートがミニなのに足広げて座るし。何より喋り方が、「あたし」とか「だぜ」とかだし。
この人、クラスで浮いてないのかしらん。
「んっ? どうした会長」
「いえ、なんでもないです」
言い淀むと、ヨミ先輩は俺をジーと見る。
「ふむふむ、その顔は、こんなんだけど、あたしのこと大丈夫かって思ってる顔だな」
「ふえっ? 違います! そんなこと思ってませんって!」
「ホントか?」
「ホントです、全く」
「じゃなんだよ、さっきの顔は」
「あれは、ヨミ先輩って桐花の女子っぽくないけど、クラスで浮いてないかなって」
「浮いてねーよ!!! いや寧ろモテるわ! 女子からだけど。ていうか、やっぱ大丈夫かって思ってたじゃねーか!」
「だって、ヨミ先輩、異色じゃないですか」
「異色? そりゃお前だよ!!」
「いや、俺は葵先輩のせいでここにいるだけで、至ってノーマルな男の子です」
「はぁ? 葵先輩のせいだ? 人のせいにすんな! それにノーマルってそれじゃあたしがアブノーマルみたいじゃねーか」
「せいってのは間違いです! 最初はそう思ってましたけど、今は葵先輩のせいだなんて思ってません。俺が選んだ会長です! 俺の意志でここに居ます! それにアブノーマルっていったら……」
「あーーー! お前いまBLって言おうとしたろ!」
「言いません。言ってません」
「信じらんないね。 それに幕内先輩のこと葵先輩って馴れ馴れしくない? そうだ! あたしのこともお前、名前で呼んでたろ!」
「え、そこ? そこツッコむの? だって神門がヨミちゃんって言ってたから」
「あいつは、そういうキャラだからいんだよ」
「すっごい贔屓」
「あたりめーだろ! 内部生だぜ」
そうですか。これでも特別内部生に気をつかってたんですね。全く気づきませんでした。
「じゃ、益込さんでどうですか? それとも益込先輩?」
ありゃ、どうした? 眉を寄せて俺をじっと見てるけど。
「……もう一遍、言ってみろ」
「益込先輩」
実に微妙な顔をしている。
「まふこみって……おまえ、滑舌わりぃな~。いいよヨミで。どうせ男子から名前で呼ばれてるし」
「じゃ、いいじゃないですか! 始めっからっ」
「あたし先輩だぜ! 名前で呼ぶにもステップがあるだろ。部活とかで教えてもらわなかったのかよ、バカ」
「すみませんねー、馴れ馴れしくて」
「それが、馴れ馴れしいって言うんだよっ」
うう、そうですね。そういうの疎くてすみません。弁の立つヨミ先輩に、いいように言いくるめられて俺の分が悪くなってところで、神門がお茶を持ってきた。
「粗茶ですが」
「お、きたきた神門ちゃん、そんな言葉知ってるんだねー」
なに!? このネコナデ声。
「ヨミ先輩、俺に対する言葉使いと全然違う!」
「うっせー! お前は攻めだからいいんだよ!」
「攻め!? 見たでしょ実は俺より神門の方がっ」
「うん知ってる。いいよね~~、そういうギャップって。見た目は線が細いのに、押し倒されたてから実は、って」
ちょっと~「ぐへへ」って声に出てるの気づいてんのかな、この人。
大丈夫かよ。ホントに浮いてないのかコレで。怪しいわ、それにこんな偏向的な人が新聞作れるのか?
「ヨミ先輩、顔。にへら~としてますよ。その変な趣味が神門に釣られる原因になってるんですから、気を付けて下さい」
「変じゃねーよ。BLはあたしの癒し、生きるエネルギーだっつーの」
「そんなもんエネルギーにしないで下さい!!! もっと健全な、例えば先輩、運動神経良さそうなんだからバスケとか陸上とかで、邪な妄想を燃焼させるとか」
「邪とか言うな!」
「あのー、お茶はいらないの?」
お茶を出し終わった神門が、ずーとヨミ先輩の横で立っている。
「はっ! そうだよ。瑞穂! てめーのせいで忘れるところだったぜ」
「早く飲んでください。そして早く仕事の話をしましょう」
「うっせーな、茶くらい、あたしのペースで飲ませろ」
「はいはい」
漂う香りに意識を向けると、ヨミ先輩は躊躇う事なく、「お、ダージリンだね。香りいい~」と茶葉を当てた。こんな胡瓜の尻尾でも齧ってそうな人だが、紅茶は飲み慣れているらしい。
ヨミ先輩は、意外にもかわいいくティーカップを取り上げると、そっと身の薄いカップの縁に口を近づける。じっくり見るのは失礼だと思うが、髪が短いので斜めからでも瑞々しく豊かな唇が、ふわっとカップに触れるのが見える。
それがあまりに魅力的で、さっきまで口喧嘩がコミュニケーションだったことも忘れて見入ってしまった。
「……まじっ! ぬるくてマズイ」
可愛く舌を出して苦笑い。
「こんなに高貴で、かあいいのに、料理はド下手。神門ちゃんは鉄板でいいよね~。うんうん」
悪戯な笑顔で一人納得してたヨミ先輩だが、凝視する俺に気付いたのかフイっと視線を寄こす。
「なんだよ、瑞穂」
「い、いえ。ちょっと意外な姿だったので」
「な、なんだよ」
「ごめなさい、仕草が綺麗で見とれちゃって」
なんか顔が赤くなっている。首筋まで真っ赤。ボーイッシュとはいえ女の子だから飲み食いするところを、じっくり見られるのは恥ずかしいのだろうけど、そんなに赤くなることか? まさか照れている? こんなキャラなのに?
