2章-13
益込世美を引っ張り込むために神門が考えた作戦は、ヨミの秘密を突くものだった。
「ねぇ、政治~。今日は中庭でお昼を食べようよ。ふたりで」
「ああ、そうだな」
二人で過ごす昼休み。神門が俺の袖を摘まんで横に並んで歩く。
暖かな日差しを浴びた中庭で、大きなハルニレの木陰に腰かけ、二人でぴったり寄り添って座る。軽く足をそろえて上品に座る神門の横で、俺は足を組んで豪快に座ってみせるのだ。
「神門、髪に花びらがついてるぞ」
「えっ?」
「動くな」
体をぐいっと捻り、木の幹に片手をついて覆いかぶさるように髪の上に落ちた花びらを小さくつまみ上げて取る。
「神門には桔梗が似合う」
「もう、政治ったら」
無駄に顔を近づけることを忘れない。
「お弁当を作ってきたよ。卵焼きすきでしょ。しょっぱいやつ」
「ああ、神門は俺の事ならなんでも知ってるな」
「もちろんだよ」
見つめる神門の瞳と俺の瞳。息がかかる程の距離だ。
あるいは通学路の坂道にて。中腹で神門と偶然に会う。
「おはよう、政治」
「よう、俺がいなくて寂しくなかったか」
「そんな事……ないって」
「その目はウソをついてる目だぜ」
人差し指で神門の顎をクイと持ち上げ、グレーの瞳を見入る。ちょっと上目づかいに俺をみる神門。
通学途中の生徒達が、僅かに足を止める。
「なんてな、早くしねーと遅刻するぞ。学校」
神門の華奢な首にかかる銀髪を、指で跳ね上げて、乗せた片手で彼の頭をくしゃくしゃとする。
「もう! やめてよ! 政治ったら」
ちょっと怒った神門を置いて先に歩きだせば、神門は俺の後を追って小走りに駆けてくるのだ。
うぎゃー!!! はずい! 超はずい! マジはずい! 死ぬー! 死ねるーーー!
「この低い声、疲れるんだけど」
「大丈夫、うまくやれてるよ」
神門が聞こえないように、耳がこそばやくなるほど近くで囁く。
「ホントかよ?」
「うん、一年に一人の逸材だよ政治は。役者として」
「いや、それ褒めてないから」
「うふふ、そういう反応好きだよ。僕は」
この二日ほど、俺達はこんな事をし続けている。まさか、これが秘策とは……。
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「ヨミちゃんを釣るには、まず僕らに興味を持ってもらうこと。それにはこれが一番さ」
と言って神門がぽんと応接テーブルに置いたのは、一冊のマンガ。
「これ何? 『コ執事はスイーツがお好き』 どういう?」
「ヨミちゃんの趣味だよ」
パラパラとめくると、くりりんとした黒い執事服を着た可愛い男の子が。豪邸で甲斐甲斐しく働いている。と思ったら、あらっ裸に! その向こうに切れ長の長髪の紳士が、in the bed.
「えーっと、男同士だけど?」
「そう、BLだからね!」
「サラッと言ったね。これをどうしようと?」
「やるんだよ」
「誰が?」
「僕らが」
え!? 何を言い始めてるのかな? この美少年は?
「こんな風にね」
と言う神門はきゃんと俺の腕に絡みつき、意味ありげな潤んだ瞳で上目づかいに俺を見つめる。
「政治~」
男子とは思えない色っぽい甘え声!
「うわぁ!!!」
ちょっと! さっき見たマンガがリアルになってんですけど! 白執事が!
