2章-17
神門、新田原の言葉に、大江戸が生徒会役員になる。
メンツは揃った。だが結束を欠く生徒会に政治は不満を感じる。
「あっ!」
三人の声が揃った。
入り口を見ると大江戸が!
コイツ、間、わるっ!!!
と思ったら、その後ろには水分もいて、新田原の唇を奪おうとする俺達を、凍えた顔で見つめている。
「待ってくれ、水分! これは、その軽い冗談というか、な、なっ、神門」
この状況に張り付いた神門だったが次の瞬間、
「てへ! ついに僕らの本性を見られちゃったね」
なんという爆弾発言!
「な、何、言ってんだお前! 俺らってなんだよ! そんなことを言ったら、俺までそう思われるだろ!」
「政治、もう隠さなくてもいいんだ。だって政治が本当のボクを開放してくれたから」
「なに言ってんだよ! 俺がお前を襲ったことになってるんですけど!」
「お前ら、本当に冗談なのか?」
蔑むような大江戸の視線が冷たい。
信じて! 色々あったけど僕は断じてノーマルですっ!
「どちらでもいいわ。私は同性の恋愛には寛容だから。お邪魔するわよ」
ちっとも嬉しくない心の広さ!
水分は大江戸の後に続いて生徒会室に入ると、ピタリと一点を凝視して歩を止めた。その先にあるのは……。
「ちょっとあなた達、葵さんに何をしたの!? 見たことのない顔をしてるじゃない。……まさか葵さんに」
キッと鋭い視線を俺達によこす。
「してません! 何もしてません! これは、あの、その、そう! 先輩疲れてるんだよ。うん、そうだった」
「この状況で? 信じられる訳ないでしょう!」
うわ、結構マジで恐い顔をしている。この言い訳は逆効果じゃ!
「瑞穂、お前は本当にウソが下手だな」
「へ?」
「つくならリアリティのある嘘にしろ。これじゃ神門も苦労が絶えないだろう。同情する」
「大江戸くん、ありがとう。僕の苦労を分かってくれるのはキミだけだよ。じゃ大江戸くんも認めてくれたので、実の唇を……」
「神門、ストーーップ! そのゴーサインじゃないから、それより先輩とは何もなかったと言ってくれ!」
神門はくるっと真顔を俺に向けると、徐にや~と笑いを作りアンプライベートなレッスンの続きを始めた。堪らないのは新田原だ。
「大江戸ーーー! 神門と瑞穂を止めろーーー、見てないで俺を助けろぉー! お前なら俺を助けられる、お前は出来る子だ!!!」
首をふりふり大暴れ。
「はぁ~~~、もう茶番はいいだろう。水分が引いているぞ」
滅茶苦茶な大騒ぎなのに、大江戸は全く動じることもなく、これでもかと大きなリアクションで肩をすくめて用事を促す。
「あららぁ、大江戸くんは気が急いてるねー」
冗談が通じない大江戸を軽く茶化す神門とは対照的に、水分は、額に手を当てて飽きれ顔を俺に向けた。
「瑞穂くん、私の話、ちゃんと聞いてた? 周りを振り回すのは程々にって言ったわよね」
「え、振り回す? いや今は俺が振り回されてるんだけど」
「それを止めるのが生徒会長じゃない。もうっ。それにあんなに真面目な新田原くんまで」
「まるで一緒になって騒いでいるように言うな。俺は被害者だ!」
「もういいから本題に入れ!!! 俺はお前らのように暇じゃない。週末の仕入れもあるんだ!」
潮時を察した神門が、俺に目配せをして転を促す。
「大江戸くん、そこに座って」
引き際は弁えているつもりだ。席を勧める神門に合わせて俺も頷き、羽交い締めの腕を置き去るように外す。
そして、応接セットに向かいながら指示を出す。
「新田原、お茶を出せ」
俺達の急変に新田原は戸惑いを隠せない。こいつは余りイタズラ慣れしてないのだろう。このタイプの切り替えの下手な奴は、誰かをからかっているつもりで傍からみるとイジメになってしまう。新田原は自分でも薄々その事に気づいてるんだろう、そういう道化はキャラじやないと。
一方、 大江戸は堂にいったもので、場の急転に悪びれる事もなくスッと席を取った。水分もそれに続いて座る。
俺は所謂、お誕生日席。神門は俺の右手側。その対面に大江戸と水分が座る。
「さて聞こう」
「ちょっと待って大江戸くん、葵さんが」
水分の声に一同の目が先輩に集まる。だが先輩は俺達が席に着こうが、話し始めようが、ぽーと突っ立ったままだった。
「先輩はいい。ちょっと俺達の小芝居を見てビックリしただけだ。それに生徒会役員じゃない、ただのボランティアだ。事案の決定になんら影響はないから無視してもらって構わない」
