2章-18
水分は、所在なく肩を落とす先輩を送り、大江戸と新田原は、今後の生徒会活動について事務的な話をしながら帰路についた。大騒ぎの生徒会室には、俺と神門が残っている。
「なぁ神門、大江戸に言った事だけど」
「あれ? 嘘だよ。まるで思いつき」
「じゃ、自信満々に何か見つかるだなんて。大丈夫なのかよ、あいつ自分のために生徒会に入るのに」
「大丈夫じゃないの? そういうのは、あると思えば見つかるし、ないと思えば見つからないものだよ。実が言ったことは真理だよ」
「そういうもんか」
「大江戸くんは焦ってたから、実の言葉が響いたんだ。まるでウサギと亀だね。何か忘れ物をしていると気づいているのに足を止められない大江戸くんと、今出来ることを着実にやっている実くん。彼は一番の現実主義者だよ」
そうだと思う。名前の通り、地に足をつけて着実に稲穂に実りをつけている。今迄そういう生き方をバカにしていたが、生徒会活動なんかし始めて、知るほどに悔やむ。
自分の薄っぺらさが悔しい。
「あーあ、俺、何の役にも立たなかったなー」
体に張り付く後悔から身を避けるように、伸びをして白状したりする。
「そんなことないよ。輪郭がはっきりした物だけが価値がある訳じゃない。この中で、一番、挑戦している政治なんだから。僕は誇りに思うよ」
「なんだそれ、お前は俺の親父か? それとも兄貴か?」
「ふふふ、兄貴か。それもイイね。じゃ僕は政治のお兄様だ」
「何で様なんだよ」
並んで本棚にもたれてる神門を、肘で小突いてやる。
「たって、僕が面倒見てるんだもん。なら、お兄さまでしょ」
神門は大げさに痛いと体を捻り、本棚に預けた笑顔をひょこっと俺に向けた 。
「葵様に宇加様。もう様はいいよ」
「じゃ、政治様に免じて、僕の事をお兄ちゃんと呼ばせてあげる」
「へー、様よかイイじゃん。お兄ちゃん」
兄貴って柄かよ。よっぽど益込先輩の方が兄貴分だぜ。だが、そのギャップが愉快だったので面白半分に、その言葉を言ってみる。
「お兄ちゃん」
「なんだ、政治」
「お兄ちゃん、俺の事もっと誉めろよ」
「口が悪いなぁ、弟のくせに。いつまでたっても政治は」
爪先立ちで俺の頭を撫でる神門。
「わーい、お兄ちゃんありがとう」
「まったく政治は甘えん坊だな」
「それとお兄ちゃん、テーブルのアメちゃん取って。んで食べさせて」
「しょうがない、今回だけだぞ」
「あーん」
「あーん」
あははははは、と自分達の小芝居を笑い合う、俺達の目がふと入り口の止まった。
「……すまない、忘れ物をとりに来ただけ……なのだ。だから、今のは見なかった……と」
「先輩!」
「やはり、お前らはそういう関係に……」
「そんな訳、ないでしょ! 常識で考えましょうよ!!!」
そんなこの世の破滅みたいな顔で立ち尽くさないで~。
「えへっ! 葵ごめんねっ、政治を奪っちゃって」
「違いますーーー! 違うんです! 先輩ーー!」
「政治、お兄ちゃんの言う事は聞くもんだぞっ」
そこっ! ウインクとかしなーーーい!!!