ダメだダメダメ、こんな攻撃を食らい続けたら、俺はもう普通の生活に戻れなくなる! 意識的にやられると破壊力が爆裂魔法、メガンテ級だ。
「いや、他の方法にしようぜ、なんなん? 俺、耐えられないから!」
「なに言ってんさ。受けの僕の方が大変なんだよ。政治は『ああ』とか『うん』とか言えばいいだけなんだから楽なもんだよ」
「いや、そうかも知んないけどさ。噂になるって」
「当たり前だよ、それが目的だもん。噂にならないとヨミちゃんが釣れないじゃない」
「そこが分かんねーんだよ、それで何で益込さんが釣れるんだ?」
「僕らの愛の形を見て、ヨミちゃんの方から僕らに接触してくるんだ。そこを押さえて軽くご協力いただくのさ。趣味のBLは人前では封印してるらしいからね」
うわ、汚ったねー、こいつ。にしても……
「先輩はいいんですか、こんな愛の形」
「よ、よく分からんが、私は政治を信じておる」
青い顔をして平静を装ってるが、動揺ダダ漏れ。
「いや、信頼の問題じゃないですからっ。そうだ! 新田原は?」
「思い出したように俺に助けを求めるな。俺はお前らがくっついてくれた方が好都合だが」
「ないから! 絶対ないから!」
「政治は、そんなに僕のことイヤなの? 嫌いになっちゃった?」
可愛らしく拗ねて見せる神門。
「なに? もう初めてんの! スタートする前に言って! 俺、勘違いしちゃうからっ」
俺の意思など全く無視して話しが進んでいくんですけど。生徒会長として俺の意思を尊重してくれるんでないの? なかったの?
「じゃそういう事だから、葵、政治をもう少しカッコいい、イケメンジゴロにしちゃって」
「うーむ、政治は既に十分カッコイイと思うが」
「葵の目は客観性に欠けるよ。いいからやって! まず髪型と眉を。実くん、政治の手足を押さえて」
「あい分かった」
「やめろー、表現の自由を奪うなー。人権蹂躙反対ー」
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てな事で、意図的に益込さんがいるタイミングを見計らって、二人の関係をチラチラと見せること二日。
これが秘策となり得るのか俺には分からないが、神門には神門の考えがあるのだろう。そもそも効果を発揮してるのかね? 考えてみれば俺、益込さんの顔を知らないんだよ。仮に釣れてもこれじゃ分かんねーよ。
想像するに報道新聞部でBL好きってことは、オタクっぽい子なのか……。メガネで三つ編みかな。
「えっ?」
神門が俺の制服の裾をクンクン引っ張っている。振り向くと神門はつま先立ちになって、俺の顔に口を寄せてきた。
近い! 唇がくっつくって! 腕をたどり寄せてくんなぁー!
「ヨミちゃん、釣れてるよ。政治の背中の方にいて遠巻きに見てる。僕らに興味津々だ。おっと、政治は見ちゃだめだよ。芝居がばれちゃうから」
「俺はそんなに信頼できねーのか」
「そうだね、信用というか大根かな」
「すみませんねー」
神門曰く、今朝はずっと遠くから俺達の事を見ているそうだ。昨日は二年の階まで行き、益込さんのクラスの近くでこんな事をしてきたのだが、それが功を奏しているらしい。
だが、今日は益込さんの興味の程を計るために、一年の階で軽くいちゃつく程度に留めている。それなのに、わざわざ階を跨いでやって来るのだから物好きなものだ。
だが早く食いついたのはラッキーだ。この作戦、当然だが益込さんにだけではなく、周囲にもいちゃいちゃを見られてしまう。変な噂が立つ前に早めにケリをつけなきゃ俺の貞操が危ない。
だが、女子の情報網が凄いのか、神門の人気が凄いのか、他にも同性でベタベタしている女子がいるにも関わらず、俺達の事は既に噂になりつつあった。
ちょっとやり方が極端なんだよ。神門く~ん。
「今日の帰りに人気のない所で仕掛けよう。まぁ、任せてよ」
「任せてよって、本当に益込さんは引っかかるのかよ」
「しーっ! 声が大きい」
神門が俺の手の甲をキュッとつねる。その仕草に周りの女の子からキャッと声が上がる。
もう、どこまで芝居なんだか、どこまで本気なのか分かんないです。普段から女子から声が上がる方なんで。神門さんってば。
いててと手の甲をさすりながら、悪びれる事もなくぺろっと舌を出す神門に本当に任せちゃっていいのかなと激しく不安に思う俺だった。
頼むから取り返しのつかない事にだけはしないでね。