「ちょっと瑞穂くん!」
「いいんだ、宇加。これは葵も認めた決定事項だから」
「でも……」
俺と神門の厳しい表情が伝わったのだろう。彼女は言おうとした言葉を飲み込み、別のものに代えて返した。
「分かったわ。私はこのお話に居なくてもいいのでしょう」
「ああ、来てもらったのに本当に済まない」
此処まで来ているのは多分、彼女の親切心なのだろう。先輩からの依頼なら、ただ大江戸に伝言するだけで事足りるのに、彼女はお節介にも一緒に生徒会室まで来ている。
その心配りを無にしてしまうのが申し訳なく、自然と謝罪の言葉が口をついたが、水分はそんな事を期待する人ではないだろう。
彼女は、椅子に斜めに揃えていた足を、男の俺には分からない手順で崩して席を立つ。その水鳥の跡も残さぬ美しい振舞いに、つい見とれるのは、ただ感心を抱くからであって決して下心からではない。もちろん、スキマに何が見えそうだからでもないぞよ。
一方、大江戸はそんな所作には微塵の関心も示さず、話はまだかとイラついている。彼にとっては品性に溢れる立ち居振舞など無駄なものなのだろう。万事において遠回りが嫌いな奴だ。こりゃ用件はストレートに言った方がいいな。
「大江戸。率直に言う。生徒会に入っても……」
「お断りだ」
はやっ! 無駄無さ過ぎ! お前さ、ちょっとは考えるフリでもしろよ!
「何のメリットもない、面倒ばかりを背負いこむ必要はない」
「いや、いいこともあるって、例えば、えーっと」
「メリットならあるよ、宇加から聞かなかった?」
不意打ちだったので少し言葉に詰まったが、その間隙を埋め込むように神門がフォローを入れてくれる。或いはいきなり初球ホームランを打たれた俺を哀れと思うたか。
「学園の財務諸表を読めか? 興味はあるが生徒会に入る必要はない」
「いや、そうかも知んないけどさ、色々経験できるだろ。それって起業するのに役立つんじゃないのか」
「まぁ役立つだろう」
「なら」
「効率が悪い! その役立つ事とやらは他で取得すればいい」
いやはや、投げる端から一刀両断かよ。頭がイイのは認めるけどさ、それじゃモテないべさ。
「キミはスキルもある、行動力もある、努力もしているし、夢もある。でも、それだけじゃ人は動かないよ」
おお、そう言えばいいのか。カシコイなぁ神門は。
大江戸も何かが引っかかったらしく「むむっ」と表情をこわばらせる。さすが神門。モテないじゃ響かなそうだけど、夢の実現と繋げればいいのね。
ちょどよいタイミングで新田原が、お茶を持ってきた。考える時間を与える良い頃合いである。
「どうぞ」
新田原が大江戸の右手に立ち、丁寧に茶托を置いてから湯呑を乗せる。今日は緑茶だ。品良く貫入の入った萩焼の湯呑みから、瑞々しくも奥深い緑の香りが立ち上る。
新田原は意外とマナーが良い。奴は風紀・庶務全般を担当しているが、初めて先輩にお茶を出すのを見たときは余りの丁寧さに正直驚いた。日頃、俺に狼藉を働いているから、こういう丁寧な仕事は出来ないだろうとタカをくくっていたのだが、人は見かけによらないものだ。
理由を聞いたことがある。
「いつ葵様にお茶をお出しするか分からないから研鑽している」との事だった。
いつあるか分からない日のために修練するなんて。俺が声をかけなければ、新田原には一生その機会は訪れなかった筈である。恐るべきは敬愛の情だ。
大江戸は、同級生が手慣れた作法で奉じる姿をじっと見ていた。
「ここでは、君に足りない物を得ることができる」
「……」
「そして、それがないとキミの夢は遠くなると思うよ」
遠回しな神門の話。
「何だそれは」
「僕は教えない。教えてしまったら、ここでそれを得ることは出来なくなるから。それは大江戸くん自身で見つけるものだから」
「そんな禅問答のような嘘っぱちを」
「嘘か嘘じゃないかは、キミの気持ちが一番よく分かっているんじゃないの? キミが今やるべき事も、もう自分がそのレベルに来ている事も知っている」
大江戸は、難しい顔をして貧乏ゆすりを始めた。
「生徒会に入れば大江戸が期待している人脈や出会いなんかもある。と俺が言ってもお前は動かないだろうけど」
「うるさい、考えてるんだ。静かにしてくれ!」
なんでぇー。神門の言葉には耳を傾けるのに、俺はうるさい扱いかよ。ちぇっ!