◆ ◆ ◆
その後、俺が先輩の誤解を解くのにどれ程苦労したか。まこと筆舌に尽くしがたい。
校門にこっそり隠れて、偶然を装って先輩に会ったり。それも毎日だと怪しまれるから、時間を変え場所を変え。廊下の角で待ったり、食堂の扉の裏で待ち伏せしたり。
学園内ならまだいいけど外だったらストカー? 商店街の電信柱に隠れて機会を伺っていたときは、菓子屋のばぁさんに通報されるかと思ったぜ。
他にも先輩がお気に入りのチョコを水分から聞き出し、さりげなく「実家から」なんて言ってプレゼンしたり、ネイルとか髪留めとか先輩の小さな変化を必死に見つけては、軽く話題にして誉めたり。
もちろん先輩の居ないところでは、男同士で二人きりにならない。特に神門と二人っきりは危険だ。
ああもう、なんでしょう。でーんと構えた生徒会長になる予定が、細かい、実に細かい、芥子粒を箸で拾うような生徒会長になっていくじゃないか。
基本的に俺って、先頭を走って「お前ら俺に付いて来い!」って旗を振るタイプじゃないんだけど。
にしても、皆を集めてカッコいいこと言った手前、この始末じゃ……。
体質的に下っ端だって、このメンバーを見てよーく分かりました。
さて、そんなアクシデントもありーので、先輩が一瞬ポンコツになりかけたが、その原因以上に学園の財務調査が進んでいない。
分かったのは学園の会計は、幼稚舎、初等部、中等部でひとまとめ、高等部だけは別の二本立てになっていること。高等部だけ収支バランスだけ異常に悪い事だけ。それ以上の事は分からない状態になっていた。どうにも信頼のおける資料が手に入らないのだ。
「いいか瑞穂、会社の利益なんていくらでも誤魔かせるんだ。分析なんぞ高尚なこと言うなら、最低でも財務三表ぐらい、持って来てから話をしてくれよ」
「わーってるて、やってるだろ。先輩も神門も俺も」
大江戸は気楽に言うが、公開資料以上の資料なんか、そう簡単に手に入るもんじゃない。そもそも、『さんぴょう』って何だよ?
「資料の入手には、時間がかかりそうなのか」
大江戸が神門に問うと、神門は肩をすくめて「ダメ」と軽くお手上げの意思を示した。
「私の権限では、理事会の全てのデータは見れなかったのだ。済まない」
ぺこりと頭をさげる先輩の肩から、するりと艶髪が落ちる。
「謝らないでください。仕方のないことですし」
「だが、本来であれば見れる筈なのだ。私はともあれ、父上のアカウントなら見られない筈はないのだが」
「お父さんは理事なんですか」
「いや、父上は理事ではないが幕内家として権限を有している。創始三家として理事に就任すればヴェトーも発動できる立場なのだが」
試しにと、先輩はノートPCのキーボードを叩き、パスワードを入力するが、『閲覧権限がありません』のメッセージが表示されて、その先には進めない。
それを高い位置から眺めていた新田原が言う。
「やはり裏があるとしか思えん。推測だが見られたくない物があるからこそ、隠すと考えるのが自然だろう」
新田原のおっしゃる通りです。
しかし、聞くほどに先輩の家はスゴイっぽいぞ。あと、ヴェトーって分からないから後でググッておこう。
「政治、どうする? 部費問題はもうタイムオーバーだよ」
「ああそうだな、どのみち通る道だ。もう発表するしかないな」
「政治……」
胸に乗せた手をぎゅっと握って、俺の名前を不安そうに呟く先輩。資料が集まらなかった事を申し訳なく思っているのか、それとも、これから俺に降りかかるだろう災悪を予想しているのかもしれない。
そんな暗鬱とした空気が生徒会室を支配する中、大江戸だけは涼しい顔をしてやがる。
神門は俺と一緒に作戦を考えているから成否は自分事だ。新田原は、先輩が悲しそうな顔をするのが居たたまれないらしい。大江戸だけが、淡々と機械のように業務をこなしている。
その心境について新田原が本人に聞いたことがあった。
「学園経営には興味があるか、学園を救うことは俺の目的じゃない。ここがダメなら俺はいつでも他の学校にいけるしな」と……。
忠犬実としてはカチンと来たようだが、先輩をチラッとみて振える拳を収めていた。口では反撃は叶わず、力も使えず、生徒会を思えば必要な人材なので自分の胸に押しとどめなければならなかったのだろう。「よく頑張った」と心の中で褒めてあげたい。
俺の中で新田原のレベルが2に上がった。