2章-19
財務の裏付けという重要パーツは足りないが、神門の言葉を借りると『全部そろった勝負ができることなんか稀だよ』との事なので、財務状態未確定で公開に踏み切る『シナリオB』で進めることを宣言する。
生徒会で考えた案だから、みんな知ってるけど、一応ケジメという事で詳細も含めて確認するわけです。
「大江戸、皆、ちょっと集まってくれ。聞こえていたと思うが部費問題がタイムアップだ。財務資料の分析は終わらなかったが、それを想定した『シナリオB』で進めたいと思う。改めておさらいするぞ」
いよいよ時が来た。
出来れば、証拠を叩きつけて最小のリスクで事を進めたかった。危険な道を歩む覚悟に、言葉少なく応接セットに集まる皆。
このテーブルでは何度となく頭を並べて作戦を練った訳だが、いつの間にか席次が決まっていた。
俺は生徒会長席を背負ったお誕生席。その右横に神門と先輩が座り、左手側には新田原と大江戸が座る。この配置がしっくりくる程、俺達はアイデアを出し合った。
だが今日は神門は座らずに、俺の席の横に立つ。
「みんな準備は出来ているよな。これは作戦はスピードが勝負だ。生徒達に余計な事を考えさせる前に事態をどんどん進めるんだ。止まれば詮索が始まる。考えさせたら負けだ」
コクっと頷く一同を前に話を続ける。
「臨時全校集会は二日後だ。メインは財務の話をする。問題の矛先を理事会に向ける前フリをしてから、超ヤバイ感を出すために緊縮策を一気に話す。混乱を未然に防ぐ事を目的として風紀強化月間の話もする。風紀検査は新田原が考えている通り抜き打ちで行う」
新田原が立てた木刀に両手を置き鷹揚に頷く。準備は万端といったところだろう。良くこの短期間に風紀委員を集めて準備を整えたものだ。俺は新田原に風紀担当役員の辞令しか出していないのにだ。
風紀委員代表が新田原の兄だったことや、我クラスの吉田担任が風紀担当教諭だった幸運もあるが、奴は生徒会長印が付かれた紙切れ一枚を根拠に、委員に指示を出し風紀検査を合法的に進めているのである。裏の目的は悟られないように。
兄弟なので話はツーカーだったろうが、逆に自分の兄貴に指示を出すのは、お堅い家庭では大変だったと思う。目的のために自分の感情をコントロールできるのは凄い。
だが固い鋼が衝撃に脆いように、彼の目的が砕かれた時に新田原が壊れるのではないかという怖さも感じる。そんな心配をしつつも説明を続ける。
「部活動報告会は、その翌日に実施する。もう部長達も予算編成を延ばせないだろ。ここで決めるのは俺達にとっても部長にとっても理に適ってる」
俺はバタバタの臨時部活動報告会の後、一度も集まりを開かなかった。打開策がないのにやっても結論は出ないし、俺のクラスまで説得にくるということは、「じらし作戦」が有効だと思ったからだ。
案の定、部長からは激しい催促が来たけど、俺は理事会が折れてないことを理由に全部つっぱねた。おお蔭様でボケカス扱いされ続けたけど。
「もし部長がゴネたら?」
金と組織は大江戸の興味のポイントだ。学園救済には興味はないが、何をしたらどんなことが起きるかには興味が尽きないらしい。
「ここで承認されなきゃ、その部の予算執行を停止するさ」
「金が人質か。強権過ぎやしないか?」
「桐花の歴史的には酷い話だろうな。だが公立高校ならそんなもんだろ」
「それは比較にならないだろ。それに俺が言ってるのは逃げ道がないということだ」
こいつ何を言ってんだ? と思っていたら神門が言わんとしている意味を理解したらしく、椅子の肩にかかけた手を外して説明を始めた。
「大江戸くんが言ってるのはのは会社の前提だね。世の中的にはダメだよ。そんなことしたら組織の士気はボロボロ、辞めちゃう人も出るし、なにより訴訟問題だ。でも学校はいいんだ。部活は責任がないからね。選択肢もなくていい。これは学校だから成立するんだよ」
「そうなんだろうな」
「作戦は環境に合わせなくちゃ。それをズルいと言うのはルールを読みきれなかった人の負け犬の遠吠えだよ」
「むむむ」と腕を組んで考え込む大江戸に対して、神門は終始笑顔で応対を続けた。こういうところは真似が出来ないんだよなぁ。すぐ不安が顔に出ちまうのが俺の悪い所だ。
「大江戸、俺もそういう言葉は浴びせ返されると思っている。そのときは出来るだけ冷静に生徒会が出来る事を伝えるつもりだ」
大江戸は自分の会社を想像してか、納得してない心理を眉に乗せて無言で頷いた。
「続けるぞ、部費の決定は神門が考えた入札方式でやる。予算は即発表する。原資キャップは5億円だ。理事会の提示額を大幅に下回るのは奴等への手土産だ。金が苦しいんだから、少々強権を発動しても奴等もノーとは言えないだろう。もちろん、後で増やせる余地は残して置くがな」
「理事会にはいつ?」
「その週内には説明に行くつもりだ。まぁそこは向こうにお任せだけどな」
ソファの革がズズズと鳴った。
「理事会には、手先になるように見せかけて、その実、生徒には理事会を悪者にできるのか?」
「先輩の心配はごもっともです。そこで」
神門に目配せする。
「もう、ヨミちゃんの活動申請は受理したよ」
「うん。ここはヨミ先輩に頑張ってもらうところです」
先輩は不安そうな顔を俺と神門に向けている。先輩は俺の前だと露骨に不安が顔に出る。『政治の前では、極力、素直な自分でありたい』と言ったことは本当だ。いつも人前では自信に溢れ、笑顔を絶やしたことのない人だから、その顔を見ると俺はちょっと嬉しくなるのだが、それは先輩にとっては嬉しい事ではないし、なにより俺のエゴだから言ったことはない。
「理事会は俺が対応する。間違いなく呼び出されるだろう。そこで削減案を無理やり飲ませる」
「政治一人が悪者になるが、本当に良いのか……」
「もとよりその覚悟です。150年前に時計を戻しましょう。スタートがそうなんだから、今からやることは凄く桐花らしいです。それに150年前は一人でしたけど、今回は仲間がいますし」
ちょっぴり不安だった顔は、一層の不安で押しつぶされそうになる。そんな顔をされると心が押しつぶされそうになる。でもこれは俺が決めたこと。
「葵様、御心配なさらないで下さい。瑞穂のアホは新田原が面倒を見ます」
云うに事欠いてアホか! 人が心の中で覚悟を固めてるって言うのに!
先輩はそんな無礼な事をいいやがる新田原に、悲しい笑顔を向けていた。
「先輩は今迄、自分が犠牲になることばかりしてきたから。今度は見守ることをする番です」
「違うのだ、私はまたお前の……」
まだ言葉が続きそうな先輩を、らしくもなく強引に神門が遮った。
「葵、僕もいる。もう昔の僕らじゃない。僕らは無力じゃないんだ」