2章-10
「えー今日は、大事な事を三つ話したいと思う。それに対して意見が欲しい。但し先輩の意見は参考だ。あくまでもボランティアだから筋は通す。そして、最終的に決めるのは俺だ。決めるからには責任はとる。いいな」
急な話題転換だったが、表情をピッと引き締めて頷く三人。気づいたら乗れるようになっていた自転車のように、俺が力を込めればメンバーも阿吽の呼吸で気持ちを切り換えて、そちらに意識を向けてくれる。今まで出来なかったのが嘘のようだ。
「一つ目だ。まず、生徒会の仲間が欲しい。球技大会や全校集会の運営とかの通常業務に加えて、学校の問題も解決するんだ。さすがにこの人数じゃ少な過ぎるだろ?」
「その前に、お前が解決したい問題を教えろ。じゃないと適正な人数も分からんだろ」
「待って、実くん。あとの二つにも関係するかもしれないから、先に全部聞こうよ」
「……そうだな、確かに。分かった」
「二人ともありがとう、そんな感じで頼む」
いい調子だ。新田原も神門も、あっという間に空気を掴んでいる。
「じゃ先に全部言おう。二つ目だ。本当にこの学園が破綻するのか確認したいんだ。直感で申し訳ないが、どうにも信じられない。もちろん先輩や理事会がウソを言っているとは思わない。だが、これは俺たちの存在意義に関わる大事な問題だ。無茶する分の確証が欲しい」
「三つ目は、部費問題だ。こんなの誰もが納得する解決なんて永遠に無理だ。そんなことに時間を割きたくない。解決策を求む。以上だ」
「政治、これで全部?」
「まぁ、気になる事は他にもあるけど、大きいのはこの三つかな」
「オッケー、まず二つ目をクリアする事を考えたら? 一番大事な事だよ」
「そうだな、俺もそう思う。だが、どうやったら確認できんだ?」
神門が、腕を組んで考えている。新田原は、大きく開いた両膝にぎゅっと握った手を置いている。考えているんだか、威圧してんだかよく分からない。
先輩は、俺や神門の顔をチラチラ見て、俺達が答えを出すのを待っているようだ。この問題を俺に引き継いだ立場としては、先に何かを切り出すのは憚られるのだろう。
「うーん、財務諸表とか集めて分析するかな。普通なら」
「なんだ、それは?」
神門の意見に続いて、新田原が俺より先に質問を発する。思ったより新田原の馴染みがいい。安心した。
「会社がどのくらい儲かっているかとか、どのくらい危ないかを数字で書いている資料だよ。株式会社はみんな作らないとダメなんだ」
「詳しいな、神門」
「家庭の事情ってやつだよ。残念ながらっ」
人差し指を顎にあてて、茶目っ気のあるポーズをとる。こういう所は、先輩よりも女の子臭いんだよな。
「それがあれば神門なら分析が出来るのではないか?」
先輩が言った。
「いやー、無理じゃない。ちょっとは分かるけど、興味ないから僕、全然勉強してないもん」
「神門らしいな」
先輩はクスッと笑っているが、いきなり頼りの綱が切れた気がする。この口ぶりじゃ先輩でも分析はムリか。
「他に知ってる奴はいないのか?」
「普通知らないよね、今から起業でも目指しているなら別だけど」
「そんな奴、いねーよ。高校生だぜ俺たち、起業なんて……いた!」
「誰だ?」
「大江戸だよ!」
全員が顔を見合わせる。
「あいつ、この前、フリマで会った時、若手起業家が何とかって言ってたんだよ!」
「そういえば、僕も大江戸くんが簿記の本を読んでいるのを見たよ」
「ああ、資格を取るとか言ってたな。俺も聞いた」
「そうか、そうか、いいね。ちょっと生徒会がウチのクラスの奴等ばかりになるのは何だが、大江戸を引き込もう! 大江戸の能力と引き込めそうか知りたいな。誰なら探れそう? 適任は?」
見回すと先輩が俺に目で合図を送っている。それに応えて俺も目を配って発言を促す。
「水分はどうだ。クラス代表同士だ、話もしやすかろう。宇加には私から頼んでおこう」
「先輩、ありがとうごさいます!」
これは、心強い。先輩から言われたら水分も断れないだろう。水分はああ見えて、押しが強そうだし上手く大江戸に伝えてくれるに違いない。
「あとは資料だな、どうやって集める?」
「僕と葵で集めるよ。ねぇ、葵なら理事会のサーバーにアクセス出来るよね」
「問題ない」
「それは助かる。じゃ、この件は一旦お前らに預けるぞ」
「瑞穂ー!!! 葵様に向かってお前とは無礼千万!」
新田原が膝にあった手を発条のように突き付け、間髪いれずに俺を指差す。余りに突然でびっくりした。
「お前、心臓に悪いって! 何が無礼なんだよ、さっき約束したじゃねーか。聞いてなかったのかよ」
「うっ! そ、そうだが」
「新田原、私を立ててくれるのは本当に嬉しく思っている。だか、私はお前が思うような出来た人間ではない。時にははしたない事も言いたくなるし、恨み辛みに眠れぬ日もある。ただの高校生だ」
「葵様、殊更に自分を責めなくいでください」
「様もよせ。生徒会の中では私は手伝いに過ぎん。新田原が通う道場でも、門下生に様はつけんだろう。皆と同じように扱ってくれればよいのだ。そうしてくれ」
「葵様」
新田原はもう、泣きそうな顔をして先輩を見ている。こいつにとっても、この出来事は試練なんだろう。俺には普通の事でも、重ねた人生が違えば試練の種類も違うのだ。
「新田原、慣れてくれ。先輩の望みなんだ」
「分かっている!!!」
もう、何を振り切ろうとしてんだか、裏声で頭を振り振り悔しさを噛みしめる新田原を見てると、こっちが不安になってきた。お前の愛の深さは分かったから、こっちの世界に帰って来て欲しい。なんだか俺が悪い事しているみたいじゃないか。