激しく貧乏ゆすりをしながら腕を組んだり、メガネを人差し指で上げたり。さながら長考の構えを見せていた大江戸だったが、思わぬ方向から助け船が出された。
「大江戸くん、そんなに悩むなら、やればいいじゃない。答えが出ないのは同じくらいの価値を見出しているからなんでしょ」
超合理主義者の大江戸をよく知った発言だ。感情だけで無駄だらけの人生を送っている新田原とは大違いだぜ。
「気楽な事を言うな。時間は有限なんだぞ。ここで無駄な事をして浪費したくないんだ」
一貫してるなぁ。このラショナリストは。
どうしたら論理的な説得ができるものかと考えあぐねていたら、壁際の椅子に腰掛けていた新田原が、ぶっきらぼうに言い放った。
「無駄ではない。無駄だと思うお前の考え方が無駄に思わせているのだ」
おー、さすが感覚で動く男。なんかフワッとイイ事っぽいことを言った。でも、これじゃ山は動かないだろ。
「……」
大江戸は膝に両腕で置き、頭を垂れて無言で受け止めている。あるいは無視したか?
「……そうだな。そうかも知れない。俺はここで、何か大事なモノを見つられるのか?」
え!? フワッと通じた?
「キミが本当に起業して、会社を経営したいと願うなら」
「……分かった。やろう。俺の仕事は会計だな。いや会計というよりは財務か。他にどんな仕事があるんだ」
「ありがとう、大江戸くん。生徒会長は政治だから、具体的な仕事の割り振りは政治に任せるよ」
うむ、と無言で頷き俺を見る大江戸。何に納得したか分かんないけど、とにかく結果オーライだ。いやー、良かった、良かった! 俺達の総合力の勝利だね。
「じゃ大江戸、よろしく頼む!」
祝福の握手だ。と手を差し出すと次の大江戸の行動に俺は衝撃を受けたね。
きゃつめ、怪訝な顔をしたかと思うと、向き直って神門と新田原と握手をしやがった!
「俺は神門と新田原に言葉に納得した。お前じゃない」
「えー!」
「そうだろう。俺を誘ったのは水分だ。そして俺を説得したのは神門と新田原だ。なら俺がパートナーとして選ぶのはお前じゃないだろう」
「いや、おかしいでしょ! 生徒会長は俺だよ! それじゃ組織にならないでしょ!」
「安心しろ。俺も葵様にお仕えしている。瑞穂のことを生徒会長だと認めたことなど一度もない!」
「このバカ助がっ! 断言すんなよ! 誤解するだろ大江戸が!」
「それでもよいと言ったのは貴様だ!」
「言ったけど、言ったかもしんないけどさ、それは売り言葉に買い言葉っていうやつで」
「なら、俺は神門と新田原と組むでいいな。利害が合致したら瑞穂に協力してやる」
「もう、どんな生徒会だよ。まとまってねーじゃんか!!」
なんなんだよ、こいつら。どいつもこいつも! 好き勝手やりやがって、入れたのは俺だけどさ。
俺のせいかもしんないけど、コロス! いつか絶対コイツらコロース!