「先輩、真っ赤」
「見るな! な、なんでもない! 早く仕事の話をしろっ! もう!」
「は、はい」
「お前は、女たらしか。ドンファンか」
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生徒会の話は新聞部の事には触れず、俺がどんな思いで生徒会長をやっているか、桐花の歴史の承継や学園を守る覚悟がある事をかなり熱く語った。熱く語るのだけは得意だからね。
ヨミ先輩は、意外にも俺の話を真剣に聞いてくれた。それは取材だからかもしれないけど。
そして俺の話しが全部を終わった後、神門がヨミ先輩に一つの提案をした。
「これから、取材に入ることも多いでしょ。それで報道の公平さを保つため記者クラブみたいなのを作ろうと思うんだ。公式発表は色々なメディアで伝えたいしね」
「記者クラブ?」
俺が神門に質問すると、「一階の貴賓室を記者クラブにして、生徒会からの発表はそこで行うのさ」と、神門はテキパキと自分の考える、生徒会と報道機関との関係を語る。曰く、適切な距離を保ちたいとのことだ。
「えー、ここ、思ったより楽しいから、また来たいんだけどナァ」
「それはなにより。僕はヨミちゃんが苦手だから、極力遠慮したいんだけど」
「んだそれ!? 人をだまし討ちして新聞部まで作らせて、そりゃないだろ」
「ヨミ先輩は、どこが気に入ったんですか?」
「ここ楽だからさ、お前らの前だと言いたいこと言えるし。桐花って結構厳しいだろ、普段ちょっと遠慮してっからなーオレ」
「オレ?」
はっと口を押える。
「今のはナシ! ナシにしてくれ。やっぱ、記者クラブ作ろう。お前らのせいであたしの箍がどこまでも外れていくのが怖い」
「今の俺のせいじゃないですからね」
「わーってるって、たまにな。公式じゃないときは、そっと遊びに来るからさ」
バツが悪くなったヨミ先輩は、「じゃあなまた来るわ」と言って、おいしくない紅茶をまるごと残して生徒会室を後にした。
その後ろ姿を「もう来なくていいよ」と、死んだ表情の神門が見送っている。
ヨミ先輩の影が見えなくなると、神門は肩から吐き出すように大きなため息を一つついた。随分、気をすり減らしていたらしい。
「はぁ~」
「おつかれさん」
「おつかれだよ。紅茶までいれさせられて、ちゃん付け扱いだもん」
喋るのも大儀だと言わんばかりの憔悴っぷりである。なんとまぁ珍しい。来客時は、大抵、俺が疲れるパターンなのだが。
「どうだ、いじられる気分は。普段は逆だからなっ!」
「なにを嬉しそうに……。ごめんだね。僕の性には合わないよ。ヨミちゃんの場合は、イジルとかじゃないよ無遠慮なんだよ。だから敏腕なんだけど」
「へぇ~、でも随分ここが気にってたみたいだな」
「だね、想定外なほど」
「だよな、強引な取引で新聞部を作らせたとは思えない感じだったし、まぁ好意的でよかったよ」
「好意的? そうだね、好意というか隠れ家じゃない。余程、ストレスが高まってたんじゃないの? あんな奔放な子だもの。一年間、猫被り続けるの辛かったんだろうね。最後は『オレ』だもん。どれだけ発散していくんだよって思ったよ」
「あれ、なんでナシって慌ててたんだ?」
「ああ、桐花の女子で一人称の『俺』は禁止なんだ。校則級の禁止事項。詳しくは葵に聞いて」
「へぇ~、女子は大変だな」
「男子だってあるよ、男は男らしくって謳われてるじゃない」
「あったっけ?」
「校則の序文だよ。もう、だから僕も身を削ったっていったのにー」
ぐったりテーブルに身を預けて、神門がへなへなと突っ伏す。
「そういうことか!」
「そうだよ、わかんないでやってたの? 感謝されたいとは思わないけど無駄骨気分だよ。あのタイプの女の子も苦手なのに」
愚痴るように拗ねるように、声をひっくり返して俺に文句をいう。
「すまなかったな。神門。ずいぶん迷惑をかけちまった。お前のおかげでここまでやれているのは十分理解している。感謝してし尽せないほどだ。それはいつか返したい。できるだけ早く返すから、利子はつけないでくれよ」
「といち」
「なに、それ?」
「10日で1割。一ヵ月後には1.3倍にして返して」
「……悪徳業者め!」